外吮山頂上決戦 終盤 その六

 一九一九年七月 長野県重井沢 外吮山頂上





 瑠璃家宮の触手による墨攻撃の追加で、外法衆両人の舞踏ダンスは難易度上昇を余儀なくされる。


 障壁バリアを無効化する触手と、固形化して動きを封じる墨。

 天才魔術師である天芭 大尉と体術に秀でている中将でなければ、この連携は凌げなかっただろう。


 その連携効果が薄いと見るや、瑠璃家宮は攻撃方法に手を加えた。

 今迄は墨をある程度のかたまりとして吐出していたが、今度は霧状に噴射して来たのである。


 霧の粒子は細かい。

 少量では大した事にならないが、粘性の強い墨が付着し続ければ動作に支障をきたすのは明白。


 特に、体術を武器とする中将には死活問題だろう。

 それ故に外法衆両人は常に障壁バリアを展開していなければならないが、その障壁バリアも触手で中和される。


 天芭の造腕マルチアームも同じくだ。

 加えて、触手を躱す為に逃げ回らねばならない。


 時間切れを狙っていた天芭だが、このままでは自分達も霊力を削られ、瑠璃家宮と同じ状況に追い込まれるのも事実。


 天芭は墨雨ぼくうかすむ眼下を眺め、瑠璃家宮の策の深読みに入った。

 そして、ある事に気付く。


⦅瑠璃家宮が異形化できる時間は限られている筈だ。

 なのに、奴は時間稼ぎのような真似をしている。

 ほう……矢張り墨吐きは目眩ましか。

 その証拠に、倒れていた家臣たちの姿が無く、生体活性術式の残滓ざんしも漏れている。

 触手内に家臣共を囲って治療しているな……⦆


 天芭は瑠璃家宮の計略を見抜き中将へ伝える。


『中将さん、殿下は逃げ切りを許してはくれないみたいですよ。

 都五鈷杵剣を用意して下さい。

 次で本当にけりを付けますので……』


『委細承知しました』


 これまでの状況をかんがみ、綿密な行動手順を確認した両人は準備に入る。

 中将は金剛薩埵・豪剣法の三密加持を行ない、更に聖観音・連壁法も重ねた。


『武悪であればもっと良い連壁法が練れたものを……』と中将は思う。

 だが、武悪が散った今では栓なき事。

 自身の実力が及ぶ分を施すしかない。


 天芭は持ち前の八臂を利用し、秘術を多重発動させた。

 内容は、水天・自在法、風天・自在法、伊舎那天・衝撃法、帝釈天・雷撃法である。


 これだけでも驚くべき事なのだが、天芭は阿閦如来・障壁法、孔雀明王・飛行法、如意輪観音・戦輪法、千手観音・増臂法も常時展開しているのだ。

 天芭の魔術の才がどれ程のものかは、今さら言う迄もない。


 墨雨が降り注ぐ中、触手を履帯代わりに進撃する瑠璃家宮。

 その触手戦車に向け外法衆両人は急接近。

 中将は生身の左半身へ、天芭は異形の右半身へと突撃した。


 瑠璃家宮は、霊力中和用の触手と墨吐出用の触手を左右に振り分け迎撃を図る。

 接近して来る外法衆両人に、墨噴霧では間に合わないと踏んだ瑠璃家宮。

 墨を霧状から塊状へと変更する。


 散弾さながらに発射される墨塊を防御しようにも、触手で障壁を中和される外法衆両人。


 遂に両人の身体に墨塊が届く。

 半顔で笑う瑠璃家宮。


 墨塊が広がり動きを封じればめたもの。

 その後は好き勝手に蹂躙じゅうりんできるからだ。


 出来なかった。


 墨塊が外法衆両人に届いた時には既に乾燥し切っており、粘性を失った只の固形物と化していたのである。


 然も、墨塊を吐出していた触手に異変が起こっていた。

 墨液が触手内に在るにも拘らず、完全に固形化していたのである。


⦅墓穴を掘った……。

 いや、糞詰ふんづまりを起こしたな瑠璃家宮。

 ちんけな墨など、乾燥させてしまえばどうと云う事はない⦆


 そう、天芭は風天・自在法と水天・自在法を用いて水分除去領域モイスチャー・リムーバブル・フィールドを展開。

 飛来する墨を片っ端から乾燥、固形化させたのだ。

 更に、水分除去領域モイスチャー・リムーバブル・フィールド内に侵入した触手からも墨の水分ごと除去しているのである。


 この一計により触手墨攻撃は無効化され、異形化していない瑠璃家宮の左半身が手薄になった。


 そこへ滑り込んでいたのは中将。

 天芭が触手を引き付けている間に首級しるしを狙う。


 中将の黒金剛石刃ブラックダイヤモンドエッジが瑠璃家宮へと迫るが、彼の表情は崩れない。

 それどころか、瑠璃家宮の口角はますます上向うわむく。


「ヒョォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーッ!」


 中将が裂帛れっぱくの気合を挙げて斬り掛かった瞬間、瑠璃家宮の右半身がめくれた。


 極度に膨張した右半身から飛び出て来たのは、気を失い倒れていた筈の面々。

 瑠璃家宮は触手履帯で地上を走破する途中、臣下達をその身に回収していたのである。


 瑠璃家宮の半身から突如として現れた臣下は、触手から掴まれ中将へとほうられた。


 最初に飛び出た宗像は、ウィンチェスターM1912ソードオフタイプで銃撃。

 ほぼ全弾が命中したが、障壁バリアで防ぐ中将。

 都五鈷杵剣すべごこしょけんの柄で当て身を食らわせ黙らせる。


 中将は殆ど速度を落とさず瑠璃家宮へと迫るが、散弾を追い弾丸の如く飛び出す者達がいた。

 蔵主 社長と〈ダゴン益男〉である。


 蔵主は水銃ハイドロライフルで牽制。

ダゴン益男〉は四肢から水刃ハイドロブレードを展開。

 水銃ハイドロライフルからの銃撃で体勢を崩した中将に、〈ダゴン益男〉が斬り付ける算段だろう。


 だが、天芭の水分除去領域モイスチャー・リムーバブル・フィールドは触手が生成した墨の水分を除去するだけでは飽き足らず、蔵主と〈ダゴン益男〉からも容赦なく水分を奪い取る。

 その所為で水銃ハイドロライフルは威力不足におちいり、水刃ハイドロブレードは斬れ味がガタ落ちしていた。


 蔵主も水刃ハイドロブレードを展開して〈ダゴン益男〉の補助に当たるが意味を成さない。

 結果、ふたりの水刃ハイドロブレードは中将の黒金剛石刃ブラックダイヤモンドエッジえ無く斬り飛ばされる。


 蔵主と〈ダゴン益男〉の攻撃を凌いだ中将は、離脱せずに返す刀でふたりをる構え。


 双剣を逆手に持ち替え、並んだふたりの鎖骨上方から突き入れる。

 蔵主は右鎖骨、〈ダゴン益男〉は左鎖骨を斬断され戦闘不能に。

 その後、剣を引き抜くついでにふたりを踏み台にし、その反動で更に前方へと加速する中将。


 その隙を窺っている者がいた。


 ひとりだけ上方に飛び出していた〈異魚〉は、中将を止められなかった味方諸共攻撃音波で吹き飛ばしに掛かる。


!」


 確かに吹き飛ばされた。


異魚〉が、である。

 彼女の行動を読んでいた天芭が、伊舎那天・衝撃法を放ったのだ。


⦅ちっ、孕み子が障壁を張ったか。

 絶命はしなかったようだが、これ以上の戦闘は無理だろう⦆


異魚〉は衝撃波を食らい、全身の骨にひびを入れられ落下して行く。

 孕み子が障壁バリアを展開していなかったら、母子共に命を落としていただろう。


異魚〉による迎撃も失敗し、瑠璃家宮を守る臣下は残り三人。





 外吮山頂上決戦 終盤 その六 了

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