外吮山頂上決戦 終盤 その四

 一九一九年七月 長野県重井沢 外吮山頂上





 纏っていた水管チューブの水温が火球の熱で上がりっぱなしの〈異魚〉、〈ダゴンとハイドラ権田 夫妻〉、蔵主 社長は、上空にとどまる事が出来ず地上へと帰らざるを得ない。

 地上へ帰った〈ダゴンとハイドラ権田 夫妻〉と蔵主は水管チューブを解除。

 水中でしか異形化を保てない〈異魚〉を除いて、瑠璃家宮に水を託した。


『お兄様……。

 お願いだから、どうにかして……』


 火球が迫る中、〈異魚〉の力ない嘆願に沈黙する瑠璃家宮。


 流石にいたたまれなくなったのか、瑠璃家宮に代わり苦肉の策を進言する宮森。


『殿下、ここに在るありったけの水を火球へとぶつけて下さい。

 水が火球に当たったら、水分と熱、衝撃を通さない障壁で上空にふたをします。

 向こうは、上空と恐らく側面にも、こちらが呼び寄せた水を通さない障壁を張っているでしょう。

 こちらが張った障壁と向こうが張った障壁とで挟み込めます。

 そしてこちらが水を送り込む事さえ叶えば、あちらは火球の熱で水が蒸発。

 瞬間的に膨張して水蒸気爆発を起こす筈です。

 勿論、こちらの障壁が爆発の衝撃で破壊されない事を前提とした話ですが……』


『ふむ……それに賭けるしかあるまい』


 作戦要綱が決まると皆一丸となって動く。


ハイドラ頼子〉、蔵主、宗像が念動術サイコキネシスで巨大な水球を作り、火球目掛け撃ち出した。

 それを〈異魚〉が音波放射で援護。


 態々わざわざ球形にしたのは、水流だと撃ち出し終える迄に時間が掛かり、障壁バリア展開が遅れてしまうからである。

 瑠璃家宮、多野 教授、〈ダゴン益男〉、宮森は障壁バリア展開を担当。

 火球との接触に備える。


 迫り来るは蒼い火球。

 迎え撃つはあおい水球。

 大昇帝 派と瑠璃家宮 派、双方の力の結晶が激突せんとしていた。


「かかりましたね。

 !」


 天芭大尉が声を張ると、水球と接触前に大火球が弾け分裂する。

 大火球は数多あまたの小火球となって地上へと降り注いだ。


 大火球の落下を想定していた瑠璃家宮 陣営は面食らい、障壁バリア展開に失敗してしまう。


「何や、花火かいな⁈」


 宗像の感想も言い得て妙である。

 皆が落下して来る小火球から逃げ惑う中、地上へ到達した小火球はベッタリと地面に伸び広がり、勢い良く燃え立った。


 足の踏み場も無い程にべ広がる炎。

 気が動転した一同は、火球と相打つ筈だった水球を分割して炎上地帯の消火に努める。

 しかし炎は消える事なく燃え続け、遂には〈異魚〉が倒れた。


「綾 様!」


ハイドラ頼子〉が恐慌をきたす中、宮森は直ぐに炎を精査スキャンして皆に勧告する。


『皆さん、発火しているのは油脂類のようです。

 水では消えません。

 このまま上空に逃げましょう!』


 その時外法衆の面々は、地上で右往左往する瑠璃家宮 陣営を見下ろしえつに入っていた。


「げははははっ、犬っころみたいに駆け回ってやがるぜ!」


「破局も又、美しいものだ……」


『武悪さん、中将さん、仕上げと参りますよ』


 天芭の号令が下り、武悪と中将は出来るだけ地上に近い位置に障壁バリアを展開した。

 念動術サイコキネシスで無理やり浮遊した瑠璃家宮 陣営は、焦熱地獄と化した地上から脱出を試みる。

 だが、武悪と中将がふたり掛かりで展開した障壁バリアき止められ上空へは逃げられない。


「そんな⁈

 ここから出せーーーーーーっ!」


 失神した〈異魚〉を担いで浮遊していた〈ハイドラ頼子〉が、甲殻装甲を纏った拳で障壁バリアを殴る。

 しかし拳打パンチの衝撃を軽減できず、地上へと押し戻されてしまった。


 天芭は障壁バリアに迫る瑠璃家宮 陣営を追い返す事などはせず、業火ごうかでジワジワと焙られる一同を睥睨へいげいして楽しむのみ。


 そして、最終段階へと入る。


 武悪と中将の展開した障壁バリアは、通常の衝撃軽減効果に加え、空気を遮断する効果も付与されていた。

 天芭が風天・自在法を用い、瑠璃家宮 陣営を閉じ込めている障壁バリア内に空気を送り込まないよう調整する。


 空気の流入を断たれた地上では、油脂類を媒体とした燃焼で酸素が瞬く間に消費されて行った。


 酸素欠乏状態になった瑠璃家宮 陣営は、ひとり、又ひとりと失神して地上へと落ちて行く。


『頼子、生きているか……』


『あなた、悔しいわ……』


『多野 教授ぅ、殿下ぁ……』


『殿下。

 多野 剛造、力及ばず、無念……』


『宮森はん、後を頼むで……』


『くっ……天芭 大尉の方が、一枚も二枚も上手だった……』


『……』


 ほぼ勝敗が決した今、天芭は自慢げに秘術の解説を始める。


『貴方方が、火球に水をぶつけ水蒸気爆発を引き起こそうとしていたのは明らかでしたからね。

 火球を分裂させて頂きました。

 しかもその火球は只の炎塊えんかいではなく、霊力で生成した増粘材ぞうねんざいを混合させたものです。

 ゆえに、その炎は水では消せません。

 例え炎熱を防ぎ焼殺は免れても、空気を遮断する閉鎖空間を作り出しさえすれば、酸素欠乏か一酸化炭素中毒は避けられませんから。

 どちらにしろ詰み、だった訳ですね……』


 天芭の説明を補足したい。

 ここで云う増粘剤とは、ナフテン酸、パルミチン酸、アルミニウム塩を混合した物質だ。

 これらの増粘剤にナフサなどの主燃焼剤を混合させた物が、俗にナパーム燃料と呼ばれる物である。


 瑠璃家宮 陣営の殆どが気を失っている中、武悪が天芭に問い掛けた。


『天芭 隊長、あいつらを焼き殺したり水蒸気爆発でフッ飛ばしたりしねえんですかい?』


『ええ。

 状況が変わりましたし、焼き魚にしたり蒲鉾かまぼこにしてしまうと翁さんがなげきますからね。

 それに、バラバラになった死体を持ち帰るのは面倒です』


『ちげえねえ。

 それにしても、火球に粘性を持たせるたあ考えやしたね』


 ここで中将が会話に割り込んで来た。


『水では消えないどころか、水分が多い状態で閉鎖すると水蒸気爆発を。

 水分が少ない場合でも、酸素欠乏や一酸化炭素中毒まで引き起こせる……。

 天芭 隊長の手腕には敬服けいふくの外ありません』


『ええ。

 これが私の必殺秘術、〘烏枢沙摩明王・浄火法・焚焼殺ふんしょうさつ〙です』


 瑠璃家宮 陣営全員の意識断絶を確認した天芭 達は、目下の障壁バリアを解除して空気を送り込んだ。

 それにより、酸素を得た炎は獲物をむさぼり尽くすが如く燃えたける。


 だが、先ほど言っていた通り焼き魚にはしたくないのだろう。

 天芭は指を『パチン』と鳴らし、炎を消した。

 発火と消火、火力調整が火天・自在法の権能である。


 続いて武悪が天蓋を解除し、上空に留め置いていた水を下界へと流した。


 彼らに止どめを刺す積もりなのか、天芭はゆっくりと降下する。

 中将も造床法で階段を作り、それを下った。

 一方 武悪は、降ってくる水を念動術サイコキネシスで口にまで運びガブ飲みしている。


 大量の水は下界へと零れ落ち、地に伏していた瑠璃家宮にも降り掛かった。



 天蓋が破れ、水が巡る。


 神力が呼び、神力で形造られる。

 

 それは、神へのきざはし


 それは、邪神カミの目覚め――。



 武悪は自尊心が満たされたのか、下界の敗者達に痛罵つうばを浴び始めた。


「あんだけ欲しがってた水だぜ。

 たんとくれてやる。

 もう飲めねえだろうけどよ。

 げっははははははははははははははははは……はびりっっ⁉」


 地上から突如放出された触手の群れが、武悪をき肉にした――。





 外吮山頂上決戦 終盤 その四 了

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