外吮山頂上決戦 終盤 その三

 一九一九年七月 長野県重井沢 外吮山頂上





 天芭 大尉は益々火球の火力を引き上げに掛かる。

 その余りの高熱ゆえ、断熱効果の有る障壁バリアを維持しなければ武悪の身も危うい。

 それに、天芭がいま行なっている三密加持は烏枢沙摩明王・浄火法だけではないのだ。


 左手は掌を上に向けて腹の前に横たえ、人差し指、薬指、小指は真っ直ぐに伸ばし、中指を第二関節から深く曲げ、中指の第一関節の上に親指を乗せる。

 右手は親指を手前に立てて左手の指先に掌底を位置させ、中指、薬指、小指は真っ直ぐに伸ばし、親指は第一関節を曲げ、人差し指は第二関節のみを曲げて直角にする形状の密印ムドラーを結んだ。


『――ナウマク・サンマンダ・ボダナン・アギャナウエイ・ソワカ――』と真言マントラを唱え、火天かてん自在法じざいほうを成立させる。


 火天・自在法は文字通り火炎攻撃の秘術だが、既に烏枢沙摩明王・浄火法を成立させている今、どのような使い方を天芭は見せるのか。

 彼は残りの造腕マルチアームでも三密加持を続ける。


 一方地上では、〈ダゴン益男〉、〈ハイドラ頼子〉、〈異魚〉の三人が〈ミ゠ゴ〉の呪縛から解放されている最中だ。


 三人の回復を確認した蔵主 社長は、その身を水管チューブで包み上空の外法衆に追撃を掛ける。

 彼はウィンチェスターM1912の標準タイプを構え、やや離れた距離から外法衆ふたりを狙った。


 天芭は散弾をブッ放されるも、新たな秘術でそれを迎え撃つ。


!」


 天芭の掛け声と共に衝撃波が放たれ、散弾とその先の蔵主ともども地上に叩き返された。


 地上に返還される蔵主を観た、宮森、宗像、多野 教授には怖気おぞけが走る。

 天芭の放つ衝撃波に憶えが有ったからだ。


 伊舎那天いしゃなてん衝撃法しょうげきほう

 指向性の衝撃波を放ち対象を攻撃する術式で、かの井高上 大佐の得意技だ。


 蔵主は再び上昇を試みたが、衝撃法で追い返されてしまう。

 瑠璃家宮と神力を共有しているので身体がバラバラにならないだけましと云えるが、何度やってもその度に衝撃波が放たれるので埒が明かない。

 結局、彼は上空の天芭に手が出せなかった。


「ふふふ、これで一気に片付けてあげますよ!」


 天芭の烏枢沙摩明王・浄火法を目の当たりにした瑠璃家宮 達は直ぐさま対策を話し合い、火球を速やかに無力化する事を決定した。


 一同は蔵主の固有術式である共有シェアの効果で、瑠璃家宮の神力を使用する事が出来ている。

 その神力を使い全員で念動術サイコキネシスを発動。

 外吮山西方を流れる遊川ゆかわから、大量の水を持って来る事にした。


 起死回生の水を外吮山頂上にまで呼び込み、滝の如く降らせる瑠璃家宮 陣営。


 だが、その慈雨じうは彼らに届く事は無かった。


 空中に座す外法衆達の頭上に広がり、そこから一滴たりとも落ちてこないのである。


 困惑する瑠璃家宮 陣営を見下ろし、武悪が底意地の悪い感想を述べた。


『天芭 隊長。

 奴ら水が降ってこねえもんだから、これ以上ないほど物欲しそうな顔してますぜ。

 こりゃあ傑作けっさくだ。

 げはははははははっ!』


『ええ、何人かは絶望しているでしょうね。

 武悪さん、楽しむのはいいですが天蓋てんがいは維持していて下さいよ』


 いま瑠璃家宮 陣営の周囲に浮遊している水は、瑠璃家宮が一度取り落とした水を地面から吸い出したものである。


 陽光で煌めく天蓋を見上げ、〈ミ゠ゴ〉の呪縛から解放されたばかりの〈異魚〉が憤慨ふんがいした。


『何なの?

 何で水がおりてこないのよ!

 誰か説明して!』


 宮森が苦々し気に解説する。


『綾 様、恐らくあれは武悪の障壁術です。

 水分を通さない障壁を張り、自分達が持って来た水を空中でき止めたのでしょう……』


『水が使えないんじゃ、どうやってあの蒼い火の玉けすの?

 天芭が衝撃波うってくるから近付く事も出来ないし……』


『火球を止める手段は限られますね。

 最も良い方法は、綾 様、益男さん、頼子さん、蔵主 社長らに飛んで頂き、天芭 大尉の集中を乱して術を不発にして頂く事です』


 さんざん天芭の衝撃法でいたぶられた蔵主が割り込んで来た。


『宮森さぁん、そんな事が出来るのでぇ?』


『綾 様の攻撃音波は、天芭 大尉の放つ衝撃波と原理的には同じ仕組みです。

 ですので、綾 様に衝撃波を相殺して貰い、残りの御三方おさんかたで天芭 大尉を急襲して頂ければと……』


『私は構いません。

 頼子、君は?』


『あなたが行くのに、私が行かないなど有り得ません』


『あたしがこの作戦のカナメね。

 がんばらなきゃ!』


『仕方ありませんねぇ。

 じゃぁ、わたくしもぉ』


ダゴン益男〉、〈ハイドラ頼子〉、〈異魚〉が快諾かいだくし、蔵主もそれにならった。


『武悪の方は、自分と宗像さんが地上からの射撃で何とか抑えます。

 殿下におかれましては、精神感応と感覚共有で皆さんの連携を監督して下さい。

 多野 教授は、天芭 大尉が我々を狙い衝撃波を撃って来た時の為に障壁を御願いします』


『相分かった。

 多野 教授も良いか?』


おおせのままに……』


 作戦が決定し、〈ダゴン益男〉、〈ハイドラ頼子〉、蔵主が地上を飛び立った。

 当然 天芭の衝撃法が来る。


「ド~~♪」「レ~~♪」

「ミ~~♪」「ファ~~♪」

「ソ~~♪」「ラ~~♪」

「シ~~♪」「ド~~♪」


異魚〉は先ず、検査音波を放射して衝撃波の波長と振幅しんぷくを読み取る。

 その後衝撃波と逆位相の音波を放射し、衝撃の相殺そうさいに掛かった。


 天芭は風天・自在法も使用しているので、〈異魚〉の読み取る音波には若干の誤差が生じる。

 それでも衝撃波の威力を削ぐ事には成功。

 天芭 攻撃組の三人を無事上空へ送り出せた。


 宗像はコルトM1911で、宮森はスプリングフィールドM1903で武悪を射撃。

 宮森がスプリングフィールドM1903を撃つのは初めてだが、瑠璃家宮と感覚を共有しているので練習せずとも最適な射撃を行なえた。

 残弾を使い切る覚悟で銃撃するふたりの活躍もあってか、天芭から離される武悪。


 衝撃法を掻いくぐり、天芭へと迫る三人。

 天芭から見て、右方が〈ダゴン益男〉、正面が〈ハイドラ頼子〉、左方が蔵主。


 遅れて空中に上がった〈異魚〉は天芭 正面のやや上方に位置し、誰に衝撃波が飛んで来ても対応できるよう陣取じんどった。

 そして三人は互いの位置を調整。

 三位一体の同時攻撃を仕掛け……ようとしたその時、〈異魚〉の背後を何かが横切る。


 異常を察知した瑠璃家宮が〈異魚〉に警報を送るも間に合わない。


『貴方には〈ハイドラ頼子〉とは違う美しさがある。

 ゆっくり楽しめないのが残念だ……』


 既に治療を終え意識を取り戻していた中将が、地天・造床法を用いて〈異魚〉の背後上方に一瞬で跳躍移動。


「なに?

 いだぁっ!」


 寝そべり姿勢で空中を遊泳していた〈異魚〉の背中に、強烈なかかと落としを決める。


 剛斧ごうふの如き一撃を食らい、地上へと叩き落とされる〈異魚〉。

 彼女が落とされた事で空中の戦況は一変する。


 衝撃法を相殺する者がいなくなった天芭は、〈ダゴン益男〉、〈ハイドラ頼子〉、蔵主を次々と弾き飛ばした。


 地上の宮森と宗像から狙われていた武悪も、中将の助けで銃撃をしのいでいる。

 このまま粘れば弾切れまで持って行けるだろう。


 そして遂に、上空の火球を指差す天芭。


「瑠璃家宮 殿下御一行様。

 野辺送のべおくりは面倒なので、ここで荼毘だびして差し上げます。

 では、さようなら……」


 瑠璃家宮 陣営に、滅びの蒼い浄火が迫る――。





 外吮山頂上決戦 終盤 その三 了

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