外吮山頂上決戦 終盤 その二

 一九一九年七月 長野県重井沢 外吮山頂上





 武悪は多野 教授に瞬断された自身の右手を拾い、薬師如来・平癒法で接合に掛かる。


「くそっ、上手くくっつきやがらねえ。

 多野 教授の奴、寿命を削ってまで斬撃に霊力を込めやがったな……」


 痛覚遮断で傷の痛みを押さえているにも拘らず顔を歪めた武悪は、斬断された右手を仕方なくふところへとしまう。


 多野は抜刀に際し、特段に霊力を込めていた。

 その所為で傷は霊創れいそうとなり、この場での治療を不可能にしたのである。


[註*霊創れいそう=術式用に加工していない、生命力そのもので付けられた傷の事。

 その攻撃は使用者の魂魄を体現した霊色オーラをまとい、使用者の寿命を削る。

 霊力を込めた者の霊格にもよるが、多くの場合回復術の効果は期待できない。

 霊力で生成しただけの物体でできた傷は霊創とは呼ばず、火炎や電撃などの攻撃も、特段に霊力が付与されていなければ霊創にはなりえない(作中での設定)]


 武悪とは対照的に笑みを浮かべる宗像は、辛そうにしている多野から種明かしを引き継いだ。


『あんたらも知っての通り、〈ミ゠ゴ〉は菌類によう似とる。

 あんたらは龍泉村騒動が終わった後、〈ミ゠ゴ〉の残骸を回収したんやろ。

 元々は生物兵器として〈ミ゠ゴ〉を利用しようとしてたんやろうけど、不用意に胞子をバラ撒くと自分らも危ないもんな。

 その為に研究を重ね、〈ミ゠ゴ〉の菌糸に犯されんような薬を開発したんとちゃう?』


『流石は宗像センセイ、お見通しって訳かい。

 正確には抗真菌薬こうしんきんやく、って云うらしいけどよ。

 要は水虫の薬と似たようなもんだ。

 で、あんたらが無事な理由は……。

 ボロボロに崩れた柔組織を見ると一つしかないわな』


『そう、〈ミ゠ゴ〉を食べる粘菌がいてるんよ。

 ムナカタヒザメホコリ云うねん。

 発見者のワイが名付けたん……やったかな?

 どうも違う気ぃするんやけど、まあええわ。

 どや、ええ名前やろ?

 それを殿下からお借りした神力で培養しただけや。

 天芭の洟垂はなたれ小僧が風を起こしてくれたお蔭で、ムナカタヒザメホコリの胞子もようけ飛んだし、水も栄養もた~んと在ったさかい培養は簡単やったで。

 御守りとして持って来とって、ほんに良かったわ~』


『天芭 隊長を洟垂れ小僧呼ばわりたあ、宗像センセイらしいや。

 それにしても、その粘菌もって来たのは偶然だったって訳かい……。

 確かにそんだけ運が太けりゃあ、大昇帝 派裏切っても生きて行けるかもな』


 武悪はどこかうらやまましにそう漏らすと、地上に落ちた〈ダゴン益男〉達の許へ走り出す。


⦅〈ダゴンとハイドラ権田 夫婦〉、〈異魚〉にもムナカタヒザメホコリとやらの胞子は届いてるんだろうが、培養はまだの筈だ!⦆


ダゴン益男〉、〈ハイドラ頼子〉、〈異魚〉の、いずれかひとりでも葬ろうとする武悪。


 それに呼応した天芭 大尉も、装填していた戦輪チャクラムを回転させ倒れている瑠璃家宮の許へと向かった。


『タッ!』


『シャッ!』『シャッ!』『シャッ!』


 銃声と風切り音が響き渡る。


 武悪は足を止め、天芭が装填していた戦輪チャクラムは攻撃力を失い消失した。

 宗像がコルトM1911で武悪を銃撃。

 蔵主 社長が四肢の水刃ハイドロブレードを展開して戦輪チャクラムを刈り取ったのである。


 意表を突かれた天芭は、瑠璃家宮に止どめを刺す事を諦め空中に避難しようとした。


『ギュルルルルルルルルルッッ!』


 出来なかった。


 天芭の童子面に、赤色の霊色オーラが突き刺さる。


 瑠璃家宮がサベージM1907で発砲したのだ。

 神力で貫通力が強化されている為、弾丸は阿閦如来・障壁法を食い破ろうと牙を突き立てる。


⦅くそっ、不意を突かれた。

 目立つ小銃ではなく、隠匿いんとくしていた小型拳銃での銃撃。

 瑠璃家宮は、舌だけでなく頭も回るようだな。

 しかし、威力よりも奇襲の成功を優先させたため今一つ押しが足りん。

 これでは、私の阿閦如来・障壁法を破る事は出来……⦆


「何ぃ⁈」


「天芭大尉……ヰェルクェニッキ…………自分を……ヰェルクェニッキ……忘れて。

 貰って……は、ヰェルクェニッキ……困るな」


『ギュラーーーーーーーーッ!』


 突如放たれた勿忘草わすれなぐさ色の霊色オーラが、瑠璃家宮の放っていた弾丸の尻を正確に叩く。


「宮森だとぉ⁉」


 一発の銃弾では駄目でも、二発の銃弾なら天芭の障壁バリアを突き破れるかも知れない。


 宮森がコルトM1911で放った弾丸が、瑠璃家宮の放った弾丸を押し続ける。

 その作戦が功を奏したのか、遂に天芭の障壁バリアひびが入った。


 弾丸が顔面に届くまで猶予ゆうよが無かった天芭は、銃弾をまともに防御する事を諦め素早く三密加持を執り行なう。


 右手の全指を揃え水をすくう形とり、掌側を下にして折る形の密印ムドラーを結んだ。

『――オン・イダテイタ・モコテイタ・ソワカ――』と真言マントラを唱え、韋駄天いだてん神行法しんこうほうを成す。


 高速移動術である韋駄天・神行法を用い、天芭は弾丸の勢いを逸らすべく弾丸の側面へと回り込んだ。

 ふたりの弾丸は障壁バリアを破り童子面を粉砕するが、彼の素顔に迄は届かない。


 露わになる天芭の素顔。


 そこには崩壊した鼻梁はなみねと、唇の無い歯列むき出しの口。

 そう、天芭の火傷は本復してなどいなかったのである。


『私のこの顔、御満足頂けましたか。

 これ以上ないほど醜いでしょう?

 宮森さん、貴方の誇るべき成果です。

 この成果と引き換えに、貴方は何を瑠璃家宮 殿下から頂いたのでしょうか。

 それは良いとして、火傷を負って直ぐの頃は、瞼を焼失していた為に涙をとどめる事が出来なかったのですがね。

 今はほら、パッチリ御目目おめめでしょう?』


 天芭は再生した瞼で瞬きをして見せる。


 言葉を発さず、憐れみを込めた眼差しを天芭へと向ける宮森。


 そんな宮森を見て、今まで冷静を保っていた天芭が逆上した。


「宮森、遼一いいいいいいぃぃっ!

 捨て犬を見るような目で見やがって……。

 許さん、貴様だけは絶対に許さんぞ!

 貴様を私と同じ目に遭わせてくれるっ!」


 一瞬だけ逆上した天芭だったが、武悪には元の丁寧口調で命じた。


『武悪さん、中将さんをかついで上空に上がりなさい。

 それと、薬師如来・平癒法で中将さんに治療を施すのも忘れないようにして下さいよ。

 これから一気にけりを付けます』


『中将の治療もですかい?

 片手になっちまったってえのに、めんどくせえ。

 それに俺、たけえ所は苦手なんだよな……』


『ボヤボヤしていると、貴方も道連れになりますよ』


『ひっ⁉

 し、しかし、〈異魚〉とその孕み子は貴重な標本になりますぜ。

 本部に持って帰れば、【おきな】も喜ぶんじゃあないですかい?

 それに、宗像と宮森は隊長ご自身で拷問するん……』


『くどいぞ武悪。

 死にたくなければ命令を聴け……』


 有無を言わせない天芭の指図に恐れおののいた武悪。

 孔雀明王・飛行法を渋々しぶしぶ発動させ、中将の所まで急行した。

 その後は大の字に伸びている彼と、都五鈷杵すべごこしょを回収する。


 武悪の飛行に気付いた多野と蔵主だったが、先程の攻撃で精根せいこん尽き果てたらしく追撃には向かわない。


 宮森と宗像は〈ダゴン益男〉達の許へと向かい、ムナカタヒザメホコリの培養を手助けする。


 瑠璃家宮 陣営が〈ミ゠ゴ〉の呪縛から解き放たれている最中、天芭 達も奥の手の発動に入った。


 内縛印から右親指の上に左親指を交差させ、両人差し指を伸ばし、第一関節を曲げてから外側へ開き、両中指は伸ばしてからそれぞれの先端を付ける形の密印ムドラーを結ぶ。

『――オン・シュリマリ・ママリマリ・シュシュリ・ソワカ――』との真言マントラが響くと、天芭の十八番おはこである烏枢沙摩明王うすさまみょうおう浄火法じょうかほうが成立した。


 烏枢沙摩明王・浄火法は通常の火炎術式ではない。

 通常の火炎術式の最高温度は、摂氏一二〇〇度程度が上限。

 だがこの秘術は、メタン、プロパンなどの可燃性瓦斯ガスを霊力で生成し、空気と混合して燃焼温度を引き上げているのである。


 天芭の頭上に、直径五メートルを超える巨大な蒼い火球が現れた。

 その火球は彼の霊力注入によって更に巨大化する。

 然も、火球表面はどことなく粘性を帯びているようにも感じられた……。


 火球から放たれる熱を耐熱障壁バリアで防ぎつつ、武悪が天芭に質問する。


『この分じゃあ、比星 家のもんがこもってる掘っ立て小屋も燃えちまうんじゃあないですかい?』


『その心配は無いでしょう。

 あの掘っ立小屋を囲む障壁は普通の物ではありません。

 ある意味、この世界から切り離されている存在なのです。

 それよりも、の方は御願いしますよ……』


 天芭の抽象ちゅうしょう的な物言いに首をかしげる武悪だったが、それは比星 一族の特殊性をたん的に表しているとも云えた。





 外吮山頂上決戦 終盤 その二 了

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