第九節 外吮山頂上決戦 終盤
外吮山頂上決戦 終盤 その一
一九一九年七月 長野県重井沢 外吮山頂上
◇
〈
普賢菩薩・延命法の三密加持を行なう武悪。
すると、元々蔓触手が這い出ていた〈ヘルプラントロル型〉の背中が
それに合わせ天芭 大尉の
頸横の
そして『――ナウマク・サンマンダ・ボダナン・バヤベイ・ソワカ――』と
加えて、両膝横の
天芭の呼んだ風が〈ヘルプラントロル型〉を取り巻くと、その風は黄土色に変わる。
その様子を観た多野 教授が味方に呼び掛ける。
「まずい、〈ミ゠ゴ〉の胞子が来るぞ!」
瑠璃家宮は〈
多野は
〈ヘルプラントロル型〉から生えた子実体の
飛行して距離を取る天芭を、
〈
地上では〈
「殿下、治療して頂き誠に有り難う御座いました。
この御恩は戦果をもって代えさせて頂きます」
「ふむ。
では、宮森と共に武悪を無力化せよ……」
瑠璃家宮の命で武悪へと向かう〈
当然、
八対二。
数の上では圧倒的に有利な瑠璃家宮 陣営だったが、この状況を素直に喜べない宮森。
⦅〈ヘルプラントロル型〉による胞子の拡散。
これが外法衆の奥の手なのか?
水の被り物で防がれる事は判っていた筈。
それとも再度あの宝珠から熱波を放ち、水の被り物を強引に外させるとでも云うのか。
念の為、そこから想定される事態と対応を瑠璃家宮に連絡しておこう……⦆
武悪が普賢菩薩・延命法の三密加持を続ける
左手の親指と中指はそのまま立て、中指の背に人差指を絡める。
そして薬指と小指は第二関節から深く曲げる形の
帝釈天印である。
『ナウマク・サンマンダ・ボダナン・インドラヤ・ソワカ』と
武悪と天芭の周囲を電光が駆け巡り、雷音と共に放出される。
帝釈天・雷撃法は電撃を放つ単純明快な秘術だが、外法衆のふたりはどのように扱うのだろうか。
武悪に向かっていた〈
「電撃だとっ⁉
……ん?
思いのほか威力が無い……」
「くっ!
……たったこれだけ?
綾 様、御無事ですかっ!」
「きゃっ⁉
ちょっとビリッてきただけで、とくに何ともない、けど……」
食らえば負傷を免れないと思われた電撃に、三人は全くの無傷である。
三人の無事を確信した蔵主 社長が、天芭 達めがけ思念で高言した。
『彼らの纏っている水は塩水ですよぉ。
確かに電気の通りは良いですがぁ、その分威力が散らされてしまいますぅ。
残念でしたねぇ』
雷撃法が大した事ないと判明し、〈
「な、なんだこれは⁈
うああああああああぁぁ……」
「こ、これはまさか⁈
綾 様、早く御戻りを……」
「きゃあああああぁ⁈
な、何なの?
この気味悪いヤツは……」
武悪が蔵主の
『ぐへへへへっ。
電撃があんたらに届かないのは承知の上よ。
届けたいのはな、あんたらが被ってる水に付着した雑仏の胞子にだ!』
武悪の言葉を合図に、天芭が上空から次々と雷を落とす。
大量の水を侍らせていた瑠璃家宮と多野は言うに及ばず、蔵主、宮森、宗像も落雷の
『まさかぁ、電気刺激で〈ミ゠ゴ〉の胞子を活性化させるとはぁ……』
『電気刺激だけじゃねえぜ。
天芭 隊長が風天・自在法を使って、雑仏の細かい残骸も一緒に吹き付けてくれたからな。
そのお蔭で、あんたらの身体や頭を覆っている水には栄養分がタップリよ!』
武悪の言う通りだった。
瑠璃家宮 陣営全員の体表から〈ミ゠ゴ〉胞子が発芽し、その柔組織が彼らの体表に広がる。
勿論、天芭の水天・自在法で余分な塩分などを排出。
細かい配慮も抜かりない。
衝撃を防ぐ為の
ちょうど目の前に落下して来た〈
すると、足蹴にした部分がボロッ……と崩れ落ちる。
〈ミ゠ゴ〉胞子に侵食され、甲殻装甲が分解してしまったのだ。
加えて、三人の口からは例の呟きが漏れ出す。
「頼子……ヰェルクェニッキ…………綾 様……ヰェルクェニッキ……意識が。
の……乗っ取ら、ヰェルクェニッキ……れる」
「綾 様……ヰェルクェニッキ………あなた………ヰェルクェニッキ……逃げて。
か……身体が、ヰェルクェニッキ……崩れる」
「助けて……ヰェルクェニッキ…………お兄様……ヰェルクェニッキ……こわい。
お……お腹の、ヰェルクェニッキ……赤ちゃん」
三人が口走る
瑠璃家宮も精神の安定を失ったのか、周囲に侍らせていた大量の水を地面に落とした。
多野、蔵主、宮森、宗像も、地面に突っ伏して
一気に形勢を逆転させた外法衆のふたり。
天芭は念の為に
『武悪さん、万全を期して回復役から始末しましょう。
私が瑠璃家宮を
貴方は多野 教授を御願いしますね』
『分かりましたぜ天芭 隊長。
ぐへへ。
どうしてくれようか……』
天芭は
武悪の使った母宮法は、雑仏や〈ミ゠ゴ幻魔〉の生成と操作を行なう秘術だ。
瑠璃家宮 陣営が〈ミ゠ゴ〉に充分侵食されれば、武悪の思うが
武悪は多野に近付き操作を試みた。
「多野 教授、
武悪の命令を受け、地面に突っ伏していた多野が
勿論、例の
「――
ブツブツと呟く多野が可笑しいのか、
「教授さんよお。
よく聞き取れねえんだが、
信心深い……いや、あんたは伝承学者だったな。
なら研究熱心な人だねえ。
まあ、ここで死んじまうけどよ!」
武悪は
多野は万歳の動作を止め、
『ズアアアアアアァァッ!』
瞬間、眩い
武悪の名の由来となった面が宙を舞い、着けていた面と大して変わらない
面と同じく宙を舞っている物体が在る。
それは、武悪の良く知る物体だ。
見間違える筈もない。
武悪自身の、右手だった。
「な、なにぃっ⁉
お、俺の右手があああああああああぁぁぁ!」
瞬電の残り香を漂わせ、丁寧に
そう、多野 教授のトレードマークである
武悪の異変に気付いた天芭は、
多野は
難なく両断した。
抜けば
右手を斬り飛ばされた事と、余りの
「……っがあぁ!
この
「確かに、お前達が〈ミ゠ゴ〉の胞子を操れるのには驚いた。
だが、私共は優秀な人材を揃えておる……」
大技を繰り出した反動で
納刀した後、ヨロヨロと地に膝をつく。
だが威圧的な
一方で武悪の失態を知った天芭は、多野と彼の仕込み杖を
⦅くそっ、後もう少しと云う所で!
まさか多野にあのような隠し技が在ったとは……。
いったいどうなっている?
……ふむ、そう云う事だったか。
先ず、杖の
次に特殊な金属で精製された刀身を極限まで冷却し、電気抵抗を皆無にした。
最後は、神の記憶から技を読み取り神速の抜刀を可能にする。
げに恐ろしき技よ……⦆
天芭の言葉を補足したい。
多野の居合斬りは、いわゆる超伝導現象を活用したものである。
仕込み杖の鞘内にはニオブチタン合金製の超伝導磁石が埋め込まれ、刀身にもニオブチタン合金を使った焼き入れが施されているのだ。
ニオブチタン合金は超伝導磁石にも使われている素材で、現代ではリニアモーターカーなどに利用されている。
当然の事ながらこの技術は一般公開されておらず、九頭竜会を始めとする魔術結社が独占していた。
多野から少し離れた位置でもうひとりが動く。
彼の頭部を中心に
彼は、口の中に入った綿埃を吐き出し満面の笑みを浮かべる。
そう、素顔を覗かせたのは宗像だった。
◇
外吮山頂上決戦 終盤 その一 了
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