外吮山頂上決戦 中盤 その六

 一九一九年七月 長野県重井沢 外吮山頂上





 水管チューブに包まれ自由自在に泳ぎ回る〈ダゴン益男〉と、造床法で足場を作り縦横無尽に跳び回る中将。

 戦闘流儀バトルスタイルの噛み合った両人は、空中で擦れ違い乍ら何度も火花を散らす。


 水刃ハイドロブレードの〈ダゴン益男〉と豪剣法の中将、勝つのはどちらか。


 何度目かの剣戟ラリーの後、地上に降り立った中将目掛け〈ダゴン益男〉が突進……いや、猛進した。

 中将のはす向かいから、左腕の水刃ハイドロブレードに勢いを乗せて斬り付ける〈ダゴン益男〉。


 交差するふたり。


 凄まじい勢いの着地に、粉塵までも巻き起こった。


 猛進斬りを双剣で受けて立った中将の背後で、〈ダゴン益男〉が呟く。


「頼子から聞いたよ。

 その刀身の煌めき、金剛石らしいな。

 だが、焼刃やきばで俺の刃に勝とうなどとは……笑止しょうし


 中将は見た。

 彼の水刃ハイドロブレードから噴き出る水飛沫みずしぶきを。


 中将は視た。

 彼が猛進した軌跡に掛かる虹を。


 中将は観た。

 自身の都五鈷杵剣すべごこしょけんに入った鮮やかな断面を。


 水刃ハイドロブレードに斬り取られた中将の双剣が、諸共に地に落ちた。


 水刃ハイドロブレードで豪剣を葬った〈ダゴン益男〉は、中将に背を向けた状態からほぼ垂直に前方宙返りしつつ左足を振り上げ、踵から展開する水刃ハイドロブレードで斬り上げる。


 虹光を背に受け舞い上がる〈ダゴン益男〉の後で、中将の左上腕が地に舞い墜ちた。


 逆夏塩蹴リバースサマーソルトキックを決められ左上腕を落とした中将。

 直ぐさま左腕と都五鈷杵剣を回収して離脱を図る。


 勿論それを許す〈ダゴン益男〉ではない。

 地を駆ける中将に対し、彼は宙を泳いでいる。

 どちらが速いのかは明白だ。


ダゴン益男〉は中将に追い付き一閃のもとに屠ろうとするが……突如現れた飛来物に妨害される。


⦅ちっ、ここで天芭の戦輪!

 中将に止どめを刺し損ねた。

 殿下達が天芭を抑えて下さっている御蔭で向こうは膠着状態。

 中将は何としても俺が仕留めねば!⦆


 天芭 大尉からの戦輪チャクラム四枚を相手取る〈ダゴン益男〉。

 その間に距離を稼いだ中将は三密加持に入る。


 中将は左腕が落とされているので、密印ムドラーは片手のみで結ばなければならない。

 だが、密印ムドラーは脳に信号を送る為の作法。

 片腕だろうと手指が欠損していようと、脳神経が無事なら問題ない。


 本来ならば内縛の後両親指を立てて伸ばし、両人差し指は内側に曲げ、第二関節の甲を付ける形の薬師如来印を、右手のみで行なう中将。

 続けて彼は『――オン・コロコロ・センダリ・マトウギ・ソワカ――』と真言マントラを唱え、〘薬師如来やくしにょらい平癒法へいゆほう〙を成立させた。


 この薬師如来・平癒法は、病気や怪我の治療に特化した秘術である。

 生物の成長を促進する秘術である普賢菩薩・延命法も治療に使えるが、平癒法は成長促進の効果を削っている分、治療効果は格段に高い。


 三密加持を終えた中将は、斬り落とされた左上腕を斬断面に宛てがった。

 見る見るうちに断裂した筋繊維や骨が繋がれて行く。


 ここまで治癒速度が早いのも、水刃ハイドロブレードの斬れ味が鋭い御蔭。

 若し鈍刀なまくらがたなで斬断されようものなら傷口の細胞が潰れてしまい、治癒には更なる時が掛かっていただろう。


 平癒法で左腕を繋いだ中将はかんはつれず、新たな三密加持に移った。


 金剛薩埵印を結び『――オン・バサラ・サトバ・アク――』と真言マントラを唱え、二度目の金剛薩埵・豪剣法を成す。


 中将の握った二つの都五鈷杵から、刃部分が抜け落ちた。

 それは抜け落ちるそばから粉々になり、中将の両足元へと落ちて行く。

 そして磁石に砂鉄が付着するかの如く、中将の履いている長靴ロングブーツへと吸い付いた……。


 中将の都五鈷杵に新たな刀身が生成される。

 今度の刀身には、金剛石ダイヤモンドの煌めきは見られない。

 いま迄の豪剣法と何が違うのだろうか。


 中将は感謝の思念を天芭に送る。


『天芭 隊長、御力添え有り難う御座います。

 只今から本気を出します故、もう御心配には及びません』


『いいでしょう。

ダゴン益男〉如きに後れを取ったけじめを付けて貰いましょうかね』


 天芭との交信を終えた中将は、向かって来る獲物を新たな刃で迎え撃つ。


 一閃、また一閃と刃を交わすうち、新たなる刃の片鱗を感じ取る〈ダゴン益男〉。


⦅何かが、先程の剣とは何かが違う。

 はがねとは思えぬ鈍い色彩に、光沢の無い刀身……。

 先程の物とは違う材質か。

 それにしても、奴の剣を受ける度に身体の芯まで響いて来るこの剣威けんい

 加えて、刀を合わす度こちらの刃から細かい粉末が……まさか⁈⦆


ダゴン益男〉が気付いた時にはもう遅い。


 打ち合わせた両腕の水刃ハイドロブレードが斬り落とされた……いや、削り落とされたのだ。


ダゴン益男〉は空中へと避難するが、それを読んだ中将も造床法で追いすがる。

 両足の水刃ハイドロブレードで凌ぐ〈ダゴン益男〉。

 だが、中将の双剣を受ける度に図らずも体勢が崩れてしまう。


⦅剣だけではない。

 奴の足音も今迄と違う。

 気の所為か……いや、奴は革靴を履いている筈なのにどことなく硬い音がする。

 何か企んでいるのかも知れないがその正体を掴めない。

 今は捨て置くしかないか……。

 このまま受け身に甘んじていても事態は好転しない。

 それならばいっそ!⦆


 反撃を決意した〈ダゴン益男〉が攻撃動作に入った瞬間、呼吸を合わせた中将の双剣が一閃。


 両踵ごと水刃ハイドロブレードを削り落とした。


「……っづああああぁーーーーーーーーっ!」


 両足を落された〈ダゴン益男〉が悲痛な叫び声を上げる。


 前回の双剣との違い。

 それは、〈ダゴン益男〉が予想したように材質である。


 以前の得物えものは、鋼鉄の刀身表面に微細な金剛石ダイヤモンド粒子を固着させた物。

 その刃は〈ダゴン益男〉の水刃ハイドロブレードには及ばずえ無く斬り飛ばされたが、今度の得物は刀身自体が金剛石ダイヤモンドで生成されているのだ。


 金剛石ダイヤモンド靭性じんせいがそれ程でもなく劈開性へきかいせいも高い為、特定方向に対して割れ易い性質を持つ。

 しかし、今回の刀身はその欠点を丸ごと解消した多結晶金剛石ダイヤモンド製なのだ。


 多結晶金剛石ダイヤモンドの硬度は金剛石ダイヤモンドと同じく最高である。

 又、靭性では翡翠や鋼玉を上回り劈開性も無いため非常に割れにくい。

 中将はその多結晶金剛石ダイヤモンドで生成した刀身を用い、〈ダゴン益男〉と打ち合わせる度に水刃ハイドロブレードを削り取って行ったのだ。


 これが、金剛薩埵・豪剣法真の能力である。


 両足と武器を共に失った〈ダゴン益男〉に、黒い金剛石ダイヤモンドが迫っていた――。


[註*多結晶金剛石ダイヤモンド=ブラックダイヤモンド、カーボナード、カーボネード、ボルツとも呼ばれる。

 黒色になるのは、鉄鉱石やグラファイトなどが包含ほうがんされているため。

 希少性は高いが色が黒いので、宝石としての人気は低い。

 現在では、主に鑿岩機さくがんきなどの工業用として用いられる]





 外吮山頂上決戦 中盤 その六 了

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