外吮山頂上決戦 中盤 その五

 一九一九年七月 長野県重井沢 外吮山頂上





「いやーーーーーーーーっ!」


 血と粘液の池に倒れた〈ハイドラ頼子〉を視て、〈異魚〉は叫んでいた。


 頼子は綾の教育係でもある。

 これまで何かと世話を焼いてくれた彼女の惨状に、〈異魚〉を包む水管チューブはその塩分を増した。


 だが、いつまでも落ち込んでばかりはいられない。

 今〈ハイドラ頼子〉に止どめを刺されてしまっては、一縷いちるの望みも消え失せる。


 望みを託す為にも、倒れた〈ハイドラ頼子〉から中将を引き離そうと攻撃音波を放つ〈異魚〉。


 中将もそれを察し距離を取る。


異魚〉は中将が離れたのを見計らい、他の戦場に意識を向けた。


⦅蔵主 社長まで負傷するなんて、向こうも大変みたいね。

 あたしがここでアイツを足止めしなくちゃ!⦆


 中将は外吮山頂上を囲んでいる障壁バリアの端まで一旦後退。

 都五鈷杵剣すべごこしょけんを腰の留め具ホルダーへと戻し、三密加持を執り行なう。


 掌を仰向けにして小指側のみを触れ合わせる顕露合掌けんろがっしょうの形から、薬指と中指の先端を付け、人差し指と親指は緩やかに曲げるは地天印。


『――ナウマクサンマンダ・ボダナン・ハラチビエイ・ソワカ――』と真言マントラを唱え、〘地天じてん造床法ぞうしょうほう〙を成立させる。


 中将が別の戦場に移動するのかと思い、阻止しようと攻撃音波で退路を制限する〈異魚〉。

 しかし中将は別の戦場ではなく、彼女目掛け猛烈な速度で駆けて来る。


 中将の行動に多少面食らったが、攻撃音波で迎撃を試みる〈異魚〉。

 それを避けた中将は彼女のほぼ真下まで接近。

 再び都五鈷杵剣を構えての跳躍。


 一剣での斬り上げ攻撃。


 美しささえ漂う中将の対空斬撃だったが、身体を水管チューブで包んでいる御蔭で空中を自在に泳げる〈異魚〉に躱せぬ筈はない。

 彼女は安全な位置まで退くと、跳躍して隙だらけの中将に攻撃音波を放つ。


 攻撃音波は中将を捉え……切れなかった。


「うそ⁈

 空中でもう一回跳んだの⁉」


 中将は宙空を蹴り、その反動で更に上方へと跳躍。

 高度で〈異魚〉と並んだ中将。

 今度は彼女を狙い水平に跳び出した。


 空中に足場を造る秘術が、この地天・造床法である。


 造床法は障壁術を発展させたもので、防御壁としてではなく足場としての機能に特化させたものだ。

 中将がこの時生成した造床は、着地時の衝撃を吸収して溜め込む性質を持つ。

 そして直後の跳躍時に反発力として開放する、まさに踏切板ふみきりばんとでも云うべきものなのだ。

 然も敵側に利用されないよう、着地から跳躍に移った時点で造床は消失させている。


 突進してくる中将の剣を間一髪の所で躱すも、〈異魚〉の対応は後手に回ってしまった。

 中将は造床を空中に複数設置。

 それらを跳び移り乍ら移動と攻撃を繰り返す。

異魚〉はと云えば、中将の跳躍速度に反応できず狙いが付けられない。


⦅あーもう、うざったいなー。

 動きが速すぎて見切れないじゃん。

 これが中将って奴の得意戦法か。

 だけど、得意になっていられるのも……今のうちだよ!⦆


 中将は〈異魚〉の周囲を跳び回り、彼女の行動半径を狭めつつ隙を窺っていた。


 遂に〈異魚〉の動きが止まる。


 待ちに待ったその瞬間を狙い、中将は彼女の頭上から斬り付けた。


「ラ~~~~~♪」「ラ~~~~~♪」「ラ~~~~~♪」

「ラ~~~~~♪」「ラ~~~~~♪」「ラ~~~~~♪」

「ラ~~~~~♪」「ラ~~~~~♪」「ラ~~~~~♪」


 突如として〈異魚〉周辺の空気が振動、強烈な衝撃で中将を弾き飛ばす。


異魚〉はこれまで狭い範囲に絞って音波を放射していた。

 それは音波を遠方に届かせる為の技術でもあり、味方を傷付けない為の方法でもある。

 今度はそれを逆転させ、有効射程は短いが自身の全周囲に音波を放射したのだ。


「ぐっ⁈」


異魚〉による全周囲音波を食らい地に落ちた中将。

 攻撃が効いたのか、落下地点でうずくまっていた。


 別の戦場では、突如として眩い電光がほとばしる。

 それを観て戦況の変化を感じ取る〈異魚〉。


⦅多野センセーが石化術式を使ったみたいね。

 天芭を石化できるといいんだけど……⦆


 他戦場の戦況が動く中、中将も体勢を立て直し再度〈異魚〉へと向かった。

 先程と同様の戦法で彼女を翻弄する。


 対する〈異魚〉は、遠隔放射音波で攻撃、全周囲放射音波で防御と云う戦法で対抗した。


⦅ウフフ。

 この戦法は上手くはまったわね。

 肉弾戦型のアイツには崩せないでしょ。

 でも、勝つ見込みがないのに何で攻めて来るんだろ。

 あっ、もしかして時間稼ぎ?⦆


異魚〉はそれを確かめるべく、再度他の戦場に注意を向けた。


⦅あー天芭の石化に失敗してんじゃん。

 しかも多野センセーの背後から丸鋸まるのこが近付いてるよ~。

 あっ⁈

 ふ~っ、益男さんとお兄様が助けてくれたみたい。

 でも、ハラハラしすぎちゃってお腹の赤ちゃんに悪いわ……。

 宮森さん達も、一つ目もどき(〈アルスカリ型〉)に苦戦してるみたい。

 行ってあげたいけど、今は無理ね……⦆


 仕方なく中将との戦闘を続ける〈異魚〉だったが、互いに決定打を欠き決着が着かない。


 瑠璃家宮から不意に連絡が入った。


『綾、こちらの戦況が小康状態に入ったので益男を助っ人に寄越す。

 余が頼子を回収した後は、宮森 達の所へ行ってやれ』


『分かった、頼子さんの事お願い。

 お兄様も油断しないでね♥』


ハイドラ頼子〉が瑠璃家宮の念動術サイコキネシスで移送されると、〈ダゴン益男〉が助っ人として飛び入り参加。

ハイドラ頼子〉に重傷を負わせた中将へ挑む。


「よくも頼子を!

 お前だけは許さん!

 シュラシュラシュラシュラシュラシュラーーーーーーーッ!」


ハイドラ〉の復讐に燃える〈ダゴン〉は中将に真正面から突進。

 水刃ハイドロブレードで斬り付ける。

 中将は双剣で受け止めるも、その姿勢のまま一メートルも押し出された。

 地面に残るわだちが、〈ダゴン益男〉の突進力を物語っている。


⦅うっわー怖い顔……。

 普段は落ち着いてる益男さんだけど、怒るとこんなになるんだね。

 あっ、宮森さんから連絡きた!⦆


異魚〉は中将を〈ダゴン益男〉に任せ、宮森 達の加勢へと向かった。





 外吮山頂上決戦 中盤 その五 了

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