外吮山頂上決戦 中盤 その四

 一九一九年七月 長野県重井沢 外吮山頂上





ダゴン益男〉が復讐心をたぎらせ中将の許へ向かう。


 瑠璃家宮は天芭 大尉に向け牽制射撃をこなすかたわら、念動術サイコキネシスを発動させ〈ハイドラ頼子〉を救助した。

 瀕死ではあるものの彼女に息は有る。


 中将に斬られる直前、危機を察した〈ハイドラ頼子〉は体表から粘液を分泌させていたらしい。

 粘液のヌメりで中将の刃が僅かに鈍り、九死に一生を得たのだ。


 瑠璃家宮は直ぐに水中へと〈ハイドラ頼子〉を移し、緊急手術に取り掛かる。


 先ずは胸郭に開いた傷を縫合ほうごうした。

 幸い目立った傷はこれだけなので、ここと内蔵さえ修復できれば直ぐにでも戦闘は可能である。


⦅しかし、今のままでは外法衆に歯が立たぬ……⦆


 そう判断した瑠璃家宮は一計いっけいを案じ、〈ハイドラ頼子〉に更なる改造を加える事にした……。


ハイドラ頼子〉の手術が終わる迄は天芭を近付けられない。

 瑠璃家宮からスプリングフィールドM1903を借り受け、断続的に射撃する蔵主 社長。


 隣りの戦場では〈ダゴン益男〉が中将に接敵。

 手の空いた〈異魚〉は宮森 達の援護を担当。


 天芭は戦輪チャクラム八枚を装填したまま、蔵主の銃撃をことごとく躱して行く。

 のらりくらりし過ぎているようにも思えるが、これは蔵主の弾切れを狙っているのだ。


 弾丸を撃ち尽くし再装填リロード作業に入った蔵主。

 それを待っていた天芭は蔵主に急接近。


⦅たわいない。

ダゴン益男〉が居ない今、蔵主は斬り刻んで終わりだな……⦆


 天芭が全ての戦輪チャクラムを回転させ蔵主に迫る。


 蔵主なりの苦渋くじゅう表現なのか、彼はあんぐりと口を開け悄然しょうぜんとしていた。


「文字通り、八つ裂きにして差し上げますよ!」


 天芭が戦輪チャクラムを差し向けた瞬間、蔵主は顎が外れたかのように大口を広げる。

 すると、その口腔からつつのような器官がり出した。


「これは、〈ダゴン益男〉が使っていた水銃!」


『ブッ、ボババァァーーーーーーーーーーーーーーッッ』


 蔵主の口腔から迫り出した筒は、舌を変化させた水銃ハイドロライフルである。

 その水銃ハイドロライフルから超高圧の水流が噴き出した。


 蔵主の真正面にいた天芭は土手どてぱらに激流を受けてしまい、その衝撃で外吮山頂上の端までも追い遣られる。


⦅くそっ、水刃だけでなく水銃も再現できるとは……。

 それにだいぶ距離を離されてしまったな。

 早く接近しないと、瑠璃家宮が何をして来るか判らん!⦆


 その場から急上昇して何とか蔵主に接近し直そうとする天芭。

 だが、蔵主は水銃から水弾を連射しそれを許さない。


⦅今度は水流ではなく水弾か。

 粗方水の節約の為だろうが、弾幕を張るにはもってこいの方法。

 中々どうして、奴らも考える。

 ん?

 水の節約……水の節約だと!⦆


 天芭が何かに気付いた時、瑠璃家宮の戦略は完成間近だった。


 上空の一画いっかくにわかに暗くなる。

 瑠璃家宮の念動術サイコキネシスにより川から運ばれて来た水の所為だ。


 瑠璃家宮はその水を自身の周囲に移動させ、元々あった水に加える。

 彼はそれを蔵主に分け与え、傷の治療と水銃の弾薬補充を同時にこなした。


 蔵主は豊富な水源を活用し水弾を連射。

 天芭が接近する暇を与えない。

 天芭は水弾幕から逃げ回りつつ戦場全体を俯瞰ふかん


⦅武悪の方はまだ粘っているな。

 まあ、あの雑仏が完成すれば形勢は一気に逆転可能。

 中将は……不甲斐ふがいない。

ダゴン益男〉に一本……。

 いや、二本取られたな。

 部下の不始末は隊長の責任でもある。

 尻拭いするしかあるまい……⦆


 中将の不利を悟った天芭は、多野に掛けていた誘導法を解除。

 装填しておいた戦輪チャクラム四枚を〈ダゴン益男〉に投擲し、中将の危機を救った。

 そして状況打開の策を練る。


⦅それにしても、瑠璃家宮 達にまた兵糧ひょうろうを与えてしまった。

 蔵主は調子に乗って水弾を連射。

 治療中の〈ハイドラ頼子〉によほど近付かれたくないのだろう。

 多野は味方の障壁維持と石化解除を続けている。

 暫くは電撃や石化攻撃はないだろう。

 問題は瑠璃家宮だ。

ハイドラ頼子〉の治療が終わり戦線に復帰すれば、こちらの不利になるは必定ひつじょう

 この状況を覆す一手は……在る!⦆


 天芭が三密加持に入った。


 左手で軍服の腹前を掴み、右手は手の平を前に向け下げる形の密印ムドラーを結ぶ。

『――オン・アラタンナウ・サンバンバ・タラク――』と真言マントラを唱え、〘宝生如来ほうしょうにょらい宝珠法ほうじゅほう〙を成立させた。


 戦輪チャクラムを投擲し終えた天芭の造腕マルチアームに、下部が球形で上部が山なりに尖っている物体の映像ビジョンが現出。

 いわゆる如意宝珠にょいほうじゅだ。


 意のままに願いを叶えるとされる如意宝珠。

 果たしてその能力はいかなるものか。


 天芭は四つの宝珠を瑠璃家宮へと送り込み、再び日天・焦光法を繰り出す。

 するとそれぞれの宝珠から電磁波が放射され、瑠璃家宮 周辺の水が熱せられた。


 使用者の術を遠隔展開するのが、宝生如来・宝珠法の権能である。

 天芭は四つの宝珠を生成しているので、自身を含め最大五箇所の術式展開が可能となった。


⦅このまま水を被り続けていると、頭部がゆだってしまう……⦆


 そう判断した瑠璃家宮は、水の全周囲兜フルフェイスヘルメットを仕方なく解除。

ハイドラ頼子〉の改造手術に注力する。


「天芭の奴ぅ、近付けないもんだから自分の代わりに宝珠を寄越すとはぁ!」


 宝珠の正体に気付いた蔵主は、狙いを天芭から宝珠へと変更。

 宝珠に向け水弾を連射する。


 だが宝珠は水弾をヒラリヒラリと躱し、遂には多野の後ろへと回り込んだ。

 他の宝珠を狙ってはみるものの、どれか一つを追い払えば他の宝珠が近付きらちが明かない。


「こ、これは如意宝珠か⁉

 それも四つ。

 殿下、早く水から御離れ下さい!」


 多野があやぶんで注進するが、中々聞き入れない瑠璃家宮。

 額に汗を滲ませ、〈ハイドラ頼子〉の改造完了を目指し尽力する。


 水が湯気を放ち始めた。

 沸騰まで間が無い。


『……終わった。

 頼子、目覚めよ』


 瑠璃家宮の呼び掛けに応えるべく、〈ハイドラ頼子〉がその異様を現した――。





 外吮山頂上決戦 中盤 その四 了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る