外吮山頂上決戦 序盤 その三

 一九一九年七月 長野県重井沢 外吮山頂上





 蔵主 社長が天芭 大尉の放った戦輪チャクラムを防ぎ切った後、掘っ立て小屋の屋根に降り注いだ幻魔達の死骸に変化が起きていた。

 死骸の沼がうごめき、何らかの形を成そうとしている。


 宗像が正直な感想を吐露とろした。


「何やあれ、気色きしょく悪いの~。

 動きよるで……」


「宗像さん油断しないで下さい。

 瑠璃家宮 殿下の御力を共有させて貰ってはいますが、自分らふたりは肉体を変容させる事が出来ないんですからね」


「解っとるわい。

 まあ、障壁は張ってくれてはるみたいやし、ここは先手必勝で行ったらぁー!」


 発奮はっぷんした宗像は、死骸の沼に爆裂弾をぶっ放す。


 蔵主から借り受けたウィンチェスターM1912は標準タイプなので、散弾の対人最大有効射程は五〇メートル程。

 接近しなくとも安全に攻撃できる。


 だが、宗像の発砲と同時に散弾の矢面やおもて……もとい、弾面たまおもてに出て来た者がいた。

 武悪である。


 武悪は錫杖を高速回転させ、飛来する爆裂弾をことごとく防いだ。


 武悪からの精神感応テレパシー波が無差別に照射される。


『へっへっへ。

 まだなんでな、壊して貰っちゃ困るのよ。

 この秘術はよ、お前さんのお蔭で完成したんだぜえ。

 礼を言うぜ、宗像 藤白とうはくセンセイ』


『何やと、武悪とか言うとったな。

 どう云うこっちゃ!』


『まだ解らねえのかい。

 あんたが制御方法を確立してくれたんだろ』


『お前なにを言うて……⁈』


 武悪は宗像に思念での返答はせず、秘術をもってその答えとした。

 両手の親指を四指で握り込み、左右の人差し指を絡める形の密印ムドラーを結ぶ。


『――オン・バサラ・ユゼイ・ソワカ――』と真言マントラを唱え、普賢菩薩ふげんぼさつ延命法えんめいほうを完成させた。


 この秘術は、生物の成長を促進する効果が有る。


 武悪と宗像がやり取りしている間に、死骸の沼がところどころこぶ状に盛り上がった。

 そしてその瘤達は、彼らが今迄にほふって来た幻魔の形を借りて現世によみがえる。


 只、屠られる前の化け物達とは違う点を宮森と宗像は見抜いた。


「宗像さん、幻魔の死骸を動かしている組織は動物の筋肉とは思えません。

 それに、化け物の頭部と思われる箇所に見えるアレは……」


「そやな。

 木の幹に似た柔組織じゅうそしきに特異な形状の傘。

 短い突起を生やした細長い柔組織で構成される渦巻き状の円盤。

 あれはまさしく、〈ミ゠ゴ〉の子実体しじつたいや!」


 幻魔の死骸を甦らせた正体が〈ミ゠ゴ〉だと判明し、宗像は酷く緊張してしまう。


 宮森 達は先月訪問した青森で、大昇帝 派の頂点トップである井高上 大佐と闘った。

 その時彼らは戦況を打開すべく、いま眼前にいる〈ミ゠ゴ〉を利用したからである。

〈ミ゠ゴ〉の性質を知悉ちしつしている分、彼らはその厄介さも身に染みていた。


 突然に外吮山頂上の大気が振動する。


「ラ~~~~~~~~~~~~~~~~~♪」

「ラ~~~~~~~~~~~~~~~~~♪」

「ラ~~~~~~~~~~~~~~~~~♪」


 第二第三の声帯を使っての音波放射。

異魚〉の十八番おはこである。


 瑠璃家宮 陣営全員と霊的共有状態に有るふたりは、音波放射の意味を直ぐに理解した。


「宗像さん、綾 様の御声の御蔭で〈ミ゠ゴ〉……いや、〈ミ゠ゴ幻魔〉の成長が手に取るように判ります!」


「〈ミ゠ゴ幻魔〉とは、言い得て妙やな宮森はん。

 そんで綾 様の発した声、あれは探知音波みたいやな。

 でも、ええ事だけやないで……」


 ふたりの感じた〈ミ゠ゴ幻魔〉の成長。

 その総数は二〇体を優に超えている。

 それだけの数の〈ミ゠ゴ幻魔〉が一斉に活動し始めたのだ。


 その内の幾体かが、瑠璃家宮や〈異魚〉の許へと向かってしまう。

 特に、瑠璃家宮 達の所へは多く派遣された。

 先程〈ダゴン益男〉が空中の天芭へと飛び立ったので、瑠璃家宮 達の防衛は手一杯になるだろう。


「あかん!

〈ミ゠ゴ幻魔〉が他の所に攻め込みよるぞ。

 それに、〈ミ゠ゴ幻魔〉が胞子を飛ばし始めたらえらい事になる。

 ワイらが止めんと」


「自分は構造を詳しく精査してみます!」


 宗像の鬼気迫る叫びと宮森による精査スキャン結果を受け、感覚共有を行なっている瑠璃家宮が素早く対応した。


 水に包まれている〈異魚〉と〈ダゴン益男〉を除いた全員の頭部に、念動術サイコキネシスで水を送り込む。

〈ミ゠ゴ幻魔〉の胞子を吸い込まないよう、水の全周囲兜フルフェイスヘルメットを装着させたのだ。


 水の全周囲兜フルフェイスヘルメットを装着した宮森は素早く行動を起こす。

 彼の所持しているウィンチェスターM1912は、銃身と銃床を切り落とし携帯性と至近距離での攻撃範囲を拡張したソードオフタイプ

 接近しないと効果が薄い。


 宮森は武悪側方を回り込み、〈ミ゠ゴ幻魔〉を狙い易い位置まで走る。

 しかしそれを黙って見過ごす武悪ではなく、新たに三密加持を行なった。


 内縛し、右手の親指を立てる形の密印ムドラーは聖観音印。

『――オン・アロリキャ・ソワカ――』と真言マントラ

聖観音しょうかんのん連壁法れんぺきほう〙が成る。


 武悪は錫杖を持って宮森の行く手を塞ぎ、悠然と接近して来た。


『へっへっへ、あんたが宮森さんかい。

 天芭 隊長から話は聞いてるよ。

 あの隊長をめるたあ大したもんだ。

 今度は俺の相手でもしてくれや!』


 接近して来る武悪を不気味に感じ、躊躇ためらい無くウィンチェスターM1912をブッぱなす宮森。

 ソードオフタイプなので、発射された散弾は直ぐに散らばる。


 しかし武悪は再び錫杖を高速回転させて散弾を無効化。

 今度は錫杖で突きを入れて来る。

 宮森は躱すが、直ぐに肉薄し直され再度錫杖を振るわれた。

 宗像も援護に入ろうと考えはするものの、ふたりが接近し過ぎている為に発砲できない。


 宮森に肉薄した武悪はそのまま錫杖を振るい続け、問わず語りで秘術を自慢して来る。


「俺が使った准胝観音・母宮法ってのはな。

 手っ取り早く言やあ疑似生命体を造って操る術法よ。

 俺らはその疑似生命体を雑仏って呼んでるがね。

 土壌とか諸々もろもろの条件で、出来上がるもんが決まっちまうんだ。

 肥えた土壌とある程度の水が確保できるんなら、問題なく雑仏は造れる。

 造れるんだが、如何いかんせん完成まで時が掛かり過ぎんのよ。

 でもあの宗像センセイが〈ミ゠ゴ〉の制御方法を研究してくれたお蔭で、とんでもなく短時間で雑仏を造れるようになっちまったぜ。

 それに、今回の苗床なえどこは幻魔の死骸ときた。

 どんな化けもんが出来上がんのか、今から楽しみだぜ!」


 武悪は力押しで宮森を引き倒し、うつ伏せになった宮森の腰を力一杯踏み付けた。


「ちっ、やっぱ障壁が張られてやがんな……。

 おっと危ない!」


 倒れた宮森から錫杖を高速回転させ飛び退く武悪。

 宮森が振り向きざまにウィンチェスターM1912を発砲したのだ。


 宗像は宮森から離れた武悪にすかさずコルトM1911を発砲し、宮森から更に引き剥がす。


 ここで、瑠璃家宮からの精神感応テレパシー通信が入った。


『宗像、宮森の事は放って置け。

 其方では大した力になれん。

 それよりも、其方達の命名した〈ミ゠ゴ幻魔〉の数を減らすのだ』


『はいっ、かしこまりまして御座います!

 宮森はん、堪忍かんにんな……』


 瑠璃家宮の指示も有り、宗像は〈ミ゠ゴ幻魔〉の処理へと向かう。

 彼は取り敢えず、密度の高い所にぶっ放した。


 両脚の生成が完了し立ち上がっていた個体群に命中する。

 瑠璃家宮の神力が共有されているので、普段とは火力が段違いだ。


 三体の〈食屍鬼グールタイプミ゠ゴ幻魔〉の上半身を吹っ飛ばしたが、下半身は元気に行進して来る。

 宗像はそれも構わず、銃把筒ハンドグリップを操作しての連続射撃スラムファイア


 散弾を使い果たした頃には、他の戦場へと移動し始めていた〈食屍鬼グールタイプ〉と〈ヴーアミ族タイプ〉の大半を駆逐する事に成功する。

 これにより、宗像は自軍の消耗を最小限に抑えた。


 抑えられなかった。


食屍鬼グールタイプ〉と〈ヴーアミ族タイプ〉を盾にし、〈ブホールタイプ〉がその下を這いずっていたのである。


 瑠璃家宮 達と〈異魚〉達の戦場へ〈ミ゠ゴ幻魔〉の移動を許してしまった宗像は、兎にも角にも次弾の装填を急いだ。


 だが、そうは問屋が卸さない。

食屍鬼グールタイプ〉、〈ヴーアミ族タイプ〉、〈ブホールタイプ〉、それぞれの〈ミ゠ゴ幻魔〉が宗像にも襲い掛かって来る。


 ウィンチェスターM1912への装填を断念した宗像は、仕方なくコルトM1911を発砲。

 先頭を勤めていた〈ブホールタイプ〉に命中させた。


 弾丸に仕込まれていた細胞融解素が、〈ブホールタイプ〉の体組織を崩壊させて行く。


 ここで宗像の脳裏に、〈ミ゠ゴ幻魔〉の弱点が突如浮かんで来た。

 どうやら、〈異魚〉と〈ハイドラ頼子〉がそれを見付けたらしい。


⦅障壁も張ってへんし、弾も普通に効くようやな。

 それに〈ミ゠ゴ幻魔〉の弱点も判ったで。

 情報共有様々や。

 これやったらいけるで!⦆


 宗像はコルトM1911で、自身を襲って来ていた〈ミ゠ゴ幻魔〉を全て駆逐。

 ウィンチェスターM1912に弾薬を装填した後、意気揚々と〈ミ゠ゴ幻魔〉が最も密集している地帯へと向かった。


 しかし、そこで恐るべき事態を宗像は共有してしまう。


「あかん!

 頼子はんが、や、やられてもうた……」





 外吮山頂上決戦 序盤 その三 了

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