外吮山頂上決戦 序盤 その二

 一九一九年七月 長野県重井沢 外吮山頂上





 戦闘態勢に入った瑠璃家宮は早速神力を解放する。


 強大な念動術サイコキネシスを用い、外吮山西方を流れる遊川ゆかわから大量の水を運んで来たのだ。

 それに加え、塩を始めとした無機質ミネラル不思議エーテル界で生成し融け込ませる。

 それは最早、海水と呼んで差し支えのない物だった。


 瑠璃家宮はその人口海水を外吮山頂上に降らせる。


 ちなみに、この現象は〈白髪の食屍鬼グール〉による認識阻害術式が広範囲展開されていた事により、一般人の大半は気付かぬままだった。

 しかし、重井沢に潜り込んでいる外国の魔術師や霊感の強い者には視えていたらしく、後に霊感の強い地元民が語った所によると、『水龍が外吮山頂上におり立ったと思った……』と評していたと云う。


 その人工海水を受けて綾は〈異魚にんぎょ〉に、権田 夫妻は〈父なるダゴン〉と〈母なるハイドラ〉にその身を異形化させた。


 権田 夫妻と能力を共有している蔵主 社長も半魚人型に変身。

 その四肢から水刃ハイドロブレードを展開する。


 瑠璃家宮 陣営の半数が異形化したが、未だ〈ショゴス〉との融合を果たしていないのか、多野 教授と瑠璃家宮にその兆候は無い。


 大量の水が降り注ぎ、『このまま溺れるのではないか……』と心配していた宮森と宗像。

 だがその水は多野と瑠璃家宮 周囲に浮遊し、異形化した四人をそれぞれ包み込む。

 結果、異形化した四人が吸収した分以外の水は宙に浮いていた。


 溺れずに済んでホッとしているふたりを尻目に、〈異魚〉が水管チューブに包まれ優雅に宙を舞っている。

ダゴン益男〉は四肢から水刃ハイドロブレードを展開させ、〈ハイドラ頼子〉は口腔内から顎杖ジョーズロッドを取り出した。


 その光景を眺めていた外法衆三人も、密印ムドラーを結び真言マントラを唱え始める。


 中将は左手の親指を他の四指で握り拳の形にして、その握り拳を右手全体で下から包み込んだ。

 これは摩利支天印である。


 そして『――オン・アニチ・マリシエイ・ソワカ――』と真言マントラを唱え、先程の問答にもあった姿を消す秘術、摩利支天・隠形法を完成させた。


 術の効果で中将の姿が消える。


 すると、錫杖を地面に衝き立てた武悪も三密加持さんみつかじに入った。


 両手の指を掌内で交差させる内縛印ないばくいんを作り、両方の中指を、第一、第二関節共に緩やかに曲げて指先を合わせる。

 そして親指と人差し指共に伸ばし、外側に開いた。

 これは准胝観音印である。


『――オン・シャレイ・シュレイ・ジュンテイ・ソワカ――』と真言マントラを唱え、〘准胝観音じゅんていかんのん母宮法ぼきゅうほう〙を成立させた。


 顔をニヤ付かせて秘術の権能を匂わせる武悪。


「こっちは三人ぽっちだから少し頭数を足そうと思ってよ。

 精々楽しんでくれや」


 天芭 大尉も部下にならう。


 右手の指を上にして両手の指先を軽く交差させる帰命合掌きみょうがっしょうから、両親指と両小指は交差を外し離して直立させ、小指側の掌をやや広げた。

 次に両中指の指腹を付け、千手観音印を結ぶ。


『――オン・バザラ・タラマ・キリク・ソワカ――』と真言マントラを唱え、千手観音せんじゅかんのん増臂法ぞうひほうを成立させた。


 秘術成立後、天芭の頭上左右と両膝左右の辺りに、霊力で生成された合計四臂しひ造腕マルチアームが出現する。


 続けざまに三密加持を執り行なう天芭。


 両手の指先を揃え、掌中に膨らみを持たせた虚心合掌こしんがっしょうを作る。

 両親指は揃えて伸ばし、両人差し指は第二関節から曲げて指先を水平に付け、両中指は第二関節から僅かに曲げ山なりにした。

 これは如意輪観音印である。


『――オン・ハンドマ・シンダマニ・ジンバラ・ウン――』と真言マントラを唱え、如意輪観音にょいりんかんのん戦輪法せんりんほうを成立させた。


 この秘術は霊力で戦輪チャクラムを生成する秘術なのだが、戦輪チャクラムの輝きは未だ無く、天芭の両椀と造腕マルチアームは別々の密印ムドラーを結び始める。


 天芭 頭上横の造腕マルチアームが動作。

 虚心合掌の形から両人差し指を第二関節から深く曲げ揃えると、両親指の先を付け不空羂索観音印を結ぶ。


 同時に天芭 自身の両手が動作。

 右手の親指を第一関節で曲げ、残りの四指は揃えて伸ばし、左手は親指と人差し指で輪を作って、残りの三指は拳を握る形状の阿閦如来印を結ぶ。


 これ又同時に天芭 両膝横の造腕マルチアームが動作。

 右手の親指を上にして両手を組む外縛印げばくいんから、両親指と両小指を立てる形状の孔雀明王印を結ぶ。


 続けて『――オン・アボキャ・ビジャヤ・ウン・ハッタ――、――オン・アキシュ・ビヤ・ウン――、――オン・マユラ・キランデイ・ソワカ――』と三連続で真言マントラを唱えた。


 それにより、不空羂索観音ふくうけんじゃくかんのん誘導法ゆうどうほう阿閦如来あしゅくにょらい障壁法しょうへきほう孔雀明王くじゃくみょうおう飛行法ひこうほうを同時に成就じょうじゅさせる。


『ブーーーーーーーーゥン……』と云う振動音と共に天芭の足が地面から離れ宙に浮き、不可視の障壁バリアが天芭 全身に沿って展開された。

 頭部横の造腕マルチアームには羂索が握られ、両膝横の造腕マルチアームには戦輪チャクラムが備わる。


 天芭は自身の両手で更に密印ムドラーを結んだ。

 内縛印の形から両中指を立て合わせてる形。

 水天印である。


『――ナウマク・サンマンダ・ボダナン・バルナヤ・ソワカ――』と真言マントラを唱え、水天すいてん自在法じざいほうを成就させた。


 天芭は水天・自在法を使い瑠璃家宮が運んで来た水を彼らから引き剥がそうとするが、瑠璃家宮の念動術サイコキネシスによるいちじるしい抵抗にい断念する。


⦅ほう、私の水天・自在法に抵抗できるとは流石は瑠璃家宮。

 なるほど、自陣営の強化に徹するか。

 いつまでその余裕が続くか、見ものだな⦆


 水天・自在法による水分掌握に見切りを付けた天芭は、両膝横の造腕マルチアームから戦輪チャクラムを飛ばす。


 戦輪チャクラムは瑠璃家宮を狙っていたが、蔵主が援護防御に入った。

 戦輪チャクラム水刃ハイドロブレードで防がれ消失するも、天芭の造腕マルチアームには新たな戦輪チャクラムが装填されている。


 先ほど戦輪チャクラムが放たれた一瞬で、外法衆の面々は精神感応テレパシーでの会話を終えていた。

 内容はこうである。


『隊長、俺の獲物はどいつで?』


『〘雑仏ざつぶつ〙が充分に出た後、武悪さんは主に宗像とあの眼鏡の書生、宮森を牽制して下さい。

 宗像と宮森には後で私が直々に拷問したいので、くれぐれも殺さないように』


『ちっ、物足りねえな。

 俺としちゃあ、瑠璃家宮や〈ダゴンとハイドラ権田夫婦〉なんかともやりたいんですがね』


『勿論、余裕が有ったら瑠璃家宮を守っている多野や蔵主と遊んで貰って構いませんよ』


『へっへっへ、そう来なくっちゃな……』


『と云う事で、中将さんは〈異魚〉を牽制して下さい。

異魚〉には高確率で〈ハイドラ頼子〉がくっ付いて来るでしょうし、見た目通りはらみ子がいます。

 母体を守ろうとするでしょうから、それにも注意を払って下さいね』


『矢張り、あの美しき獲物達を仕留めるのは私でなくては……』


『言っておきますが中将さん。

異魚〉とその孕み子は貴重な標本です。

 なるだけ殺さないようにして下さいよ』


『無論、承知しております』


『私は瑠璃家宮とその取り巻きに仕掛けますが、〈ダゴン益男〉はどこに加勢するか判りません。

 各自後れを取らぬよう、用心して下さい』


 部下達に命令を下した後、天芭は胸中で一考する。


⦅瑠璃家宮は持って来た水で味方の強化か。

 然も各種無機物を混ぜて海水に仕立てるなど、あちらの強化度合いも著しい。

 何とかしたいのは山々だが、水天・自在法でも動かせないとなると非常に厄介だ。

 何か別の攻略法を模索もさくしなければならない……⦆


 外法衆側の作戦要綱と天芭 独自の秘策も決定し、本格的な魔術戦闘が開始された。





 外吮山頂上決戦 序盤 その二 了

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