第七節 外吮山頂上決戦 序盤

外吮山頂上決戦 序盤 その一

 一九一九年七月 長野県重井沢 外吮山頂上





〈白髪の食屍鬼グール〉が思念放射を終えると、小屋を挟んで向かい側に人影が現れる。


 帝国陸軍の軍服に身を包み、三人が並んでいた。

 夏の日差しの中、三人共能面を着けている。


 向かって左は錫杖しゃくじょういている禿頭とくとうの男性で、身長は日本人男性平均ながら横方向に体格が良い。

 着けている面は武悪面ぶあくめん


 彼は錫杖で地面を衝いては遊環ゆかんを鳴らし、今からる気満々だ。


[註*武悪面ぶあくめん=鬼や男性の幽霊を表現した面。

 腫れぼったいまぶた、大きな鼻、歯を剥き出しにして笑う口が印象的で、怖さだけでなくユーモラスさも漂う。

 能だけでなく狂言にも使用される]


[註*遊環ゆかん=錫杖上部の金属製の大環だいかんに掛けられ、振った時に音が鳴るようにする小環しょうかんの事。

 小環の数は、四個、六個、十二個など種類がある]


 向かって右、細身でやや長身の人物は十六中将面じゅうろくちゅうじょうめん

 その人物は御下おさげにった長髪を左肩に垂らしているが、身体付きは男性である。


 左腰の留め具ホルダーに、金剛杵こんごうしょの一種である都五鈷杵すべごこしょを二つぶら下げていた。

 その都五鈷杵は、覚者密教の儀式に使われる通常の物より寸法サイズが大きい。


 彼は顎に右手を当て、瑠璃家宮 陣営を値踏みする仕草を見せていた。


[註*十六中将面じゅうろくちゅうじょうめん=中将面は少年から壮年までの男性を表す面で、ひげの有無や表情にかなりの種類がある。

 今エピソードで使用されている十六中将面は髭なしの美男子面びなんしめんで、在原 業平ありわらのなりひらがモデルだとされる]


[註*金剛杵こんごうしょ=覚者密教の仏具で、握り柄の上下に刃が付いている。

 元々はインド神話の神、雷神インドラの武器であるヴァジュラを模した物。

 先端の形状が異なる様々な種類が存在し、刃の少ない順から、独鈷杵どっこしょ三鈷杵さんこしょ五鈷杵ごこしょ七鈷杵ななこしょ九鈷杵きゅうこしょとなる。

 又、三鈷杵の中央の刃だけが他の二本に比べて長いものを三鈷剣さんこけん、五鈷杵の爪が真っ直ぐなものを都五鈷杵すべごこしょと呼ぶ。

 先端が刃ではない種類も存在する(作中での設定)]


 中央の人物はかなり小柄な体格で童子面どうじめん

 両手を腰の後ろに回しており、落ち着いた雰囲気を見せている。


 面など着けているが、瑠璃家宮 陣営はその人物の正体を一目で見抜いていた。

 大昇帝 派の魔術実戦部隊である外法衆げほうしゅうの隊長。

 天才魔術師、天芭てんば 史郎しろう


 童子面が瑠璃家宮 陣営に肉声で話し掛けて来る。


「皆さんこんにちは。

 私は天芭 史郎と申します。

 多野 教授と蔵主 社長、瑠璃家宮 皇太子殿下と綾 殿は初めましてですね。

 権田 夫妻と宗像 先生、そして宮森 遼一さん、御久しぶりです。

 特に宮森さん、貴方は私に大火傷を負わせて下さいました。

 大変感謝していますよ。

 私の両脇に控えて頂いているのは、外法衆正隊員の皆さんです。

 彼らが着けている能面の名で御呼び下さい。

 私の右が武悪さんで、左が中将さんです。

 以後……が貴方方全員に有るかは判りませんが、御見知り置きを」


「丁寧な紹介、痛み入る。

 余が瑠璃家宮るりやのみや 玖須人くすひとである。

 其方が天芭 大尉であるな。

 龍泉村の温泉で大火傷したそうだが、具合はどうかね?」


「御心配には及びません。

 ほら、この通り……」


 瑠璃家宮の明らかな挑発にほがらかな声で応じた天芭は、念動術サイコキネシスで軍服の襟釦えりボタンを外しくび筋を見せる。


「火傷あとは全く見られんな。

 本復ほんぷくしたようでなによりである。

 それにしても天芭 大尉、臣下の者から聞いていたのだが、其方らは摩利支天まりしてん隠形法おんぎょうほうを使うのであろう。

 何故に先制の利を捨てるのだ?」


 ここで〈白髪の食屍鬼グール〉が思念で会話に割り込んで来る。


『儂が禁じたからじゃ。

 いきなり結論が出ても詰まらんでの。

 無論、討論中は存分に使つこうてもろうて構わんぞ』


「だそうでしたので、今回はそのまま姿を現わしたと云う訳です。

 では、目的のモノの所有権を賭けて論じ合うとしましょうか」


 天芭は腰の後ろに回していた両手を前に出す。

 その手には、黄緑色の手袋が嵌められていた。


 瑠璃家宮 陣営は各々が銃器を準備。

 霊力を高揚させて外法衆を警戒する。


 ついでに、明日二郎も宮森へかつを入れた。


ふんどしを締め直して行けよ、ミヤモリ!

 ここで負けたら全部オジャンだからな』


『天芭 大尉相手に自信は無いけど、今回は瑠璃家宮がいる。

 何とかするさ』


 ここで宗像が外法衆の三人を指差し、〈白髪の食屍鬼グール〉に向け思念を放射した。


『ちょっと待たんかい!

 ワイらはここに来るまで、仰山の化けもんとたたこうて来てんねんぞ。

 何であいつらだけはここまで素通りなんや。

 おかしないか?』


 宗像が〈白髪の食屍鬼グール〉に難癖なんくせを付けている間、瑠璃家宮は臣下一同と精神感応テレパシーを用い秘匿通信を行っていた。

 一同は思考と感覚の高速化クロックアップを行なっているので、実時間としては一瞬である。


『皆の者、確と傾聴けいちょうせよ。

 相手は外法衆、戦闘特化型魔術師の最高峰である。

 余が全力を挙げて闘えば、勝利する事自体は造作ぞうさもない。

 だが奴らは神力を解放した反動で余が石化するのを見計らい、残りの者共で帝居を襲撃するだろう。

 当然その事態は避けねばならんが、余が神力を解放せぬままに闘っても勝ち目は無い。

 そこで余の方から対抗策を示す。

 蔵主 社長の固有術式である共有を使い、神力を皆に共有させる』


『殿下、そ、そのような事が可能なのですか?』


 瑠璃家宮の奇策を危ぶむ宮森だったが、それについては蔵主が説明する。


『理論的には可能ですよぉ。

 わたくしの固有術式である共有はぁ、共有する側が出来る範囲までの事しか出来ませぇん。

 ですからぁ、〈ショゴス〉との融合を果たしていない方々に肉体の変容は起こりませんのでご安心下さいぃ』


『し、しかし、神力を解放すれば石化が起こるのですよね。

 神力を共有する以上、その現象は自分達にも起こり得るのでは?』


 今度は多野が答える。


『そう、であるからこの私がいるのだ。

 私が使う石化解除の術式も同時に共有して貰い、石化を極力防ぎ乍ら闘う事になる』


 瑠璃家宮が纏めに入った。


『細かい動きは余が支持する。

 宮森よ、其方も良策を思い付いた際は遠慮なく申し出るがいい。

 皆も良いな』


『はっ!』


 宮森の返事を皮切りに、臣下一同が続く。


『御意に御座りまする!』

『同じくですぅ』

『緊張して来たけど、アタシ頑張る!』

『頼子、綾 様を頼むよ』

『分かりましたわ、あなた』

『殿下の御力を共有?

 何かどえらい事になりそうやな……』


 瑠璃家宮 陣営が秘匿通信を終えると、宮森は明日二郎と連絡を取る。


『明日二郎、瑠璃家宮が神力を自分らと共有するらしい。

 お前の存在が知られる可能性が有る。

 念の為に精神感応連鎖を切ってくれ』


『仕方ねえさ。

 リンクは切るが、オイラがいなくなるわけじゃねえ。

 いっちょ気張って来いや!』


『明日二郎、ありがとうな……』


 宮森が明日二郎にしばしの別れを告げると、精神感応連鎖テレパシックリンクが切断される。


 明日二郎の気配が消えた脳中を寂しく思いつつ、事の成り行きを見守る宮森。


 秘匿通信前の宗像の質問には、〈白髪の食屍鬼グール〉の代わりに武悪が答えた。


「その化けもんてぇのは、こいつらの事かい?」


 武悪が錫杖を『シャン……』と鳴らすと、外法衆背後方向からおびただしい数の何かが湧き上がり、掘っ立て小屋の屋根にボドボドと降り注いだ。

 武悪が念動術サイコキネシスを使ったのである。


 掘っ立て小屋はその上方も障壁バリアで囲われているらしく、湧き上がった何かは小屋の屋根に直接触れてはいない。

 その何かは障壁バリア葡萄色えびいろの跡を残し、腐臭を放って地面に迄ずり落ちて来た。


[註*葡萄色えびいろ=濃い赤みを帯びた暗めの紫色。

 山葡萄やまぶどうの一種、葡萄葛えびかずらの熟した果実の色から名付けられた]


 瑠璃家宮 一行がその正体を掴む。

 それらは多数の〈食屍鬼グール〉と〈ヴーアミ族〉、そして巨大芋虫〈ブホール〉や単眼巨人〈アルスカリ〉の死骸だった。


 今度は中将が念動術サイコキネシスを使い、大型動物の骨と焼けた植物の蔓を死骸上に落とす。


「ここに来る途中、植物の化け物と体格の良い〈ヴーアミ族〉に襲われたが殆どが焼けてしまったのでね。

 もうこれぐらいしか残っていない」


 それは明らかに、〈トロル〉と〈地獄の植物ヘルプラント〉の焼け残りだった。


 夏の陽射しで湧き立つ蜃気楼しんきろうと、その夥しい数の不浄から湧き起る腐臭が溶け合う。

 その中で瑠璃家宮 陣営は戦慄せんりつしていた。


 そう、外法衆の面々も幻魔達と闘い、あまつさえその死骸や残骸を頂上にまで運んで来ていたのである。


「な、何や、あんたらもたたこうてたんかい……」


 宗像の憤慨ふんがいが急速にしぼんだのも無理からぬ事。

 しかし瑠璃家宮 陣営は気持ちを切り替え、闘いに向けて奮起するよりない。


 比星 一族を巡る争いに天芭の雪辱戦リベンジマッチも加わり、両陣営間に熱気がみなぎっている。


『それでは、存分に討論会を楽しんでくれろ……』


〈白髪の食屍鬼グール〉のふざけた開始宣言で、決戦が始まった――。





 外吮山頂上決戦 序盤 その一 了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る