瑠璃家宮の秘密 その三

 一九一九年七月 長野県重井沢 外吮山内部





 巨大芋虫と単眼巨人を撃破した、蔵主 社長、益男、綾、宗像は、洞窟開口部までの坂道を登り切り脱出を果たした。


 洞窟から出た途端に降り注ぐ真夏の陽射しに圧倒される一行。

 綾も背嚢バックパックにしまっていた麦藁帽を取り出し被っている。


 一行が頂上へ辿り着くと、丁度反対側から瑠璃家宮 達も登って来ていた。

 全員の無事を確かめ、各々が挨拶を交わす。


「お~い、お兄様~!

 洞窟探検楽しかったよ~。

 巨大芋虫に丸呑みにされたんだから~」


「綾 様が巨大芋虫に丸呑みにされたですって⁈

 あなた、いったい何やってたの!」


「すまない頼子、その事に付いては後で話すよ。

 後、また洋袴ズボンを斬ってしまった……」


「あなたったら、あれほど衣服は大事にしろと申し伝えた筈ですのに。

 何度言えば解って頂けるのです!」


「頼子さぁん、そこまでにしてやって下さいぃ。

 かく言うわたくしもやってしまいましたぁ」


 両踵から両膝裏まで斬れ目の入った洋袴ズボンを頼子に見せ、鹿撃ち帽ディアストーカーを脱いで七三分けの頭を掻く蔵主。


 興味津々きょうみしんしんなのは宮森だ。


「まさか……蔵主 社長も四肢から刃を出せるのですか?」


「い~えぇ。

 普段は無理なのですがぁ、益男 君が近くにいれば出せるのですぅ。

 詳しくはこの後お伝え出来るかとぉ」


 好奇心に火が点いた宮森だったが、したり顔の宗像に言い寄られる。


「宮森はん、山登り前に言った事、覚えとるやろ。

 先に山頂に着いたもんが酒おごって貰う云うやつ。

 ワイの方が早かったから、約束通りおごってや♪」


「それはいいですけど、呑み過ぎないで下さいよ……」


 皆が挨拶に勤しむ中、多野 教授が何かを見付けたようだ。


「こちらに霊力反応がある。

 皆も準備せよ」


 多野が西洋杖ステッキで指し示す先には、こんもりとした防風林が広がる。

 その防風林に囲まれるようにして、小さな家屋が立てられていた。


 一同は寄り集まりその家屋へと近付く。

 家屋、と云うよりも掘っ立て小屋に近い粗末な建物だ。


 但し周囲には特殊な障壁バリアが張られていて、防風林より内部には入れない。

 あの〈白髪の食屍鬼グール〉、比星 播衛門の仕業に違いないと皆が結論付ける。


 明日二郎が兄の今日一郎を心配し精神感応テレパシー波を送ってみるも、一向に返信が無い。


『チックショー!

 オニイチャンが出ねー。

 やっぱりジイ様が何かやってやがんな……』


『落ち着け明日二郎。

 今日一郎と澄さん両方が無事なのはまず間違いない。

 ここは相手の出方を観よう』


『わーったよ宮森。

 だけど、一応呼びかけは続けてみるぜ』


 明日二郎の期待と焦燥を感じ取る宮森だったが、今は何もする事が出来ない。


 一同は防風林の木陰で休憩に入った。

 体力と霊力回復の為、邪念水と血入り紅茶を喫する。


 水分補給だけでは満足できないのか、軽食を所望する宗像。


「益男はん、背嚢の中に握り飯あったやろ。

 それ出してくれ」


 しかし宮森が益男に向かって首を横に振り、握り飯を取り出すのを止めさせた。


「宗像さん、食べ物を消化吸収するにも肉体の工数を使うんですよ。

 いつ何が起きるか判りませんから、いま食事するのは控えましょう」


「何や宮森はん、尤もらしい事言うてからに。

 握り飯はお預けかいな……」


 宮森が宗像をさとすと、一同はこれまでの情報を共有する。


 山登り組の遭遇した怪物は、御馴染みの〈ヴーアミ族〉、そして〈トロル〉と〈地獄の植物ヘルプラント〉。

 洞窟探検組が遭遇した怪物は、〈食屍鬼グール〉と〈ヴーアミ族〉の他に、巨大芋虫と単眼巨人。

 多野 教授による見解だと、分離合体能力を有する巨大芋虫は〈ブホール〉。

 単眼巨人の方は、〈アルスカリ〉と呼ばれる存在らしい。


 又、宗像の背負っていた冷凍瓦斯ガス噴射装置の爆発で外吮山全体が鳴動してしまい、その御蔭で宮森の作戦がポシャった事。

 瑠璃家宮が〈地獄の植物ヘルプラント〉を故意に活性化させた事で、洞窟内部にも〈地獄の植物ヘルプラント〉の根が侵入して来た事。


 蔵主の固有術式が〘共有シェア〙だと云う事。

 瑠璃家宮が神力を使うと、その身に石化が起こると云う事。

 石化を治療出来る者は、この場では多野 教授だけだと云う事。


 そして外吮山内部には牢屋が存在し、幾人かの人々が閉じ込められ、その多くが死んでいたと云う事。

 加えて、帝居襲撃の際に行方不明となっていたあの酔っ払いが居た事などなど……。


 膨大な新発見にある者は驚愕し、ある者は嫌悪した。


 一同は情報共有を終え、再度装備の点検に掛かる。


 冷凍瓦斯ガス噴射装置を手放して荷が軽い宗像は、蔵主からウィンチェスターM1912の標準タイプと弾丸を借り受けた。

 勿論、銃把筒ハンドグリップを操作しての連続射撃スラムファイアも習う。


 宗像は胴乱マガジンポーチを二つ装備しており、一方にはムナカタヒザメホコリの胞子を煙草の箱に入れて保管していた。


「宗像さん、ソレ持って来てたんですね」


「おうよ。

 龍泉村の時みたいに、何かの役に立つんやないかと思うてな」


 自身が発見した新種なので御守り代わりに持って来ていたが、使う事はあるまいとそのまま仕舞い込む。


 一同が装備点検を終えると、遂に〈白髪の食屍鬼グール〉が思念を放射して来た。


『ほう、一人も欠けなんだか。

 やるではないか。

 お主らの目的である孫は、いま小屋で母親の澄と過ごしておる。

 儂も一緒じゃ。

 頂上まで登って来たお主達に孫を預けたいのじゃがのう。

 他にも孫を欲しいと言うとる者らがおるのよ。

 で、その者達と交渉して決めてくれんか』


『ほら、食べなくて良かったでしょ』と宮森が宗像に耳打ちする。


『何だと!

 我々との約束を反故ほごにする気か!』


 憤怒ふんぬ形相ぎょうそう地団駄じだんだを踏む多野。


『約束?

 儂は約束なぞしとらんぞ。

 山頂に儂と孫がおると言うただけじゃ。

 もう耄碌もうろくしてしもうたのか、多野の老いれよ』


 激昂げきこうの余り言葉も出ない多野が可笑おかしいのか、〈白髪の食屍鬼グール〉が笑いを滲ませ続ける。


『して交渉じゃがの。

 この山の山頂に障壁を張っておいたで、存分に話し合うが良かろう。

 少々ろんが過ぎても、外部への影響は無い筈じゃ。

 もう解かっておろうが、小屋とその周囲にも障壁を張ってある。

 いわゆる議長席と云うもんかの、不可侵領域じゃから気を付けよ。

 若し無理くり障壁を割って入って来よった場合は、もう二度と孫の顔は拝めんと思え。

 瑠璃家宮、これはお主に言うておるのだぞ……。

 それと、議論の裁定は儂が下すでな。

 裁定が下った後には、両陣営共に舌鋒ぜっぽうを収めて貰う。

 それ以上議論をせんよう、しかと留意せよ。

 従わない場合は約定やくじょうの破棄とみなし、一方的に敗北を宣する。

 お主達も、良いな……』


〈白髪の食屍鬼グール〉の思念は、瑠璃家宮 一行とは別の存在にも向けられていた――。





 瑠璃家宮の秘密 その三 了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る