瑠璃家宮の秘密 その二
一九一九年七月 長野県重井沢 外吮山八合目
◇
瑠璃家宮の開示した事柄について何か
「で、殿下!
質問を御許し下さい。
生命体の寿命の話ですが、古代の伝承には何百歳と生きた生物や人間の話が有ります。
今の殿下の御話からすると、それは若しや、古代生物の肉体は炭素が基本構成ではなかったと……」
「伝承学の専門家なだけあるな、宮森よ。
その通りだ。
古代生物の肉体の基本構成物質は珪素。
であるから、何百年、時には千年を超える寿命を持つ事が叶ったのだ。
宮森、いつから生物が短命になったのか推測してみよ」
「えっ⁉
推測ですか。
いま考えますので、暫く御待ち下さい。
そうですね……
海外の記録ですと、五千年ほど前には九百歳以上の人物が存在したと文献に記されていますね。
とすると……大洪水だ!
世界規模で起こったと云われる大洪水の後から、生物の寿命が極端に短くなり始めた‼」
興奮する宮森を眺め乍ら瑠璃家宮が微笑む。
「其方の推測は正しい。
古の大洪水後から生物の身体に謎の異変が起こり、肉体の基本構成物質が、珪素から炭素に成り代わる者達が出始めたのだ。
「で、殿下、それはいったい……」
「現生物は、水が無ければ生きて行けぬ。
炭素生命体は、その機能を維持する為に水が必須であると云う事だ。
ここまで云えば、もう其方にも解るのではないか?」
「それは若しや、珪素生命体の……いえ、神々の力を封じた存在がいたと……」
宮森の回答を聞いた瑠璃家宮が、実に苦々し気に答える。
「いた。
そして神々の力を封じた。
その所為で我々は……余は、満足に神力を行使できん。
で、肉体の破壊を防ぎつつ神力を使いたい時にはどうするのか。
それはもう、珪素を基にした肉体へと改造するしかあるまい。
其方にも覚えがあろう」
宮森は今一度頭を整理し、瑠璃家宮の開示に付いて行く。
「それは、権田 夫妻や綾 様が取り込んでいるモノの事でしょうか」
「そうだ。
我々は〈ショゴス〉と呼んでいる。
〈ショゴス〉を始めとした人外のモノは、
よってそれら人外のモノを取り込む事が叶えば、神の力を行使しても、ある程度は肉体の破壊を抑える事が出来るのだ。
古より世界中の魔術結社が研究と実験を行なっているが、綾のような成功例は少ない。
天芭 大尉や井高上 大佐などは意図的に定着率を落とし、肉体の破壊を防いでいるようだがな。
あれ以上定着率を引き上げると、余と同じ症状が出始めるのやも知れん」
ここで、石化解除の術式を終了した多野 教授が会話に割り込んで来る。
「殿下、左上腕の応急処置は済みました。
これ以上神力を発現させなければ直に完治します。
痛みは御座いませんか?」
「ああ、少し痛むが問題ない」
「なりませんぞ殿下!
頼子 君、早く水筒を出し給え」
「はいっ!」
急いで邪念水入りの水筒を取り出し瑠璃家宮へ手渡す頼子。
気持ち良さそうに邪念水を飲む瑠璃家宮を見ては、安堵した表情を浮かべる。
「何と云うか、大袈裟ですね。
見た所、殿下の負傷は完治されていると思いますが……」
「宮森 君。
君は殿下の事を何も解っておらんからそのような言葉を吐けるのだ。
それ以上殿下に無礼を働く事は許さんぞ」
怒りを滲ませる多野に、宮森は失言の理由を訊いた。
「殿下、多野 教授、自分の軽口で御気を害されたのなら御詫びします。
もし宜しければ理由を御聞かせ下さい」
「宮森 君、殿下の射撃の腕は当然知っているな。
何故あのような神懸った射撃が御出来になるのか、理由を述べよ」
「そ、それは、思考と感覚の高速化を行なっていらっしゃるから、でしょうか」
「そう、正解だ。
では、殿下がいつ術式を展開されたのか、感知できたかね?」
「い、いえ。
自分には憶えが有りません」
「そうだろう。
殿下はな、睡眠中以外のいついかなる時も、思考と感覚の高速化を行なっていらっしゃるのだ」
多野の発言に驚嘆し、開いた口が塞がらない宮森。
「そ、そんな事が可能なのですか⁉」
「可能かどうかの質問は無意味だぞ宮森 君。
殿下が思考と感覚の高速化を常時使用されている理由の一つはな、いざ殿下がその御力を発現なさる際に、身体中の珪素の動きを滑らかにする必要が有るからだ。
簡単な言葉で言い直せば、慣らし運転と云った所よ。
但しその行為は
殿下が負傷されると、その痛みを何倍にも強く何倍にも長く感じてしまわれる」
「そう、だったのですか……。
自分はそのような事は何も知らず軽口を……」
「理由の二つ目はな、我々家臣一同をでき得る限り守る為なのだよ」
多野のこの発言にも、宮森の開いた口は塞がらない。
「普通は家臣が主君を守るもの、ですよね。
それとも、精神的な事柄を指しているのでしょうか?」
「違う。
文字通りの意味だ。
我々の派閥と大昇帝 派の戦力比は凡そ一対十。
圧倒的に不利なのだ。
その不利な状況の中、我々が生きていられるのはどなたの御蔭か。
言う迄もなく殿下である。
殿下の御力の御蔭で我々は存続できているのだ。
殿下のずば抜けた定着率が功を奏し、殿下と闘って生きていられる者はいまい。
大昇帝 派や他の魔術結社が直接殿下を狙わないのは、それが理由なのだ。
闘った所で殿下には勝てぬと、身を
もし殿下の定着率が私ら並であったなら、我々は直ぐにでも暗殺され派閥も解体、若しくは吸収されているだろうな」
「なるほど、殿下には絶対に勝てないので仕掛ける意味は無い。
いずれかの敵対勢力が殿下を直接狙って行動を起こし、それに対応した殿下が石化で動けなくなるのを待つ、か。
敵対勢力は、御互いに
ここで頼子も会話に参加して来る。
「この私や夫も殿下に御救い頂いた者のひとりです。
殿下がいらっしゃらなかったら、直ぐにでも大昇帝 派とアトランティス派が戦争を始めるでしょう。
この国が一応の平和を
そのような殿下に御恩を返す為、私は夫と共に〈ショゴス〉との融合実験に踏み切りました。
いつか宮森さんにも、この気持ちが解る時が来ると思います」
多野と頼子の忠義を目の当たりにして、瑠璃家宮の底知れぬ魔力と魅力に恐れを抱く宮森。
「そうだったのですね。
殿下御ひとりの存在が、他勢力の抑止力になっていようとは……。
その事にまで考えが及ばず、自分を恥じる次第です」
「使える祭器が多いと云うのも有るがな。
皆の者、もう良いぞ。
そこまで褒めそやされては、
さあ、山頂へ向かう為の準備を整えよ」
瑠璃家宮の号令により、一行は山頂を目指した。
◇
瑠璃家宮の秘密 その二 了
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