第六節 瑠璃家宮の秘密

瑠璃家宮の秘密 その一

 一九一九年七月 長野県重井沢 外吮山八合目





地獄の植物ヘルプラント〉と〈トロル〉との激闘を終え、多野 教授、頼子、宮森は、瑠璃家宮を案じ駆け寄った。


 いの一番にひざまずく多野。


「殿下!

 直ぐに処置いたします。

 ささっ、左腕を御出し下さい」


 瑠璃家宮が着用している長袖上着ジャケットすそを捲り上げ、負傷箇所を確認する多野。


 その様子を何の気なしに眺める宮森。


⦅負傷した瑠璃家宮がなぜ小銃を扱えたのかと疑問に思っていたけど、傷が消えている。

 益男や頼子と同様に再生できるようだな。

 では何故、臣下達はあそこまで気を遣う。

 怪我が治れば終わりだろう。

 ん?

 再生した箇所の質感が妙に滑らかだな。

 それに、いま多野教授が展開しているこの術式はまさか……石化解除の術式⁉⦆


 そう、瑠璃家宮の負傷箇所は、謎の石化を遂げていたのだ。


 次第に明らかとなる瑠璃家宮の異質さに、宮森は驚愕せざるを得ない。


「なっ、殿下、その御様子はいったい、どうなされたのですか……」


「宮森 君、君には関係ない事。

 さっさと後ろを向かんか。

 不敬ふけいであるぞ!」


 多野が宮森をとがめるが、瑠璃家宮が寛容かんような態度を見せる。


「良い。

 宮森は有能な……いや、有能を超えて稀有けうな人材。

 これ迄にも我らに益をもたらしてくれたではないか。

 この者になら、余の体質を明かしても構わんだろう。

 気を紛らわせる為にも余の方から話したい。

 多野 教授、良いな?」


「殿下がそう仰るのであれば……」


 多野が言葉を詰まらせた後、何が何やら解らない宮森に瑠璃家宮が語り掛ける。


「宮森よ。

 其方は勉強熱心ゆえにもう知っておろうが、余を含めた魔術師達は神々と契約を結び、その強大な力を行使する。

 この力の大きさには個人差が有り、神々との融和の度合いで増減するのだ」


「それは帝居襲撃の際に〈白髪の食屍鬼〉が言っていた、『神霊を定着させてやった』との言葉に関係するのでしょうか?」


「流石 宮森、鋭いな。

 その定着なのだよ。

 定着率が大きければ大きいほど強大な力を扱えるが、身体への負担も大きくなる」


「それでは殿下。

 殿下は並みの魔術師達とは比べ物にならないほど定着率が高いと云う事なのですか?」


 石化解除術式で治療されている左上腕を眺め、瑠璃家宮が続ける。


「そうだ。

 並みの魔術師では五(五パーセント)から一わり(十パーセント)程度。

 中堅ちゅうけんでも二割。

 才幹さいかんに優れた者でも三割と云った所。

 それより歩合ぶあいを上げるには、特別な血脈と儀式が不可欠……。

 ん?

 何か言いた気だな。

 遠慮せず申してみよ」


「はっ。

 例えば天芭てんば 大尉や井高上いたかうえ 大佐、他にも権田 夫妻や多野 教授、宮司殿の定着率が気になりまして……。

 あっ、差し出がましい事を口走りまして申し訳御座いません。

 御答え頂かなくとも構いませんので……」


「構わん。

 余の私見だが、権田 夫妻は三割五分。

 多野 教授、草野くさの 少佐、蔵主 社長は四割。

 綾は七割ほどか。

 井高上 大佐は四割五分で、天芭 大尉は五割と云った所であろう」


「あ、あの井高上 大佐が四割五分……。

 天芭 大尉でも五割、ですか……」


 複数人で闘ったにも拘らず、全く勝てる気のしなかった天芭 大尉と井高上 大佐の邪霊定着率が五割以下だと宣告され、思わず絶句してしまった宮森。


「そう落ち込むでない。

 天芭や井高上は戦闘に特化した魔術師だからな。

 定着率以上の戦闘力を発揮するように見える。

 だが、何も戦闘だけが魔術ではない。

 綾の例にも有るように、戦闘以外で真価を発揮する者もいる。

 宮司殿は……正直判らん」


 今日一郎の事となると言葉をにごした瑠璃家宮。

 宮森も訊くに訊けない。


「では、殿下の定着率はどれ程なのですか?」


「十割だ」


「十割……え?」


 余りにもあっさり答えた瑠璃家宮に、開いた口が塞がらない宮森。


「そっ、それでは、殿下は神の御力を全て使えると……」


「理論上はそうだ。

 だが神の力、神力しんりきは余りに強大過ぎる。

 とてもではないが人間ヒトの身体では持たんのだよ。

 もし人間の身に余る力を行使した場合、こうなる」


 自虐じぎゃくの笑みを浮かべ、石化した左上腕を指差す瑠璃家宮。


「あのっ、また差し出がましい口を利くのですが。

 神力を使うと、なぜ石化が起こるのでしょうか?」


「ふふっ、本当に知識欲が旺盛おうせいだな其方は。

 良い。

 答えて進ぜよう。

 石化は神力の行使の代償ではなく、神力の行使から人体を守る為の反応なのだよ」


「えっ?

 殿下、それはどう云う……」


「まあ、いきなりでは理解できまい。

 こう云う事だ。

 人間の肉体はもろい。

 神力を扱うには余りにも脆いのだ。

 その為、強大な力を使ってしまうといとも簡単に肉体が破壊される。

 神力を扱えないよう施された、一種の呪いと呼んでも良いだろう。

 その呪いである肉体の破壊を防ぐ為、身体中の珪素けいそ(シリコン)が集まって石化するのだ」


「御答え下さり有り難う御座います。

 と云う事は殿下、珪素をその身に取り込めば神力をある程度扱えるのでしょうか?」


「うむ。

 珪素の摂取はあくまでも肉体の破壊を止めるもの。

 云わば保険に過ぎん。

 しかし摂取せねば肉体を損傷するからな。

 其方も摂取している筈だぞ」


 瑠璃家宮の言葉に疑問符を浮かべる宮森。


「殿下、自分には解りかねます……」


「帝居襲撃の際にきっしたであろう。

 後、ここに来る前にもな」


「そ、それは、の事でしょうか?」


「そうだ。

 その前にも食べているぞ。

 熊野くまのの一件の後に開いたうたげの席でな。

 覚えていよう」


 宮森が記憶を辿る迄もない。

 いま瑠璃家宮が言及しているのは、人間ヒトの血液と松果体しょうかたいの事である。


⦅あれが邪神の力を引き出す為の道具だったとは……。

 道理で霊性が穢れる訳だ。

 血液と松果体の飲み食いは幻覚作用で邪霊と交感するだけじゃなく、過ぎた霊力行使から肉体を保護する為のものでもあったのか……⦆


 自身の気持ちをおくびにも出さず、瑠璃家宮の前でへりくだる宮森。


「その節は大層貴重な物を頂く事が叶いまして、殿下の御心遣いに感謝してもし切れません」


「其方が喜んでくれたのなら、余も本望だ。

 では話に戻るぞ。

 余は専門家ではないので、つまんでの説明になるが許せ。

 今現在、人間の肉体は炭素(カーボン)が基本となっているらしい。

 炭素は炭素で利点が有るらしいのだが、珪素に比べれば遥かにもろく、生命体を構成する際には大量の不純物が混じる。

 その為に炭素生命体は数々のやまいを発症。

 その結果短命に終わるのだ」


 瑠璃家宮の説明を聞いた宮森に電撃が走る。





 瑠璃家宮の秘密 その一 了

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