ザ・グール・オブ・ザ・デッド Ⅱ Aルート その七

 一九一九年七月 長野県重井沢 外吮山内部





 栄養分を求める怪奇植物根は、最も近くの熱源体を感知。

 その魔手で襲い掛かった。


「ガッ?

 ダッガーーールゥ、バアァーーーーシイィ⁉」


 天井の高さりまで体躯を巨大化させていた単眼巨人は、とち狂ったように絡み付いて来た怪奇植物根に、その語源にたがわず単眼を丸くして驚いていた。


 幾らかを自慢の棍棒で払いけていた単眼巨人だったが、棍棒にも無尽蔵むじんぞうに根が伝って来る。

 宗像から両脚を撃たれていた事も有り、根の圧倒的成長速度から逃れられない。


 体表の柔らかい箇所から根に侵入される単眼巨人。

 当然暴れるが、暴れれば暴れるほど体内に侵入している根が痛覚を刺激した。


「ダーーモッ⁈

 デッダァーミッ!

 ウォーーボオオオォ……」


 単眼巨人の脳内に根が達すると、体組織の膨張が漸く停止する。

 それにより単眼巨人から噴き出る蒸気も徐々に収まり、筋肉自体も弛緩しかんして行った。


 その様子を観ていた一行が、単眼巨人の処遇しょぐうを論じる。


「私は後顧こうこうれいを断つべきだと思うのですが、皆さんの意見はどうですか?」


「う~ん、益男さんの意見も分かるけどー。

 この一つ眼、まだ生きてんだよね。

 危なくない?」


「そや。

 綾 様の言う通りやで。

 危ないのは一つ眼だけやない。

 あの植物の根も化けもんやろうし、下手に刺激を与えたらこっちまで襲って来るんやないか?」


「確かにそれはありそうですねぇ。

 しかしわたくしはぁ、この場で一つ眼の息の根を止めた方が良いかと思いますぅ。

 もう追っかけられたくないですしぃ、逃がしてしまったら殿下にご迷惑を掛ける事になるやも知れませぇん。

 止どめを刺す事に賛成した益男 君とわたくしがやりますのでぇ、綾 様と宗像さんは安全確保をお願いしますぅ」


 一行の意見は割れたが、益男と蔵主が止どめを刺す事で妥協だきょうした。


 安全な方法となると細胞融解素で単眼巨人の肉体を融解させる事になるのだろうが、その後栄養分を失った怪奇植物根が一行に襲い掛かって来る恐れも有る。

 爆裂弾も根を大きく傷付けてしまうので使えない。


 残る手段は、〈ダゴン益男〉の水刃ハイドロブレードで単眼巨人の頭部を切り離した後、細胞融解素で脳を破壊すると云うものになる。


 方針が決まり各人は準備に入った。

 綾はコルトM1911へ、宗像はウィンチェスターM1912へ弾丸を装填そうてんしもしもの時に備える。

 蔵主は〈ダゴン益男〉の作業を補佐するため懐中電灯を準備した。


 怪奇植物根に絡め捕られた単眼巨人へと近付く蔵主と〈ダゴン益男〉。


 根は主に単眼巨人の上半身に纏わり付いており、身体中の穴と言う穴から侵入を果たしていた。


 蔵主が精査スキャン結果を報告する。


「ふむふむぅ……。

 一つ眼の脳に細かく枝分かれした根が入り込んでますねぇ。

 おそらくはぁ、それらで一つ眼の脳を占拠せんきょしているのでしょう。

 わたくしが懐中電灯の灯りを当てて根の反応を見ますのでぇ、益男くんはその場で待機していて下さいねぇ」


 懐中電灯の灯りを、単眼巨人と怪奇植物根に向ける蔵主。


 根は相変わらず単眼巨人から栄養分を吸っているのか、細かく防圧ぼうあつ運動を繰り返していた。

 当の単眼巨人の眼に光はなく、半眼を開け吸われるがままである。


 単眼巨人に反応らしい反応が無いので、〈ダゴン益男〉が行動に移った。

 蔵主は何故か長袖上着ジャケットの両袖を捲り、それからサベージM1907を構えて対象へと近付く。


 充分接近した〈ダゴン益男〉は、単眼巨人の頭部へ跳躍。

 両刃を奔らせた。

 只、単眼巨人頭部に絡み付く根を刈るには、一度の跳躍では足りない。


 三度目の跳躍で漸く単眼巨人の頭部が見えた。

 四回目の跳躍で単眼巨人の頸部を斬断しに掛かる。

 斬首の瞬間は一行の誰もが気をんでいたが、根も特段の反応はせず無事終了した。


 単眼巨人の首級しるしは、腹部辺りに絡んだ根に引っ掛かっている。

 胴体に絡んでいる余分な根を斬り、首級を抱えようとする〈ダゴン益男〉。


 単眼巨人の脳を融解させる為、拳銃を構えて〈ダゴン益男〉の傍に寄る蔵主。

 何が起こってもいいように、身体感覚、霊感を共に張り詰めていた蔵主が異変に気付いた。


「益男くぅん、今すぐその場を離れなさいぃ!」


「えっ⁉」


 単眼巨人の首級に手を伸ばしていた〈ダゴン益男〉が蔵主の声に反応した刹那せつな、今まで閉じていた単眼巨人の眼が『カッ!』と見開く。


 それと同時に、あるじを失った単眼巨人胴体の筋肉が突然の緊張。

 動転していた〈ダゴン益男〉の土手っ腹に、首無し巨人が右拳で渾身の一撃を食らわせた。


 咄嗟とっさに腹筋へと力を入れ、内臓破裂は何とかまぬがれた〈ダゴン益男〉。

 だが拳の衝撃は凄まじく、彼を天井にまで打ち上げる。

 彼は天井に頭を強打こそしなかったものの、そこに這っていた怪奇植物根が、待ってましたと言わんばかりに彼へと絡み付いて来た。


 はめられた! 一行の誰もがそう思ったに違いない。

 単眼巨人だろうがソレから栄養分を吸い取る怪奇植物だろうが、敵方なのは変わりないからである。


 最初から〈白髪の食屍鬼グール〉の許で同盟関係を結んでいた、又は操られていたとしても不思議ではない。

 あるいは怪奇植物根が単眼巨人の脳に達したその時に、精神感応テレパシーによって根の操縦権を奪っていた可能性も有る。


 兎に角危機におちいった〈ダゴン益男〉。

 水刃ハイドロブレードで怪奇植物根を斬断しようにも、両腕が絡め捕られてしまって使えない。

 仕方なく両踵部りょうようぶからも水刃ハイドロブレードを展開し、必死で根を斬り払っている。


 離れた位置で銃を構えていた宗像と綾が駆け寄るが、蔵主が手を広げそれを制した。


「わたくしにお任せ下さいぃ……」


 謎の自信に満ち溢れた蔵主を、首無し巨人は棍棒で薙ぎ払う。


『シャッ……』


 出所不明の小さい風切り音と共に明後日の方向へと飛んで行ってしまったのは、首無し巨人の筋力で勢い付いた棍棒だった。


 首無し巨人にはそれが理解できないのか、棍棒を握っていた左腕をブンブンと振り回している。

 但しその左腕には、左手が付いていなかったが。


ダゴン益男〉が取り落とした単眼巨人の首級が、漸く自身の状態を把握する。

 しかしもう遅い。


 首無し巨人に向け、その矮躯わいくを走らせる蔵主。


 蔵主は四肢から出現させた水刃ハイドロブレードを用い、首無し巨人の両腕を斬断。

 続いては両脚、その次は下腹、そのまた次は胸板と、跳躍し乍ら首無し巨人の身体を次々と斬り刻んで行く。


 首無し巨人の筋肉が弛緩しかんし、地面には五臓六腑ごぞうろっぷの大半が垂れ流された。


「益男 君動かないでぇ、今助けますぅ」


 蔵主の跳躍は天井にまで達し、〈ダゴン益男〉を怪奇植物根から解放した。


 着地した〈ダゴン益男〉は、首級だけになった単眼巨人を抱えて根から遠ざかる。


 ふたりに綾と宗像が駆け寄って来た。


「蔵主 社長すっご~い!」


「社長さんも、腕や脚から刀だせるんでっか?」


ダゴン益男〉と同じく離脱して来た蔵主は宗像の問いには答えず、単眼巨人の首級を地面に置くよう〈ダゴン益男〉に促した。


 単眼巨人の首級にサベージM1907の銃口を向け、罵倒ばとうと営業を兼ねた演説をつ蔵主。


はと豆鉄砲まめでっぽうを食らったような顔してらっしゃいますなぁ。

 あの植物と共謀してわたくし共を始末する算段だったのでしょうがぁ、上手く行きませんでしたねぇ。

 わたくしの手足から出て来たやいばが気になりますぅ?

 わたくしの特技は共有する事でしてぇ、皆さんに色々な術式効果をお貸しする事が出来るのですよぉ。

 それと同時にぃ、皆さんが使える術式もぉ、わたくしが実現可能な範囲で利用できるのですぅ。

 この刃はぁ、この場に益男 君がいてくれているお蔭で使用できるのですねぇ。

 ああぁ、アラスカで肉人の粉と〈ショゴス〉を食べておいて正解でしたぁ。

 後ですねぇ、そんなに図体ずうたいが大きいと身の置き所に困りませんかぁ?

 うちの兵器商品はコンパクトが自慢でしてぇ。

 これからはダウンサイジングの時代ですよぉ……」


 蔵主の演説を聞かされていた首級のまなこに、既に光は無い。


「あららぁ、もうお亡くなりになってしまいましたかぁ。

 出来ればわたくし共の商品をあの世で宣伝して貰いたかったのですがねぇ。

 ではぁ、またのご利用をお待ちしておりますぅ……」


『パン!』


 サベージM1907が乾いた音を立てて細胞融解弾を吐き出すと、一つ眼からは大粒の涙が溢れ始めた――。





 ザ・グール・オブ・ザ・デッド Ⅱ Aルート その七 了

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