第五節 ザ・グール・オブ・ザ・デッド Ⅱ Bルート

ザ・グール・オブ・ザ・デッド Ⅱ Bルート その一

 一九一九年七月 長野県重井沢 外吮山八合目





 外吮山の標高は約一二五六メートルで、比高ひこうは約二〇〇メートル。

 重井沢の土地自体が高原なので、外吮山は低山の部類だ。


 比星 家の墓所は山の中腹。

 山頂までは楽な旅路になると思われたが、そうは行かない。


 一行は、外吮山八合目辺りで会敵していた。


「頼子 君は率先して牽制に当たれ!

 奴らが隙を見せたら、宮森 君が仕留めろ!」


「承知しました」


「はい、多野 教授!」


 一行がいま闘っているのは、〈ヴーアミ族〉と呼ばれる幻魔だ。

 現在でもまれに北極圏やヨーロッパ北部で目撃される、と九頭竜会の資料に記されているが、確証が有る訳では無い。

 幻魔は人間ヒトの見る夢の次元にしか存在する事が出来ない筈で、物質界ここらにポンポン出て来て顕現しているのがおかしいのである。


〈ヴーアミ族〉は犬に似た顔と毛むくじゃらの矮躯を振り乱し、木々の間を軽々と跳び移っていた。


食屍鬼グール〉と同じく鉤爪かぎづめと噛み付きが武器と単純だが、両足が物を掴める構造になっているので、木々や配管パイプが乱立する場所では立体的な機動を活かせる。

 又、矮躯の御蔭で単純に被弾面積が小さい。


 帝居襲撃の際には、宮森と益男が交戦した。

 その際は、昇降機エレベーターケージ内にふたりが居た事もあり〈ヴーアミ族〉の攻撃を見切り易かったのだが、今回は木々に囲まれているうえ標的も四人と多い。

 山歩き組はどう切り抜けるのか。


 頼子は限定的に身体を異形化させ、顎杖ジョーズロッドを口腔から取り出しに掛かる。

 僅かに動きを停止した〈ハイドラ頼子〉に、二体の〈ヴーアミ族〉が牙を剥いて跳び掛かった。


 そこを宮森がコルトM1911で射撃。

 空中で身動きが取れない〈ヴーアミ族〉二体の脳天を正確に撃ち抜く。


 弾丸には細胞融解素が仕込まれており、数瞬で〈ヴーアミ族〉達の脳を融かし生命活動を停止させた。


 宮森が〈ヴーアミ族〉二体を葬った直後、別の〈ヴーアミ族〉三体が時間差で一行に襲い掛かって来る。

 最初に跳び出して来た〈ヴーアミ族〉の胴体に顎杖ジョーズロッドをブチ込む〈ハイドラ頼子〉。


 一体目の処理は危ななく完了するが、〈ハイドラ頼子〉による迎撃と同時に二体目が瑠璃家宮を狙う。

 その二体目にサベージM1907で威嚇いかくする多野 教授。

 威嚇が功を奏したのか、一旦林へと撤退する二体目。


 一方、射撃の反動で防御に移れないだろう宮森にも〈ヴーアミ族〉の鋭い鉤爪が迫る。

 しかし彼に迫った鉤爪は、〈ヴーアミ族〉本体を残してあらぬ方向へと飛び出してしまった。


 当の宮森は平然とコルトM1911を構え、先ほど林に逃げ込んだ二体目の索敵さくてきに移っている。

 そう、宮森が射撃の反動を受けていたのは只の芝居。


 宮森は一方通行障壁ワンウェイ・トラフィック・バリアを用い、銃が撃発した際の衝撃を抑える事が出来る。

 それを利用して自分自身をおとりとして使い、襲って来た〈ヴーアミ族〉の右肩に細胞融解弾を撃ち込んだのだ。


 残りの一体は暫く木立こだちを移動していたが、〈ハイドラ頼子〉に動きを読まれコルトM1911で処理された。

 総勢五体の〈ヴーアミ族〉が地に伏したが、奴らの気配は未だ健在。

 残りが木立の中に潜んでいるのは明白である。


 突然、宮森の背後から三体の〈ヴーアミ族〉が一斉に飛び出し瑠璃家宮と多野を狙った。

 標的とされたふたりだが、前方からの攻撃だったので難なく躱す。


 瑠璃家宮の構えるスプリングフィールドM1903を警戒したのか、三体の〈ヴーアミ族〉は突如標的を〈ハイドラ頼子〉へと変更した。

 顎杖ジョーズロッドを伸長させ〈ハイドラ頼子〉が防御。

〈ヴーアミ族〉達の鉤爪は阻まれたが、三体の同時攻撃に押され体勢を崩してしまう〈ハイドラ頼子〉。


 続く攻撃が彼女へと迫るが、瑠璃家宮からの思念が届く。


『頼子、逃げずにそのままの状態で居ろ。

 余が処理する』


『承知しました』


『バスーーーーン!』


 スプリングフィールドM1903から放たれた30-06サーティ・オー・シックス細胞融解弾が、〈ヴーアミ族〉三体を右側から食い破る。


 思考と感覚の高速化クロックアップ透視術イントロスコピーを並列展開していた宮森は、〈ヴーアミ族〉達の身体内部映像を鮮明に捉えていた。


⦅最右の〈ヴーアミ族〉横腹に着弾。

 着弾の衝撃波で〈ヴーアミ族〉の体内が一瞬膨張。

 全身の血管が瞬時に寸断される。

 細胞融解素は滲出しんしゅつしていないが、まず生きてはいないだろう。

 弾丸はその後も骨に当たらず貫通。

 弾丸が出たあと拳大こぶしだいの穴。

 再出発した弾丸は二体目の脇に見事到達。

 肋骨を粉砕して弾丸が二つに割れた。

 割れたうちの一つは、胸郭きょうかく内で別の肋骨に当たりバラバラに砕ける。

 砕け乍らもそのまま旅を進め、二体目の体内をえぐり回した。

 細胞融解素が回る迄もなく、二体目も即死。

 弾丸の片割れは二体目の左脇腹を周遊した後、三体目の肩部に到着。

 弾丸が肩部を渡って最後の宿は顳顬こめかみ

 腰を据えた所で細胞融解素が活性化。

 細胞融解を開始する……。

 矢張り瑠璃家宮と云う男、ただ偉そうにり返っているだけの男じゃないな。

 思考と感覚の高速化を使っての射撃なんだろうけど、何故か術式使用の残滓ざんしが感じられない……⦆


 宮森は、ふといた疑問を明日二郎にぶつけてみる。


『なあ明日二郎、瑠璃家宮が思考と感覚の高速化を展開した形跡は有ったか?』


『いんや、オイラには判んなかったぞ』


『思考と感覚の高速化を使わずに、あの神業かみわざめいた射撃が出来るものだろうか?』


『う~ん、瑠璃家宮はやんごとなき御方だからな。

 狩猟は頻繁にやってるだろうし、銃の扱いにも慣れてやがるんだろ。

 オイラが感じなかったんだ、使ってないんじゃね』


 明日二郎の答えはに落ちなかったが、宮森は次なる事態に備え周囲を警戒する。


 神懸かみがかった射撃で〈ヴーアミ族〉三体を一斉に仕留めた瑠璃家宮は、スプリングフィールドM1903の遊底ボルトを操作し空薬莢からやっきょうを排出。

 次弾を装填した。


 瑠璃家宮の披露した見事な手並みに、家臣一同は感心せざるをえない。


 多野が代表して瑠璃家宮を褒め称える。


「殿下、一回の射撃で三体の〈ヴーアミ族〉を倒すとは誠に鮮やか。

 感服かんぷくしましたぞ」


「なに、普段通りにこなしたまでの事。

 頼子、其方そなたが引き付けておいてくれた御蔭だ。

 助かったぞ」


「有り難き御言葉、恐悦至極きょうえつしごくに存じます!」


 先程の三体を撃退して喜んでいたのも束の間、木立の間から、ヒュッ……と風切り音がした。

 途端、多野の顔面で何かが砕ける。


「おのれっ!

 まだ〈ヴーアミ族〉がおるぞ。

 宮森 君と頼子 君は索敵を急げ!」


 いま多野の足元にこぼれ落ちたのは砕石。

 詰まり、投石が行われたのである。


 多野は障壁バリアを展開し直撃を防ぐも、粉々になった石の状態からはかるに、かなりの威力だとうかがえた。

 障壁バリアなしで当たれば確実に重症。

 下手をすれば死ぬだろう。


 一行が居る場所は、周囲を木立に囲まれ見通しが悪い。

 現に、様々な角度からの投石が何度もなされる。


 飛礫つぶて顎杖ジョーズロッドさばきつつ、敵性目標の位置を探る〈ハイドラ頼子〉。


「くっ、樹間を移動し乍ら投げているようですね。

 飛礫を払った時にはもう、別の場所に移ってしまっている……」


 当たれば致命傷になり兼ねない飛礫をしのごうと、一行の注意は周囲に向けられていた。


 しかしその片隅で怪しくうごめく存在を見破った明日二郎が、宮森の脳中にけたたましく警報アラートを響かせる。





 ザ・グール・オブ・ザ・デッド Ⅱ Bルート その一 了

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