ザ・グール・オブ・ザ・デッド Ⅱ Bルート その二

 一九一九年七月 長野県重井沢 外吮山八合目





 何らかの異変を感じ取った明日二郎が宮森に申告する。


『ミヤモリ、〈ヴーアミ族〉の死骸に生命反応を検知!

 何かとんでもないコトになってるぞ』


『なんだってー!

 済まん、取り乱して……なんだってー!』


 宮森が取り乱すのも無理はない。

 死骸に生命反応と云う矛盾の出所が、予想外の事態に陥っていた。


 先程の闘いで絶命した〈ヴーアミ族〉の死骸全てから、粘液質のかたまりが噴出。

 死骸から抜け出したそれは互いに寄り集まり、一つの巨大な塊を形成して行った。


「皆さん、〈ヴーアミ族〉の死骸から正体不明の物質が出て来ました。

 注意して下さい!」


 宮森の呼び掛けで粘液塊を認知した他の面々だったが、相も変わらず降ってくる飛礫に防戦一方で、粘液塊にまで手が回らない。


 一行が手を出せないうちに八体の〈ヴーアミ族〉から吐き出された粘液塊は合体を果たし、今度は天へ向かい急速に伸長して行った。

 良く観ると地面にも粘液の一部が伸びて行くのが判る。


 そこから粘液塊は爆発的に増殖し、その質量を肥大させた。

 その変容速度は、あの〈ショゴス〉にも匹敵する。


 地上から七、八メートル付近にまで粘液塊が達すると伸長が停止。

 今度はみき回りが太くなり始め、直径一メートル以上にまで成長した。


 中央の柱状粘液塊の下部から上部へと、薄い葉状ようじょう組織が次々と広がる。

 薄い葉状組織一つ一つが重なり合い、実芭蕉バナナなどに見られる偽茎ぎけい状組織を形成して行った。


[註*偽茎ぎけい=葉の基部がくきを抱き包むように発達しているものを葉鞘ようしょうといい、地下茎から伸びる葉鞘が幾重にも伸び重なって茎の様相をていしている物を偽茎という。

 偽茎を持つ代表的な植物は、ネギ、ショウガ、ハナカンナ、バナナなど]


 偽茎組織は急速に木質化を開始。

 醜怪しゅうかいな植物もどきへと変貌する。

 なぜ擬きなのかと云えば、その姿が植物全てを冒涜ぼうとくしたかのようなモノだったからだ。


 木質化した葉鞘の葉脈が怪しく脈打つ。

 外吮山の土から養分を吸収しているのだろう。


 太く成長した偽茎の上部には、〈ヴーアミ族〉の顔八つが浮き出ていた。

 偽茎を一周するように張り付いたその顔達は、不可解な事にうめき声を挙げている。


 顔達の直上には、巨大な花被片かひへん状器官が偽茎を一周する形で四つ備わっていた。

 又、つぼみと蕾の間に長いつる触手が棚引たなびいているのも不気味さを後押ししている。


 最上部には漏斗ろうと状に展開した仏炎苞ぶつえんほう鎮座ちんざし、それに包まれ天をいているのは、燭台大蒟蒻しょくだいおおこんにゃく肉穂花序にくすいかじょを最大限にいやらしくした形の器官だった。


[註*燭台大蒟蒻しょくだいおおこんにゃく=世界最大の花序かじょ(花の集まり)を持つ植物として有名。

 お化け蒟蒻とも呼ばれる。

 仏炎苞ぶつえんほうとは花弁のように大型化した葉で、仏像の光背こうはいに似ている事から名付けられた。

 その特徴的な花序からは、Amorphophallusアモルフォファルス titanumティタヌム(変な形をした巨大な男性器)と云う意味の学名を付けられている。

 虫を誘引して受粉を成功させる為に発生させる匂いも強烈で、英語名はcorpseコープス flowerフラワー(屍体の花)]


 短時間で凄まじい成長を成し遂げた植物擬き。

 周囲の緑が色あせている事から、水分と栄養分を他の植物から吸い取っている事は明らかである。


「むぅ、あれはまさか……」


 植物擬きの異容を目の当たりにした多野 教授が呟き、宮森が食い気味に詳細を求める。

 

「知っているのですか多野 教授!」


「うむ。

 アレは恐らく〈地獄の植物〉だろう。

 種子を埋め込まれた宿主が特定の条件を満たした時に発芽、成長する。

 その種子には霊力に感応する成分が含まれていると云われ、古代の魔術師は霊力を封入してそれを使役していたらしい」


「では教授、〈地獄の植物〉の種子は九頭竜会も所持しているのですか?」


「在るには在る。

 だが、研究用の標本として所持しているだけだ。

 数が少なく貴重なので、我が派閥では実戦での使用許可を出す事などない。

 まあ、いま目前で大盤振る舞いされているがな……おおっと⁉

 飛礫が飛んで来よったわ」


 飛礫にさらされる中でも講義を続ける多野と宮森。

 流石は師と弟子と云った所か。


 多野が講義を続ける。


「〈地獄の植物〉の種子は主に、古代遺跡などから発掘されていた。

 しかし今では、掘れる場所はほぼ掘り尽くされてしまっている。

 もう出ないかと思っていたのだが、目の前に在ったとはな。

 状況から考えて、播衛門 殿を名乗る〈食屍鬼〉があらかじめ〈ヴーアミ族〉に埋め込んでいた可能性が高い」


 宮森に続き、〈ハイドラ頼子〉も多野の講義に参加する。


「多野 教授、〈地獄の植物〉の性質を具体的に御教え下さい」


大方おおかたは植物と変わらん。

 日光を浴び、土から養分を得て成長。

 条件が整えば繁殖する。

 勿論他の生物が良い肥料になるのは必定ひつじょう

 その為には、他の生物を殺す事もいとわんだろうな。

 現に、〈地獄の植物〉周囲の草が枯れておる」


「戦闘は不可避だと云う事ですね」


「勿論術者の操作があれば別だが、今は叶わんだろうな」


「では目ぼしい対処法は……」


「記録に乏しく確実な事は言えん。

 只、アレが暴れるとなると並の術者ではまるで歯が立たんのは確実。

 げに恐ろしき怪物よ……」


 多野の講義が一段落すると、飛礫の正体が木立から跳び出して来る。


 その化け物は見た目こそ〈ヴーアミ族〉に似ているが、倍近い体躯を有していた。

 相違点としては〈ヴーアミ族〉の武器である鉤爪が見られない事と、面貌が若干じゃっかん犬から猿に近付いた事ぐらいである。


〈ヴーアミ族〉だとすると破格の体躯を持つこの個体。

 なんと、〈地獄の植物ヘルプラント〉の伸ばす蔓触手にぶら下がり移動して来るではないか。

 そして掌中しょうちゅうに握り込んでいた石全てを、一行に向かって投げ付ける。


 これ迄の飛礫が拳銃ピストルだとすると、今回のものは散弾銃ショットガン

 広範囲に広がる飛礫を一行は避け切れず、障壁バリア展開を余儀なくされた。

 外れた分の石が地面にめり込んでいるのを見ると、その威力がどれ程のものかが窺える。


 巨体〈ヴーアミ族〉は飛礫を全て投げ付けた後、別の蔓触手に跳び移った。

 そして〈地獄の植物ヘルプラント〉の茎を蹴り、その反動で規則的な振り子運動を開始。


 それを観た〈ハイドラ頼子〉は、即興そっきょう攻略法を即座に実行する。


 巨体〈ヴーアミ族〉が次の蔓触手に渡ろうとしたその時、〈ハイドラ頼子〉がコルトM1911を発砲。

 弾道は蔓触手の振り子運動に合わせたもので、巨体〈ヴーアミ族〉の未来位置を的確に捉えている。

 その場の誰もが命中すると思っていた。


「何ですって⁈」


 命中しなかった。


 蔓触手がまるで意志を持っているかの如く動き、ぶら下がっていた巨体〈ヴーアミ族〉を方向転換させたからである。


 方向転換した先は〈ハイドラ頼子〉の真ん前。

 巨体〈ヴーアミ族〉は蔓触手を両手で掴み、彼女の左側から横蹴りを食らわす。

 彼女は左手で持っていた顎杖ジョーズロッドで防御の構え。

 この分だと、防御からの反撃まで充分間に合う。


 攻撃を受け切ってからの反撃を予定していた〈ハイドラ頼子〉に接触する寸前、巨体〈ヴーアミ族〉の足から鋭い鉤爪が瞬時にり出た。


「がふぅっ⁉」


 防御すら間に合わなかった。


 顎杖ジョーズロッドとそれを握っていた左下膊かはくが宙に舞う。


 慌てた宮森が巨体〈ヴーアミ族〉を狙い撃つが、〈地獄の植物ヘルプラント〉の伸ばす蔓触手が宙空をウネウネと這い回り、巨体〈ヴーアミ族〉は雲梯うんていの要領でそれを伝って逃げおおせた。


 宮森は思考と感覚の高速化クロックアップを用い、巨体〈ヴーアミ族〉の動きを予測しての射撃。

 しかし、巨体〈ヴーアミ族〉は背中に目でも付いているかの如く限り限りで躱し続ける。


 宮森の脳内で『RELOADリロード! RELOADリロード!』と叫ぶ明日二郎。


 いま巨体〈ヴーアミ族〉から目を離す訳にもいかず、宮森には〈ハイドラ頼子〉を助ける余裕が無い。

 彼は取りえずコルトM1911の弾倉マガジン交換に入る。


 その場で苦痛に呻く〈ハイドラ頼子〉に、瑠璃家宮が仕方なく左下膊をほうった。


「早く治療せよ。

 そのままではジリ貧になるぞ」


「御詫びの言葉も御座いません!

 二度とこのような失態がないよう……」


「早く治療せよと言ったのが聞こえなかったのか」


 瑠璃家宮の口調は極めて穏当おんとうなのだが、言われた方は恐怖で縮み上がる。


 恐怖で眼の定まらない〈ハイドラ頼子〉は千切れた左下膊を元のさやに収め、背嚢バックパックから水筒を取り出し邪念水を口に含んだ。

 霊力を集中し、必死で再生に取り掛かる。





 ザ・グール・オブ・ザ・デッド Ⅱ Bルート その二 了

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