ザ・グール・オブ・ザ・デッド Ⅱ Bルート その三

 一九一九年七月 長野県重井沢 外吮山八合目





 巨体〈ヴーアミ族〉に左下膊を切断された〈ハイドラ頼子〉。


 瑠璃家宮は切断された左下膊を彼女に放り投げ、再生を命じる。


 そのやり取りを横目で見ていた宮森は右手でコルトM1911を構え乍ら、銃嚢ホルスターに差してあるウィンチェスターM1912ソードオフタイプにも左手を添えていた。

 今度巨体〈ヴーアミ族〉が接近してきた時にぶっぱなす積もりなのである。


 警戒態勢を可能な限り万全にし、多野 教授に精神感応テレパシーうかがいを立てる宮森。

 緊急事態の為、ふたり共思考と感覚の高速化クロックアップを行っている状態での、被造物クリーチャー講義第二回が開催される運びとなった。


『多野 教授、あの巨大な〈ヴーアミ族〉は一体……』


『むぅ、あれはまさか……』


『知っているのですか多野 教授!』


『うむ。

 あれは恐らく〈トロル〉だろう』


『北欧神話で言及される巨人や妖精の、ですか?』


『表の世界ではそうだろうが、起源は〈ヴーアミ族〉にある。

 何を隠そう、〈ヴーアミ族〉と人間ヒトとの混血こそが、その〈トロル〉なのだ。

〈ヴーアミ族〉自体が現在では発見できないと云う事もあり、どのようにしたら人間ヒトとの混血が可能なのかは謎だが、現に目の前に居る以上存在を認めん訳にはいくまいて。

ではこれより、あの個体を〈トロル〉と呼称する』


『〈トロル〉か、巨人や妖精だったら日光が弱点なんですがね。

 それも叶わないか……』


『然も頼子 君が足の鉤爪でやられておる。

 この分では、手の鉤爪も自在に出し入れ出来ると考えた方が良かろうな。

 全く、げに恐ろしき技よ……』


 多野の〈トロル〉講釈はもっともだったが、いまいち攻略には繋がらない。


 それを知ってか知らずか、〈トロル〉は宙空を這う蔓触手を枠登りジャングルジム代わりに、自らの尻をペンペンすると云う巫山戯ふざけた仕草を一同に見舞って来た。

 生理的に嫌悪をもよおすその様は、まさに【愚者フール】と呼んで差し支えないだろう。


 その相棒である〈地獄の植物ヘルプラント〉は、自らも日光を浴びて元気一杯。

 偽茎上部を一周する〈ヴーアミ族〉の顔のうめき声も、どことなく嬉し気だ。

〈トロル〉にとっての【太陽サン】の如く、意気揚々いきようようと蔓触手を振り回し御友達と仲の良い所を見せ付けている。


 もう御惚気おのろけは充分とばかりに、スプリングフィールドM1903を発砲する瑠璃家宮。

 狙うは、〈トロル〉ではなく〈地獄の植物ヘルプラント〉。


 30-06サーティ・オー・シックス細胞融解弾は〈地獄の植物ヘルプラント〉上部、〈ヴーアミ族〉の顔に直撃。

 細胞融解素がキッチリと仕事をこなし、犬顔一つをグズグズにした。

 だが瞬く間に白い泡が発生。

 組織の修復を開始してしまう。


地獄の植物ヘルプラント〉の傷口に湧いた白い泡。

 その精査スキャンを明日二郎に依頼する宮森。


『明日二郎、あの白い泡は何だ?』


『おでこのメガネでデコデコッでこり~ん。

 う~んと……おーおー……ハイハイ。

 ありゃ水分と栄養分だな。

 竹なんかと一緒で、根から吸い上げて組織を修復してるみたいね。

 それプラス、周りの植物なんかから水分と栄養分を吸い取り続けてる。

 細胞融解素は一応効くみてーだけど、あの程度のダメージじゃあ焼け石に水だな。

 ライフル弾使うのはもったいねーって、ルリヤノミヤに言っとけよ』


『犬顔一つ黙らせただけか……。

 明日二郎、引き続き精査を頼むぞ』


『ロジャー!』


 早速 明日二郎の分析結果を瑠璃家宮に報告する宮森。


「殿下、〈地獄の植物〉に細胞融解弾は効果が薄いようです。

 自分が別の方法を考えますので、小銃弾はなるべく温存して下さい」


「もう敵の性質を見抜いたか。

 では宮森、其方の良策を期待する……」


 瑠璃家宮の期待に精神的な圧力プレッシャーを感じる間も無く、宮森は障壁バリアを展開して〈トロル〉からの飛礫を防いだ。


 宮森はその飛礫に違和感を覚える。


⦅何だこの派手な黄色は?

 飛礫の砕け方が粉っぽいし、甘い匂いもする。

 花の蜜でも混じっていると云うのか?

 くそっ、また投げて来た!⦆


 どこからか弾薬を補給して来た〈トロル〉が、再度黄色い飛礫を宮森へと投げ付けて来る。


〈トロル〉から片時も目を離していない宮森だったが、地上に降りた様子の無い〈トロル〉が、どこで飛礫を補給したのか見当も付かない。


 何発か黄色い飛礫を放った後、〈トロル〉は器用に蔓触手を渡り〈地獄の植物ヘルプラント〉最上部を巡っている。


 その間、明日二郎からの精査スキャン結果が宮森に報告された。


『ミヤモリよ、黄色い飛礫の正体は花粉だぜ。

 あの逆さまスカート(仏炎苞ぶつえんほう)の中に、花粉の塊がミッチリと詰まってやがる!』


『こっちでも確認した。

 あれを吸い込むとまずい気がするんだけど……』


 明日二郎からの報告通り、一同からは見えない位置で仏炎苞の中に手を探り入れ、花粉飛礫かふんつぶてをもぎ取っている〈トロル〉。


 宮森は急いで一行に注意喚起した。


「皆さん、黄色い飛礫は〈地獄の植物〉の花粉です。

 吸い込むと危険かも知れませんので、水で顔面を覆って下さい!」


 宮森の注意喚起に〈ハイドラ頼子〉が素早く対応。

 水筒を多野へと投げ渡す。


 多野は念動術サイコキネシスを発動させ、水筒の中身である邪念水で一行の頭部全体を薄く覆った。


 井高上大佐との闘いでも見せた、水の全周囲兜フルフェイスヘルメットの完成である。

 これで暫くは花粉吸引の抑制が可能だ。


 間合いを取って次から次へと花粉飛礫を繰り出す〈トロル〉。


 宮森がコルトM1911で狙い撃つがかすりもしない。


⦅何故こちらの射撃が当たらないんだ。

 こちらが射線上に〈トロル〉を捉えても、〈地獄の植物〉の蔓が動いて射線上から逃がされてしまう。

 まさに以心伝心の……もしかしたら奴らは!⦆


 自らの推測と焦燥しょうそうを、ありのまま一行に伝える宮森。


「皆さん、自分の推測ですと、あの〈トロル〉と〈地獄の植物〉は精神感応しています。

 そして、少なくとも〈トロル〉の方は思考と感覚の高速化を行なっている可能性が高いです!」


 宮森が呼び掛けている間にも、〈トロル〉と〈地獄の植物ヘルプラント〉の攻撃は止まらない。

〈トロル〉は花粉飛礫を一行に向かってだけでなく、何故か離れた地面にも投げ付けていた……。


 花粉飛礫を投げ尽くした〈トロル〉は補給には戻らず、〈地獄の植物ヘルプラント〉の蔓触手を伝い多野へと急接近。

 両手両足の鉤爪を伸ばして襲い掛かる。

 四肢の鉤爪を伸ばした姿は巨大な樹懶なまけものを想起させるが、樹懶とは正反対の活発さだ。


 その活発樹懶をサベージM1907で迎え撃つ多野。

 しかしサベージM1907の三二口径弾では威力が小さく、両手の鉤爪で弾丸を弾かれた。


 着地した〈トロル〉は持ち前の俊敏性を発揮。

 多野に向かって跳び蹴りを放つ。

ハイドラ頼子〉が顎杖ジョーズロッドを構えて割って入るが、〈トロル〉は両足の鉤爪を収納。

 顎杖ジョーズロッドを両足で掴み、頼子を地面へと押し倒した。


〈トロル〉は両膝を曲げて力を溜めた後、〈ハイドラ頼子〉を踏み台にした爆発的な突進で多野を狙う。

 その突進は極めて低姿勢で、多野の顎下がくかに一瞬で潜り込んだ。

 そして低姿勢のまま仰向けになり、多野の首を刈り取りに掛かる。


〈トロル〉は多野の顎下で両手を広げ、回転し乍ら鉤爪を交互に繰り出した。

 五回転目で障壁バリアを粉砕。

 多野を丸裸にする。


「グルルッ……」


 った! とでも思っているのだろうか。

 多野の咽喉のどを掻っ切り、溢れる鮮血を浴びる想像で歓喜に歪む犬猿顔。


〈トロル〉は右手の鉤爪を振り抜くとそのまま勢いを保ち、最後の回転を仕掛ける。

 左手の鉤爪で多野の首を……


「甘いわ!」


「ギーーーーーィィッ⁈」


 刈り獲れなかった。


 多野の身体が突如発光。

 帯電する。


 帯電した多野からは、いつ電撃が放射されるか判らない。

〈トロル〉は電撃を警戒し攻撃を諦め、後方転回(バック転)を繰り返してその場を離れる。


 途中、体勢を立て直した〈ハイドラ頼子〉が銃撃を試みたが、思考と感覚の高速化クロックアップを使っているらしい〈トロル〉には命中しない。


 一旦退いた〈トロル〉は再び〈地獄の植物ヘルプラント〉の蔓触手移動を再開し、一行の隙を窺う態勢へと戻った。





 ザ・グール・オブ・ザ・デッド Ⅱ Bルート その三 了

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