ザ・グール・オブ・ザ・デッド Ⅱ Aルート その四

 一九一九年七月 長野県重井沢 外吮山内部





 鉄扉内部に突入した一行。

 そこは洞窟内にも増して人工的な通路になっていた。


 床面と壁面共に石材の削り出し跡が消え、滑らかな質感の石造りである。

 天井もかなり高く、四メートル近くは有った。


 どうやら、完全に岩盤中を掘り進んで造られた通路らしい。

 今は灯りが灯っていないが、壁面には松明受けも取り付けられている。


 少し進むと折り返し階段に行き当たり、更に下降して行った。


 階段の終点に辿り着く一行。

 先には通路が伸びており、えた匂いと糞尿の匂いがぜになって漂って来る。


 一行が行き当たったそこは、鉄格子の嵌まった部屋が並ぶ牢屋だった。


 通路の両側は雑居房ざっきょぼうになっている。

 右側に九房と左側に九房。

 牢全体としてはかなりの広さだ。


 外壁には突き出し燭台しょくだいが設けられていて、人間ヒトが何とか行動できる程の弱々しい光を放っている。

 これにより、この牢屋が何者かの管理下である事が判明した。


 突き当たりには又もや鉄扉があり、その先の空間と看守の存在を匂わせる。


 一行は雑居房を観て回る事にした。

 最初の房の前まで来た一行が中を覗くと、益男と宮森がほふった筈の〈鎧食屍鬼アーマードグール〉の死体が横たわっている。


「これは、私と宮森さんでたおした〈鎧食屍鬼〉。

 ここに運び込まれていたとは……」


 驚嘆きょうたんする〈ダゴン益男〉だったが、死体が動く筈もない。

 不思議と腐敗臭がしなかったのも奇妙な点だ。


 又、細胞融解素を使って融断ゆうだんした頸筋くびすじは、木の幹に似た柔組織じゅうそしきで覆われている。

『どこかで見た事がある……』と〈ダゴン益男〉は不審に思ったが、今はその事を詳しく調べる時間は無い。


「もしかしてここ、大発見じゃない?

 お兄様に知らせた方が……」


「綾 様、洞窟に入る前に〈白髪の食屍鬼〉が言った言葉を思い返してみて下さい。

 奴は洞窟内と外部との精神感応は出来ないと言っていました。

 自分も一応 頼子に信号を送ってみたのですが、応答が有りません」


「益男さんでもダメなんだー。

 めんどくさいねー」


「恐らくぅ、ここの情報を早い段階で漏らしたくなかったのでしょうねぇ」


 蔵主 社長が見解を述べた後、その先に並ぶ房を順に確認する一行。

 その他の雑居房には、一房当たり十数人程の人間が詰め込まれている。

 死んでいる者も多く、死んでいない者も深い眠りに落ちているようで殆ど動かない。


 一々房内に入らなくとも良いかと思われたが、最低でも比星 すみの居所は確認しなければならない。

 その為に〈ダゴン益男〉が水刃ハイドロブレードで鉄格子を斬断。

 一行が房内に入って確認作業を行なう。


 当然各房からは屍臭が漂っており、宗像などは吐き気をもよおしっぱなしだった。

 しかし、今のところ澄は見付からない。


 一行が奥に近付くに連れ、饐えた匂いとも糞尿の匂いとも屍の匂いとも違う刺激臭が漂って来た。


 酒精アルコールの匂いである。


 酒精アルコールの匂いが充満する右奥の房には、生きている囚人が居た。

 珍しくひとり部屋である。


 中の囚人が一行に声を掛けた。


「おお~良く来たのぉ。

 うぃーひっくっ……。

 酒を持って来てくれたのか?

 何、酒じゃない?

 ふざけるな!

 余は……余は酒が呑みたいのである!

 そ、それも普通の酒では駄目なのじゃ!

 ウヰっ、スキーでない事には~むにゃむにゃ……。

 満足できんのであるううぅ、うっぷ!」


 この囚人は〈食屍鬼グール〉達が帝居を襲撃した際、〈夜鬼ナイトゴーント〉に連れ去られ行方不明になっていた酔っ払いだった。


 囚人を観て、宗像 以外の顔が嫌悪にゆがむ。


「ああ、貴方あなたでしたか。

〈夜鬼〉に攫われ野垂のたれ死んだとばかり思っていましたが、こんな所にしけ込んでいたとはね」


「なんであんたがいんの?

 てか生きてんの?

 信じらんない」


「まあまあぁ、益男 君も綾 様も落ち着いてぇ。

 ここに捕らえられているという事はぁ、あの〈白髪の食屍鬼〉が利用価値を認めているという事ですぅ。

 このまま放って置いても我々の益にはなり得ませぇん。

 せっかくの機会ですからぁ、ここで殺してしまいましょう」


「皆さん、この男誰でっか?」


 ひとりだけ男の正体を知らない宗像が問い掛けるも、三人は徹底的に無視する。


 水刃ハイドロブレードで鉄格子を斬断し房内へ入る〈ダゴン益男〉。


「何だあ~、余に楯突たてつこうと、ぃ云うのかぁ……。

 この……ゔぉえぇっ!」


 酔いが回り過ぎて嘔吐おうとしているが、〈ダゴン益男〉は気にせず酔っ払いの頭上に水刃ハイドロブレードを振り上げ……。


『ガタン!』と云う音と共に突き当りの鉄扉が勢い良く開き、熱気をたたえる存在が姿を現す。


ダゴン益男〉は独居房どっきょぼうから飛び出し臨戦態勢に入った。


 鉄扉を開けて入って来た者、その姿を見た一行は恐怖を覚える。


 毛むくじゃらでもなければ護謨ゴムの様な皮膚でもない。

 その者は毛皮を腰に巻き、右手には一メートルを超える先太さきぶとの棍棒を握っていた。

 左手の親指と人差し指で摘まんでいるのは、一升瓶いっしょうびんである。


 その者の背丈は一丈(三・〇三〇三メートル)を軽々と超えており、頭部が天井に届かんばかりだ。

 人間ヒト寸法サイズとは根本的に違っていて、体温も摂氏四〇度ほどと高い。


 これは何故かと云うと、生物は体積が大きくなるに連れて身体の表面積が小さくなり、体内で発生した熱が逃げにくくなるからである。


 足先は〈食屍鬼グール〉のようなひづめ状ではなく、〈ヴーアミ族〉のような樹上生活に適した形状でもない。

食屍鬼グール〉でも〈ヴーアミ族〉でもない事は確実だ。


 犬顔とも猿顔とも違う面貌めんぼうだったが、その者を印象付けるに充分な特徴が有る。


 単眼。


 数々の神話で語られる所の〖サイクロプス〗。

 この国で呼ばれる所の〖目一まひとおに〗である。


 単眼巨人の登場により、一気に室温が上昇した牢屋内。

 一行は余りの巨体に絶句していたが、一部の者が手を叩き喝采かっさいを浴びせた。


「おお~やっと来てくれたか。

 待ちわびておったぞ……うぃーひっくっ!

 ささっ、はよう酒を……酒をくれ~。

 何じゃ、また焼酎か……。

 ウヰスキーが良い!

 余はういっ、スキーが呑みたいのじゃ~むにゃむにゃ……」


 あの酔っ払いである。


 単眼巨人は酔っ払いの独房に一升瓶を置き、黒い一つ眼で侵入者達を見据えた。


 危機を感じた〈ダゴン益男〉が水刃ハイドロブレードを構える。


 一番近くにいた〈ダゴン益男〉に、単眼巨人の棍棒が熱気と共に振り下ろされた。

 彼はその一撃を受けずに何とかなす。

 そして、石の床面を砕いた棍棒に対し軽く水刃ハイドロブレードを振るった。


『キィィン……』


 観たところ単眼巨人の棍棒は木製だが〈ダゴン益男〉の斬撃が通らない。

 彼はこれと同じ事をつい先日体験していた。


「皆さん、この棍棒には障壁が張られています!

 恐らく奴自身にもです!

 この場所は狭く闘いにくいので今は逃げましょう。

 殿しんがりは私が務めますので……」


ダゴン益男〉の忠告で全員が駆け出すが、身重の綾は当然もたつく。

 そこで蔵主が身体強化術式を展開し、自身の固有術式でそれを一同と共有した。

 その結果、綾も身重とは思えない機動力を獲得する。


 牢屋を脱出した一行は、来た道を戻らざるを得なくなった。

 折り返し階段を引き返す途中で、身体強化術式共有条約が施行しこうされたにも拘らず宗像が愚痴を零す。


「何や、身体強化共有してもろても階段登りはきついな」


「ごめんなさいぃ。

 宗像さんには冷凍瓦斯ガス噴射装置を背負って頂いてますからねぇ。

 それよりも走っている間は精神感応で話しましょう」


「あ、そやったわ……」


 宗像が精神感応テレパシー回線を開通させた所で、一行は単眼巨人の撃退法を話し合う。


『とりあえずー、登った先の広間で闘う?』


『そうなるでしょう。

 しかし綾 様、一つ眼に展開されている障壁に銃弾は効果が無いと思われます。

 他の方々は何か妙案がお有りでしょうか?』


『ワイには一応あんねんけどな。

 その為には、出口と狭い通路を見付ける事が必須や。

 一つ眼から逃げ乍ら、出口を探索し乍らやからな。

 けっこうきついで……』


『探索の方は私が請け負いましょう。

 毎度で申し訳ないのですが益男 君は一つ眼を牽制して下さいぃ。

 余裕があればで宜しいですからぁ、綾 様は益男 君の補助をお願いしますぅ』


 作戦要綱ようこうを決定した一行は階段を登り切り、巨大芋虫と対決した広間ホールにまで来ていた。


「皆さんお静かにぃ……」


 人差し指を唇に当てた蔵主は沈黙の仕草。

 精神感応テレパシーで会話する際も脳の聴覚野ちょうかくやは働いているので、周囲の音がしないに越した事はない。


 皆が黙ると、蔵主は唐突に指鳴らしフィンガースナップをした。


『パチン!

 …………』


 その音は地下空間中を伝わり、床、天井、壁からの反響という形で蔵主の耳へと集束しゅうそくする。

 蔵主は目をつぶり、反響音の処理に集中。

反響定位はんきょうていい(エコーロケーション)】の術式により、近辺の構造を詳細に把握した。


[註*反響定位はんきょうていい=エコーロケーション。

 コウモリ、一部のクジラ、イルカなどは自身の器官を用いて音波を発し、その反響から周囲の環境把握を行なっている。

 鳥類であるアナツバメやアブラヨタカも、鳴管めいかんという発声器官を用いて音波を出している]


 蔵主が精神感応テレパシーで一行に伝えた。


『皆さぁん、山頂へと通じるかも知れない道を見つけましたよぉ。

 それでは当座の作戦をお伝えしますぅ……』





 ザ・グール・オブ・ザ・デッド Ⅱ Aルート その四 了

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