ザ・グール・オブ・ザ・デッド Ⅱ Aルート その三

 一九一九年七月 長野県重井沢 外吮山内部





ダゴン益男〉の警告を一瞬で理解した蔵主 社長は、懐中電灯を前方へと放り投げる。

 すると、懐中電灯に何かが張り付き地面に転がった。


 地面に張り付いた懐中電灯は放光が鈍い。

 巨大芋虫が苦手とする人工光を先に封じられた形になる。


 蔵主が皆に注意を促した。


「皆さぁん、芋虫野郎は粘液を分泌するだけでなく吐き出して飛ばせるようですぅ。

 充分に注意して下さいぃ」


 蔵主が言ったそばから巨大芋虫のつばが飛んで来る。


 思考と感覚の高速化クロックアップで見切れはするが、身重の綾は思うように動けない。


⦅お願い赤ちゃん……⦆


 綾は躱すのを諦め、孕み子の展開する障壁バリアに今一度頼る事にした。

 その願いは功を奏し、巨大芋虫の唾が吐き掛けられる寸前に障壁バリアが展開される。


 綾の安全を確認した〈ダゴン益男〉は、槍をたずさえ前方の巨大芋虫へと突貫した。

 巨大芋虫は唾弾だだんで反撃するも、完全に軌道を見切った彼には当たらない。


 見事巨大芋虫に接近を果たした〈ダゴン益男〉。

 ちから一杯槍を突き刺し、穂先下にくくり付けた散弾を霊力で点火する。

 巨大芋虫の内部で爆裂弾が炸裂し、一頭をバラバラに吹き飛ばした。


 続く宗像も一頭を発見。

 冷凍瓦斯ガスを噴射し乍ら接近する。

 巨大芋虫も唾弾で接近を阻もうとするが、それらも一瞬で凍結し地に落ちた。

 宗像は冷凍瓦斯ガスを接射し、一頭を氷の彫像に変える。


 蔵主の標的は少々位置が離れているが、彼は気にも留めず走り寄った。

 意外に運動能力が高いのか、巨大芋虫の唾弾をスイスイと躱し滑らかな動作で槍を突き出す。

 槍は粘液層を突破して巨大芋虫の皮膚に突き刺さり発火。

 彼の霊力に呼応して細胞融解素が獲物をむしばみ始めた。


「こっちは効きましたよぉ」


 蔵主の報告を受けた〈ダゴン益男〉は、宗像が凍結させた一頭を掌底で砕いて処理。

 そして綾の許へと戻ろうとしたその時、彼女の悲鳴が響き渡る。


「またコイツ来た~、丸呑み二回目~!」


ダゴン益男〉が振り向いた時には時既に遅し。

 そのまま綾の丸呑みを完了した巨大芋虫は、膨れた巨体を横たえ空間奥へと姿を消す。


 綾が連れ去られる様子を目にした〈ダゴン益男〉。

 彼はぜつ部と咽喉いんこう部を筒状に異形化させ、舌先から水弾を放った。


 水銃ハイドロライフルから発射された水弾には〈ダゴン益男〉の粘液が含まれており、霊的な目印マーカーとして機能する。

 何らかの処置を施さない限りこの目印マーカーは長時間消えない為、半径五〇〇メートル程の範囲なら正確な探知が可能だ。


 全速力で追跡しようとする〈ダゴン益男〉を蔵主がいさめる。


「益男くぅん、お止めなさいぃ。

 地面は巨大芋虫の吐いた唾で足の踏み場もない状態ですよぉ。

 もし踏んずけでもしたら今度は足を断つのですかぁ?

 障壁は展開されていましたのでぇ、綾 様がすぐに消化される事はないと思いまよぉ。

 今は冷静になるべきですぅ」


 蔵主の一言もあり、〈ダゴン益男〉は落ち着きを取り戻した。


 綾をさらわれた一行は小休止に入る。

 先ずは邪念水や血入り紅茶を飲み、各人体力と霊力を回復させた。


 次は弾薬補給に取り掛かる。

 地面に転がっていた〈ヴーアミ族〉の槍も二本見付かり、巨大芋虫に対して有効だった弾薬槍だんやくそうこしらえた。


 後は地面に転がっていた槍の残骸を利用し、懐中電灯に付着していた巨大芋虫の唾をこそぎ取る。

 その御蔭で、懐中電灯は何とか使用できる迄になった。


 諸々の用事を済ませた所で、一行は今後の方針を協議する。


「綾 様が攫われて、こっから先どないしますのん」


「この権田 益男、耐え難い失態を犯しました。

 勿論追い掛けますよ」


「それは良いのですがぁ、巨大芋虫が行く先々で唾を吐いているやも知れませぇん。

 地面を注視しながら進みましょう」


「それにしても蔵主 社長、何かすばしっこく動けてましたな」


「ああぁ、身体能力強化の術式ですねぇ」


「蔵主 社長、男 宗像たっての願いなんやけど、その……身体強化の術式も共有して下さらんか?」


「霊力を消耗するので嫌ですぅ。

 でもぉ、いざとなったらやぶさかではありませぇん」


「思い切りが悪いな……。

 いざとなったら、ホンマ頼みますよって!」


 宗像と蔵主が身体強化術式共有条約を締結した所で、一行は綾の探索へと乗り出した。





 先程の取り決め通り、一行は地面に吐かれた巨大芋虫の唾に注意して進む。

ダゴン益男〉が予め目印マーカーを撃ち込んでいた為、一行の行進に迷いは無い。


 洞窟は次第に下り傾斜となり、途中からは更に勾配こうばいがきつくなる。

 加えて空間の幅もせばまって来ており、今は五、六メートルぐらいの道幅だ。


「おっ、また広い場所に出よったか?」


 宗像の声が空間に響くが、どこかしらでその響きがき止められているように一行は感じる。


 突然、自身の打ち込んだ目印マーカー以外にも複数の気配を感じ取る〈ダゴン益男〉。


「複数の気配が在ります。

 おそらく奴……いえ、奴らです!」


 一行が警戒して歩みを進めると、巨大芋虫がいた。

 然も複数が合体した五頭形態である。

 中心の一頭は大きく膨れており、丸呑みにされた綾の所在が知れた。


 多頭芋虫がまとまった状態を維持する為、今は懐中電灯の灯りは消してある。


 蔵主が松明を地面に置き、槍を構えた。


「又ようけまとまってるやんけ。

 今度は逃がさへんからな」


 宗像の言葉に反応したのか、多頭芋虫は急速に地面を這い進んで来る。

 途中で首をもたげ御得意の唾弾を発射。

 一行の動きを牽制して来た。


ダゴン益男〉は水刃ハイドロブレードを展開せず二槍流の構え。

 多頭芋虫の左側面に回り込む。

 宗像は多頭芋虫の右側面、蔵主は槍を構えて正面に陣取った。


 多頭芋虫との間合いが詰まり、乱戦にもつれ込む。

 右に左にと噛みつき攻撃を仕掛ける多頭芋虫。


ダゴン益男〉が前に出てそれを躱したかと思えば、今度は蔵主が前に出て軽業を披露するが如く翻弄ほんろうする。

 宗像は斜め後方に待機。

 冷凍瓦斯ガスを放つ機会を作るべく、コルトM1911で二人の援護と牽制に専念。


 多頭芋虫が躍起やっきになって攻撃している最中、綾に精神感応テレパシーで呼び掛ける蔵主。


『綾 様ぁ、芋虫野郎のお腹の中はどうですかぁ。

 気持ちいいですかぁ?』


『う~ん、まあまあね。

 でも、そろそろ息が続かなくなってきちゃったから、って良いよね?』


『はいどうぞぉ』


 蔵主と連絡を取った綾は、その身を異形化させた。


『アタシの赤ちゃん、一瞬だけ障壁を解いてっ!

 お願いっ!』


 綾が孕み子に言い聞かせ障壁バリアを解除させると同時に、一緒に飲み込まれていた槍を思いっ切り突き出す。

 続けて穂先の下に括り付けられた弾丸を霊力で発火。

 中心個体の体内で爆裂弾が炸裂する。


 当然そのままでは〈異魚〉自身も爆裂弾の余波を受けてしまうが、彼女は頸部側面に声帯を生成。

 計三つの声帯と横隔膜おうかくまくを使い重唱。

 爆裂弾の衝撃波に指向性を与えた。

 すると中心個体の上部が丸々吹っ飛び、内部から無傷の〈異魚〉が顔を出す。


 爆裂弾の衝撃と〈異魚〉の重唱による音波で混乱をきたしたのか、四頭になった多頭芋虫は分離する事も忘れのたうち回った。

 その隙を逃す一行ではない。


ダゴン益男〉は暴れ回る二頭に一槍づつ打ち込み点火。

 細胞融解素の餌食とする。


 蔵主は槍を地面に置き、〈異魚〉を助けに入った。

 異形化により両脚が一体化している彼女を中心個体から引きり出し、両腕で抱えて運び出す。

 小柄な蔵主が妊娠した人魚姫を御姫様抱っこする姿は、中々に非日常的シュール滑稽こっけいだった。


 宗像は〈異魚〉が助け出された事を確認すると、残り二頭となった多頭芋虫に止めを刺すべく、冷凍瓦斯ガス噴射装置の耐圧容器ボンベを地面に降ろす。


「これでキンキンのカチンコチンの……カチ割り氷やー!」


 噴射口ノズルから勢い良く冷凍瓦斯ガスが噴射され、巨大芋虫二頭をまたたく間に氷像へと変える。

 勢い余った宗像は耐圧容器ボンベを振りかざし……


「うおらぁー、いったれー!」


 出来立ての氷像に叩き付けるが、あえなく『ガイ~~~ン』と弾き返されていた。


「か、硬いやないけ……」


 その様子を苦笑して眺めていた〈ダゴン益男〉。

 彼は即座に双掌打そうしょうだで二頭をバラバラにするも、宗像の視線が痛い。


「そんな恨めしそうに見ないで下さいよ宗像さん」


「ええなー。

 益男はんは強うて、ええなー」


「そ、それより綾 様、芋虫に呑まれた御感想は……」


ダゴン益男〉に話を振られた〈異魚〉は、丸呑みにされていた時の感覚を面倒臭そうに思い返す。


「なんかー、アタシを食べるっていうかー、どっかに運びたがってたみたいなんだよねー」


「それはもしかしてぇ、あの扉の向こうでしょうかねぇ」


 蔵主が懐中電灯を向けた先に巨大な鉄扉が見えた。

 鉄扉の許へと近付き吟味する一行。


「この大きさ城門並みやで~。

 何が出入りする為の門なんか、大きさだけでも想像付くわ」


「巨大芋虫のような化け物の巣、なんでしょうか?」


「なんか牢屋っぽいし、そうじゃない?

 もしかしたら宮司さんのお母さん(比星 澄)がいるかもよ」


「確かにぃ、比星 播衛門を名乗る〈白髪の食屍鬼〉はぁ、自分と宮司殿が山の頂上にいると言っただけですからねぇ。

 本当かどうかも判りませんしぃ、澄 殿がいる可能性はありますぅ」


 一行は協議の結果鉄扉を開けて進む事を決定したが、丸呑みにされていた綾の為に小休止を取る事にした。

 綾は自らが爆破した巨大芋虫の中に置き忘れて来た運動靴を〈ダゴン益男〉に取って来させ、その後は邪念水で体力と霊力を補給する。


 綾が回復して運動靴を履いた後、一行は開門に掛かった。


「あっ、松明はアタシが持つね」


 綾へ松明を渡すと、鉄扉の裏に掛けられているかんぬきを外す為に霊力を集中する蔵主。

 蔵主が念動術サイコキネシスで閂を外し、〈ダゴン益男〉が力を籠めると鉄扉は容易たやすく開いた。


 これから鉄扉内へと足を踏み入れる一行。


 宗像が振り返り、カチ割氷になった巨大芋虫の残骸を眺め乍ら呟く。


「ワイもかっこ良く必殺技決めたかったわ。

 益男はん、ええなー……」





 ザ・グール・オブ・ザ・デッド Ⅱ Aルート その三 了

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