ザ・グール・オブ・ザ・デッド Ⅱ Aルート その二

 一九一九年七月 長野県重井沢 外吮山内部





「益男はん、綾 様、蔵主 社長、何とかやっつけられましたな」


「ええ、しかし角灯ランタンが割れてしまいました。

 どうしましょうか、蔵主 社長」


ダゴン益男〉が散らばった角灯ランタン硝子ガラス破片を一箇所に寄せている。

 角灯ランタンの燃料は灯油の為、灯芯はまだ地面の上で燃え続けていた。


「このままにしておきましょう。

 松明があるのでどのみち敵さんからは丸見えですぅ」


 蔵主が言い終わった直後、松明の明かりに変化が生じた。


 地表を這い進むウネウネとした影。

 その影が地面に置かれた松明を包み込む。


 ジュウゥ……と云う音と共に松明の火が消え、一行の視界は闇に包まれた。


 突然の事に宗像が声をあららげる。


「なんや、何が起こっとんねん⁉」


「宗像さぁん、落ち着いて下さいぃ。

 暗視はあくまでも光に対する眼球の感度を上げるものですぅ。

 光源が無い場所では効果を発揮できませぇん。

 益男くぅん、出来れば背嚢から燐寸マッチを取り出して貰いたいのですがぁ、難しいようでしたら懐中電灯でも構いませんよぉ」


「わ、分かりました」


ダゴン益男〉は背負っていた背嚢バックパックを降ろし中身をまさぐる。

 懐中電灯は箱型なので直ぐに取り出せた。


 懐中電灯を受け取った蔵主が点灯させ、暗闇を僅かだが追い払う。

ダゴン益男〉は直ぐに燐寸マッチと灯油缶、もう一本の松明を取り出し松明に着火した。


 その様子を見届けた蔵主は懐中電灯の電源を落とし、一行は元の状態へと戻る。

 そして、〈ダゴン益男〉が全員の無事を確認すべく松明を巡らした。


「宗像さん、蔵主 社長、御怪我は有りませんね。

 綾 様は……」


「はいは~い。

 綾もお怪我はないで~す」


「綾 様後にっ!」


「えっ⁈」


 松明の灯りに照らされた綾の背後で幾重いくえもの影がうごめき、一瞬で彼女におおかぶさった。


「綾 様!」


「何や⁈」


「綾さまぁ!」


 三人は驚き銃を構えるが、綾を誤射してしまう可能性が有るため発砲出来ない。


「この子が障壁を張ってくれたから大丈夫よ。

 みんな撃って!」


 綾のはらが球状に障壁バリアを展開したらしく、今のところ綾は絞め殺されずに済んでいる。


 綾の安全を確認した三人は、それぞれの銃を構えて発砲した。


 発火炎マズルフラッシュで影の正体が判明する。


「こ、これはぁ⁉」


「な、何やこのバケモン⁈」


「綾 様、御無事ですか!」


 綾に覆い被さった幾重もの影は、長大で灰色の芋虫いもむしのような形状。

 加えてヌラヌラとした光を帯びている。


 しかも、その巨大芋虫は五体で一つの尾を共有していた。

 詰まり多頭龍のていである。


 その多頭龍ならぬ多頭芋虫は次々と鎌首をもたげた。

 この状態で凡そ一丈(約三・〇三〇三メートル)程の頭高を有し、それらが【タワー】の如く屹立きつりつする。


 銃弾は全て多頭芋虫に命中した筈だが、一向に効いている素振そぶりを見せない。


 多頭芋虫は中心の一頭が綾を包み込む形でとぐろを巻いており、銃撃など無かったかのように彼女の頭上へとかぶり付いた。


「こいつ、アタシを食べようとしてるみたい!

 それに、ヌルヌルしたのいっぱい出してる!」


 どうやら多頭芋虫が多量の粘液を分泌ぶんぴつしている為、銃弾が表皮まで届いていないらしい。


 丸呑みにされ掛けている綾を救出せんが為、松明を地面に置き水刃ハイドロブレードで斬り掛かる〈ダゴン益男〉。

ダゴン益男〉の水刃ハイドロブレードが多頭芋虫に届……かない。

 表皮まで後数ミリと云う所で刃が止まってしまう。


 多頭芋虫の表皮に近付くごとに、分泌されている粘液の粘りが強くなっているのだ。

ダゴン益男〉は仕方なく退こうとするが、粘液の粘りで中々水刃ハイドロブレードを引き抜けない。


 その隙を見逃さない多頭芋虫の一頭が〈ダゴン益男〉にもかぶり付こうとする。

 左手首から展開する水刃ハイドロブレードを粘液で絡め捕られ、絶体絶命の状況に置かれている〈ダゴン益男〉。


 しかし〈ダゴン益男〉は、何の躊躇ちゅうちょもなく自らの左手首を斬断した。


「益男はん、何ちゅう事を!

 それに、このままやと綾 様が丸呑みにされてまう……。

 くそっ、どないしたらええねん!」


「あぁ!

 アレですよ宗像さぁん。

 益男 君が離れたらアレを使いましょうぅ」


「⁈

 ああ、コレやな。

 今まで忘れとったで。

 蔵主 社長、懐中電灯で手元照らして下さらんか」


 蔵主は懐中電灯を点灯させ、宗像は背負っていた冷凍瓦斯ガス噴射装置を降ろす。

 蔵主が宗像の手元を照らし準備完了。

 後は〈ダゴン益男〉が戻るのを待つのみ。


 左手首を失った〈ダゴン益男〉が戻ってくると、宗像が精神感応テレパシーで綾に呼び掛けた。


『綾 様聞こえとりますか~。

 これから冷凍瓦斯ガスを噴射するさかい、低温注意やで~。

 後、酸欠にならんよう気流制御もよろしく』


『わかったよ、宗像さーん。

 この子にも言っとくー』


 攻撃体勢の整った一行は多頭芋虫へと近付き、蔵主が懐中電灯で標的を照らした。


 したらば、多頭芋虫が突然の暴走。


 なんと、共有していた尾部がことごとく裂けたのである。

 多頭芋虫は五頭に分裂、綾を丸呑みにしている一頭を残してその場から素早く這い去った。


「何やあいつら、分離しよったで。

 けど仕方ない、一頭だけでもやったるわ!」


 宗像が分離した多頭芋虫の一頭に噴射口ノズルを向け、耐圧容器ボンベの頭に付いている槓桿レバーを押し下げる。

 冷凍瓦斯ガスが勢い良く噴射された。


「キュガアアアアアアアアアアァァッ⁈」


〈イブン・ガジの粉〉が霊媒物質となり、液化窒素の効果を高める。

 巨大芋虫は余りの冷気に身をよじらせて抵抗するが、程なくして粘液ごと凍結した。


 宗像が噴射を停止すると、今度は〈ダゴン益男〉が前に出る。

ダゴン益男〉は先ず水刃ハイドロブレードを使い、先程斬断した自身の左手首から先を凍結した粘液塊から斬り出した。


 その際、凍結した巨大芋虫に右掌底しょうていを見舞う。


「フン!」


ダゴン益男渾身こんしんの掌底で砕け散る巨大芋虫。


 内部からは、丸呑みにされ掛けていた綾が顔を出す。


「あ~、丸呑みにされるなんてなかなか体験できないから面白かった~。

 それにこの巨大芋虫の粘液、日焼け止めにいいかも♪」


「綾 様、益男はんは手まで斬り飛ばしたんやで。

 そりゃないわ~」


 未だ逼迫ひっぱくした状況に置かれている一行だったが、今のやり取りで和んだのは間違いない。


 当の〈ダゴン益男〉も左手首を接着し、組織再生に入っている。


 綾が背嚢バックパックから手拭いタオルを取り出し顔をいている中、〈ダゴン益男〉が蔵主に注進した。


「蔵主 社長、懐中電灯で辺りを照らし続けて下さい。

 あの芋虫達は、強い光や人工光を苦手としている可能性が有ります」


「なるほどぉ、だから懐中電灯で照らされた際分離したのかも知れませんねぇ」


「はい。

 冷凍瓦斯ガス噴射装置で一気に片を付けられなかったのは痛いですが、時間は稼げます」


 ここで宗像も会話に加わって来た。


「得意の腕刀わんとうが効かんかったからな。

 益男はん、どうする?」


「こんな時に宮森さんがいてくれたら、とは思いますがね。

 泣き言を言っても始まりません。

 あの巨大芋虫の粘液層は、私の腕刀を止めるほど粘りが強い。

 腕刀では相性が悪いので槍を使います」


「槍やて?

 そんなもんどこに……。

 あっ!

 さっき襲って来た〈ヴーアミ族〉の持ってたヤツか」


 蔵主が懐中電灯で辺りを警戒し乍ら、一行は〈ヴーアミ族〉の遺品である槍を拾い集める。


 四本集まった所で、〈ダゴン益男〉が工具箱からセロハンテープを取り出した。


「蔵主 社長、散弾銃用の散弾を二つ下さい」


「はいはいぃ、そういう事ですねぇ」


 蔵主から散弾を手渡された〈ダゴン益男〉は、穂先の直下にセロハンテープで散弾をくくり付けた。

 そして自身のコルトM1911からも弾丸を二個排出し、同様に加工する。


「爆裂弾と細胞融解弾、どちらが効果的なのか判明していないので両方作ってみました。

 槍で突き刺した際に霊力で発火させると、弾薬の効果が出る仕組みです。

 私が二本持ちますので、あと二本は蔵主 社長と綾 様でそれぞれ御持ち下さい」


「なんや、ワイにはないんか」


「宗像さんは冷凍瓦斯ガス噴射装置で頑張って下さいね。

 では皆さん、地面に置かれている松明を囲んで下さい。

 今の状態から懐中電灯の灯りを消しますと、巨大芋虫が襲って来る可能性が高いです。

 では蔵主 社長、御願おねが……いま直ぐ懐中電灯を捨てて下さい!」





 ザ・グール・オブ・ザ・デッド Ⅱ Aルート その二 了

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