第四節 ザ・グール・オブ・ザ・デッド Ⅱ Aルート

ザ・グール・オブ・ザ・デッド Ⅱ Aルート その一

 一九一九年七月 長野県重井沢 外吮山中腹





 比星 家墓地跡に開いた亀裂に飛び込んだ四人(うち一名は飲み込まれた)。

 一行は早速探検の準備に掛かる。


 背嚢バックパックから角灯ランタンと松明を取り出した益男が、松明に灯油を染みこませ着火した。

 蔵主 社長には角灯ランタンを渡し、火を入れて貰う。


 ふたりの様子を観ていた綾が質問した。


「ねえ益男さん、何で懐中電灯使わないの?」


「ああ、それはですね。

 角灯ランタンや松明が切れた時の為に取って置きたいからなのです」


「ふーん。

 じゃ、これアタシが持つねー♪」


 探検が待ち遠しいのだろう、麦藁帽を背嚢バックパックにしまった綾が角灯ランタンを取り上げた。


 益男から松明を譲り受け、蔵主が洞窟の入口に先行する。

 蔵主は霊力を用いて、洞窟内の空気を精査スキャンしているのだ。


「今の所ぉ、有毒性瓦斯ガスや可燃性瓦斯ガスは検出されませぇん。

 大丈夫のようですぅ」


 遂に一行が洞窟内に分け入ると、今が夏だとは思えない程のひんやりとした空気がただよって来た。


 これには宗像も御機嫌ごきげんである。


「ああ~、涼しいの~。

 山登りで汗だくやったから丁度ええわ~」


 意外と快適な洞窟内部に、一行の足も軽い。

 運動靴の御蔭なのか、妊婦の綾でさえスタスタと歩みを進めている。


 その余りに順調な滑り出しに疑念を抱く者が居た。


「やっぱりおかしいですねぇ。

 普通ぅ、洞窟内はもっと石がゴロゴロしていて歩きにくい筈ですぅ。

 なのにこれほど足元が整備されているなんてぇ、おかしいですねぇ……」


 その答えは直ぐに出た。


 入口から暫く進むと、今迄ゴツゴツしていた洞窟の壁面がいきなり平らになったのである。

 正確を期すと、壁面は完全な平面ではなく、縦線や横線が一定間隔で刻まれていた。


 その事を確認した綾と宗像が驚声を上げる。


「わっ、壁がゴツゴツしなくなった」


「なんやこれ、壁にみぞが入ってんのか?」


 ここに蔵主と益男も加わる。


「これは明らかに人工的なものですねぇ。

 恐らくは石材を切り出した跡だと思いますぅ」


「でも蔵主 社長、比星 家の屋敷を解体した時にはここは見付からなかったんですよね」


「はいぃ。

 報告は受けておりませぇん。

 後催眠暗示か比星 一族の固有術式かぁ、播衛門 殿に一杯食わされましたねぇ」


「その時は見付けられたくなかったと云う事でしょうが、何故いまになって我々を招き入れたのか……」


「さてぇ、何らかの準備が出来たのかどうなのかぁ、今の所ハッキリしませんねぇ」


 何はともあれ、外吮山内部に極秘の石切いしきが存在する事は判明した。


 一行が奥に分け入ると段々と壁面が遠くなり、終いには空間を照らし切れなくなってしまう。


「もう角灯ランタンの灯りじゃ周りが視えないよー」


 綾がぼやくのも無理はない。

 この空間は洞窟とは思えない程に広大だ。


「致し方ないですねぇ。

 わたくしの固有術式で暗視を共有しますぅ」


 蔵主が精神を集中したかと思うと、一行の眼球には角灯ランタンと松明の光が膨張するように感じられた。


 眼球の捉える光が強烈なものだから、宗像がつい叫んでしまう。


「っかあ~、急にまぶしなった。

 ワイの眼ぇはどないなってしもたんか?」


「これは失礼ぃ、いま感度を調整しますのでぇ……」


 蔵主が術式調整を施すと、一行は洞窟の空間を昼間のように見渡せた。

 蔵主が感覚拡張術式である暗視ダークビジョンを使い、彼の固有術式でその効果を共有したのである。


「これで充分に周囲を認識できると思いますよぉ。

 では皆さぁん、張り切って参りましょうぅ」


 視覚が拡張された御蔭で、とどこおりなく探索を続行する一行。

 御次は嗅覚が拡張されたのかと思える程の強烈な悪臭が漂って来た。


 益男が素早く両そでまくり上げ、自慢の水刃ハイドロブレードを展開させる。


「皆さん銃を構えて下さい!」


ダゴン益男〉が警戒を促し、皆もそれにならう。

 その警戒は無駄にならなかった。


 空間の奥から何かが飛来する。

ダゴン益男〉はそれを水刃ハイドロブレードで難なく両断、正体が判明した。


「槍です!

 槍が飛んで来ました!

 私が出来る限り防ぎますが、万が一の為に思考と感覚の高速化を行って下さい!」


ダゴン益男〉の助言通りに思考と感覚を高速化クロックアップする一行。


「思考と感覚の高速化……あれか。

 ワイ、覚えたてで慣れてへんから、なんか頭がグラグラするねん」


 青森から帰った後、思考と感覚を高速化クロックアップする訓練を受けさせられた宗像。

 使用後の後遺症を気にしているが、今はそんな事を言っている場合ではない。


 槍が次々と一行に投げ付けられる。

 その多くは〈ダゴン益男〉に斬り払われ、残りの分も一行はかわした。


 奥から跫音きょうおんが響いて来る。

 暗視ダークビジョンを展開している一行は、遂にその音源を視界に捉えた。


 その内の一種は、酷く前屈みの姿勢で護謨ゴムに似た皮膚。

 ひづめ状の足と鋭い鉤爪かぎづめを持っていた。


 そして犬に似た顔。

食屍鬼グール〉だ。


 もう一種は、毛むくじゃらの体躯たいくで猿のような足。

食屍鬼グール〉ほど鉤爪は長くないが、槍を構えている。


 顔は〈食屍鬼グール〉に類人猿を足して割った様な按配あんばい

 帝居襲撃の際に宮森と益男が遭遇したと云う、〈ヴーアミ族〉だ。


 いま一行目掛け跳び寄って来ているのは、どうやら〈食屍鬼グール〉と〈ヴーアミ族〉の混成部隊らしい。

 数は今の所〈食屍鬼グール〉四体と〈ヴーアミ族〉四体の計八体。


 一体一体はそこまで大した戦闘力を持つ存在ではないが、数が多い上に探検組の顔ぶれには身重の綾がいる。

 宗像と蔵主も生粋きっすいの戦闘員ではない。

 一行はこの場面をどう切り抜けるのか。


「皆さぁん、一旦私の後ろに下がって下さいぃ」


 蔵主が地面に松明を置きウィンチェスターM1912を構える。

 皆が蔵主の言葉の意味をんで下がると、ウィンチェスターM1912標準タイプが火を噴いた。


 対象群とは二〇メートル以上離れているが、見事〈食屍鬼グール〉一体と〈ヴーアミ族〉一体に命中。

 散弾に配合されている〈イブン・ガジの粉〉と蔵主の霊力が反応、敵の肉体を端微塵ぱみじんに吹き飛ばす。


 攻撃を受けた〈食屍鬼グール〉と〈ヴーアミ族〉は、固まっていてはまずいと判断したらしく直ぐに散会した。

 蔵主もこれ以上散弾銃での射撃は無理だと判断したのか、サベージM1907に持ち替える。


 一行は綾を中心に、正面を〈ダゴン益男〉、左側面を宗像、右側面を蔵主で囲んだ。

 早速左側から食屍鬼グール来る。


 宗像はコルトM1911を発砲するも、銃撃に慣れていなかったのか反動を受け流せずに照準がぶれ、当然銃弾は外れた。

 体勢を崩した宗像の目前に〈食屍鬼グール〉が迫るが、宗像の右耳を何かがかすめる。

 その何かは〈食屍鬼グール〉頭部に着弾し、細胞融解素の効果で〈食屍鬼グール〉を処理した。


「あっぶな⁈

 綾 様~、もうチョット弾道が左にずれとったら、ワイ死んでましたで~」


 宗像が外す事を見越していたのか、綾が宗像の背後から射撃したのだ。


「宗像さんゴメ~ン♪」


 命を救って貰った手前、綾の蒲魚かまととぶった物言いに文句を言えない宗像。

 気持ちを切り替えて次の獲物を狙う。


 正面の〈ダゴン益男〉には槍を持った〈ヴーアミ族〉二体が素早く跳び掛かって来た。

 彼は自慢の水刃ハイドロブレードで〈ヴーアミ族〉の槍を腕ごと斬断、返す刃で二体の首をねる。


 右側の蔵主には、〈食屍鬼グール〉二体と〈ヴーアミ族〉一体が襲い掛かった。

 蔵主は〈食屍鬼グール〉一体を射殺したものの、残る二体には抜けられてしまう。

 二体は綾を目指すと思いきや、〈食屍鬼グール〉は〈ダゴン益男〉に、〈ヴーアミ族〉は宗像へと挑み掛かって行った。


 今度は宗像も、〈ヴーアミ族〉の繰り出す鉤爪を躱し銃弾を叩き込む。

ダゴン益男〉も同じくだ。

 だが〈ヴーアミ族〉は倒れ際に槍を投げ放ち、綾の持っていた角灯ランタンを割った。


「きゃっ⁈」


「綾 様、角灯ランタンの破片が飛び散っています。

 少し離れて下さい」


ダゴン益男〉の忠告でその場から離れる綾。


食屍鬼グール〉と〈ヴーアミ族〉の処理が完了し、一行は安堵あんどの言葉で互いの無事を確認する。





 ザ・グール・オブ・ザ・デッド Ⅱ Aルート その一 了

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