比星 家跡にて その三

 一九一九年七月 長野県重井沢 外吮山中腹





 突如として一帯が鳴動し、墓石を中心に巨大な亀裂が入った。


 明日二郎が宮森に警告アラートを出す。


『ミヤモリ、直ぐにソコを離れろ!』


 明日二郎の警告で何とか地割れに飲み込まれずに済んだ宮森。

 瑠璃家宮、多野 教授、蔵主 社長は、元より亀裂中心から離れていたので落ちずに済む。


 だが余りにも地割れの広がりが早いので、冷凍瓦斯ガス噴射装置を背負っていた宗像が逃げ遅れた。


「綾 様、こちらに!」

「失礼します!」


 思うように動けない綾を、権田 夫妻が両脇から抱え込んで亀裂の縁まで跳躍した。

 綾もなんとか地割れからは逃れる。


 宮森は宗像を心配して地割れの中を覗き込んだ。

 明日二郎に頼んで暗視ダークビジョン付与ふよして貰おうとしたが、どうやらその必要はなかったらしい。


「聞こえとりますかー、ワイはここですー!」


 地割れの底から顔を覗かせ、力強く叫ぶ宗像の姿があった。


 宮森は宗像に状況を問う。


「宗像さ~ん、大丈夫ですか~。

 怪我は有りませんか~」


「宮森はん大丈夫やー。

 地割れの底はふこうなかったでー。

 ほんでなー、こっから先なー、なんか洞窟みたいになっとるー」


 その声に反応したのか、再び〈白髪の食屍鬼グール〉の思念が放射された。


『今の地震じふるいは儂がやった。

 墓の下に地下道が在るじゃろう。

 その地下道は儂と我が孫の居る山頂にまで通じておる。

 勿論地下道を行かず、そのまま山頂に登って来ても良い。

 但し、その地下道には特殊障壁が張ってあるでな。

 四人までしか入れんし、一度入ったら山頂に着くまで脱出できんようになっとる。

 試してみれば判るが、洞窟内部に入ると精神感応も不可能じゃからな。

 いまひとり入っているようだの。

 地下道には儂の朋輩ほうばいが放ってあるで、そのままだと喰われるぞ……』


 それを聞いて絶叫する宗像。


「な、何やと~⁈

 はよ、宮森はんはよう降りて来てやー。

 頼むわー」


 宗像の絶叫が聞こえたのか、〈白髪の食屍鬼グール〉の思念は高笑いし乍ら続ける。


『どのみち儂と孫は山頂におるでな。

 残り七人でそのまま山頂を目指せば確実さは増すであろう。

 どうするかは、お主達で決めるが良い……』


 一行は顔を見合わせたが、綾が突拍子とっぴょうしもない事を言い出した。


「アタシ、洞窟探検したい♪

 いいでしょ、ねえいいでしょー?」


「いけません綾 様。

 探検だなんて危ない真似はお止し下さい」


「そうですぞ綾 様。

 もし御子に何かあったら、それこそ取り返しが付きませぬ!」


 頼子と多野が必死で止めるのも聞かず、瑠璃家宮の腕にすがり付いておねだりする綾。


 当の瑠璃家宮は暫し沈思黙考ちんしもっこうした後、間違いなく家臣達の反感を買う答えを出す。


「良かろう。

 綾、洞窟探検を存分に楽しんで参れ」


「やったー!

 探検超楽しみー♪」


 綾のはしゃぎ声を聞いて杞憂を顔に張り付かせる多野と頼子を、瑠璃家宮が鷹揚に言い含める。


「宗像が余に尽くす限り守ってやると約束したからな。

 今更それをたがえる訳にもいくまい。

 何方どちらにせよ、生きて帰れれば良いのであろう。

 其方そなた達が付いておれば簡単な事よ。

 これより人員を二手に分ける。

 洞窟探検組は、今のところ宗像と綾だ。

 他に希望者はおらぬか?」


 瑠璃家宮は尤もな正論を展開し臣下を納得させ、思考を作戦の構築に移行させる。


「ではわたくしがぁ。

 外吮山の地下構造を観ておくのもぉ、今後必要になるかも知れませんからねぇ」


 蔵主の立候補を視野に入れた戦力調整の結果、洞窟探検組の残り一人は益男が務める事となる。

 この結果を受け、山歩き組は瑠璃家宮、多野、頼子、宮森となった。


 人員配置が決定した後は、背嚢バックパックに入れていた補給物資をそれぞれの組に割り当てる。


 銃器の弾薬をそれぞれに渡し、邪念水と血入り紅茶は等分した。

 箱型懐中電灯、角灯ランタン、松明は洞窟探検組に全て譲り、救急用品や携帯食も洞窟探検組が多めに持つ。

 その為に山歩き組よりも重装備になるが、最も体格のいい益男が荷運びを担当して補う事となった。


 全員の準備が完了した後、綾を抱えた益男が亀裂内部へ跳び込み蔵主がそれに続く。

 すると展開されていた特殊障壁バリアが条件を満たし発動。

 残りの一行は亀裂の縁から弾き出された。


 肉声と精神感応テレパシーが届くうちに挨拶を済ませる一行。


「お兄様ー、行って来るねー♪」


「それでは皆さぁん、頂上で逢いましょうぅ」


「頼子ー、殿下を頼んだよー」


「ほな行って来ますー。

 宮森はーん、どっちが先に山頂に着くか勝負やー。

 ワイが先着いたら、酒おごってやー♪」


 亀裂の底から洞窟探検組の挨拶が届くと、山歩き組もそれにならい御返しをする。


『綾、後で話を聞かせよ。

 楽しみにしておく』


『蔵主 社長、そちらの指揮は任せましたぞ……』


『あなた、綾 様をしっかりとお守りして下さい。

 何かあったら承知できませんからね』


 瑠璃家宮、多野、頼子は思念で挨拶を返したが、宮森は肉声で返す事にした。


「宗像さーん、そっちが負けてもどうせ飲むんでしょー。

 二日酔いで辛くなっても知りませんからねー」


 挨拶のやり取りが終わった所で、〈白髪の食屍鬼グール〉から思念が放射される。


『編成は完了したようだな。

 それにしても緊張感の無い奴らよ。

 では、お主らの健闘を祈っておるぞ……』


 どことなく楽しそうな雰囲気だった〈白髪の食屍鬼グール〉の思念が消え、洞窟探検組と山歩き組が山頂を目指し出発した。

 どちらも鼻歌が聞こえて来そうな軽快な足取りで道を進む。


 その行く手には、想像以上の試練が待ち受けている事も知らずに――。





 比星 家跡にて その三 了

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