比星 家跡にて その二

 一九一九年七月 長野県重井沢 外吮山そとすやま





 外吮山の麓に送り届けられた一行。

 途中、市井の人々が八台もの自動車に驚き後を付けて来たが、外吮山周辺には帝国陸軍が検問を張っていた所為もあり、外吮山に入る頃には軍人しか目に入らなくなる。


 一行は歩きで比星 家跡へと向かうが、所々に陸軍兵が配置されていた。

 大昇帝 派を裏切っている宗像がおっかなびっくりになるのも無理はない。


「えらい仰山ぎょうさん陸軍兵がおるな……。

 なあ宮森はん。

 ワイ、狙われとんのやろか?」


「大丈夫だと思いますよ。

 宗像さんを殺す積もりだったら、もうとっくに撃って来てるでしょうから」


 ふたりの会話を耳にした多野 教授が、西洋杖ステッキで地面を律動的リズミカルき乍ら意見を添える。


「なに宗像 殿、心配には及ばん。

 こ奴らは龍泉村りゅうせんむら騒動の顛末てんまつなど知らされてははおらんよ。

 ただ警備しておるだけだ。

 宗像 殿の事など知りもすまい。

 まあ、これから衝突するであろう外法衆の面々は宗像 殿を殺したがって……その前に拷問ごうもんに掛けたいのだろうがな」


「縁起でもないこと言わんといて下さいよ多野 教授。

 ほんまにビビってますねんから……」


 頼まれもしないのに宗像の将来をほのめかした多野。


 冷凍瓦斯ガス噴射装置の耐圧容器ボンベを背負わされている宗像は既に額に汗していたが、多野の一言で今度は冷汗が流れた。


 宗像と多野のやり取りもあり緊張感が高まる一行だったが、外吮山に入ってからは五分も経たず比星 家跡へ到着する。


 比星 家跡は林に囲まれた平地に在った。


 それなりの規模の屋敷だったらしく、周囲に生い茂っている草をき分けてみると、屋敷の基礎であった礎石そせきが見られる。

 ただ屋敷の建材は綺麗さっぱり取り除かれていて、柱一本かわら一枚見当たらない。


 余りに殺風景な屋敷跡なので、宮森が多野に質問する。


「多野 教授、屋敷を解体したのは九頭竜会ですか?」


「そうだ。

 この土地には外国の魔術結社の工作員も多くいる。

 比星 家の秘密を横取りされる訳にはいかんから、播衛門 殿と契約を交わした我々が処理に当たった」


「では教授、目ぼしい物は何か出ましたか?」


「いや、九頭竜会にとって有用な物は何も。

 播衛門 殿め、娘御の世話まで押し付けよってからに……」


 鬱陶うっとうに答えた多野だが、宮森はその真意をみ取っていた。


⦅多野 教授の言い分は殆どがうそだな……。

 播衛門さんの死亡を嗅ぎ付け、比星 家が所有している魔導書のたぐいを根こそぎ奪う算段だったんだろう。

 澄さんを帝居に軟禁した後、ここの屋敷を解体してまで隅々すみずみ探したが見付からなかったか。

 恐らく、自らの死を予期していた播衛門さんが前もって移していたんだろう。

 となると今日一郎奪還の他に、比星 家が所有していた何某なにがしかを見付けるのも今回の目的の一つか。

 大事な綾を護りつつ比星 家の遺産を捜索とは、中々どうして上手い事を考える……⦆


 一行は草が生い茂っている屋敷跡に立ち入った。

 よく観察すると、繁茂はんもしている草の植生しょくせいが途中から変わっている。


 その一角に、草が少なく土がこんもりと盛られている箇所が在った。

 小振りな土饅頭どまんじゅうに見えなくもないが、如何いかんせん小さ過ぎる。


[註*土饅頭どまんじゅう=土を掘らずに小高く丸く盛り上げ、内部に遺体を葬る形式の墓や塚]


 宮森が周囲を調べてみると土肌が不自然に崩れており、そばには土饅頭を崩しただろう木の枝が転がっている。


⦅まだ土の色が新しい。

 掘り出したのは最近だな。

 木の枝を何本か使って無理矢理穴を開け、その後は多分、素手で掻き崩しているんだろう。

 やったのは〈食屍鬼〉……いや。

 話しに聞く限りでは、〈食屍鬼〉は掘削くっさく作業に慣れている。

 ここの作業は余りに稚拙ちせつで、どう見ても素人か子供のやったものにしか見えない。

〈食屍鬼〉じゃないとすると、いったい誰がやったんだろう。

 ここらに住む子供が悪戯いたずらでやったのか?⦆


 宮森は真相を追求しようと、転がっていた木の枝を手に取って崩された土肌をつついてみる。


⦅矢張り、内部に納めてあった何かを掘り出しているな。

 それにしても、土饅頭としてはかなり小さい。

 葬られていたのは、犬や猫の可能性が高いか……⦆


「宮森、これ以上ここを探っても宮司殿の行方ゆくえを探る手掛かりは得られんだろう。

 この先に比星 家の墓地が在るので、取りえずはそこを目指す」


 つる……もとい、瑠璃家宮の一声ひとこえで宮森の検分は中断され、一行は外吮山中腹を目指す事となった。





 外吮山中腹に到着した一行は、綾の身体を気遣きづかい小休止に入る。


 頼子が背嚢バックパックから風呂敷を取り出し、木陰の下に敷いた。

 その上に綾を座らせ水筒の水を飲ませる。


 当然、水筒の中身は邪念水だ。

 水分と邪念を同時に補給した綾は、満面の笑みで瑠璃家宮 達と談笑している。


 一行は用足しと水分補給を終え、外吮山中腹にある比星 家の墓地へと足を踏み入れた。


 比星 家の墓地は荒れ放題で、どこからが墓地なのかすらはっきりとしない。

 宮森と宗像が草に分け入って捜索し、ようやく墓石を発見する事が出来た。


 墓地は墓石が一つだけの簡素なもので、地元の資産家にしては物寂ものさびしい造りである。

 荒れるに任せてある所を見ると、播衛門が亡くなった後は誰も清掃に来なかったのだろう。


 肝心の墓石はと云うと、天面が平らな覚者教かくしゃきょう式ではなく、緩やかな四角すいであった。

 これは真道しんとう式の作法である。


 宗像が墓石発見のむねを報告した。


「皆さ~ん。

 墓の方、見付かりましたでー。

 どうしたら宜しいかー」


 宗像の呼び掛けで一行が墓石前に集まるが、取り立てて何も起こらない。


 じっとしているのに耐えられず、宮森は比星 家の墓石を調べてみる。


⦅何の事はない、普通の墓石だ。

 だが、墓碑銘ぼひめいなどは記されていない。

 久蔵さんの話によると、比星 一族は宝栄ほうえいの大噴火後にこの土地へ移った。

 となると、前に住んでいた土地で邪神崇拝をしていたのが露見ろけんしたのかもな。

 そして在所を出奔しゅっぽん

 重井沢に移り住んだと推察できる。

 墓石に一族の名を刻んでいないのは、一族の出自を隠す為かも知れない……⦆


 考察を終え、何の気なしに宮森は墓石に触れた。


 その刹那せつな、辺りに仰々ぎょうぎょうしい思念が無差別放射され始める。

 その思念は宮森にも覚えが有るもので、一行にも緊張がはしった。


『遅かったではないか皆の衆。

 比星 播衛門である。

 孫を取り返しに来たようじゃな。

 案内あないしてやろう……』


 すると、一行が立っている地面が横揺れし出す。


 横揺れは急激に激しくなり、一行の足元には巨大な亀裂が出現していた――。





 比星 家跡にて その二 了

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