第三節 比星 家跡にて

比星 家跡にて その一

 一九一九年七月 長野県重井沢 三高ホテル





 宮森が集落の古老から比星 家の話を訊き出した翌日。

 本日は瑠璃家宮 以下、比星 家屋敷あとに乗り込む予定である。


 しかし一同が集っているこの客室には戦闘前の殺伐さつばつとした雰囲気は微塵みじんも感じられず、それどころか西洋風茶道具ティーセットが部屋に運び入れられ御茶会ティーパーティーの用意がしてあった。


 瑠璃家宮が音頭おんどを取る。


「皆の者、本日は宮司殿を取り返しに〈食屍鬼〉共の巣へとおもむく事となる。

 ささやかではあるが、余がホテルの支配人に命じ用意させたものだ。

 では、英気を養ってくれ」


 思い思いにサンドイッチや菓子を摘まみ茶をきっする優雅な人々。

 宗像の所作は優雅とはかけ離れているが、彼は彼で大口を開け、サンドイッチや菓子を放り込み楽しんでいる。


 このホテルでは昨年アメリカで製造され始めたばかりの電気冷蔵庫を購入し、宿泊客に冷製紅茶アイスティーを振舞っているのだそうだ。


 夏らしいのは良いのだが、いまいち気乗りしない宮森。

 彼は周囲から一歩身を引き、なるだけ冷製紅茶アイスティーを飲まないようにしている。


 宮森の態度には理由が有った。

 今この場で振舞われているこの紅茶が、〈食屍鬼グール〉襲撃の際に飲まされたのと同じ、血入り紅茶だったからである。


 この三高ホテルは外国人や国内の上流階級御用達ごようたしの超高級ホテルだ。

 魔術結社の庇護ひごを受けているのは当然である。

 それに伴い、血入り紅茶を始めとする非倫理的な物品を用意できる事もうなずけた。


 宮森を心配した明日二郎が語り掛けて来る。


『ミヤモリ、ちゃんとに変わったか?

 でないと、こんの方がダメージを食らうぞ』


『ありがとう明日二郎。

 既に切り替えは済んでいる。

 あの西洋風茶道具を見て嫌な予感がしたからな。

 どうせこのホテル、いかがわしい事に使われてるんだろ?』


『そりゃもう、いかがわしいなんてもんじゃあない。

 チョット従業員さんらのアタマ覗かせて貰ったけど、コカインに阿片あへん黒蓮こくれんにと、麻薬のオンパレードだ。

 あ、他人のアタマ覗いたコト、非難すんなよ。

 今はオニイチャンと連絡がつかねー非常事態なんだからな!』


『なるほど。

 後はその麻薬類を服用して、上流階級民や外国人は乱交三昧と云う訳か。

 この調子だと生贄いけにえ儀式もやってるだろう。

 久蔵さんの話をかんがみると、比星 家は代々外吮山で儀式を行なっていたのだろうな。

 外国の魔術結社がこの地に入ってからもそれは変わらず、依頼された邪霊召喚儀式を通じて様々な結社と親交を深めて行ったんだろう。

 だから瑠璃家宮 達は最初から外吮山にまとしぼっていたのか。

 明日二郎の記憶が曖昧あいまいなのも、それが関係しているのかも知れない』


 自身の記憶に言及げんきゅうされた明日二郎の思念がわずかに停滞した所で、御茶会ティーパーティーの方は御開きとなった。


 御茶会ティーパーティーが終わるのに伴い、二階の客室に大量の荷物が運び込まれる。

 蔵主 社長の手配した諸々の銃器や装備品類で、一同は早速準備に取り掛かった。


 先ずは一同、屋外での行動に支障が無い服装に着替える。

 身重の綾を除いた全ての者に、長袖上着ジャケット洋袴ズボン鹿撃ち帽ディアストーカー半長靴ショートブーツが用意されていた。


 綾は全身を覆う婦人服ローブと麦わら帽子だが、履物はきものが面白い。

 アメリカで発売されていた物を取り寄せた後、綾が自身の足に合うよう職人に調整させた物だ。

 護謨ゴム底の運動靴で、スニーカー黎明期れいめいきの品である。


 銃器目録は、威力と携帯性の均衡バランスが取れている自動拳銃のコルトM1911が六丁。

 隠匿いんとくしやすく、非力な者でも扱える小型自動拳銃のサベージM1907が四丁。


 破壊力と攻撃範囲に優れた散弾銃、ウィンチェスターM1912の標準タイプが一丁。

 又、銃身と銃床じゅうしょうを切り落として携帯性と至近距離での攻撃範囲を拡大した、ウィンチェスターM1912のソードオフタイプが一丁。


 そして、最も射程が長く威力の大きいスプリングフィールドM1903鎖閂式小銃ささんしきしょうじゅう(ボルトアクションライフル)が一丁。


[註*スプリングフィールドM1903=アメリカ合衆国陸軍のスプリングフィールド国営造兵廠ぞうへいしょうが開発したボルトアクションライフルの傑作。

 一九〇五年に配備が始まり、一九四九年まで長期間使用された]


 その他の装備品類は、革帯ベルト負革スリング帯吊りサスペンダー胴乱マガジンポーチ、各種銃嚢ホルスター、各種予備弾倉スペアマガジンなど。


 弾薬の方は、〈食屍鬼グール〉が帝居を襲撃した際に高い効果を発揮したコルトM1911用の四五口径こうけい細胞融解ゆうかい弾と、ウィンチェスターM1912用の一二ゲージ爆裂弾は当然として、サベージM1907用の三二口径細胞融解弾も在る。

 そして、新顔のスプリングフィールドM1903用に調整を加えた30-06サーティ・オー・シックススプリングフィールド細胞融解弾。


 只、それら弾薬には属さない物も在った。

 その物体は縦長の耐圧容器ボンベで、上部には護謨管ゴムホースが接続されている。

 管の先には噴射口ノズルも付いており、見た目は消火器にそっくりだ。


 不思議がっていた宗像が蔵主に質問する。


「蔵主 社長、これ何でっか?」


「これは冷凍瓦斯ガス噴射装置ですねぇ。

〈食屍鬼〉襲撃で得られた情報を元にぃ、我々の派閥の魔術師と蔵主 産業の総力を結集して急遽きゅうきょ作らせた物ですぅ。

 中身の方はぁ、液化窒素ちっそに特殊加工をほどこした〈イブン・ガジの粉〉を混ぜてみましたぁ。

 急造品ですから効果の程は保証できませんがぁ、〈食屍鬼〉やその他の怪物共は強力な様子ぅ、色々と試してみませんとねぇ。

 使い方を説明しますとぉ、先ずは噴射口を対象に向けてぇ、耐圧容器の頭に付いている槓桿こうかん(レバー)を押し下げると瓦斯ガスが噴射されますよぉ。

 あとぉ、このべん(バルブ)は絶対に絞めないで下さいねぇ。

 液化窒素が急速に膨張ぉ、容器が耐え切れず大爆発を起こしますぅ。

 また冷凍瓦斯ガスを噴射する時はぁ、気流操作の術式を使って酸欠を防いで下さいねぇ……」


 宗像に教えたついでに、皆にも冷凍瓦斯ガス噴射装置の使い方を教える蔵主。


 宗像が瓦斯密閉容器ガスボンベを抱えてぼやいた。


「おっ、これ結構重いわ。

 誰が持つんやろ……」


 うしているうちに皆が支度を整え始めた。

 基本的に身重の綾と年配の多野は銃撃要員としては考えず、護身用のサベージM1907一丁のみをそのふところに忍ばせて貰う。


 身体能力が最も高い権田 夫妻は、機動力を重視してコルトM1911を二丁づつ装備。

 益男の背嚢バックパックには、箱型懐中電灯、角灯ランタン松明たいまつ二本、灯油、燐寸マッチ、工具箱、ロープなど。


 頼子よりこ背嚢バックパックには、包帯などの救急用品や綾の着替え、風呂敷、携帯食、体力と霊力の回復薬である、邪念水と血入り紅茶などが準備される。

 各人の胴乱マガジンポーチには、それぞれが扱う銃器の予備弾倉スペアマガジンが入った。


 宗像だけは、予備弾倉スペアマガジンを入れた胴乱マガジンポーチの他もう一つを用意する。

 そこには採集用具の他、宗像が発見した粘菌である、ムナカタヒザメホコリの胞子を保管した煙草箱も入れていた。


[註*ムナカタヒザメホコリ=宗像が発見した新種の変形菌(粘菌)。

 魔術結社に籍を置いている関係で、宗像は未だに発表できていない。

 この功績が世間に知れ渡るのは、宗像の死後になるだろう。

 ムナカタヒザメホコリの初めての活躍は、【カルマメイカー ~焦海の異魚(ひがたのにんぎょ)~ 序幕 & 第一幕 第四章 雷獣の咄(はなし) 第七節 岩かじり撃滅作戦】を参照されたし(作中での設定)]


 上流階級の人間ならではなのか、狩猟の趣味を持つ蔵主はウィンチェスターM1912の標準タイプを選択。

 同様の瑠璃家宮は、最も遠距離からの射撃が可能なスプリングフィールドM1903を選択した。

 また蔵主と瑠璃家宮 共に、護身用としてサベージM1907も一丁づつ持つ。


 前回の経験を買われた宮森は、ウィンチェスターM1912のソードオフタイプとコルトM1911一丁を預けられた。

 宗像は残りのコルトM1911一丁だけと思いきや、冷凍瓦斯ガス噴射装置の運搬係に任ぜられる。


 待遇に不服だったのか、宗像が蔵主に反論を試みた。


「これちょっと、ワイには重過ぎるで。

 力持ちの益男はんに運んでもろた方が宜しいんとちゃいますやろか……」


「益男 君は近距離での肉弾戦が持ち味の前衛ですからねぇ。

 戦闘中に耐圧容器が壊れてはいけませんからぁ、益男 君に運んで貰うのは止した方がいいでしょうぅ。

 わたくしは散弾銃持ちで殿下は小銃持ちですしぃ、非力な宮森さんが運ぶとなるとぉ、機動力を削がれるでしょうしねぇ。

 残りは身重の綾 様とお年を召した多野 教授ぅ、そして御二人の護衛を担当する予定の頼子 君になりますがぁ……」


「わかった、わかりましたわ。

 せやったらワイが運ばさして貰います!」


 結局、宗像が冷凍瓦斯ガス噴射装置を背負う羽目になった。


 一行が一階の受付フロントまで降りると、ホテルの支配人と大半の従業員達が出迎える。


 支配人が代表して挨拶した。


「瑠璃家宮 皇太子殿下とその御連れ様方、当ホテルを御利用頂き誠に有り難う御座います。

 御車おくるまの用意が出来ておりますので、そこまで御荷物を御持ち致します。

 では、どうぞこちらに」


 この国では未だ高級品の範疇はんちゅうにあって普及していない自動車だが、その自動車が何と人数分用意されていた。

『上流階級は違うな……』とあきれ果てる宮森と宗像を尻目に、その上流階級の者達はさも当然の如く自動車へと乗り込む。


 最敬礼さいけいれいで送り出す従業員達に、手を振り乍ら後にするこの国の支配者達。

 重井沢の木漏れ日に照らされ自動車八台が連なる様は、勝利を確信しての祝賀行列パレードの如く映る。


 ただ彼らが赴くのは、楽しい山歩き行程ハイキングコースでない事は確かだ――。





 比星 家跡にて その一 了

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