ザ・グール・オブ・ザ・デッド Ⅱ Bルート その六

 一九一九年七月 長野県重井沢 外吮山八合目





 戦場中心に在る〈地獄の植物ヘルプラント〉本体は、維管束が半ば凍結したためしなびてボロボロになっていた。

 しかし新たに出現した六つの新芽が急成長を遂げ、本体には及ばずとも立派な偽茎を立てる迄になる。


 六本の偽茎に備わった蔓触手も伸長し、今や〈トロル〉御用達の枠登りジャングルジムが形成されていた。

 そして、待ちかねたとでも言うように蕾が開花する。

 開花した蕾奥らいおうから覗くのは、〈ヴーアミ族〉の顔。


 一行はそれを精査スキャンし意味を悟る。

 蕾奥を飾る犬猿顔の奥には、〈地獄の植物ヘルプラント〉の脳が在った。


地獄の植物ヘルプラント〉は凍結した本体部分の維管束を捨て、一帯に張り巡らせた地下茎にその機能を移譲させたのである。

 只今からは〈トロル〉に加え、それを補佐する〈地獄の植物ヘルプラント〉の脳六つと対決しなければならない。


地獄の植物ヘルプラント〉と〈トロル〉が同時に動いた。

 蔓触手四本を動員して〈ハイドラ頼子〉を抑えに掛かる。

 案の定処理で手一杯になる〈ハイドラ頼子〉。

 これでは多野 教授や瑠璃家宮を助けに行けない。


 多野には蔓触手一本を差し向け牽制する〈地獄の植物ヘルプラント〉。

 多野は未だ帯電しているので蔓触手に接触される恐れは無いが、動きをさえぎられその場に釘付くぎづけにされた。


 それと連動した〈トロル〉はと云うと、体勢を立て直して直ぐの宮森へ突進。

 両手の鉤爪を振り抜く。

 宮森は障壁バリアを展開して防御するが、それを見越した〈トロル〉は彼を踏み台にして三角飛び。

 瑠璃家宮へと軌道を急変させた。


〈トロル〉の三角飛びに何とか反応した瑠璃家宮は、〈ハイドラ頼子〉から渡されていたコルトM1911を発砲。

〈トロル〉を狙うが鉤爪で防がれる。


 跳弾した四五口径弾は、多野を牽制していた蔓触手に命中。

 仕込まれていた細胞融解素で蔓触手一本を破壊した。


 二発、三発、瑠璃家宮が立て続けに発砲するが、全て鉤爪で弾いた〈トロル〉。

 弾かれた弾丸は〈ハイドラ頼子〉を襲っていた蔓触手二本にも着弾し、融解させた。


 しかしその間にも、〈トロル〉の鉤爪が瑠璃家宮へ迫る。


 自由になった多野が瑠璃家宮の許へと急ぐが追い付けず、仕方なくその場から〈トロル〉に向け電撃を放った。


〈トロル〉はそのいやしい獣口を広げ鉤爪を突き出す。

 多野の電撃と〈トロル〉の突き。

 果たして先に届くのはどちらか。


〈トロル〉の鉤爪で左上腕を貫かれ、瑠璃家宮は地面に倒れ込む。


〈トロル〉は止どめを刺したかったのだろうが、多野の放った電撃が目前まで迫っていた。

〈トロル〉は瑠璃家宮への止どめを諦め、〈地獄の植物ヘルプラント〉の蔓触手に掴まって離脱。


 この一連の流れを観ていた宮森。

 自らは負傷するも、状況の悪化を最小限に食い止めた瑠璃家宮の手並みに再度驚いていた。


⦅あの場面で小銃を使わず自動拳銃に切り替えたのは英断としか言いようが無い。

 小銃は手動装填だから次射への間隔がどうしても長くなる。

 もしそのまま小銃を使って射撃していたなら、発射できた弾丸は一発のみだったろう。

 そして恐るべきはあの跳弾……。

 偶々たまたまかとも思ったけど、三発全てが〈地獄の植物〉の蔓触手を破壊した。

 当然念動術も使ったんだろうけど、〈トロル〉の鉤爪の強度や反射角の完璧な把握、そして動作の先読みまでこなしていた事になる。

 恐るべき男だ。

 でも、今まで派手な攻撃魔術は使っていない。

 何故だ?⦆


 宮森の独白が続く中、負傷した瑠璃家宮を見て息を呑む家臣達。


「殿下⁈」


 悲痛な叫びを上げた多野は、老体に鞭打ってまで瑠璃家宮へと走り寄る。


 同じく蔓触手を振り切った〈ハイドラ頼子〉と体勢を立て直した宮森も、瑠璃家宮の許へと馳せ参じた。


 多野と〈ハイドラ頼子〉が涙を浮かべて瑠璃家宮の加減をうかがう。

 緊急事態ゆえ、多野は瑠璃家宮を守るよう障壁バリアを張り乍ら、〈ハイドラ頼子〉は敵方に注意を払い乍らだったが、思念で謝意を告げるふたり。


『あぁ殿下、私共が付いてい乍ら申し訳御座いません。

 あの犬畜生共はこの私共が滅しますよって、ひらに御容赦を……。

 頼子 君、邪念水は?』


『申し訳御座いません。

 奴らの邪魔で取りに行けず……』


 気落ちする〈ハイドラ頼子〉を前向きにさせる瑠璃家宮。


『良い。

 今は闘いの最中であるぞ。

 この場を切り抜ける事にのみ思案を巡らすのだ』


『深手なんだろうけど、涙まで浮かべるのは少し大袈裟おおげさ過ぎるんじゃないか?』と宮森は思う。


 しかし、悲嘆ひたん憤怒ふんぬを同時にたたえる多野と頼子は真剣そのもの。

 何がふたりを……いや、瑠璃家宮をしたう者達全てをここ迄させるのだろうか。


 幾ら考えても今は答えが出ない。

 宮森は思考と感覚の高速化クロックアップを使い、今一度状況を分析する事にした。


⦅〈地獄の植物〉の蔓触手は、瑠璃家宮の射撃で三本が破壊された。

 観た所、再生の前兆である白泡は少ない。

 使える栄養分が残り少ないのかも知れないけど、今迄の行動をかんがみると油断は禁物。

 問題は〈トロル〉の方だ。

 奴には全く手傷を与えられていない。

 何らかの方法で〈地獄の植物〉を倒しても、機動力の高い〈トロル〉には逃げられるだろう。

 しかも先程瑠璃家宮が負傷した。

 もしこれ以上負傷者が増えればかなりの不利を背負う事となる。

 これ以上負傷者を増やさない為にも、〈トロル〉の撃滅は諦め〈地獄の植物〉へ攻撃を集中すべきなのか……⦆


 型通かたどおりの対策しか思い浮かばなかった宮森だが、今はこれで凌ぐしかないと瑠璃家宮に向け注進する。


『殿下、御怪我をさせてしまい御詫びのしようも御座いません。

 豊富な植物の知識を御持ちの宗像さんがこの場に居ない事が悔やまれます。

 又、冷凍瓦斯ガス噴射装置がこの場に在ったなら先程の手段で〈地獄の植物〉を葬り去れたかも知れませんが、いま申し述べても栓なき事ですね。

 つきましては、この場は生き延びる事が先決かと存じます。

 動き回る〈トロル〉は後回しにして、〈地獄の植物〉を全力で叩くべきかと……』


 瑠璃家宮は緘黙かんもくし、皆の間にも無言しじまが続く。


 黙していた瑠璃家宮が開口した。


『宮森よ。

 頭の切れる其方でさえこの状況を打破できる妙案は浮かばぬか。

 ならば仕方あるまい。

 多野 教授、ちからを使う。

 後を頼むぞ』


 瑠璃家宮の宣言に、多野と〈ハイドラ頼子〉が血相けっそうを変えて反対する。


『なりません殿下!

 あのような格下の愚物ぐぶつ相手に〘神力しんりき〙を使うなど。

 失礼を承知で申し上げますが……明らかな愚行ぐこうですぞ!』


『殿下……。

 殿下はこのような所でつまずいてはならぬ方です!

 この場は私共が命に代えても御守りしますので、どうか思い止どまる決断をなさって下さい……』


 多野と〈ハイドラ頼子〉の乱れようが理解できない宮森。

 だが、瑠璃家宮が隠し玉を持っている事は判った。


 宮森はこのまま成り行きを見守る。


『なに、心配はいらん。

 一瞬ならば後遺症も最小限に抑えられる。

 その為に其方が居るのであろう?

 なあ、多野 教授よ』


『た、確かにそうですが……』


 多野と〈ハイドラ頼子〉、ふたりはを継げずに押し黙る。


 瑠璃家宮がこれ以上ないぐらい鷹揚な口調で語り掛けた。


『これより余がおとりを務める。

 其方達は〈トロル〉を牽制し、〈地獄の植物〉の攻撃が余に集中するよう取り計らえ。

 出来ればあの〈トロル〉にも余が止どめを刺したい。

 そこで余が……』


 先程の揺れではないが、瑠璃家宮から明かされた計画に宮森は腰を抜かす。

『今迄の苦労は何だったんだ……』と自身をあわれむと同時に、瑠璃家宮の神力とやらを視たいとの求知心もいて来たらしい。


 臣下達が納得したのを見計らい、瑠璃家宮が言い渡す。


『……故に、命の保証が出来ん。

 余が幾ら傷付いても、許可を出す迄は絶対に近寄るな。

 これは君命である』





 ザ・グール・オブ・ザ・デッド Ⅱ Bルート その六 了

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