ザ・グール・オブ・ザ・デッド Ⅱ Bルート その五

 一九一九年七月 長野県重井沢 外吮山八合目





 宮森の策を皆が一考し、〈ハイドラ頼子〉、多野 教授、瑠璃家宮の順に返答する。


『私は良いと思いますわ。

 決定は多野 教授と殿下に委ねますが』


『幾分力業的な策だと云う事は否めんが、決まれば一手で戦況をくつがえせる。

 私は宮森 君の案に賛成票を投じますが、殿下はどうされますかな?』


『今はあれこれ考えている暇は無い。

 拙速せっそく巧遅こうちに勝るとも云うしな。

 その策で行こう』


『頼子さん、多野 教授、殿下、有り難う御座います。

 ではっ!』


ハイドラ頼子〉は飛び出す前にコルトM1911一丁を瑠璃家宮に預け、主君が手数不足に陥らないよう取り計らう。

 そして宮森、〈ハイドラ頼子〉、多野 教授の順で縦列を組み突進を仕掛けた。


 宮森の脳内では、ここぞとばかりに明日二郎が興起こうきして号令を掛ける。


くぞ!

 三位一体さんみいったい、ジェットストリームアタ……』


五月蠅うるさいぞ明日二郎、気が散る!』


『必殺技名ぐらい言わせろーーーーーーーーーーっ!』


 必殺技名を口止めされた明日二郎がブーブーわめくが、今の宮森はそれどころではない。


 駆け出した三人は早速〈地獄の植物ヘルプラント〉からの歓待を受ける。


 飛び出した地下茎触手が三人の左側面を狙うが、〈ハイドラ頼子〉が左手の顎杖ジョーズロッドを操りそれを往なした。

 続く蔓触手の一撃も、彼女が右手に携えたコルトM1911の一弾でついえる。


 三人は首尾良く〈地獄の植物ヘルプラント〉の偽茎に密着。

 散弾銃の弾痕にまで辿り着いた。


 透かさずウィンチェスターM1912で連続射撃スラムファイア三連発を叩き込む宮森。

 修復し切れていなかった弾痕が更に広がる。


 その出来立てホヤホヤの弾痕に〈ハイドラ頼子〉が顎杖ジョーズロッドを突っ込み、〈地獄の植物ヘルプラント〉の維管束を凍結させんと術式を開始。

 続く宮森も弾切れになったウィンチェスターM1912を銃嚢ホルスターへと収め、気流制御で弾痕内部の気圧を目一杯下げに掛かった。


 遂に一行の電撃戦法に気付いた〈トロル〉。

 地上の三人へと急降下蹴りを見舞おうと構えたが、コルトM1911で邪魔に入る瑠璃家宮。


〈トロル〉は〈地獄の植物ヘルプラント〉の茎を登って退避。

 その後も一度三人にちょっかいを出したが、瑠璃家宮からていよく追い払われた。


 苛ついた〈トロル〉は一旦地上に降りて石を補給し、瑠璃家宮に投石を仕掛ける。

 だが冷静さを欠いた〈トロル〉の投石は外れ、銃弾を消費させる事すら出来なかった。


 瑠璃家宮が〈トロル〉の行動を抑えているうちに、作戦が完成へと近付く。


 偽茎内は摂氏〇度以下まで冷やされ、〈地獄の植物ヘルプラント〉の維管束に流れる水分が凍結し始めていた。

 宮森の気流操作で絶えず偽茎内の空気が抜かれている為、周囲の水蒸気が凝結ぎょうけつして白いもやに包まれている。


 維管束の凍結が進んでいる事にあせった〈地獄の植物ヘルプラント〉。

 地下茎触手で三人を執拗しつように攻撃して来たが、多野の展開した障壁バリアを破る事が出来ない。


 多野が得意気に講釈を垂れる。


「ふん、忌々しい地下茎め。

 良く観るとしおれ掛けているではないか。

 どうやら、維管束内の水分が凍り防圧運動がさまたげられているようだな。

 元気が抜けとるぞ。

 はーっはっはっはっは……」


 宮森と〈ハイドラ頼子〉が霊力を振り絞る。


 偽茎上部にある〈地獄の植物ヘルプラント〉の脳が凍結する迄あと僅か。

 そして遂に凍結が完了すると思われたその時、一行にとって……いや、〈地獄の植物ヘルプラント〉と〈トロル〉にとっても不測の事態が起きる。


『ゴアアアアアアアアアアァァァァァァァーーーーーーッン!』


 外吮山全体が鳴動したかと思うと、戦場は巨大な揺れに襲われる。


 多野と宮森は余りの揺れに立っていられず、不格好ぶかっこうな姿勢でその場に転倒してしまった。

 それと同時に、花粉除けの為に装着していた水の全周囲兜フルフェイスヘルメットも解除されてしまう。


 一方の〈トロル〉も下手に動けず、〈地獄の植物ヘルプラント〉の偽茎にしがみ付き揺れを凌いでいた。


 危険を察知した瑠璃家宮は、地面に伏せて成り行きを静観する。


 辛うじて転倒を免れた〈ハイドラ頼子〉だったが、揺れの弾みで集中が途切れてしまった。


 不本意乍ら、維管束凍結作戦は中断を余儀なくされてしまう。


 敵味方問わず揺れの対応に追われる中で、この状況を有利に働かせる存在があった。

 そう、〈地獄の植物ヘルプラント〉である。


 大地に深く根を下ろし地下茎をも這わせる〈地獄の植物ヘルプラント〉は、強い揺れをものともしない。


 地上からは視えないが、土中に張り巡らされた〈地獄の植物ヘルプラント〉の根が周辺植物に絡み付き、水分と栄養分を速やかに強奪する。

 水分と栄養分を吸い取られた周辺植物は、見るも無残に枯死こししてった。


 今度はその水分と栄養分を、次々に地下茎へと送り込む〈地獄の植物ヘルプラント〉。

 その結果地下茎は急成長を遂げ、遂に地上へと六つの新芽を出すに至った。


 丁度一行を囲む位置に出芽した〈地獄の植物ヘルプラント〉の新芽。

 それを確認した宮森は、作戦の失敗を悟って狼狽うろたえる。


⦅くそっ!

 もう少しだったのに揺れの所為で集中が途切れてしまった。

 こちらが浮足立うきあしだっている間に、〈地獄の植物〉が体勢を立て直してしまう……⦆


 先程の鳴動で宮森の慌てぶりを察したのか、多野が落ち着き払った言葉を掛けた。


「宮森 君見給え、周囲の植物はもう全て枯れ果てている。

 これ以上成長できるとは思えん。

 直ぐに次の作戦を立案するのだ」


 だが、たかくくる多野に反旗をひるがえすかの如く成長を継続する〈地獄の植物ヘルプラント〉。

 見る見るうちに小振りな蕾まで結んでしまう。

 然も、蕾の傍から二本の蔓触手まで伸びて来た。


 いち早く体勢を立て直した〈ハイドラ頼子〉が蕾を射撃しようと試みるも、〈トロル〉の投石によって阻まれてしまう。


 絶妙な按配あんばいで〈ハイドラ頼子〉の邪魔に入った〈トロル〉。

 意地でも〈地獄の植物ヘルプラント〉を成長させたいのだろう。


 周囲の植物が枯れているにも拘らず成長を遂げる〈地獄の植物ヘルプラント〉に、流石の多野もさじを投げる。


「何故だ、何故こうも成長できるのだ!

 周囲に余分な栄養分など無い筈」


 追い詰められた多野が泣き言をこぼしていた裏で、明日二郎に今一度周囲の精査スキャンを依頼していた宮森。

地獄の植物ヘルプラント〉の成長が止まらない理由が判明する。


『ミヤモリよ。

 確かに周囲の植物は枯死してるけんども……土壌、特に地表付近は栄養分が豊富だ』


『何だってー!

 済まない、少し取り乱してしまった。

 で、その理由は何なんだ明日二郎』


『憶えてねーか?

 花粉だよ。

〈トロル〉が〈地獄の植物〉からもぎ取って投げてた花粉飛礫だ。

 あの花粉飛礫の成分な。

 毒でも何でもない、只の栄養分だぞ』


『なんて事だ。

 毒だと警戒していた花粉が……只の栄養分。

 然も栄養分が必要になる事態を見越し、それを〈トロル〉に投げさせていたとはね。

 水の兜(ヘルメット)も無駄だったし。

 植物に知恵比べで負けたのか、自分らは……』


 ここで、〈地獄の植物ヘルプラント〉が生成した花粉について詳しく説明しよう。

 蜜蜂みつばちが花の蜜を集める際、蜜と花粉を混ぜ固めて団子状にした物質を、花粉荷かふんか(ビーポーレン)と呼ぶ。


 この花粉荷ビーポーレンには、ビタミン、ミネラル、蛋白質やアミノ酸など、生物が成長するのに必要な栄養素がバランス良く含まれており、蜜蜂は食料やローヤルゼリーの原材料として利用する。

 又、利用するのは蜜蜂だけではなく、人類も栄養食として古くから常食して来た。


地獄の植物ヘルプラント〉は栄養状態が良い時にこの花粉荷ビーポーレンを生成。

〈トロル〉と共謀して地面に投げさせ、〈地獄の植物ヘルプラント〉本体が危機に陥った時の保険を掛けていた訳である。





 ザ・グール・オブ・ザ・デッド Ⅱ Bルート その五 了

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