第二節 比星 家について

比星 家について その一

 一九一九年七月 長野県重井沢





 宮森は比星 家についての情報を集める為、宗像を連れ立って地元の古老の許を訪れていた。


 相手は耳が遠い事もあり、宮森は肉声に精神感応テレパシーを乗せて語り掛ける。


「久蔵さんは、比星 家が重井沢を出た理由をご存知ですか?」


「ああ。

 播衛門が亡くなったからだと聞いとるよ。

 娘のお澄坊すみぼうは、身体が悪くてその上白子しらこだったからな。

 何でも、帝都の病院に入ったとか」


「そうだったのですね。

 では、比星 家の人々は代々この重井沢の土地で暮らしていたのですか?」


「ほれ、まだ徳河とくがわの世であった頃、富士のお山が噴火しただらずだろう


宝栄ほうえいの大噴火ですね」


「それだそれ。

 儂の爺さんの爺さんの爺さんの、そのまた爺さんの話だったかや。

 そん時こっちに来たらしい」


「では、およそ二百年程前に移り住んで来たと。

 久蔵さんはその頃の比星 家の話は聞いておられますか?」


「噴火もあったで、ここらもえらかったたいへんだった

 比星 家は元々、上野国こうずけのくに(現在の群馬県)の藩の御典医ごてんいだったと伝わっておるよ。

 それが本当かどうかは判らんが、腕は確かだったようだな」


「なるほど、医師として地域に貢献していたと云う事ですね。

 では、悪い噂などは有りましたか?」


「ほれ、富士のお山のお隣が噴火しただらずだろう


「浅間山が噴火した、典明てんめいの大噴火ですね。

 それと関係が?」


「比星 家は元々余所者よそもので、そのうえ裕福だった。

 ねたむ者も多かったんだらずだろう

 ここらも飢饉ききんで大勢死んだんじゃが、比星家のもんはピンピンしとったらしい。

 大方おおかた、大金出して食いもん買っておっただけだらずだろう

 ただ、飢饉の時分じぶんには比星 家が近隣の集落にも食いもんを配っておった。

 そのお蔭で食いつないだもんも大勢おるから、表立っての非難は出来なかったようだの」


 今まで蚊帳かやの外だった宗像が質問を挟む。


「飢饉なのに食いもんを買えたんでっか?」


「ああ、医術の腕が良かったからな。

 近隣の大名にもお呼ばれして、比星 家は頻繁に領外へ出とったようだ。

 その時に食料を手に入れたんだらずだろう


「とすると……簡単に交通手形こうつうてがたを発行して貰えたみたいやな。

 ほんなら、比星 家の収入は医療行為や薬で捻出してたんかいな」


「そう……後は、拝み屋みたいな真似もやっとったよ」


「拝み屋でっか?」


「なんと言うたら良いか……。

 怪我や普通の病ではなく、気の病を治すんじゃん治すんだよ

 だが、普通の拝み屋のように何とかの神様やら仏様やらに祈るもんでもなかったらしい。

 今にして思えば、それも医術の一環だったんだらずなだろうな


「ふ~ん、えらい特別な家柄みたいやな」


「ただ、不吉なうわさが後を絶たんかった……」


 久蔵 翁は自身の発した言葉に目を曇らせる。


 しかしその言葉を聞いた宮森の眼は爛々らんらんと輝き、食い気味に久蔵 翁へとめ寄った。


「久蔵さん、不吉な噂とは何です?」


「うん……。

 ほれ、すぐ傍にある外吮山そとすやま

 比星 家の住んどった所。

 そこの頂上での、比星家のもん達は代々祭礼さいれいをやっとったのよ」


「祭礼、ですか」


「それが困った事に、何をまつっているのか答えようとせなんだと。

 当時の集落のもん達は、比星 家が何か得体の知れねえ神様を祀っておるんじゃんかとおるのではないかと、それはもう恐れておったそうだ。

 まあ、結果的に浅間山が噴火したわけなんだがの。

 御一新ごいっしん徳河とくがわの世が終わった後はほれ、寺だの仏像だのを壊しまくっただらずだろう


廃仏毀釈はいぶつきしゃくですね」


「そう、それよ。

 それが始まってからは真道しんとうと言い張っていたが、比星 家のもん達は近所の神社にも殆ど参らんかったから、宗旨替しゅうしがえなんかしてねえ」

 

「では、久蔵さん。

 当時の人々は、比星 一族が浅間山の噴火を引き起こした、と考えていたのですか?」


「今思うと馬鹿げた事だとは思うんだが、ちょうど浅間山が噴火する直前にの、比星のもん達が外吮山の頂上で、何かやっとったと噂が立った」


 単なる噂や言い伝え程度とは云え、一族の恥部が明るみに出るかも知れないのだ。

 明日二郎も気が気でない様子。

 宮森も当然それに気付くが、顔には出さず久蔵 翁の話に相槌あいづちを打った。


「久蔵さん、単刀直入にお訊きします。

 比星 家がしていた事とは、例えば人身御供ひとみごくうの儀式、などですか?」


「ひとみごくう?

 ああ、人柱ひとばしらの事か。

 いや、それとは違うてちがうと思うがの……」


 ここに来て、急に久蔵 翁の歯切れが悪くなった。


 宮森は明日二郎に協力を打診する。


『明日二郎、久蔵さんに後催眠暗示ごさいみんあんじを掛けて貰えるか?

 もちろん嫌なら構わない。

 お前の一族に関わる事だから、決定権はお前に有る。

 自分も、この場で無理に訊き出す事は本意じゃない』


『……オイラやってみるよ。

 単純に興味が有るし、もしかしたらオニイチャンやオカアチャンの事が判るかも知んねーだろ。

 それに、あのバンエモンじいの事もあるしな。

 なんか掴めたら儲けもんだぜ!』


 明日二郎が承諾し、久蔵 翁に後催眠暗示を掛ける。


 久蔵 翁はそれにともない、訥々とつとつと語り始めた。


「その外吮山の一件より前からの言い伝えなんだが、比星 家に生まれる子供は多くが早死にする、というものが有ってな。

 当時はまだ医術も発達しとらんかったし、気にする事ではねえのかも知れんのだがの。

 かく、子供の早死にが相次いだ。

 大抵は病死だでだと思うんだが、死産も相当な数あったらしい」


「らしい、とおっしゃるからには、死産の噂については確実性が無いと?」


「うん、見せんのよ」


「見せない、ですか?」


「そう、お産の時は近所のもんが手伝うのが普通だらずだろう

 それを断るんじゃんだよ


「お産の時だけ、断るんですね?」


「そう。

 家を固く閉じて、誰も入らせんようにしとったと聞いたぞ。

 怪しんだ集落のもんがそれとなく訊いてみた所、比星 家のもんは代々身体が弱く、生まれて直ぐに息を引き取る事が多いから、ちゅう事だったらしい。

 まあ、事実ではあるのだらずだろう

 幼くして病死する子供も多かったし、お澄坊もあんなんだからな。

 しかし、死産になった赤子の葬式は出さなかったとも聞いとる。

 身内で内々に葬っておったと。

 金に困っておったら解らん話でもねえが、比星 家はんでいたからな、普通はありえん。

 比星 家は医術で集落に尽くしておったのに、自分の一族は救えんかったんだな。

 何とも皮肉な話よ……」


 ここで宮森は話の矛先ほこさきを変える。


「久蔵さん、比星 家の墓は集落に在るのですか?」


「集落の共同墓地に比星 家の墓は無いの。

 比星 家のもんは外吮山に一族の墓地をもうけて、そこに葬っておった」


「では、播衛門さんもそこに?」


「ああそうだ。

 儂も埋めるのを手伝ったよ」


 久蔵 翁の発言に何かを見出したのか、さらに詰める宮森。


「では、播衛門さんは何が原因で亡くなられたのですか?」


「病だな。

 儂の見て来た限りでは、比星 家のもんで天寿をまっとう出来たもんはおらん」


「なるほど、遺伝的なものであるのかも知れない……。

 久蔵さん、播衛門さんの病気が何だったのか判りますか?」


「儂は医者じゃねえから判らねえ。

 でも、ピンピンコロリ、なんてものとは程遠い最後だった。

 何かこう、苦しみ抜くと云うのかな、とにかく凄まじいものがあったよ……」


 当時を思い出したのか、顔をしかめる久蔵 翁。


 これ以上は訊かない方が良いと判断したのか、宮森はまた質問の矛先をずらす。


「そうでしたか……。

 では久蔵さん、比星 家は近辺の集落から嫁や婿を貰っていたのですか?」


「いや、比星家は重井沢に移り住んで以来、重井沢や周りの集落のもんとは婚姻せんかったと聞いとる。

 何でも、婚姻の相手は決まっているらしくてな。

 どこぞから嫁いで来よった。

 まあ、腐っても名家めいかの出だったのだらずだろう

 儂ら百姓とは血筋が違うと、暗に示したかったのかも知れん。

 その所為せいもあってか、比星家はいつまでっても余所者扱いされておったよ」


「では別の事をお訊きします。

 比星 家に死産が出た時やその後、集落に余所者が来ませんでしたか?」


「そう云えば、比星 家でお産がある時には、だいたい薬売りが集落に寄っておった。

 何でも、産後さんご肥立ひだちを良くする薬を届けて貰ってたさずか貰っていたそうな


 何か引っ掛かる所でも有ったのか、宮森の眼が鋭くなる。


「久蔵さん、確認させて下さい。

 その薬売りは、比星 家でお産がある時だけ集落に来ていたのでしょうか。

 それとも、集落の別の家でお産が有る時も来ていたのですかね?」


「比星 家のお産の時だけだったな。

 上手い具合に来よる、と感心しておったぐらいだから」


「なるほど、比星家のお産の時だけ。

 で、その薬売りが売っていた産後の肥立ちを良くする薬ですが、集落で他に使っている方はいましたか?」


 久蔵 翁は手を振って答える。


「いねえいねえ。

 相当値の張る薬らしくてな。

 儂らみたいな百姓には手が出せねえ。

 ただ、効き目は相当に良かったんだらずだろう

 お産で死ぬのは子供ばかりで、母親の方が死んだ話はついぞ聞かなんだ」


「その薬売りは、比星 家で死産が有った時は毎回きていたのですか?」


「必ずと云うわけではなかったよ。

 今度は来んかった、と話題にするもんもおったぐらいだ。

 比星 家は度々たびたび家を開けとったし、薬種問屋やくしゅどんやとも通じておったからの。

 その薬売りは、代々の商売仲間といった所だらずだろう


「代々の商売仲間、ですか。

 久蔵さんのお話を整理しますと、比星 家のお産で母親の方が死んだ事は無く、お産の時はだいたい薬売りが来る、と云う事で宜しいですかね?」


「そうだ、儂が見聞きした分の話じゃそうなる」


 久蔵 翁の話で確信を得たのか、嫁御が周囲に居ない事を確認し、宮森は遂に本題へと入った。





 比星 家について その一 了

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