いざ、重井沢へ その二
一九一九年七月
◇
身重の綾の事もあり、重井沢へは二日がかりの道行きとなった。
先ずは東北線で埼玉の
高崎で一泊してからは、
次に
重井沢は日本有数の
全面
綾と瑠璃家宮も、御忍び新婚旅行を満喫しているようだ。
そして、当座の宿泊先である三高ホテルへと行き着く。
三高ホテルは純西洋式の木造建築で、重井沢の
開業当初こそ外国人客で賑わったが、
旅の道程で仮名を使わざるを得なかった一行だったが、この三高ホテルに一般市民は出入り出来ない為、本名でのやり取りが解禁された。
一行は予約していた二階の客室へと集まり、瑠璃家宮の指示を仰ぐ。
「皆の者、ここ
余からも礼を言う。
これからの行動であるが、明日はひと先ず旅の疲れを癒そうではないか。
特に宗像、頼むぞ」
どうやら宴会は御預けのようである。
多野 教授が一言付け加えた。
「ここ重井沢には、海外の魔術結社に在籍している外国人も多数生活している。
その為、大昇帝 派の工作員達も
物的、人的被害が出れば事だからな。
だが単独行動は慎んで貰いたい。
必ずふたり以上で行動するように」
綾と瑠璃家宮、多野と蔵主 社長、権田 夫妻、宗像と宮森の組み合わせである。
◇
一九一九年七月 重井沢 三高ホテル
◇
宮森は今日の行動指針を得る為、多野に相談している。
「多野 教授、宮司殿はここらの出身だそうですが、具体的な住所はどの辺りになるのでしょうか?」
「ふむ。
ここから街まで降りて西へ行くと、標高二〇〇メートル程の低山がある。
播衛門 殿が亡くなるまで、比星 一族はそこに屋敷を構えていたのだ。
尤も、屋敷自体は既に取り壊され土地は
明日はそこに向かう予定だが、何かあるのかね、宮森 君?」
「いえ。
目星が付いているならいいのです。
自分は只、宮司殿の一族の由来に興味が有りましてね。
それだけです」
「研究熱心な君らしいな。
比星 家がこの重井沢を離れて、まだ三年も経っておらん。
当時の様子を知りたければ、地元の者に話を
そう云う事で、宮森の予定は決まった。
[註*
狙った土地は非合法な手段を使ってでも絶対に手に入れる、早い話が
宮森と宗像が準備を整え客室から出ると、
宗像が行き先を問う。
「蔵主 社長、今日はどこに行きはるんか?」
「今日は
「ああ、小瀬は確か温泉が
ええなー。
宮森はん、ワイらも温泉いかへんか?」
宗像の提案をにべもなく断る宮森。
「自分は比星 家の調査をしたいので絶対に行きませんからね。
それに、温泉はもう
「せやけど、そのお蔭でワイと出会えたんやないか!
それを宮森はんは懲り懲りやと……」
「いやぁ、温泉に入りに行くわけではありませんからねぇ。
わたくしは鉱山も経営しておりますのでぇ、視察も兼ねて見て回ろうかとぉ。
だからわたくし共に付いて来ても面白くないと思いますぅ」
「そやったんですか。
ほなおふたりさん、行ってらっしゃい」
⦅さっきまであんなに行きたがってたのに、温泉に入らないとなった途端これだもん……⦆
宗像の切り替えの早さが
◇
多野の言い付けで宗像と行動を共にする(しかない)宮森は、街の商店で大小の
その様子を見た宗像が『待ってました!』と顔をニヤ付かせる。
「菓子折りに酒とは、宮森はんも気が利いとるのぉ。
ほな、
「これ、宗像さんと呑む為に買った訳じゃないんですよ。
何か食べたいならご自分でどうぞ。
あ、お酒は駄目ですからね。
自分が多野 教授に叱られますから」
「ちぇっ、宮森はんもケチ臭いこと言いよってからに……。
じゃあ、誰に
それ」
「これですか。
これは取材の必要経費ですよ」
そう言って宮森は、賑わう街から離れて農家の集まる集落へと足を向けた。
街外れの集落では、繁華街の繁栄が嘘のように前時代的な……いや、重井沢の繁華街や帝都が異常なのである。
この国には未だ大都市は少なく、大半の国民が第一次産業に従事していた。
一極集中の政策で地方の工業化が後回しにされているからである。
宮森 達はなるべく古そうな民家を見付け、比星 家の事を良く知っている人物を訪ね歩いた。
何でも、今年で九十歳を迎える町の古老だとか。
宮森 達は早速その古老の許へ
「ごめん下さーい。
こちらに
「はーい、どちらさんで……」
奥からは中年女性が出て来たのだが、見知らぬ
ここで宮森は伝家の宝刀である菓子折りを渡し、まんまと家に上げて
菓子折りを進呈された中年女性は久蔵
「初めまして久蔵さん。
こちらにおられるのは、博物学者の宗像 先生です。
自分は先生の助手を務めております、宮森と申します」
「あんだって?」
耳に手を当てる久蔵 翁の仕草をみた途端、宮森に
「あかん、この爺さん耳遠いで。
満足に話聞けんとちゃうの?」
しかし宮森は諦めない。
「はーじーめーまーしーてー、久ー蔵ーさーん。
こーちーらーにー……」
宮森が声を張り上げて久蔵 翁に語り掛けるが
その様子を見兼ねたのか、孫の嫁が申し訳なさそうに茶を差し入れて来た。
「ごめんなさいね~。
うちのおじいちゃん耳が遠くて、
「大丈夫ですよ。
自分には心得がありますから」
宮森は
「佐藤 久蔵さんですね。
我々は、この土地の伝承、言い伝えなどを調べている大学の者です。
自分は研究員の宮森と申しまして、お隣は博物学者の宗像 先生です。
お話を伺っても
宮森は大声を出していない筈なのに久蔵 翁が反応する。
「はー、学校の人。
何の話を聞きてえのかね」
「はい。
ほんの最近まで外吮山の
宜しいですかね?」
比星、と耳にした久蔵 翁は一瞬表情を曇らせたが、宮森が脇に抱えていた
「比星さんの事か、構わんよ」
「ありがとうございます。
あ、これをどうぞ」
持参した地酒を進呈し、久蔵 翁の機嫌を取る事に成功した宮森。
◇
いざ、重井沢へ その二 了
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