第一節 いざ、重井沢へ
いざ、重井沢へ その一
一九一九年七月
◇
〈
帝居
宮森と宗像の到着を確認し、多野が代表して今後の計画を語り始めた。
「宮森 君と宗像 殿が来たようなので、これからの事を説明したい。
殿下や
出発時刻は三日後の朝。
行き先は、長野県の
宗像が挙手して多野に質問する。
「多野 教授、そこに行けば宮司はんがおる確証が有るんでっか?」
「元来、
帝都に移って来たのは
帝居襲撃を指示したと思われる〈白髪の食屍鬼〉は比星 播衛門を名乗っていた。
奴が本当に播衛門 殿であるならば、重井沢に戻っている可能性は高い」
瑠璃家宮が多野の説を補足する。
「それだけではない。
帝居襲撃のその日から大昇帝 派の動きが活発化している。
先ほど寄せられた報告では、
となると、外法衆が出陣して来たと見て間違いあるまい」
「げ、外法衆⁈
外法衆
それも、正隊員ひとりひとりが軍の一個中隊に匹敵する化け物共や聞いてますけど……」
外法衆と云う単語を耳にした宗像の怯えは
〈ショゴス〉との細胞融合によって超人的な能力を得るに至った権田 夫妻でさえ、外法衆隊長の天芭 史郎ただひとりに半殺しにされたのだから。
多野が瑠璃家宮の説明を
「その外法衆が
こちらも全力を
その為、ここにいる全員と明後日到着する蔵主 社長の重井沢行きを決定したのだ」
今度は宮森が挙手して多野に質問する。
「そ、それは、殿下も御一緒に、と云う事でしょうか?」
「そうだ。
殿下だけではなく、綾 様も御一緒頂く」
「あ、綾 様もですか⁈
宮森が発する
「大丈夫だよー。
この子が守ってくれるから」
「し、しかし、大昇帝 派と会敵してしまった場合、綾 様が真っ先に狙われる恐れが有りますよ!」
「宮森の
だが、正体が
綾ばかりを帝居に残しても、大昇帝 派に攻められれば押し切られようぞ。
念の為、高野山周辺には海軍陸戦隊二千を配した。
外法衆全員が出て来る事はあるまい」
「殿下の御考え、この宮森の身に染みました。
多野が今回の遠征での注意点を挙げた。
「今回の旅程では、殿下と綾 様は当然身分を隠される。
これから仮名を教える故、そちらでの対応を頼むぞ。
では、宗像 殿と宮森 君には三日後の朝に使いを
◇
一九一九年七月 宮森の下宿先
◇
帝居での会合の後、宮森は自室で精神を集中していた。
帝居への〈
探すとは云っても宮森 自身も監視されている身。
外部へ向けての思念放射などは行なえない。
あくまでも、自身の肉体と意識を
宮森は今日何度目かの精神集中を終えたが、一向に明日二郎の気配は無い。
日も傾きかけた頃、階下から
「宮森さ~ん、お夕飯できたわよ~」
「はーい、いま行きまーす」
『
今日の献立は、
「今日も暑かったからね~。
さっぱりしたものがいいかと思って……あら、なんか宮森さんお顔が
いったいどうしたの?」
女将の呼び掛けなど耳に入らない様子の宮森。
彼の脳中には、あの懐かしい思念が戻って来ていた。
『
うん、疲れた(ミヤモリの)身体に優しく語りかけてくれるぞ。
お次は胡瓜の胡麻和え。
やっぱり夏は胡瓜、これに限る!
胡瓜はいま旬真っ盛り。
しか~し!
その利かん坊に寄り添ってくれるのが胡麻の老兵。
この老兵がワンパク
若武者が一人前の
香ばしい風味を残して
煮物の甘辛い味付けが暑さに耐え忍んだ身体を巡っては、身体中の細胞一つ一つに宿っているミトコンドリアを目覚めさせる。
自らの使命に目覚めたミトコンドリアは相棒を指名するのだ。
だが、その相棒は危険な奴だぜ壊し屋なんだぜ。
どんな奴なんだ、だって?
フフフ……それは酸素だ。
めったやたらに反応して細胞を劣化させたり、ヒドイ場合は機能不全に追い込む悪魔。
しか~し!
ミトコンドリアはその危険な奴を相棒にしてエナジーを生み出す!
ミトコンドリアと酸素のアブナイ関係。
それはまさしく、タカとユージの……』
『おい』
『へっ?』
『へっ?
じゃないよ。
明日二郎、お前いま何やってる』
『ナニって、食の
『じゃあ、今までどこ行ってたんだ』
『ミヤモリの言う所の、今までって何?』
『お前な~!』
顔面が
宮森の表情筋に極度の異常を
「宮森さん、お顔が大変なことになってるわ。
具合悪いの?」
「い、いえ……。
あ、暑さで頭の方がやられちゃったのかな~」
「いけないよ宮森さん。
熱射病かしらね。
お水飲む?」
「女将さん大丈夫です。
そこまでではありませんよ……」
女将には何とか言い
『ホント心配させやがって。
自信過剰で、自己愛傾向のある自称プレイボーイが!
そうか、プレイボーイだからどこぞの邪霊としけこんでいたのかなー』
『んにゃろ!
言いたい放題いいやがって!
オイラには宮森がナニ言ってっか解んねーっつうの!』
『あーそうですか、しらを切りますか。
じゃ、明日二郎が嫌がる事しちゃおー』
宮森は胡瓜の胡麻和えを麦飯の上にぶっかけ、
それだけではなく、冷や奴と煮物も一緒くたにして胃にぶち込む。
普段は早食いなどしない宮森を見て、本当に大丈夫かと不審がる女将。
「宮森さん、もうちょっと落ち着いて食べなさいな。
「
その惨状に耐え切れない明日二郎が
『やめて、お願いだからやめて~。
ちゃんと味わって食べて~。
食の悦びを恵んで~!
ってか、オイラが何したって云うんだ。
いつも通りだろ……』
「
本気でションボリしている明日二郎を尻目に、宮森は冷酷にもそのまま食事を終わらせ自室へと戻る。
◇
『だとすると明日二郎。
お前は、澄さんの居た
『そう、なるかな。
何で自分の記憶が無いのか解らん。
さっき戻って来るまで、どこに居たのかすらもな……』
『あの〈白髪の食屍鬼〉の仕業なのかも知れないが、確証は無い。
それに自分らが旬梅館の二階に上がった時、お前から言い表しようのない感情が流れて来た。
奥の部屋には澄さんが居たんだから彼女に関係するんだろうけど、消えてしまうとなると自分じゃお手上げだ』
『オイラにも何が何やらさっぱり解らん。
オニイチャンもジイ様を名乗る〈白髪の食屍鬼〉に付いてったって云うしな。
どの道オニイチャンを救出しに行くんだろ?
行って確かめるしかねーな』
『明日二郎、故郷の重井沢の事は憶えていないのか?』
『それも憶えてねーんだな、これが。
オニイチャンに何かされてる可能性はあるけど、信じたくはねーな……』
『そうか。
ならばもう言う事はない。
三日後に備えよう』
疑問の残る結果となったが、明日二郎が戻って来て一安心した宮森。
微々たる時間ではあったが、ふたりは再会を喜び重井沢行きの決意を新たにした。
◇
いざ、重井沢へ その一 了
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます