灰色の夜明け その五

 一九一九年七月 帝居 奥宮殿





 今日一郎が奥宮殿から去った後、多野 教授は奥宮殿を覆っている障壁バリアを解除し、事態の収拾に乗り出す。


 間もなく益男が救助され、地下の小祭事場で任に就いていた頼子と綾も合流。

 互いの持っている情報を共有した。

 情報を共有する中で、新たに判明した事実も有る。


 多野によると、宮森と益男が昇降機エレベーターで遭遇した猿型の化け物は、〈ヴーアミ族〉と呼ばれる存在らしいと判明した。

 巨大蜘蛛は、恐らく〈レンの蜘蛛〉だとの事。


 綾と頼子が闘ったと云う〈水棲食屍鬼アクアティックグール〉、宮森と益男が相対した〈鎧食屍鬼アーマードグール〉は多野にも正体が判らず、魔術結社界隈かいわいの常識を超えた存在だそうだ。


 澄を攫った〈夜鬼ナイトゴーント〉に関しては記録こそ在るものの、近年物質界で活動していた例は無く、九頭竜会と云えど御手上げの様相を呈する。


 それもその筈、今回確認された怪物達の多くは幻魔げんまと呼ばれる存在で、人間ヒトの見る夢の世界に蔓延はびこる化け物だとされる。


 人間ヒトの見る夢の世界。

 正確には、人間の精神を構成する魂魄こんぱくの内のはくが見る夢の世界。

 それが幻夢界と呼ばれる次元だ。


 幻夢界の最下層は邪神が封印されている魔空界と繋がっており、条件が整えば邪神の精神体である邪霊が現出する。

 そして、幻夢界の持ち主の邪念と魔空界の邪霊とが同調シンクロすると幻魔に変化。

 持ち主の魄を捕食し、邪霊の定着を促そうとするのだ。


 夢の世界に巣食う幻魔と云う存在。

 ソレが、物質界に顕現けんげんしたかに思える現象。

 魔術結社の重鎮じゅうちん達も知り得なかった大異変だ。


 只、〈食屍鬼グール〉には物質界と幻夢界を行き来する能力を持つとの文献ぶんけんも在るらしく、それが関係しているのではないかと多野は推察している。

 これはいったい何を意味するのだろうか。


 綾と権田 夫妻に続き、目立った負傷の無い宮森も奥宮殿応接室へ通される。


 半死半生はんしはんしょうの益男は頼子の膝に頭を横たえ、彼女から邪念水を飲まされていた。

 千切れ掛けていた益男の両手首が急激に熱を帯びる。

 早速体組織の再生が始まったようだ。


 頼子が益男に語り掛けている。


「あなたともあろう者が、今回は手酷くやられましたね。

 宮森さんが居て下さらなかったら、今頃は冥土めいどの土を踏んでいたかも知れませんよ」


「それについては本当に面目めんぼくない。

 確かに冥土の土は踏みたくないな。

 三途さんずの川を渡るのは楽しそうだが……。

 後、ワイシャツと靴下と洋袴ズボンが破れてしまった。

 なるべく破かないよう、宮森さんと努力したんだが。

 ……済まない」


「冗談が言えるのも、命あっての物種ですものね。

 今回は許してあげます」


 生憎と洋袴ズボンは切れてしまったが、キレた頼子は見ずに済んだらしい。


 権田 夫妻の惚気のろけに触発されたのか、綾も瑠璃家宮にすり寄る。


「お兄様きいてきいて!

 小祭事場で泳ぎの上手い〈食屍鬼〉と闘った時にね、綾と頼子さんが危なくなったのね。

 その時にね、なんとが助けてくれたんだよ!

 さっすが、お兄様の御子だと思ったもん♥」


 嬉しそうに腹をさする綾の頭を、瑠璃家宮が優しくポンポンした後で撫でた。


 一同がひと通り情報共有と惚気を終えた所で、瑠璃家宮から今後の沙汰が下る。


「綾、権田 夫妻、宮森、今回は良くやってくれた。

 配下の者に帝居を巡回させているが、今の所〈食屍鬼〉等は目撃されていない。

 あ奴らは引きげたと見て良さそうだ。

 激しい闘いで疲労困憊ひろうこんぱいしているだろうから、今日明日はゆっくりと休むが良い。

 宮森には明後日使いを寄越す故、その時は宗像と共に必ず馳せ参じよ。

 では、解散」





 この後帝居各所との連絡も回復し、被害の全貌ぜんぼうが明らかになり始めた。

 正殿や旬梅館などの建物、各種設備の損壊は勿論、帝宮警察官や魔術師達、九頭竜会が非合法に囲っている建設作業員や下働きの者など、多くの犠牲者が確認される。


 その中には、〈異魚〉によって強制的に〈深き者共ディープワンズ〉へと異形化させられた者達も含み、その殆どが〈深き者共ディープワンズ〉へと順応じゅんのうできず死んで行った。


 又、今回帝都を襲撃した〈食屍鬼グール〉、〈ヴーアミ族〉、〈レンの蜘蛛〉、〈水棲食屍鬼アクアティックグール〉、〈鎧食屍鬼アーマードグール〉の死骸は、調査員が観ている前で忽然こつぜんと消え失せたらしい。

 調査班には魔術師も加わっていたが、転移魔術などの形跡は認められなかったとの事。

 幻魔の謎は深まるばかりだ。


 後に判った事だが、小石山植物園内の保養施設にも〈食屍鬼グール〉達が現われ、今日一郎の住む病棟を荒らして行ったと云う。

 御多分ごたぶんれず今日一郎の居室も荒らされ、彼の衣服や使用していた注射器、薬剤などが持ち去られた。


 そして、〈夜鬼ナイトゴーント〉から外苑の森に捨てられた筈のあの酔っ払い。

 その遺体は、何故か発見されなかったと云う。


 宮森も気になって多野に訊いてみたが、『そんな者など知らん!』と拒絶された。

 宮森もそれ以上食い下がれず、酔っ払いの件は有耶無耶うやむやになる。


 夜が明け始めた頃、宮森は下宿への帰途に就いた。

 帰りの道すがら、彼は昨夜の出来事を思い返す。


⦅突如として帝居を襲撃して来た〈食屍鬼〉達。

 宗像さんらが居た弾薬庫で準備を整え、益男と共に〈食屍鬼〉達の撃退に当たった。

 昇降機では〈ヴーアミ族〉、〈レンの蜘蛛〉に襲われ、正殿では〈鎧食屍鬼〉と死闘を演じる羽目になる。

 綾達は〈水棲食屍鬼〉と闘い、その最中 綾の胎内に宿った胎児が目覚めたらしい。

 色々あり過ぎて忘れていたが、自分の血を分けた……子、なんだよな……⦆


 綾に宿る胎児の遺伝的父親は宮森である。

 その事でどうしても神経質になってしまう彼だったが、気を取り直して昨夜の出来事の整理を続行した。

 

⦅中殿前の中庭では〈夜鬼〉と遭遇。

 あの酔っ払いは誰だったんだろうか。

 自らの事を『太帝であるっ!』とか言ってたけど。

 酔いもあそこまで行くと哀れですらある……。

 自分の力及ばず、〈夜鬼〉に攫われてしまった澄さん。

 そして、襲撃の黒幕であるあの〈白髪の食屍鬼〉。

 奴は今日一郎の祖父だと名乗っていた。

〈食屍鬼〉が祖父だって?

 大盟殿前では、女性が〈食屍鬼〉に犯されそうになっていたが……。

 そう云えば、澄さんと出会う前に明日二郎の奴が消えてから戻って来ない。

 今日一郎も、行ってしまった……⦆


 疲れ切って途方に暮れる宮森。


 彼の迎えた夜明けは、これからの雲行きを暗示するかの如く、灰色であった――。





 灰色の夜明け その五 了

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