灰色の夜明け その四
一九一九年七月 帝居 奥宮殿
◆
そこには既に、多野 教授と瑠璃家宮が待機している。
今日一郎 達に出迎えの言葉を掛ける多野。
「
いま帝居には〈食屍鬼〉共が押し寄せ、大変な騒ぎとなっております。
魔術師達も対応に追われ、宮司殿を御守りする事すら
どうか宮司殿には瑠璃家宮 殿下と共にとどまって頂き、万が一の時は御協力頂きますよう、宜しく御願いします」
「宮司殿、余からも頼む」
瑠璃家宮まで今日一郎に
要は、今日一郎の母である比星 澄を
ただ余程事態が切迫しているのか、瑠璃家宮にいつもの余裕は見られない。
「解った。
だが、母さんは無事なんだろうな?」
母の安否を気遣う今日一郎に、多野が申し訳なさそうに答える。
「それが宮司殿、母御の無事は確認できておりません。
どうか配下の者達の連絡を御待ち……」
苛立たし気に割って入る今日一郎。
「この奥宮殿には障壁を張って置き乍ら、僕の母は外に置き去りか。
まあいい。
母に若しもの事があったら、今回の指揮を取っている多野 教授に責任を取って貰うまで!」
そう吐き捨てた今日一郎は、奥宮殿玄関の先にある
自らの手で母を救出せんとする今日一郎に、苦虫を噛み潰したような顔をする多野。
流石に死なれては困るので、監視役達が仕方なしに付いて行く。
玄関先に近付いた今日一郎は、
宮森である。
⦅宮森さん!
怪我はしていないようだね。
何とか無事だったか。
只、それにしても表情が暗い。
何か有ったのか?⦆
ふたりの関係を悟られてはならない為、他人行儀に接する。
「宮司殿……。
自分は多野 教授配下の宮森と申します。
どうか、多野 教授をここに御呼び頂けないでしょうか。
恥ずかし乍ら、霊力を使い果たしてしまいまして……」
「分かった。
多野 教授をここに呼んで来てくれ」
今日一郎が監視役に命じ、多野を連れて来させる。
宮森が
「そんな事が起こっておったとはな……。
大怪我を負った益男 君の許には大至急救護の者を向かわせる
それにしても……」
多野もそれなりに衝撃を受けているが、最も
「母さんが
多野 教授、どう責任を取る積もりだ!
だからお前達は信用できない‼」
普段は冷静な今日一郎も、今回ばかりは多野を激しく
今日一郎が余りにも怒鳴り付けるので、瑠璃家宮が
「宮司殿、今回の非はこちらに有る。
しかし地下の小祭事場にも〈食屍鬼〉共が乗り込んで来たらしい。
頼子はおろか、身重の綾ですら前線に立ったと聞く。
宮森の報告では、〈食屍鬼〉だけでなく〈夜鬼〉も出て来たそうではないか。
情報も錯綜しておる故、多野 教授を責めるのはここ迄にして貰いたい。
誰の
その為にも、この瑠璃家宮の
宮司殿、カネも人員も心配には及ばん。
余と余の配下が、
「当たり前だ……」
今日一郎の怒りも何とか収まり、この場の人員で今後の策を練る……必要はなくなる。
今この場に居る者達に、突如として強力な思念が放射された。
思念は
その
⦅〈白髪の食屍鬼〉……奴が元凶?
確かに、今まで見て来た〈食屍鬼〉よりは背筋が伸びていて人間臭い。
少なくとも知性は感じられるな。
そして地面に倒れ伏しているのは、巨大蜘蛛に〈鎧食屍鬼〉と……自分の知らない怪物の死体⁉
バルディッシュも落ちている。
〈鎧食屍鬼〉と
〈白髪の食屍鬼〉の右横に立ててある長物は、三つ叉の槍か
持ち主は恐らくあの怪物か。
〈白髪の食屍鬼〉はどうやら、今回の闘いで
とんだ
ん?
空間奥から何か迫って来た。
奴は……〈夜鬼〉⁈
〈夜鬼〉が両足で掴んでいるのは、澄さん⁉
ぐったりして動かない。
命に別状がなければいいが。
くそっ!
自分にもっと力が有れば、澄さんを守り切れたかも知れないのに……⦆
宮森と同様の心持ちなのだろう。
今日一郎の
続けて、〈白髪の食屍鬼〉が声明を発する。
『
解るまいな~。
比星 播衛門。
死んだと思うておったろ?
所が死んではおらなんだ。
あ~ははははは、愉快や愉快!
これほど愉快な事もそうはあるまいて。
……して、今回の帝居襲撃じゃがの、儂が
娘である澄を取り戻す為にな。
それにしても、瑠璃家宮の小坊主に多野の
お主達は儂が死んだのをいい事に、孫をいいように
その
驚愕する一同の中、今日一郎は抜け目なく思念の放射元を特定しに掛かっていた。
⦅あの〈白髪の食屍鬼〉、奴が祖父の播衛門だと?
祖父は確かに死んだ筈。
あの〈白髪の食屍鬼〉が祖父の名を
必ず発信元を突き止めてやる!⦆
勇んで思念の発信元を特定しようとする今日一郎だったが、〈白髪の
⦅駄目だっ!
〈白髪の食屍鬼〉は、幾人もの人間を送受信機代わりにして思念を中継している。
大本に辿り着くには時間と人員が足りない。
どうすればいいんだ……⦆
今日一郎による逆探知が失敗する中、〈白髪の
『気は済んだか、我が孫よ。
安心せい、お主の母は気を
ささっ、
お主の生まれ故郷に……』
〈白髪の
「なりません、なりませんぞ宮司殿!
いま行かれては、大事な御身体にどのような影響を
殿下、殿下からも御説得を……」
多野の申し立てに、瑠璃家宮はただ黙すばかり。
この様子を観ているのかいないのか、〈白髪の
『瑠璃家宮の小坊主に多野の老い耄れよ。
孫の成長を見られたのは満足じゃ。
それには礼を申すぞ。
では我が孫よ、そろそろ行こうか。
お主も母に
今お主だけに座標を送る故、
言っておくが、孫以外の者には利用できぬものであるからな。
口外や筆記は勿論、孫への精神干渉で訊き出そうとした場合も記憶が消去される仕組みだで。
孫が自らの意志で他者に伝えようとした場合も同様じゃ』
その発言の後、〈白髪の
『……いいだろう。
座標まで行ってやる。
僕がそこに着いた時、母が傷付いていたら容赦しない』
今日一郎の返答を受けた〈白髪の
『流石我が孫、よう言うた。
では九頭竜会の皆、孫をここまで養って貰い感謝する。
そして、儂の朋輩達を
宮森には何故か、〈白髪の
今日一郎は目前に
機密保持の為だろうか、
「宮司殿、どうか御待ちを!」
多野の制止には耳を貸さず、今日一郎は
◇
灰色の夜明け その四 了
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