灰色の夜明け その四

 一九一九年七月 帝居 奥宮殿





 次元孔ポータルを通り、帝居の奥宮殿玄関まで転移して来た今日一郎とその監視役達。

 そこには既に、多野 教授と瑠璃家宮が待機している。


 今日一郎 達に出迎えの言葉を掛ける多野。


宮司ぐうじ殿、良く御出で下さいましたな。

 いま帝居には〈食屍鬼〉共が押し寄せ、大変な騒ぎとなっております。

 魔術師達も対応に追われ、宮司殿を御守りする事すらままなりません。

 どうか宮司殿には瑠璃家宮 殿下と共にとどまって頂き、万が一の時は御協力頂きますよう、宜しく御願いします」


「宮司殿、余からも頼む」


 瑠璃家宮まで今日一郎に懇請こんせいして来た。

 要は、今日一郎の母である比星 澄を出汁だしに脅しを掛けている訳である。

 ただ余程事態が切迫しているのか、瑠璃家宮にいつもの余裕は見られない。


「解った。

 だが、母さんは無事なんだろうな?」


 母の安否を気遣う今日一郎に、多野が申し訳なさそうに答える。


「それが宮司殿、母御の無事は確認できておりません。

 どうか配下の者達の連絡を御待ち……」


 苛立たし気に割って入る今日一郎。


「この奥宮殿には障壁を張って置き乍ら、僕の母は外に置き去りか。

 まあいい。

 母に若しもの事があったら、今回の指揮を取っている多野 教授に責任を取って貰うまで!」


 そう吐き捨てた今日一郎は、奥宮殿玄関の先にある障壁バリアへと向かう。

 障壁バリアにわざわざ次元孔ポータルで穴を開け、外に出ようと云う意趣返いしゅがえしだ。


 自らの手で母を救出せんとする今日一郎に、苦虫を噛み潰したような顔をする多野。

 流石に死なれては困るので、監視役達が仕方なしに付いて行く。


 玄関先に近付いた今日一郎は、障壁バリアの向こう側から歩いて来る男を見付けた。

 宮森である。


⦅宮森さん!

 怪我はしていないようだね。

 何とか無事だったか。

 只、それにしても表情が暗い。

 何か有ったのか?⦆


 障壁バリアさかいで向かい合う今日一郎と宮森。

 ふたりの関係を悟られてはならない為、他人行儀に接する。


「宮司殿……。

 自分は多野 教授配下の宮森と申します。

 どうか、多野 教授をここに御呼び頂けないでしょうか。

 恥ずかし乍ら、霊力を使い果たしてしまいまして……」


「分かった。

 多野 教授をここに呼んで来てくれ」


 今日一郎が監視役に命じ、多野を連れて来させる。


 宮森が障壁バリア越しに、これ迄の経緯いきさつを多野に報告した。


「そんな事が起こっておったとはな……。

 大怪我を負った益男 君の許には大至急救護の者を向かわせるゆえ、心配せんで良い。

 それにしても……」


 多野もそれなりに衝撃を受けているが、最もこたえたのは今日一郎である。


「母さんがさらわれただと⁈

 多野 教授、どう責任を取る積もりだ!

 だからお前達は信用できない‼」


 普段は冷静な今日一郎も、今回ばかりは多野を激しく叱責しっせきする。


 今日一郎が余りにも怒鳴り付けるので、瑠璃家宮が仲裁ちゅうさいに入る始末だ。


「宮司殿、今回の非はこちらに有る。

 しかし地下の小祭事場にも〈食屍鬼〉共が乗り込んで来たらしい。

 頼子はおろか、身重の綾ですら前線に立ったと聞く。

 宮森の報告では、〈食屍鬼〉だけでなく〈夜鬼〉も出て来たそうではないか。

 情報も錯綜しておる故、多野 教授を責めるのはここ迄にして貰いたい。

 誰の指矩さしがねで〈食屍鬼〉や〈夜鬼〉が動いておるのかは判らぬが、その張本人を見付けられれば母御の居所も知れよう。

 その為にも、この瑠璃家宮の勅命ちょくめいにて事をなす所存だ。

 宮司殿、カネも人員も心配には及ばん。

 余と余の配下が、一丸いちがんとなって取り組む事を約束しよう」


「当たり前だ……」


 今日一郎の怒りも何とか収まり、この場の人員で今後の策を練る……必要はなくなる。


 今この場に居る者達に、突如として強力な思念が放射された。

 思念は無遠慮ぶえんりょに人心へと入り込み、誠に奇異な場景イメージを伝える。


 その場景イメージは当然、宮森にも届いていた。


⦅〈白髪の食屍鬼〉……奴が元凶?

 確かに、今まで見て来た〈食屍鬼〉よりは背筋が伸びていて人間臭い。

 少なくとも知性は感じられるな。

 そして地面に倒れ伏しているのは、巨大蜘蛛に〈鎧食屍鬼〉と……自分の知らない怪物の死体⁉

 バルディッシュも落ちている。

〈鎧食屍鬼〉と対峙たいじした正殿から、武器と胴体を回収したのか。

〈白髪の食屍鬼〉の右横に立ててある長物は、三つ叉の槍かほこの様な形状。

 持ち主は恐らくあの怪物か。

〈白髪の食屍鬼〉はどうやら、今回の闘いでられた仲間の死体と遺品を回収している。

 とんだ曲者くせものだな。

 ん?

 空間奥から何か迫って来た。

 奴は……〈夜鬼〉⁈

〈夜鬼〉が両足で掴んでいるのは、澄さん⁉

 ぐったりして動かない。

 命に別状がなければいいが。

 くそっ!

 自分にもっと力が有れば、澄さんを守り切れたかも知れないのに……⦆


 宮森と同様の心持ちなのだろう。

 今日一郎の顔容かんばせにも、悔しさが有り有りと滲んでいた。


 続けて、〈白髪の食屍鬼〉が声明を発する。

 精神感応テレパシー上での場景イメージに過ぎないが、口を動かして人語を喋った。


ひさしいな、瑠璃家宮 殿下に多野 教授。

 わしの事が判るか?

 解るまいな~。

 播衛門ばんえもんじゃよ。

 比星 播衛門。

 死んだと思うておったろ?

 所が死んではおらなんだ。

 あ~ははははは、愉快や愉快!

 これほど愉快な事もそうはあるまいて。

 ……して、今回の帝居襲撃じゃがの、儂が朋輩ほうばい達に頼んでやってもろうたのよ。

 娘である澄を取り戻す為にな。

 それにしても、瑠璃家宮の小坊主に多野のれよ。

 お主達は儂が死んだのをいい事に、孫をいいように使つこうておるようじゃな。

 神霊しんれいを定着させてやった恩を忘れよってからに。

 そのつぐないはして貰うで、覚悟せい』


 驚愕する一同の中、今日一郎は抜け目なく思念の放射元を特定しに掛かっていた。


⦅あの〈白髪の食屍鬼〉、奴が祖父の播衛門だと?

 祖父は確かに死んだ筈。

 あの〈白髪の食屍鬼〉が祖父の名をかたるのはまだ許せるが、母さんをかどわかすのは我慢ならない。

 必ず発信元を突き止めてやる!⦆


 勇んで思念の発信元を特定しようとする今日一郎だったが、〈白髪の食屍鬼グール〉の方が一枚上手だったようだ。


⦅駄目だっ!

〈白髪の食屍鬼〉は、幾人もの人間を送受信機代わりにして思念を中継している。

 大本に辿り着くには時間と人員が足りない。

 どうすればいいんだ……⦆


 今日一郎による逆探知が失敗する中、〈白髪の食屍鬼グール〉は一方通行で思念を放射し続ける。


『気は済んだか、我が孫よ。

 安心せい、お主の母は気をうしのうておるだけじゃ。

 ささっ、じじと一緒に帰ろうではないか。

 お主の生まれ故郷に……』


〈白髪の食屍鬼グール〉の揚言ようげんを聞いた多野は、これ迄になく大いに狼狽えた。


「なりません、なりませんぞ宮司殿!

 いま行かれては、大事な御身体にどのような影響をもたらすか。

 殿下、殿下からも御説得を……」


 多野の申し立てに、瑠璃家宮はただ黙すばかり。


 この様子を観ているのかいないのか、〈白髪の食屍鬼グール〉はさも楽し気に思念放射を続ける。


『瑠璃家宮の小坊主に多野の老い耄れよ。

 孫の成長を見られたのは満足じゃ。

 それには礼を申すぞ。

 では我が孫よ、そろそろ行こうか。

 お主も母にいたかろう。

 今お主だけに座標を送る故、しかと頭に刻み込め。

 言っておくが、孫以外の者には利用できぬものであるからな。

 口外や筆記は勿論、孫への精神干渉で訊き出そうとした場合も記憶が消去される仕組みだで。

 孫が自らの意志で他者に伝えようとした場合も同様じゃ』


 その発言の後、〈白髪の食屍鬼グール〉は今日一郎に座標とやらを送り込み返信を待つ。


『……いいだろう。

 座標まで行ってやる。

 僕がそこに着いた時、母が傷付いていたら容赦しない』


 今日一郎の返答を受けた〈白髪の食屍鬼グール〉は、〈鎧食屍鬼アーマードグール〉の首無し死体を愛おしそうにで一同に言い渡す。


『流石我が孫、よう言うた。

 では九頭竜会の皆、孫をここまで養って貰い感謝する。

 そして、儂の朋輩達をほふったごうの者にもな……』


 宮森には何故か、〈白髪の食屍鬼グール〉の言葉が自身に向けられていたのではないかと感じられ、心が恐慌に染まる。


 今日一郎は目前に次元孔ポータルを展開した。

 機密保持の為だろうか、次元孔ポータルの向こう側はかすみが掛かり、不透明な空間になっている。


「宮司殿、どうか御待ちを!」


 多野の制止には耳を貸さず、今日一郎は次元孔ポータルへと足を踏み入れた――。





 灰色の夜明け その四 了

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