灰色の夜明け その二
一九一九年七月 帝都
◆
ここ、小石山植物園内の保養施設に軟禁されている比星 今日一郎は、自分を監視する魔術師達の異変を感じ取っていた。
⦅騒がしい……。
帝居で何か有ったな。
それに、さっきから僕の思念監視を厳重化している。
この状況では、明日二郎や宮森さんとの精神感応も控えた方がいいな⦆
明日二郎 達との連絡を諦め、監視達を探る今日一郎。
監視達の
聞かれても構わない内容らしく、思念の遣り取りに
『帝居で何か有ったのか?』
『地下から〈食屍鬼〉が攻めて来たらしい……』
『何かの間違いだろう。
奴らは死体さえ在れば満足する筈だ。
それに、奴らの食事量は少なく食事間隔も長いと聞くぞ。
一度食ったら、最低でも四週間ほどは我慢できると聞いた』
『俺もその意見に賛成だな。
この帝都は世界有数の人口を誇る大都市。
いつも誰かが死んでいる。
火葬される場合も有るだろうが、火葬には燃料を食うだろ。
費用が高く付くから、まだまだ土葬の方が多い。
〈食屍鬼〉を養えるぐらいの死体数は在る筈だ』
『そういえば昔、〖火葬禁止令〗なんてものが在ったな。
たった二年で
『確か……一八七三年に出された法令だ。
火葬禁止にした途端、〈食屍鬼〉共が帝都に集まって来たらしい。
その結果、〈食屍鬼〉共の目撃談が相次いだと聞かされている。
表向きの撤廃理由は土葬用墓地の不足だの公衆衛生だのと
監視達の会話では、まだ大事には至っていない様子。
今日一郎は暫し経過観察に徹する事にした。
いっ時(約二時間)ほど経った頃、監視達の思念に異変が起こる。
どうやら外部からの緊急連絡らしい。
監視達は急遽思念に
だが、それを見逃す今日一郎ではない。
監視達の状況から事態を推測する。
⦅帝居で何か起こったのは確実。
もし本当に〈食屍鬼〉が帝居に押し寄せたのなら、宮森さんが呼び出されている可能性が高い。
危険だ。
それに母さんも……⦆
今日一郎はいざ事が起こった場合に備え、寝巻から外出着に着替えて待つ事にする。
監視達の思念が厳戒体制に移行して四半時(約三十分)が経過すると、今日一郎に異変が起こった。
「あ、ああぁっ、うあああぁああぁぃ……」
呻き声を上げて苦しみ出すと、自らの首を両手で締め始める今日一郎。
大きく開けた口からは、舌の根が飛び出さんばかりだ。
顔から血の気が引き、目は充血し全身が痙攣。
そして急速に、皮膚が、舌が、身体中の粘膜が蒼くなって行った。
今日一郎は蒼い肌の少年へと変わり、眼に宿る光も先程までとは違う。
蒼い肌の少年は
◇
監視のひとりが今日一郎の部屋前まで馳せ参じ、深刻な声色で連絡文を読み上げる。
「比星 今日一郎 様、起きておられるのは判っております。
帝居から招集命令が掛かりました。
急いで準備を済ませ……」
監視が連絡文を読んでいる途中、病室の扉は開け放たれた。
「解っている。
それで、帝居の状況は?」
登場した蒼い肌の少年を観て、監視役の顔色は蒼白になる。
世の全てを憎むかのような少年の眼。
その眼に
声を震わせ監視役が告げる。
「……て、帝居に〈食屍鬼〉共が侵入しました。
奴らの狙いは判明しておりませんが、職員などが殺害された模様です。
いま現在、帝宮警察官と魔術師達が対応に当たっておりますが、戦況は
「〈食屍鬼〉がどれ程の数で襲って来たのかは知らないが、帝居の魔術師達が手を焼いていると云うのか?」
「それがどうも、情報が
巨大な化け蜘蛛だの、〈深き者共〉より泳ぎが上手い〈食屍鬼〉が居るだの、果ては空飛ぶ鬼が出ただの、全く訳が分かりません……」
報告を聞いた蒼い肌の少年は、不気味な笑みを浮かべたまま監視に問う。
「その〈食屍鬼〉以外の化け物の容姿は、魔術師同士での精神感応で共有できていないのか?」
「それが、私共に連絡を寄越して来た者はまだ未熟者で、
なにぶんにも現場が混乱しており、正確な情報がこちらまで伝わって来ません……」
「解った。
それで、招集場所は?」
「御所内の奥宮殿だそうです。
それと、お、御薬を御忘れなきよう……」
「解っている。
治まるまで暫し待て」
恐る恐る薬の服用を促した監視を面倒臭そうに
彼は慣れた手付きで自身へと静脈注射し、監視にその姿を見せた。
監視が胸を撫で下ろす中、病室の扉を閉めた少年は、これからの事を思案する。
⦅奥宮殿か……。
だとすると、今回の〈食屍鬼〉による騒ぎは大昇帝 派の
僕の監視役には大昇帝 派の者も多いし、当の大昇帝 本人が奥宮殿に居るのだから、〈食屍鬼〉共に襲わせる筈がない。
もしかすると、母さんに会えるかも知れないな……⦆
一五分ほど経過すると、少年の肌に赤みが差し始める。
蒼面から白面へ。
※※※から、今日一郎へ――。
◇
準備を整えた今日一郎は直ぐに退室し、監視達と共に正面玄関へと向かう。
途中で施設の警備員と行き会ったが、今日一郎 達は特に
玄関には残りの監視ふたりが控えており、今日一郎 達を確認すると玄関扉を左右に開け放つ。
今日一郎が霊力を集中すると、玄関外に広がっていた小石山植物園の景色が一変。
『ブゥーーーーーーーーーーーーン……』と云う空間の振動と共に、帝居御所へと変貌した。
今日一郎は歩みを止めず玄関をくぐり、残りの監視達もそれに
彼らの姿は玄関先には無い。
◆
灰色の夜明け その二 了
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