第七節 灰色の夜明け
灰色の夜明け その一
一九一九年七月 帝居 大盟殿中庭
◇
〈
中庭には噴水が設えてあり、奥には
天気の良い日などは中殿の扉を開け放ち、中庭を望んで豪華な食事会などが催されていた。
勿論、その費用は国民の納めた税金である。
月光が差す中庭の噴水前に、一つの人影が
その人影は歩いてもいないのに左右へフラ付き、安定感は
〈
⦅男が手に持っているのは……
恐らく宴会の最中〈食屍鬼〉達に乗り込まれ、酔いが回っていたので逃げ遅れたんだろう。
今まで殺されなかったのは
いつまた〈食屍鬼〉達が襲って来るか判らない。
早くこの場から避難させた方がいいだろう⦆
酒瓶を持った男は日本人男性平均よりやや小柄で、体格は宮森と同等。
上等な生地の着流しに、
立派な
足元も
「そこの御方、この場は化け物が居て危険です。
いま正殿の方に作業員の方々が来られていますので、彼らと一緒に避難して下さい。
益男さん、構いませんね?」
益男は何故か口を開かない。
そのまま宮森に
「うぃーっくっ……。
余にこの場を去って~むにゃむにゃ……。
……退却せよ!
と申すのか~?
そちは……そちは誰じゃ?
余か?
余は~……この国のっ!
大日本帝国のっ!
たっ、
ほんでもってこの酒はな~、ウヰッ、ウヰッ、ウヰスキーとか云う
美味しいんだぞ!
珍しいんだぞ!
余しか、うぃーひっくっ……呑めんのだぞ!」
完全に酔っぱらっていると判断した宮森は、再度 益男に助力を乞う。
「益男さん、この方を護衛して
「放って置きましょう。
このような
「しかし、この方も九頭竜会員なのですよね。
死なれてはまずいのでは?」
「問題ありません。
この程度の
それよりも宮森さん……来ますよ!」
酒瓶の男にこうまで強硬な態度を取る益男は不可解だったが、異質な気配を察し弾かれたように空を見上げる宮森。
途端に月光が遮られ、新たな異形がその姿を現した。
「なんだ~あれは~。
うっぷっ……。
余をっ、空中旅行に案内してくれるのか~。
気が利くの~。
ほれー、こっちじゃこっちじゃー!」
空の上でも酔いたいのか、酒瓶の男は空飛ぶ異形に向け手招きしている。
宮森は
感覚拡張の術式で視力を増そうかとも考えたが、いっそ益男に振ってみる事にした。
「益男さん、〈食屍鬼〉って空飛びますか?」
「私の知る限りでは飛びませんね。
いま空を飛んでいるアレ。
アレは間違いなく〈
「〈夜鬼〉……。
それはいったい何なのですか?」
「簡単に云うと、〈食屍鬼〉のお友達みたいなモノです。
いま詳しく説明している暇は……ないようですね!」
地上に興味が出て来たのか、〈
対する宮森と益男は、銃を構えて待ち受けた。
「こら~、余を連れて行け~。
連れて行かんか~。
ゔぉえぇっ!
だ、大日本帝国の、たっ、太帝の命であるぅ~。
ゔぉえぇっ!
ぐふ~ぅ……むにゃむにゃ」
止せば良いものを、騒ぎ立てて〈
それに反応したのか、〈
〈
先ずは、〈
〈
すると両翼間に
急激な右
続いて益男のウィンチェスターM1912が火を噴く。
今度は両翼だけでなく、尻尾をも
後方宙返りの形で散弾を躱しそのまま着地すると思いきや、〈
酔っぱらいを両腕で
酔っぱらいを抱えているにも拘らず、〈
意表を突かれ、視点さえ満足に動かせなかった宮森と益男。
夜空を
ふたりは射撃体勢を取り続けるが、射程外まで上昇した〈
そこで宮森は
⦅先ず目に付くのは、
翼の他には、四肢と長い尻尾。
尻尾の先端は鋭い棘になっているのか。
体表は滑らかな
そして全身が黒色、と云うより
頭部には
最も不気味なのは顔面だな。
目も耳も鼻も口もない。
どうやって周囲を認識しているんだろう……。
空を飛ぶ為か細身に見えるが、自分の体感ではかなり大きな体格だった。
あの体格で飛行可能な生物はいないだろう。
今更だが、こうも
両腕は人間のものに近いけど、両足は樹上生活を営む猿に似て物を掴め……いけない!
あの酔っぱらいを両足で掴み直したぞ!⦆
はるか上空の〈
そしてなんと、酔っ払いの
「だははは!
よせ、よさんか、この黒坊主め。
よ、余を誰だと思うておるのだ!
ひひひひっ。
く、くすぐったいではないか……」
〈
堪らず益男に質問する。
「益男さん。
奴は、〈夜鬼〉は何をしているんですか?」
「私にも〈夜鬼〉の行動は理解できません。
人間をどう思っているのか、明確な意思が在るのかすら判らないのです」
空を見上げる事しか出来ないふたりだったが、聴覚感度を上げ酔っ払いの
「のう、黒坊主よ……。
ん?
見ればお主、顔が無いではないか~。
あははっ。
黒坊主と云うより、黒のっぺらぼうじゃ!
あはははっ。
すまんがお主、うぃ~ひっく……。
空を飛んでくれるのは嬉しいんだがの。
ういっ、スキー……。
そうそう、ウヰスキーの瓶を地面に置いて来てしもうた。
ちょ、ちょっと取って来てくれんかのう?
アレがあると、モット気持ち良くなれるんじゃあ~。
むにゃむにゃ……」
その言葉に反応したのか定かではないが、〈
帝居東に位置する
外苑の森に消え去る〈
宮森と益男は、視力を最大限に拡張してその様子を見守る事しか出来ない。
「何で中庭から遠ざかるんじゃぁ!
ひっく……。
よ、余は、アレがないと困るんじゃ!
ふ、震えが収まらんのよ。
うぅっ……。
酔いが
ん?
地上に戻してくれるとな。
そうかそうか、そちは物わかりが良いの~、黒のっぺらぼうのくせして。
で、黒のっぺらぼうよ、ここはどこなんだ?
何でお前はそんなに黒くてのっぺらぼうなんだ?
なぜ余は空を飛んでいるんだ?
あ……」
外苑の森に到達した〈
その様は、興味が無くなった玩具を放り出す子供の如く無造作だった。
酔っ払いは希望通り地上へ戻る事が叶う。
そして地面に激突する寸前、
◇
酔っ払いを外苑の森に捨てた〈
〈
酔っ払いの最期を見届けた宮森と益男は、直ぐに〈
「奥宮殿じゃないのか……。
益男さん、瑠璃家宮 殿下は奥宮殿にいらっしゃるんですよね?」
「その筈です。
障壁も張ってあるようですし、この状況で動かれるとは考えられません」
「〈夜鬼〉の狙いは殿下ではないと……。
だとしたら、あそこに何の用が有るんだ。
益男さん、心当たりは有りますか?」
「私にはとんと判りませんね。
いや、まてよ……。
宮森さん、今は急ぎましょう」
益男が意味深げな思案顔を見せたものの、このまま手を
ふたりは一刻も早く旬梅館へ向かう事に決めた。
◆
宮森と益男が去った中庭。
今迄の騒動が嘘のように静まり返り、噴水が静かに水音を奏でては、月光が優しく降り注いでいる。
噴水脇で月光を浴びているのは、一匹の迷い猫。
決まりきった日常業務なのか、月に向かって退屈そうに口を開けている。
月の精を充分に吸い込んだ白猫は口を閉じ、視線を月から外して噴水の向こう側へと回り込んだ。
そこには一本の酒瓶が倒れており、中身が少し零れている。
黒猫は零れている酒を舐めてみたが、独特の風味が口に合わなかったのだろう。
これ以上ないほど顔を
苦手意識が付いたのか怨みでも
月光の
◆
灰色の夜明け その一 了
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます