ザ・グール・オブ・ザ・デッド Cシーン その四

 一九一九年七月 帝居 表宮殿





 宮森は〈ダゴン益男〉から預かった胴乱マガジンポーチまさぐり、ウィンチェスターM1912用の一二ゲージ爆裂弾を一つ取り出す。

 その散弾を銃に装填するのかと思いきや、なんと〈鎧食屍鬼アーマードグール〉に向け投げ付けた。


 投げ付けられた散弾は宮森の操る念動術サイコキネシスにより、〈鎧食屍鬼アーマードグール〉を包み込んでいる火中へと吸い込まれる。


「益男さん、今です!」


 宮森からの合図を受けた〈ダゴン益男〉は、〈鎧食屍鬼アーマードグール〉を覆っている水分除去領域モイスチャー・リムーバブル・フィールドを一旦解除。

 今度は空気流入を制限する効果の領域を新たに張り直す。


 宮森の投げた散弾が小さな爆発を起こし、新たな木片に引火。

 霊力を集中した宮森は、木片を一段と激しく燃焼させる事に専念。


 それに伴い、火炎の色が橙色から蒼色へと変化。

 不完全燃焼から完全燃焼へと移行する。


 すると、先程まで暴れ回っていた〈鎧食屍鬼アーマードグール〉がバルディッシュを落とし、悪霊に取り憑かれたかの如く喉元のどもとむしり始めた。


「コオォッ⁉

 アォッ⁈

 フゴォォ……」


鎧食屍鬼アーマードグール〉周囲に浮遊し、燃え続けていた木片から急に火が消える。


 それを確認した宮森は念動術サイコキネシスを解除。

 木片を一斉に床へと落とした。


 床に自然落下した木片は、〈鎧食屍鬼アーマードグール〉の足元に落ちた物以外を除いて急速に再燃する。


 これは、〈鎧食屍鬼アーマードグール〉周囲に〈ダゴン益男〉が展開した〘空気流入制限領域エアー・インフロー・リストリクション・フィールド〙の効果によるものだ。


 空間内の酸素を宮森が急速に燃焼させたので、酸素不足に陥った木片の炎は一旦消える。

 そして空気流入制限領域エアー・インフロー・リストリクション・フィールドからはみ出た木片のみ、再び酸素を得て燃え出したのだ。

 これは、空気流入制限領域エアー・インフロー・リストリクション・フィールド内の酸素がほぼ使い果たされた状態を意味する。


 無酸素監獄に閉じ込められた〈鎧食屍鬼アーマードグール〉は、呼吸すればする程、新しく吸い込んだ空気に血液中の酸素を奪われて行った。


 一般成人の場合、酸素濃度が一六パーセントを下回ると酸素欠乏の症状が表れる。

 代表的なものとしては、筋力と思考力の低下、眩暈めまい、耳鳴り、頭痛、吐き気などだ。


 一四パーセントを下回ると、全身脱力、疲労感、痛覚麻痺まひ、意識混濁こんだくが加わる。

 一〇パーセント以下では、全身痙攣、中核ちゅうかく神経障害、幻覚、意識喪失の恐れも。

 六パーセント以下ともなると、全身麻痺まひ、呼吸停止、心臓停止を経て、凡そ六分程で死に至る。


 人間ヒトと〈食屍鬼グール〉では体質に幾らかの違いは有るかも知れないが、呼吸で命を繋ぐ生物なのは変わりない。


 当の〈鎧食屍鬼アーマードグール〉は一目散に兜を脱ごうとするも、全身の痙攣が始まり間もなく意識を喪失。

 力なく床へとくずおれた。


 ひと先ず作戦は成功を迎え、執行人エージェントふたりが笑みを浮かべる。


「ふう、難敵でしたね宮森さん。

 貴方あなたの策が無かったら、私は今ごろられていたかも知れません」


「いえ、益男さんがこの場に居てくれたからこその成功ですよ。

 奴の鎧と障壁からなる二段構えの防御策には、ほとほと手を焼きました」


「でも宮森さん、〈鎧食屍鬼〉を酸素欠乏に導くなんて良く思い付きましたね」


「今回は天芭 大尉と闘った経験が活きました。

 天芭 大尉が使った水分除去領域と燃焼温度を引き上げる術式。

 この二つを益男さんと頼子さんが身をもって体験してくれていたお蔭で、今回の勝利に繋がったのです。

 仮に酸素欠乏までは至らなくとも、床の木片をぎ足して燃やし続ける積もりでしたからね。

 奴に付与されている障壁が熱に反応しないのであれば、いずれは鎧の中で蒸し焼きになる筈。

 あちらが二段構えなら、こちらも二段構えで対抗する迄です。

 では益男さん、そろそろ止どめを」


 宮森の指示を受けた〈ダゴン益男〉は、床に倒れ意識を失っている〈鎧食屍鬼アーマードグール〉へと近付く。


ダゴン益男〉が観てみると、鎧の下に着込まれていた服が、先程の火炎で燃え尽きているのが判った。

 彼は〈鎧食屍鬼アーマードグール〉が装着している兜と鎧の継ぎ目に水刃ハイドロブレードを宛てがい、水を高圧で噴射させ力を込める。


 しかし、〈鎧食屍鬼アーマードグール〉本体に付与されている限度指定障壁リミテイションバリアが又もや発動した。

 これまでと同じく床面に破壊が起き、肝心の水刃ハイドロブレードも届かない。


「駄目です宮森さん。

 奴の意識が無いにも拘らず、障壁が展開されてしまいます」


「解りました。

 では、こうしましょう。

 益男さんは腕刀わんとうを収めて下さい」


ダゴン益男〉が水刃ハイドロブレードを〈鎧食屍鬼アーマードグール〉の頸筋くびすじから離すと、宮森は銃嚢ホルスターからコルトM1911を抜き、薬室チャンバーに装填されていた拳銃弾を排出した。


鎧食屍鬼アーマードグール〉へと近付いた宮森は念動術サイコキネシスを用い、拳銃弾を対象の頸筋にまで持って行く。

 所定の位置に着いた拳銃弾は念動術サイコキネシスで潰され、内部に仕込んである細胞融解素が対象の頸筋に零れ落ちた。


 限度指定障壁リミテイションバリアが発動するのは、あくまでも物理的な衝撃。

 それも、鎧を損傷させ得る強力なものに対してのみである。


 液体のひとしずく

 ましてや、細胞融解素には反応すらしない。

 衝撃に対し自動で発動する仕様があだとなったのだ。


 厚い筋肉に覆われた〈鎧食屍鬼アーマードグール〉の頸筋が、細胞融解素に侵食され融解して行く。

 やがて対象の頸椎けいついが剥き出しになり、水刃ハイドロブレードでは成し得なかった斬首刑をいとも容易たやすく執行した。


 その後の処置も心得ていた〈ダゴン益男〉。

鎧食屍鬼アーマードグール〉の首級しるしを逆さにして宮森へと差し出す。


 一方でコルトM1911の薬室からもう一つ細胞融解弾を排出した宮森は、首級の寸法サイズを見て驚く。


「それにしても大きいですね。

 まるで巨人の首だ。

 多分この〈鎧食屍鬼〉、一丈いちじょう(約三・〇三〇三メートル)ぐらいありますよ……」


「宮森さん、〖丈夫じょうふ〗と云う言葉は身長が一丈ある男の意味で、そこから一人前の男性を意味する言葉になったんですよね」


「はい。

 は、人間の身長を基準に作られた身体尺しんたいじゃくですね。

 支那しなでは元々、凡そ六しゃく(約一八〇・一八一八センチメートル)が一丈とされていました。

 しかし、ずいとう時代に単位が改訂されたらしく、現在の一丈は当時を遥かに上回る長さになってしまいましたね」


「なるほど、それが通説ですか。

 でも、隨・唐時代の単位改訂が偽りだとするとどうでしょう。

 もし初めから現在の一丈がそのまま使われていたとすると、先人達の身長は……」


「益男さん、いったい何を……」


「いえいえ。

 ほんの冗談じょうだんですよ、冗談♪」


ダゴン益男〉の意味深な発言に引っ掛かる宮森だったが、今はそれを追求している時ではない。


 宮森は最後の仕上げに、〈鎧食屍鬼アーマードグール〉の首級にも細胞融解素を滴下てきかさせた。


「益男さん、吸気口に気を付けて下さい」


 宮森からの忠告で、〈鎧食屍鬼アーマードグール〉の顔面を外側へと向ける〈ダゴン益男〉。


鎧食屍鬼アーマードグール〉の兜内部からショワショワと音が鳴る。

 細胞融解素が獲物をむさぼり喰らっているのだ。


 防毒面ガスマスク風の吸気口からは、緑色の汚液がゴボゴボと零れ出ている。

 細胞融解素の御食事が順調に進められている証拠だ。


 ややあって、〈ダゴン益男〉は兜を左右に揺らし始める。

 巨人の髑髏されこうべが兜内でゴロゴロと転がり、御食事終了の合図を告げた。


 宮森が後片付けを提案する。


「益男さん、床に落ちた木片からまだ火が出ています。

〈深き者共〉の方々を呼んで、消火活動をして貰って下さい」


「解りました。

 これ以上燃え広がると、焼け落ちてしまいますからね」


 軽い冗談を決めた〈ダゴン益男〉。

 彼が〈鎧食屍鬼アーマードグール〉の兜を床に置くと、ふたりは装備点検と弾薬装填を済ませる。


ダゴン益男〉は〈鎧食屍鬼アーマードグール〉の遺品であるバルディッシュを持って行こうとしたが、動作の妨げになりそうだったので止めておいた。


 自分達を苦しめた強敵に対し、今は余裕で軽口を叩き合う執行人エージェントふたり。


「全身鎧に防毒面。

 自分より人見知りな奴に出会ったのは初めてですよ。

 益男さんはどう思いますか?」


「人見知りは良いとしても、面体マスク着けて運動会なんてやっちゃあ、酸欠か熱中症でぶっ倒れますよ。

 彼の親御さんか先生は、いったいどう云う指導をしてるんでしょうかね。

 全く、なげかわしい限りです」





 ザ・グール・オブ・ザ・デッド Cシーン その四 了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る