ザ・グール・オブ・ザ・デッド Cシーン その三

 一九一九年七月 帝居 表宮殿





「益男さん、離れて下さい!」


 宮森からの警告を受け取り大幅に身を引く〈ダゴン益男〉。


 宮森が構えているウィンチェスターM1912は、銃身と銃床を切り詰めているソードオフタイプ

 発砲直後に弾丸がバラけ始めるので近距離での攻撃範囲は絶大だが、そのぶん射程が短くなってしまう欠点も。


 この〈鎧食屍鬼アーマードグール〉との闘いにおいては、その仕様が裏目に出た。


ダゴン益男〉がウィンチェスターM1912の射線から外れ、宮森の背後に回り込む形で移動して来る。


『ダン!』


鎧食屍鬼アーマードグール〉に嫌々ながら接近した宮森が発砲。

 引金トリガーを引きっぱなしにしたまま銃把筒ハンドグリップを操作。

 銃把筒ハンドグリップが滑る度、銃口から次々と散弾が発射される。


 宮森の操作はぞく連続射撃スラムファイアと呼ばれるもので、地上に出てからここに来る迄の間に、益男から教授された技術だ。


 宮森の三連射で、ほぼ全ての散弾が〈鎧食屍鬼アーマードグール〉に命中。

鎧食屍鬼アーマードグール〉はりはするものの、〘限度指定障壁リミテイションバリア〙を破る迄には至らない。


 御約束の如く、〈鎧食屍鬼アーマードグール〉の足元で破壊が起こった。

 どうやら、強力な攻撃が命中する度に床面の破壊が起きているらしい。


 魔術師謹製爆裂弾をものともせずに突き進む〈鎧食屍鬼アーマードグール〉。

 その姿は、矢の雨の中でも止まる事を知らない【戦車チャリオット】を連想させた。


鎧食屍鬼アーマードグール〉が接近して来てはバルディッシュを振るい、それを必死で受け流す〈ダゴン益男〉。


ダゴン益男〉が巧みに攻撃を往なすものだかららちが明かないと考えたのか、宮森を標的に定め攻撃して来た〈鎧食屍鬼アーマードグール〉。

 鎧の重量により本来の敏捷さが削がれているとはいえ、体力的に劣っている宮森は逃げ回る事で精一杯。


ダゴン益男〉必死の牽制で命を繋いでいる宮森は、とっくに焦燥の念をつのらせていた。


⦅このまま逃げ回っていたらこちらの体力が持たない。

 霊力を最大限に込めた爆裂弾で一発逆転を狙ってみるか。

 ……いや、駄目だ。

 たとえ奴を倒せたとしても、あと何体の〈食屍鬼〉が残っているか判らない。

 先が見通せない今、霊力を使い果たす訳にはいかないからな。

 明日二郎の霊力を拝借する手も有るが、未だに黒幕の正体が判明してないし、奥宮殿には多野 教授や瑠璃家宮が居る。

 それに、明日二郎が霊力を開放したら各魔術結社が調達した邪念の総量が減ってしまうから、その事で今日一郎が疑われるのは明白だ。

 色々試してみたいけど、明日二郎の手を借りるのは最小限にするしかない……⦆


 思案し始めた宮森は、明日二郎に精神感応テレパシー回線を通じて指示を送る。


『明日二郎、お前は〈鎧食屍鬼〉の限度指定障壁と本体を調べてくれ。

 何か判ったら連絡を』


『ロジャー!』


 明日二郎の次は〈ダゴン益男〉に思念波を送る宮森。


『益男さん、近くの〈深き者共〉と精神感応して指示を出せますか?』


『いま帝居に居る者達でしたら、全ての〈深き者共〉と感応できます。

 ただ綾 様を御守りする分も残しておかなければなりませんので、〈深き者共〉全てに指示を出す事は出来ません。

 近くに居る者のみでしたら、いま直ぐにでも可能でしょう』


『では、近くの〈深き者共〉に消火の準備を命じて下さい』


『消火ですね。

 分かりました』


 そこまで伝えた所で、〈鎧食屍鬼アーマードグール〉の横薙ぎが宮森へと迫る。

 その場で屈み首狙いのバルディッシュを回避した宮森だったが、当ての無い逃避行へと戻るよりない。


⦅思考と感覚の高速化のお蔭で、奴の攻撃は見切る事が出来る。

 只、奴の攻撃と奴に張られている障壁が床を壊しまくる所為で、走り回れる範囲が少しづつせばまって来ているな。

 一六〇畳の大広間もいつかは無くなる。

 その時までに何とかしないと。

 いや、いっその事一六〇畳を壊す勢いでやってみるか……⦆


 バルディッシュから逃げ回る宮森に、明日二郎から〈鎧食屍鬼アーマードグール〉の検査結果が告げられる。


『あの〈鎧食屍鬼〉な。

 中身はふつうのマッチョ〈食屍鬼〉だぞ』


『普通のマッチョ……。

 筋骨隆々きんこつりゅうりゅうと云う意味か?

 ふつうの、は要らないだろ。

 で、他に何が判った?』


『それがメンドくさい事に、ヤツが纏ってるリミテイションバリアは武器や鎧じゃなく、中身の〈食屍鬼〉本体に掛かってる。

 つまりなんかの事情でヤツが鎧を脱いだとしても、バリアはそのままっちゅうコトだ』


『なるほど。

 では、障壁は奴の体表をピッタリと覆っている訳ではないんだな?』


『そうだ。

 武器のバリアはヤツが触れてる時だけ表面に発現するみてーで、鎧のバリアはヤツの体表から平均で五、六センチメートルほど離れた所に展開されてる。

 ちょうど鎧の表面を覆う位置だから、こちらが強力な攻撃をするたんびに、床と接してるヤツの足元が壊れちまうんだ。

 恐らく〈鎧食屍鬼〉を包むように霊力で覆って、衝撃の強さを自動判定してるんだろう。

 だもんで、鎧を破壊できる強力な攻撃はバリアで防ぎ、鎧を破壊できない攻撃はそのまま鎧で受ける、って事が可能になってるんだと思うぞ』


『ありがとう明日二郎。

 で、お前にやって貰いたい事はだな……』


 明日二郎に指示を出した傍から、〈ダゴン益男〉とも精神感応テレパシーで会話する宮森。


ダゴン益男〉は今、〈鎧食屍鬼アーマードグール〉を攪乱かくらんしている最中である。


『益男さん、近くの〈深き者共〉とは感応できましたか?』


『はい。

 五名ほどですが、言われた通り消火用具を準備させています』


『ありがとう御座います。

 では、これから〈鎧食屍鬼〉に仕掛けます。

 益男さんには……』


ダゴン益男〉への指示を出し終わると、〈鎧食屍鬼アーマードグール〉から有りったけの距離を取る宮森。

 いったい何をする積もりなのだろうか。


 宮森は霊力を集中させ念動術サイコキネシスを発動。

鎧食屍鬼アーマードグール〉が得物や障壁バリアで損壊させた床の木片を、損壊させた本人周囲にかたぱしから浮遊させた。


『何事か!』と、浮遊する木片を切り払う〈鎧食屍鬼アーマードグール〉。


 宮森の行動にじょうじた〈ダゴン益男〉は〈鎧食屍鬼アーマードグール〉から離れ、宮森からも離れて霊力を集中させに掛かった。

 そして、〈鎧食屍鬼アーマードグール〉を球状に包み込む障壁バリアを展開する。


 しかしその障壁バリアは、衝撃や斬撃を防ぐたぐいのものではない。

ダゴン益男〉達との闘いでかの天芭 史郎が見せた、一定範囲内の水分を除去する性質を持つ領域。


 その時は随分と、〘水分除去領域モイスチャー・リムーバブル・フィールド〙に悩まされた〈ダゴン益男〉。

 今度は〈ダゴン益男〉が、その水分除去領域モイスチャー・リムーバブル・フィールドを使っているのだ。


鎧食屍鬼アーマードグール〉周囲に展開された球形領域は、領域内の水分を領域外へと押しやる。

鎧食屍鬼アーマードグール〉自身の水分だけではない。

 空気中の微量な水分はおろか、木片に含まれる水分さえも領域外へと押しやっているのだ。


 そして領域外に押しやられた水分は〈ダゴン益男〉が残らず吸収。

 僅かだが体力回復に当てていた。


鎧食屍鬼アーマードグール〉は周囲に浮遊する木片を一心不乱に切り払うが、木片が小さくなるだけで床には落ちて行かない。

 小片になろうが細切こまぎれになろうが粉微塵みじんになろうが、宮森の念動術サイコキネシスで〈鎧食屍鬼アーマードグール〉周囲に漂い続ける。


鎧食屍鬼アーマードグール〉はごうやし、〈ダゴン益男〉や宮森に狙いを切り替えた。

 だが浮遊した木片が面体マスクの視界をふさいでしまい、逃げるふたりを追い切れない。


鎧食屍鬼アーマードグール〉周囲の木片が順調に増え続けて行く中、ウィンチェスターM1912を構える宮森。

 しかし、彼の立つ場所はウィンチェスターM1912の有効射程外だ。

 撃ったとしても大半の散弾は散らばり、しんば命中したとしても威力は無い。

 それにも拘らず彼は霊力を込め、構わず引金トリガーを引いた。


 ウィンチェスターM1912から放たれた散弾は大きく散らばり、僅かな数を除いて〈鎧食屍鬼アーマードグール〉からは大きく外れる。

 命中射線上の散弾も〈鎧食屍鬼アーマードグール〉には届かず、周囲に浮遊している木片に命中……する前に破裂した。


 散弾一つ一つを構成する火薬と〈イブン・ガジの粉〉が、宮森の霊力によって小規模の爆発を起こす。

 それが切っ掛けとなり、〈鎧食屍鬼アーマードグール〉周囲に浮遊していた木片に引火。


 一瞬にして炎に包まれた〈鎧食屍鬼アーマードグール〉。


 ここまで容易たやすく火付けに成功したのも、〈ダゴン益男〉の展開している水分除去領域モイスチャー・リムーバブル・フィールドの効果で、領域内が極度に乾燥した状態になっているからだ。

 その為、〈鎧食屍鬼アーマードグール〉周辺に漂う木片は驚くほど良く燃えている。


鎧食屍鬼アーマードグール〉は得物で振り払おうとするが、火炎に対しそれは叶わない。

 しものバルディッシュも、今はむなしく空を切るばかりだ。


 宮森は、〈鎧食屍鬼アーマードグール〉の足元を観て確信する。


⦅床面に破壊は……起きていない。

 よし、いける!⦆


鎧食屍鬼アーマードグール〉からの攻撃が途絶えたと見るや、ウィンチェスターM1912を床へ向け発砲する宮森。


 盟治憲法発布はっぷ式典も行なわれた由緒正しい正殿も、今や宮森の柴刈しばかり場と化していた。


 新たなまきを拾い直しては、動き回る囲炉裏いろりにくべる宮森。


 満を持して詰めに入る――。





 ザ・グール・オブ・ザ・デッド Cシーン その三 了

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