ザ・グール・オブ・ザ・デッド Cシーン その二

 一九一九年七月 帝居 大盟殿





 通常、臣下しんかの者は中宮殿に付設ふせつされている東御車寄ひがしおくるまよせから入場し、国賓こくひんは西御車寄せから正殿せいでんへと向かう。


 だが絶賛ランニング中の両執行人エージェントは、時間がしいとばかりに正面の庭を突っ切る事にした。


食屍鬼グール〉達に出くわす事もなく、表宮殿の主要施設である正殿へと駆け込む宮森と益男。


 正殿は約一六〇畳の広さを有する大広間ホールで、格天井ごうてんじょうに吊り下げられているシャンデリアが、和洋折衷と豪奢ごうしゃな雰囲気との融合をいびつに演出している。


 そのシャンデリアが照らす広大な床面に倒れ伏しているのは、多数の帝宮警察官と若干名の魔術師達。

 しかも大抵の遺体が深い裂傷を負い、中には四肢を切断されているものもあった。


 また凄惨な遺体が転がっているため目立たないが、床面がかなり傷付いている。

 床面の損傷は一定間隔を保っているものが多く、二足歩行する動物の足跡を思わせた。


 しかし損傷箇所の間隔は並外れており、大型類人猿のものだと説明されなければ納得しにくいだろう。


 その大型類人猿が、太帝の玉座ぎょくざ前に陣取っている。

 人型だが、人間ヒトではない異形。


 眼中に捉えた異形の外見と内部を、早くも精査スキャンしている宮森。


⦅手に持っているのは長物ながものか。

 薙刀なぎなたの刀身を厚くしたような刃が柄に嵌め込んである。

 たしか、東ヨーロッパで使われていたバルディッシュと云う名の武器だな。

 そして、全身に纏っているのは金属製の鎧。

 なんともご丁寧な事に、頭部は全てかぶとで覆い、顔には防毒面ぼうどくめんに似た意匠いしょう面体めんたいまで着けているぞ。

 これじゃあ、普通の拳銃弾や生半可な攻撃魔術では太刀打たちうち出来ない。

 守衛や魔術師達が勝てなかった訳だ。

 鎧表面の小さな傷やへこみは、恐らく拳銃や攻撃魔術で撃たれたあとだろう。

 あの様子じゃ、普通に射撃しても細胞融解弾の効果は期待できないな。

 さてと、中身の方は〈食屍鬼〉で間違いない。

 只あの体躯たいく、まるで巨人だ。

 巨大蜘蛛みたいな変わり種じゃない分、戦法は読み易いかも知れないけど……⦆


鎧食屍鬼アーマードグール〉が宮森と益男を認識し、手にした長物を振りかぶって猛然と突進をかまして来る。


ダゴン益男〉も遅れじと水刃ハイドロブレードを展開した。

 長物を持っていない分、あの〈鎧食屍鬼アーマードグール〉よりも〈ダゴン益男〉の方が敏捷性では勝る。


 水刃ハイドロブレードから水を高圧噴射する準備を整えた〈ダゴン益男〉。


 斬り結ぶ。


鎧食屍鬼アーマードグール〉はバルディッシュを振り下ろすが、遅い。

 擦れ違いざまに〈ダゴン益男〉の水刃ハイドロブレードが二閃。

鎧食屍鬼アーマードグール〉の胴体と武器両方に斬り込めた。


『キィィン……』

『バリッ……』


 結果、両執行人エージェントは驚きを隠せなかった。


ダゴン益男〉の水刃ハイドロブレードは、水を高圧噴射する事で鋼鉄をも斬断できる。

 それが通じなかったのだ。


 そして破壊される〈鎧食屍鬼アーマードグール〉の足元。

鎧食屍鬼アーマードグール〉が振るったバルディッシュはくうを切っている。

 床面に叩き付けた訳ではない。


 斬撃を止められた〈ダゴン益男〉に再びバルディッシュが振るわれる。

ダゴン益男〉が水刃ハイドロブレードを交差させ受けに回ると、逸れたバルディッシュの刃が床にめり込んだ。


 既に相当数の血を吸っているバルディッシュは、血糊ちのりで切れ味が大幅に落ちている。

 それに加え、〈ダゴン益男〉は受ける瞬間に水刃ハイドロブレードから水を噴射させていた。

 詰まり〈鎧食屍鬼アーマードグール〉の一撃をまともに受けたのではなく、迫り来る大刃たいじんたくみになしたのである。


鎧食屍鬼アーマードグール〉の筋肉は、雑魚ざこ食屍鬼グール〉と比べ特段に発達していた。

 その筋力に武器と鎧の質量が加わるのだ、桁違けたちがいの破壊力を叩き出すに違い無い。

ダゴン益男〉が若し今の一撃をまともに受けたなら、その威力に耐えられなかった水刃ハイドロブレードは折り取られ、腕さえも落としていた可能性が有る。


 大刃たいじんを往なしたとはいえ、〈ダゴン益男〉はいまだ体勢を立て直せないでいた。


 一方 宮森は、〈鎧食屍鬼アーマードグール〉の気を少しでも逸らすため援護射撃を敢行する。

 効果が無いのは解っているが、行動しない訳にも行かない。

 彼はなるべく装甲の薄い箇所を狙い発砲する。


『チュィン……』

『バリッ……』


 防毒面ガスマスク風の顔面に命中したが、掠り傷一つ付けられない。

 宮森はあわよくばと思い、弾頭内の細胞融解素を活性化させ吸気口辺りに増殖させてみたが、これも効果は無いようだ。


 そして、〈鎧食屍鬼アーマードグール〉の足元に再び刻まれる破壊の痕跡……。


 宮森が三発発砲した末、漸く〈ダゴン益男〉が体勢を立て直した。

 攻撃が効かなかった原因を直感で理解し、思念で宮森に呼び掛ける〈ダゴン益男〉。


『宮森さん、奴の武器と鎧は元々が硬い上に、どうやら霊力障壁まで展開しています!

 たとえ霊力を込めたとしても、拳銃弾ではらちが明かないでしょう。

 これを使って下さい!』


鎧食屍鬼アーマードグール〉からの攻撃に対し、回避を徹底する〈ダゴン益男〉。

 反撃はおろか、まともに防御する事さえ危険なのだ。


ダゴン益男〉はそのような状態にあり乍らも隙を見付け、革帯ベルト帯吊りサスペンダー諸共もろとも外し宮森に投げて寄越す。


 宮森は〈ダゴン益男〉の胴乱マガジンポーチを自身の革帯ベルトに取り付けると、銃嚢ホルスターからウィンチェスターM1912をここぞとばかりに引き抜いた。


ダゴン益男〉が粘っている間に思考と感覚の高速化クロックアップを発動した宮森は、明日二郎と共に打開策を検討する。


『奴には拳銃弾が効かない。

 このままじゃいずれ追い詰められる。

 明日二郎、なぜ奴はあそこまで硬いんだ?』


『鎧の方は判らねー。

 なんかの合金だろうけど、オイラの見たコト無いモンだ。

 それと、アイツに展開されているバリアな。

 あれはリミテイションバリアだぜ』


『リミテイションバリア……。

 限度指定障壁って事か?』


『うむ。

 簡単に云うならば、対象の霊力いかんに拘らず一定威力以下の衝撃を全て無効化。

 その代わり、設定限度を超過した衝撃を受けると一発で消滅する。

 強力な一撃を食らわせるとバリアが割れて、それ以降は使えないってコトだな。

 逆に、バリアを割る事が出来ないといつまで経っても物理的ダメージは与えられん。

 バリア自体は時間経過でも消滅するんだろうけど、今夜中には無理だと思うぞ』


『ここで倒すしかないって事か。

 でも明日二郎、奴の鎧には幾らか傷が見受けられる。

 限度指定障壁は、一定威力以下の衝撃を無効化するんだろ。

 説明と矛盾しないか?』


『あー、バリアを展開する迄もない弱い衝撃には反応しない仕組みなんだろーぜ。

 霊力の節約も兼ねて、鎧で防げる分はそれでしのぐと』


『自動で切り替わる二段構えの防御壁か……。

 で、そんな器用な真似をあの〈鎧食屍鬼〉がやれるのか?』


『いんや。

 アイツからは目立った霊力使用が感じらんねー。

 だから、少なくともヤツが張ってるわけじゃあない。

 バリアの細かい設定含め、この騒動そうどうの黒幕がやったんだろうな。

 念の為に霊力使用の残滓ざんしを辿ってみたが、逆探知は見事に失敗。

 ミヤモリ、今回の敵は今まで以上に厄介だぞ』


『肝心の策なんだけど、いい案は無いか?』


『う~ん、取り敢えずショットガンぶっ放してから考えようぜ』


 明確な方針を見出せないまま相談を終えた宮森は、博打ばくちを打つ心持ちでウィンチェスターM1912を構えた。





 ザ・グール・オブ・ザ・デッド Cシーン その二 了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る