第六節 ザ・グール・オブ・ザ・デッド Cシーン

ザ・グール・オブ・ザ・デッド Cシーン その一

 一九一九年七月 帝居





 昇降機エレベーターでの死闘で巨大蜘蛛を撃破した宮森と益男の両執行人エージェントは、帝居敷地内に敷設ふせつされた林道を歩いている。


「益男さん、この辺にも地下道が?」


「はい。

重井沢おもいさわ〙方面へと抜ける地下道で、最初に〈食屍鬼〉が目撃されたのもここです。

 今そこには調査団が派遣されている模様ですので、一旦合流して情報を共有しましょう。

 宮森さんの御意見は?」


「異論ありません。

 そこに行けば何か判るかも知れませんし、もし重井沢方面から〈食屍鬼〉が押し寄せて来ている場合、自分達が撃退しなければなりませんからね」


「きゃーっ!

 か、怪物がっ⁈」


 不意に沸き起こった悲鳴に、顔を見合わせる両執行人エージェント


「益男さん、先程の悲鳴は」


御所ごしょの方からです。

 直ぐに向かいましょう!」


 ふたりが林道を引き返し御所へと急ぐその道すがら、二体の〈食屍鬼グール〉が飛び出して来る。


 明日二郎に助力をう宮森。


『明日二郎、暗視を頼む!』


『アイアイサー。

 これでチャチャッとやっつけろ』


 明日二郎が宮森に暗視ダークビジョンを付与すると、宮森の眼に入る瓦斯ガス灯の明かりが増幅される。

 夜目が利く〈食屍鬼グール〉だが、昼間のように周囲を見渡せる宮森に対しては主導権を握れない。


『タッ!』『タッ!』


 宮森は正確な射撃で脳天を撃ち抜き、〈食屍鬼グール〉二体を迅速に処理した。


 その後〈食屍鬼グール〉の襲撃は無く、ふたりは間もなくして大盟殿たいめいでん前へと辿り着く。


「ひっ⁉

 何よこいつら!

 うっ、酷い匂いがっ……」


「やらせはせん。

 やらせはせんぞー!」


『パン!』


「おおう、おおぅうお……」


 悲鳴と銃声と呻き声が聞こえる。

 大盟殿内に居た誰かが応戦しているものと見て間違いない。


 呻き声の方は、〈母なるハイドラ頼子〉の言い付けで〈食屍鬼グール〉の足止めに来た〈深き者共ディープワンズ〉だった。


「誰か来てくれ。

 怪物に殺されそうだ!」


「何なのこのバケモノ⁉

 あたしを犯そうとして来るっ⁈

 くっ、臭いっ……。

 いやーーーっ‼」


 大盟殿からは、様々な服装の男女が必死の形相で逃げ出していた。

 避難者の顔ぶれはと云うと、下働きの者達は勿論、政財界の大物や軍人、御雇おやとい外国人の姿も見える。

食屍鬼グール〉を追い払おうと発砲しているのは軍人のようだ。


 薄物一枚羽織っただけの女性が、運悪く〈食屍鬼グール〉に組み付かれている。

 どうやら、九頭竜会の上級会員や御雇い外国人をしている間に、運悪く〈食屍鬼グール〉達の襲撃を受けたのだろう。


「皆さん、化け物は私共が退治します。

 ですから、早くこの場から逃げて下さい!

 銃を使いますので、私共からもなるべく離れて!」


 益男の働き掛けにより、大概たいがいの者が道を開ける。


 大盟殿前の〈食屍鬼グール〉は五体。

 大半の〈食屍鬼グール〉は〈深き者共ディープワンズ〉と格闘しており、うち一体は女性を犯そうと夢中だ。


 宮森は〈食屍鬼グール〉と女性が有効射程に入り次第射撃。

 不埒ふらちな個体をほふる。


 そして益男がくだんの女性を助け出し、先ほど発砲していた軍人に護衛を頼んだ。


 残り四体の〈食屍鬼グール〉が宮森に殺到しようとするが、〈深き者共ディープワンズ〉に組み付かれ持ち前の俊敏さを発揮できないでいる。

 宮森は落ち着いて残りの〈食屍鬼グール〉も駆逐し終えた。


 難なく切り抜けたふたりだったが、コルトM1911用の予備弾倉スペアマガジンを使い切ってしまう。


 銃弾を使い果たし不安な心持ちだろう宮森に、ゆっくりと近付いて来る者が居た。


「ううぅ……〈父なるダゴン〉と宮森 様、ですね。

 差し入れを持って参りましたので、おおおぉ納め下さい……」


異魚〉から強制的に異形化させられた、女性の〈深き者共ディープワンズ〉である。


 その〈深き者共ディープワンズ〉は、肩掛けかばんから水筒を取り出した。

 青色ぶたの水筒を益男に、赤色蓋の水筒は宮森へと差し出す。


 水筒の中身は、益男の方は邪念水で宮森の方は血入り冷製紅茶だった。

 ふたりは中の液体を一気に飲み干す。


 水筒が空になったのを見届けた〈深き者共ディープワンズ〉は、鞄からコルトM1911用の予備弾倉スペアマガジンを二つ取り出し宮森へ手渡した。


「では、私はこれででででで……」


 任務を果たした〈深き者共ディープワンズ〉は、付近にある地下道入り口へと戻って行く。


 無理矢理〈深き者共ディープワンズ〉に変容させられた彼女は、恐らくあと数時間の命しかない。


 去り行く彼女の後ろ姿を眺める宮森の脳中で、明日二郎が場違いな声を上げる。


『マスオは体力と霊力を回復した♪

 ミヤモリは霊力を大幅に回復した♪』


『さっきの女性はもう直ぐ死んでしまうんだぞ。

 全く、緊張感の無い奴だな』


『とかなんとか言っちゃって、御霊分けの術法使ってるから良心の呵責かしゃくなんて感じてねーくせに。

 それに、ゲームっぽい雰囲気が出ていいだろ』


『げーむっぽい、とは何だ?』


 明日二郎との掛け合いで気分転換できたのか、幾分スッキリとした顔の宮森。

 弾薬補充も叶い、ふたりは大盟殿内部へと足を踏み入れる。


 大盟殿とは、当時の太帝御所だった江戸城西の丸が一八七三年(盟治めいじ六年)に火災で焼失した事を受け、新たに建設された宮殿の事だ。


 建物の主な構造としては、宮中儀礼きゅうちゅうぎれいもよおおもて宮殿、太帝が政務をり行なうなか宮殿、太帝一族が暮らすおく宮殿が在る。

 当然、奥宮殿には瑠璃家宮が居る筈だ。


 ふたりは前庭まえにわを駆け抜け表宮殿に入る。

 そこには、負傷した帝宮警察官が数人集合していた。


 益男が彼らに状況説明を求める。


「皆さん、奥宮殿の方は〈食屍鬼〉に襲われていますか?」


「は、はい。

〈食屍鬼〉は奥宮殿の方にも向かったようです。

 ただ奥宮殿に向かった守衛しゅえいの話ですと、周囲が見えない壁で囲まれていて、奥宮殿には入れなかったと言っておりましたが……」


「では、表宮殿と中宮殿はどうなっていますか?」


「はっ、〈食屍鬼〉が十数体侵入しております。

 魔術師の方々が対処されている筈ですが……」


「が、何です?」


「実は、侵入して来た〈食屍鬼〉の一体が殊のほか強靭きょうじんらしく、魔術師の方々も手を焼いているらしいのです」


「状況は解りました。

 ここからは私共が受け持ちますので、賓客ひんきゃくの方々を避難させて下さい」


 益男が帝宮警察官達に指示を与え、宮森と共に表宮殿へと駆け出した。

 その最中、ふたりは守衛達からの情報を整理する。


「ハッ、ハッ、益男さん。

 奥宮殿の見えない壁とは、ハッ、ハッ、多野 教授の仕業とみて、ハッ、ハッ、間違いないですね」


「ええ、そうだと思います。

 問題は、魔術師達が手を焼いていると云う強靭な個体……」


「今度は、ハッ、巨大蜘蛛では、ハッ、ないようですね。

 ハッ、猿型の奴、ハッ、でしょうか?」


「それは判りませんが……宮森さん」


「ハッ、ハッ、はい?」


「走り乍ら喋らずに、精神感応で会話すれば良いのでは?」


「ハッ、ハッ、また忘れてた……」





 ザ・グール・オブ・ザ・デッド Cシーン その一 了

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