ザ・グール・オブ・ザ・デッド Bシーン その三

 一九一九年七月 帝居地下 小祭事場





食屍鬼グール〉であり乍ら〈深き者共ディープワンズ〉の御株おかぶを奪い、〈ハイドラ頼子〉をも戦闘不能にした〈水棲食屍鬼アクアティックグール〉。

 その存在は最早もはや聖杖せいじょうを振りかざしこよみを書き換え、神の代行者を名乗る【法王ハイエロファント】と呼んで良いものだった。


 眼球の無い〈水棲食屍鬼アクアティックグール〉の口角が上がり、『もうお前達はお終いだ』との思念が放たれる。


 それを受け、綾は覚悟を決めた。

 床に突っ伏し、水槽から溢れ出た邪念水をすすり始めたのである。


 綾の行動の意味が理解できない〈水棲食屍鬼アクアティックグール〉だったが、決着を付けるため構わず銛を投げ放った。


 風切かざきおんと共に豪速の銛が綾へと迫ったその時、彼女の頸部側面に一対いっついの裂け目が現れる。

 声帯と、見た目からは判らないが横隔膜おうかくまくも異形化していた。

 彼女は邪念水を啜り、肉体の一部分だけを異形化させたのである。



 綾が歌い始めた。

イダ゠ヤー〉のウタを。

※※※※※〉に向けて。


「ラ~~~~~~~~~~~~~~~~~♪」

「ラ~~~~~~~~~~~~~~~~~♪」

「ラ~~~~~~~~~~~~~~~~~♪」


 四四〇ヘルツのラの音は、人に苦痛を与える音。


 ラの音はAの音。


「A~~~~~~~~~~~~~~~~~♪」

「A~~~~~~~~~~~~~~~~~♪」

「A~~~~~~~~~~~~~~~~~♪」


 四四〇ヘルツのラの音は、人を狂乱に導く音。


 ラの音は、ドの音から数えて六番目。


「6~~~~~~~~~~~~~~~~~♪」

「6~~~~~~~~~~~~~~~~~♪」

「6~~~~~~~~~~~~~~~~~♪」


 四四〇ヘルツのラの音は、人を苛立たせる赤ん坊の泣き声。


 綾の三重声帯から放射された振動が交わる。


「ラa六らA6ラa六らA6ラa六らA6♪」

「A6ラa六らA6ラa六らA6ラa六ら♪」

「6らa六ラA6らa六ラA6らa六ラA♪」


 邪神の調律を足掛かりにして、禁断の存在を揺り起こす。


 目覚めた赤ん坊の泣き声はすなわち、邪神の胎動たいどう――。



 綾の三重声帯がかなでる歌声が響き渡ったその刹那せつな、〈水棲食屍鬼アクアティックグール〉の放った銛が弾き飛ばされた。

 念動術サイコキネシスである。


 念動術サイコキネシス奔流ほんりゅうは銛を弾き飛ばすだけでは飽き足らず、床に零れ広がった邪念水で綾と〈ハイドラ頼子〉を包み込んで行った。


 綾は邪念水を吸収、再びその身を異形へと変容させる。

 同じく邪念水を吸収した〈ハイドラ頼子〉も、その身に負った傷を癒して行く。


が、やってくれた!」


「きっと、綾 様の身を案じられたのですね……」


ハイドラ頼子〉が見守る中、〈異魚〉は愛おしそうに腹をさすり微笑んだ。


 完全に力を取り戻したふたりは、邪念水を纏い空中を自在に泳ぎ回る。


 まるで邪念水自体に意志が宿ったかの如く、ウネウネとした水管チューブを空間に形成。

 ふたりが空中を舞う度、彼女らに追随する水管チューブが縦横に張り巡らされては、その後端から消えて行った。


 水槽が破壊された今、〈異魚〉と〈ハイドラ頼子〉の周囲に邪念水を保持しているのは念動術サイコキネシスである。

 それを行使しているのは〈ハイドラ頼子〉でもなく〈異魚イダ゠ヤー〉でもない、もう一柱ひとはしらの存在――。


 戦闘準備を整えたふたりが〈水棲食屍鬼アクアティックグール〉へと襲い掛かる。


異魚〉が緩急を付けた動きで〈水棲食屍鬼アクアティックグール〉を翻弄し、顎杖ジョーズロッドを用いて〈ハイドラ頼子〉が攻撃。

 ふたりの絶妙な連携コンビネーションに、膂力自慢の〈水棲食屍鬼アクアティックグール〉も対応が後手に回る。


 何とか動きを止めようと三つ叉銛を投げ付けるが、機動範囲の広いふたりの動きを捉えられない。


 とうとう意を決したのか、空中遊泳するふたりを包み込む水管チューブへと〈水棲食屍鬼アクアティックグール〉が跳び込む。


 それを確認した〈異魚〉は、〈ハイドラ頼子〉ともうひとりに精神感応テレパシーで呼び掛けた。


『頼子さん、アイツが網に掛かったよ。

 すぐに水から出て。

 この子にはアタシから言っておくから』


『承知しました』


ハイドラ頼子〉を包む水管チューブが離れ、彼女は空中に投げ出される。


 満点の着地を決めた〈ハイドラ頼子〉を見届けた後、〈異魚〉は自身の頸部側面を開き再びの三重唱。

 水管チューブ内に、一五〇デシベル以上の大音圧を発生させた。


 通常、水管チューブ外に出た〈ハイドラ頼子〉や水管チューブ内の〈異魚〉自身にも、音波の影響は及ぶ筈である。

 しかし〈異魚〉は音波に指向性を与え、自身と〈ハイドラ頼子〉に影響が出ないようにしていた。

 加えてもうひとりが水管チューブ表面に障壁バリアを発生させている為、音波が水管チューブ外に漏れる心配も無い。


「ギャアアアアアアアアアアアアアァァァスッ⁈」


 勇んで水管チューブへと跳び込んだ〈水棲食屍鬼アクアティックグール〉だったが、一種の音響兵器と化した〈異魚〉の歌声に襲われる。


 たまらず水管チューブから逃げ出そうとするも、もうひとりが念動術サイコキネシス駆使くしし、〈水棲食屍鬼アクアティックグール〉を水管チューブ内に捉えて離さない。


 大音圧で音波を浴びせられ続け完全に脱力した所で、水管チューブはようやっと〈水棲食屍鬼アクアティックグール〉を解放した。

 水管チューブから解放された〈水棲食屍鬼アクアティックグール〉は、床に両膝をつき両耳を苦しそうに押さえている。

 鼓膜こまくがやられてしまったのだ。


 元より視覚が無く、主に聴覚と嗅覚に頼って標的を捕捉していた〈水棲食屍鬼アクアティックグール〉。

 その大事な聴覚を破壊されたのだ、もう〈水棲食屍鬼アクアティックグール〉に勝ち目は無い。


 手負いになってしまった〈水棲食屍鬼アクアティックグール〉は、唯一索敵に使用可能な嗅覚で〈ハイドラ頼子〉の匂いを捉える。

 だが〈ハイドラ頼子〉の匂いを嗅ぎ取った傍から、身体のどこかしらが分断されて行くのを感じていた。


 再び邪念水の水管チューブに包まれている〈ハイドラ頼子〉が手にするは顎杖ジョーズロッド

 柄部以外が高速回転。

 水管チューブに包まれているので高圧水流ウォータージェットは使い放題。


 先端部からも水が噴き出し、地中掘削機ボーリングマシン穿孔機ドリルと同じ機構で〈水棲食屍鬼アクアティックグール〉の身体を削り取って行った。


 最終的に、穿うがつらぬく。


 床にした〈水棲食屍鬼アクアティックグール〉は、四肢をもがれ気息奄々きそくえんえんてい


異魚〉と〈ハイドラ頼子〉が〈水棲食屍鬼アクアティックグール〉の前で語らう。


「コイツ、アタシと頼子さんふたりを相手にして勝てると思ってたわけ?

 思い上がりもはなはだしいんだけど。

 あ、ふたりじゃなくて三人だった……」


「綾 様から『はなはだしい』なんて御言葉が出るとは、頼子は嬉しく思います」


「あ、頼子さんアタシのこと馬鹿にしてるでしょ!

 アタシだって、お兄様のはんりょとして相応ふさわしくなるために勉強してるんだから!」


「そうですね、『伴侶』なんて言葉も出て来ましたから。

 それにしてもこの〈水棲食屍鬼〉……。

 多分〈食屍鬼〉なのでしょうけど、水中に適応できる姿とは何とも奇怪な話です」


「アタシムズカシイ事わかんなーい。

 多野センセーでも知らないのかな?」


「恐らく、多野 教授も御知りではないでしょうね。

 ただ、我々に敵対する魔術師か魔術結社の仕業である可能性がたこう御座います」


「ふーん。

 まあ、どっちでもいいよ。

 それより早くお兄様の所に戻りたいな。

 この子がやった事も聞かせてあげたいし」


「綾 様、いま戻ると殿下を危険にさらす事になります。

 夫と宮森さんが戻って来るまでここに待機していましょう」


「え~~~っ!

 コイツ倒しちゃったしやる事ないじゃ~ん」


 瑠璃家宮の許へ戻りたいと駄々だだねる〈異魚〉を説き伏せ、夫と宮森の事を案じていた〈ハイドラ頼子〉。

 彼女はある事に気付き、〈水棲食屍鬼アクアティックグール〉に語り掛けた。


「〈食屍鬼〉の身であり乍らここまで私共を追い詰めるとは称賛に値します。

 もし私と綾 様のふたりだけだったなら、勝てたかも知れませんのにね。

 では、コレを御返ししますわ」


ハイドラ頼子〉は〈水棲食屍鬼アクアティックグール〉の胸郭に三つ叉銛を突き立て、完全に息の根を止めた。


 その行為を見て〈異魚〉がわらう。


「頼子さん、ソイツもうとっくに耳つぶれてるんですけど♪」





 ザ・グール・オブ・ザ・デッド Bシーン その三 了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る