ザ・グール・オブ・ザ・デッド Bシーン その二

 一九一九年七月 帝居地下 小祭事場





水棲食屍鬼アクアティックグール〉が繰り出す三つ叉銛の一撃を顎杖ジョーズロッドで受け止める〈ハイドラ頼子〉。

 銛の先端が彼女の目前まで迫ったものの、突然手応えが消失する。


「ちぃっ!」


ハイドラ頼子〉は急いで方向転換。

 水槽に向かいぱしる。

 三つ叉銛による攻撃はおとりで、〈水棲食屍鬼アクアティックグール〉の本命は〈異魚〉だったのだ。


水棲食屍鬼アクアティックグール〉は両足部が足鰭になっており、陸上を駆け回るのは苦手だと判断していた〈ハイドラ頼子〉。

 しかしその考えとは裏腹に、〈水棲食屍鬼アクアティックグール〉は長尾驢カンガルーの如く跳ねて移動する。

 その移動速度は完全に〈ハイドラ頼子〉の予想を超えており、彼女の追随ついずいを許さず〈異魚〉の居る水槽へと飛び込んだ。


異魚〉は〈水棲食屍鬼アクアティックグール〉が水槽内に跳び込むのを待ち伏せ、鋭い棘条で魚類最強クラスの毒を御見舞いする。


⦅コイツ……やけに硬いけど運悪く骨にでも当たったの?⦆


水棲食屍鬼アクアティックグール〉は一瞬ひるみはしたのだが、跳び込んだ時の勢いを殺さずに〈異魚〉へと貫手ぬきてを繰り出す。

 それをかわし〈水棲食屍鬼アクアティックグール〉から急速離脱する〈異魚〉。

 仕切り直しに持って行く。


異魚〉の異形化は両脚が一体化するまで度合いを強められているので、揚陸ようりくできない分水中での機動力は高い。

 一方の〈水棲食屍鬼アクアティックグール〉は水陸両用の脚部。

 遊泳速度では〈異魚〉に及ばず、今一歩の所で追い付けないでいた。


 遅れて水槽に飛び込んだ〈ハイドラ頼子〉が〈異魚〉に思念で呼び掛ける。


『綾 様、御怪我はありませんか?』


『大丈夫。

 でもアイツの身体、硬すぎてとげが通らないの。

 それに毒自体も効いてないみたい。

 気を付けて、頼子さん』


『承知しました。

 綾 様は今暫く奴から逃げ続けて下さい。

 奴には眼球が無いようですので、水流を乱せば追い付かれずに済むと思います。

 私が追い詰めて止どめを刺しますから、綾 様は御無理をなさらないように』


『わかった。

 はさみ撃ちにするんだね』


 互いの行動を精神感応テレパシーで確認し合い、ふたりはそれぞれの行動に移った。


 逃げる〈異魚〉は長い尾鰭を〈水棲食屍鬼アクアティックグール〉目前で棚引たなびかせ、〈水棲食屍鬼アクアティックグール〉の突進をヒラリヒラリと躱し続ける。

 尾鰭を振り水流を乱したのが効果的だったのか、りの所まで〈水棲食屍鬼アクアティックグール〉に追い詰められても逃げ切れていた。


 身をひるがえし水中を舞う〈異魚〉の姿は、競技場スタジアムで観客を沸かせる闘牛士も真っ青の絢爛けんらんさである。


異魚〉が華麗な泳譜ステップを踏んでいる最中にも、〈ハイドラ頼子〉は継続して策を練っていた。


⦅この水量では巨大化しての戦闘は無理ですね。

 身体から発生する熱を冷却するには水槽内の水が不足しているし、水温が上昇してしまえば綾 様への負担になる。

 ではどうするか。

 そうね、あの手を使うとしましょう……⦆


 追う〈ハイドラ頼子〉は顎杖ジョーズロッド逆手さかてに持ち替え、先端を足先へと向けた。

 そして霊力を用いて顎杖ジョーズロッドへと水流を送り込み、持ち手以外の部分を高速回転させる。

 すると顎杖ジョーズロッドの先端から後方へと水が激烈に噴射され始め、高圧水流ウォータージェット推進の要領で〈ハイドラ頼子〉の遊泳速度を飛躍的に向上させた。


 高圧水流ウォータージェット推進をしている以上、強烈な振動が顎杖ジョーズロッドへと伝わる筈だが、〈ハイドラ頼子〉は両掌に備わる吸盤を顎杖ジョーズロッドにピタリと密着させ振動を抑えている。


ハイドラ頼子〉の準備が整ったのを見計らい、〈水棲食屍鬼アクアティックグール〉を水槽の端に誘き寄せ計画通り離脱する〈異魚〉。


ハイドラ頼子〉は既に顎杖ジョーズロッドを推進機として使う事を止めており、追い詰めた〈水棲食屍鬼アクアティックグール〉に向け突き出す。


 推進機として使用していないだけで高圧水流ウォータージェットを放つ機構は生きている顎杖ジョーズロッドは、水が圧縮され猛烈な破壊力を伴っていた。

 まともに当たれば、硬い混凝土コンクリートだろうと粉微塵になる程の威力である。


「でやああああああああぁっ!」


 必殺の突きを繰り出す〈ハイドラ頼子〉。

 その視界には、口角を上げた〈水棲食屍鬼アクアティックグール〉が映る。


ハイドラ頼子〉が〈水棲食屍鬼アクアティックグール〉の笑みを視た瞬間……


⦅奴が、わらった?⦆


水棲食屍鬼アクアティックグール〉の肘と足裏へ急速に水が引き込まれ、背中から凄まじい勢いで水流が噴出する。

水棲食屍鬼アクアティックグール〉は背中から噴出させた水流を利用し、爆発的な加速で水槽の底へと瞬時に潜水。

ハイドラ頼子渾身こんしんの突きを空振からぶらせた。


 勢い余った〈ハイドラ頼子〉は、高圧水流ウォータージェットの乗った顎杖ジョーズロッドを水槽の壁に突き立ててしまう。


⦅しまった、これが奴の狙い!⦆


 覆水盆ふくすいぼんに返らずとはまさにこの事。

 亀裂が入った後水槽の一面が砕け散り、貯留してあった水が流れ出てしまう。


⦅高圧水流で威力を増したのが裏目に出てしまった。

 邪念の浸透した海水が流れ出てしまっては、綾 様が無防備になってしまう。

 早く御守りせねば……⦆


 後悔と焦燥しょうそうを滲ませる〈ハイドラ頼子〉だったが、気持ちを切り替えて〈異魚〉と〈水棲食屍鬼アクアティックグール〉の位置を捕捉し直す。


 幸い〈異魚〉に怪我は無いようだが、両脚が尾鰭に変容しているので陸上では動けない。

 床に尾鰭をビタビタと叩き付ける〈異魚〉の姿は、実に無様ぶざまだ。


ハイドラ頼子〉は援護に入る為、〈異魚〉へと一目散に駆け寄る。


異魚〉は既に異形化が解け始め、人間体に戻ろうとしていた。

 尾鰭が両足に戻るのは良いとしても、妊娠後期の綾ではどの道素早くは動けない。


 綾の前に立ち、〈水棲食屍鬼アクアティックグール〉を睨み付ける〈ハイドラ頼子〉。

 先程の反省からか、〈水棲食屍鬼アクアティックグール〉の体内を精査スキャンしている。


⦅背中、肘、足裏に、汲水口きゅうすいこうと排水口を兼ねた器官がありますね。

 水槽に跳び込んだ時点では、それらを使わずに温存。

 追いかけっこを続けてこちらを油断させる。

 そして私が一撃を繰り出すのを待ち、肘と足裏を汲水口として、背中を排水口として稼働させ急加速を掛けた。

 勢い余った私は水槽を破壊してしまい、水中でしか異形化を維持できない綾 様は無力化してしまう。

 中々どうして、賢いですね……⦆


 一方の〈水棲食屍鬼アクアティックグール〉は、水槽に飛び込む前に捨てていた三つ叉銛を回収する。


 双方が得物を構えた。


 二回目の激突。


水棲食屍鬼アクアティックグール〉全力の突きが〈ハイドラ頼子〉を襲った。

 前回は〈水棲食屍鬼アクアティックグール〉が銛を捨てて離脱した為に全衝撃が伝わらなかったが、今回はその膂力を存分に堪能たんのうする羽目になった〈ハイドラ頼子〉。


ハイドラ頼子〉は顎杖ジョーズロッドの持ち手と先端部をそれぞれ持ち、突き出された銛の叉部さぶに差し入れ防御。


ハイドラ頼子〉は銛を止め切って見せたものの、〈水棲食屍鬼アクアティックグール〉は次なる攻撃を仕掛ける。

水棲食屍鬼アクアティックグール〉の左肘が展開し、〈ハイドラ頼子〉に向け黒い液体が噴射された。


「ぐっ、目潰しっ……」


ハイドラ頼子〉の眼球が強い刺激にさらされ、顎杖ジョーズロッドを持つ手が思わず緩む。


 顎杖ジョーズロッドの保持が甘くなった所に付け入られ、三つ叉銛が〈ハイドラ頼子〉の胸郭きょうかくに突き刺さった。


「ぐあぁぁぁぁぁっ……」


ハイドラ頼子〉のうめき声に比例し、肺に深く侵入する三つ叉銛。

ハイドラ頼子〉は体幹の均衡きんこうを維持できず、遂には床に突き倒されてしまう。


 床に転がる〈ハイドラ頼子〉を見て、綾は久し振りに恐怖を覚えた。


水棲食屍鬼アクアティックグール〉は〈ハイドラ頼子〉の顔を足鰭で踏み付け、容赦なく銛を引き抜く。

 銛には釣り針のような返しが付いており、〈ハイドラ頼子〉の傷は一段と広がって引き裂かれた。


「ブッ……」


 口から血反吐ちへどを垂れ流し始める〈ハイドラ頼子〉。

 目から光が消え、かなり危険な状態である。


 人間態の綾ではどうする事も出来ない。


 彼女は膨れた腹を抱え、ゆっくりと後退あとずさるしかなかった――。





 ザ・グール・オブ・ザ・デッド Bシーン その二 了

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