第五節 ザ・グール・オブ・ザ・デッド Bシーン

ザ・グール・オブ・ザ・デッド Bシーン その一

 一九一九年七月 帝居地下 小祭事場





 宮森と〈ダゴン益男〉が昇降機エレベーターで死闘を演じていた頃、この小祭事場にも〈食屍鬼グール〉達の魔の手が迫っていた。


「頼子 様大変です!

 直ぐそこまで〈食屍鬼〉達が来て……⁈」


 小祭事場に飛び入って来た帝宮警察官は、人外へと変容した頼子の姿を見て驚愕きょうがくした。


 しかし〈ハイドラ頼子〉は一切気にせず、帝宮警察官により詳しい情報を求める。


「報告御苦労でした。

 で、〈食屍鬼〉共の数はどれぐらいなのです?」


「ほ、本官が見ただけでも五体の〈食屍鬼〉を確認しました。

 ただいま〈深き者共〉が対処中ですが、如何いかんせん戦力が違い過ぎまして、押し止どめるのが困難な状況であります!

 後それと……」


「それと何です?」


 帝宮警察官の眼が自信なさ気に泳ぎ、次句じくを言いよどんだ。


 れた〈ハイドラ頼子〉が問い詰める。


貴方あなたが見たモノをハッキリと説明なさい!」


「はっ!

 我々も〈食屍鬼〉の容姿は聞き及んでいたのですが、それとは似ても似つかないモノが目に付いたのです!」


「〈食屍鬼〉とは似ても似つかないモノ?

 出来るだけ詳しく説明を」


「それが、またやりのような得物えものを手にしていまして……。

 い、今の頼子 様の御姿に似たひれが、背中やら腕に、あと頭にも在りまして……。

 それから、え、えら水掻みずかきも確認いたしまして……」


ハイドラ頼子〉はその異相でもって、恐怖で顔が引きった帝宮警察官に確認を取る。


「そのモノは味方の〈深き者共〉ではないのですね?」


「はっ、はいっ!

 味方では御座いません……。

 こちらの〈深き者共〉も、何人かられていましたので……」


「解りました。

 貴方は引き続き偵察任務を務めて下さい。

 先程の報告にあった正体不明の存在を良く観察するよう、御願いします」


「えっ⁈

 い、いえっ、何でもありません!

 承知しました!」


 帝宮警察官は明らかに気が進まない様子だったが、瑠璃家宮の取り巻きである頼子の命令には逆らえず任務へ戻る。


 報告を踏まえ、改めて〈異魚〉に注意を促す〈ハイドラ頼子〉。


「綾 様、〈食屍鬼〉共がここに雪崩れ込んで来る可能性があります。

 充分警戒なさって下さい」


「やったー!

 これで綾も久し振りに運動できるよ」


 喜ぶ〈異魚〉に頭を抱える〈ハイドラ頼子〉だったが、自身の殺戮欲を満たしてくれる存在がもうじき現れる事を知り、腹を抱えて笑いたい気分でもある。


ハイドラ頼子〉が感覚を研ぎ澄ます迄もなく、〈異魚〉が来客を告げた。


「頼子さん、なんか来たよー。

 多分〈食屍鬼〉っていう奴だと思うけどー」


 障子戸しょうじどを打ち破って小祭事場に雪崩れ込んだ影は四つ。

 二体の男性〈深き者共ディープワンズ〉と、二体の〈食屍鬼グール〉だった。


深き者共ディープワンズ〉が〈食屍鬼グール〉に一体づつ組み付いている。

 二体の〈深き者共ディープワンズ〉はいたく傷付き、切り傷や噛み傷が至る所に見られた。

 しかし〈深き者共ディープワンズ〉は一向に怯む気配を見せず、〈食屍鬼グール〉達を離そうとはしない。


ハイドラ頼子〉は〈深き者共ディープワンズ〉に向け、〈母なるハイドラ〉として命を下す。


「お前達、良くやってくれて有り難う。

 そのまま押さえていなさい。

 ッッゴアアアアアァ……」


深き者共ディープワンズ〉に礼を言った〈ハイドラ頼子〉は、耳まで裂けた口を最大限に開き天井を向く。

 加えて右腕を口腔こうこう内へと突っ込み、全長二〇センチメートル程の棒状骨を取り出した。


 これは以前、天芭てんば 史郎しろうとの闘いでも見せた咽頭顎いんとうがくを変容させた武器である。

 天芭との闘いでは喉から切り離さず、地中掘削くっさく用の穿孔機せんこうきの如く利用した。

 しかし今回は、変容した咽頭顎を喉奥の筋肉から切り離している。


『ジャッ!』


ハイドラ頼子〉が右手に握った咽頭顎を強く振ると、全長二〇センチメートル程だった咽頭顎は、九〇センチメートル前後にまで伸長。

 先端部が平らなつえに変形した。


ハイドラ頼子〉は〈深き者共ディープワンズ〉に指示する。


「お前達、そのまま押さえていなさい!」


「ギャッ!

 ワゥンン……」


深き者共ディープワンズ〉に組み付かれている〈食屍鬼グール〉の一体が、叫び声を発し動かなくなった。

 その〈食屍鬼グール〉の右眼窩がんかには、〈ハイドラ頼子〉の顎杖ジョーズロッドが斜めに突き立っている。


「さっすが頼子さん、もう一匹しとめちゃったのね」


異魚〉が褒めるのも無理はない。

ハイドラ頼子〉が一瞬のうちに〈食屍鬼グール〉へと接近。

 眼窩から顎杖ジョーズロッドを突き入れ、一撃のもとに脳幹のうかんを破壊したのだ。


 哺乳類などの高等動物は、脳幹を破壊されると生命活動を維持できない。

 この分だと〈食屍鬼グール〉も例外ではないようだ。


ハイドラ頼子〉が〈食屍鬼グール〉の眼窩から顎杖ジョーズロッドを引き抜いていた隙に、もう一体の〈食屍鬼グール〉は組み付いていた〈深き者共ディープワンズ〉を引きがし、背負い投げの要領ようりょうで投げ飛ばした。


 自由を手に入れた〈食屍鬼グール〉はピョンピョンと跳ね乍ら移動し、〈異魚〉の居る即席水槽へと飛び込む。

ハイドラ頼子〉と闘っても勝ち目が無いと判断したのだろうか、〈異魚〉を狙って水槽内を泳ぎ回った。


ハイドラ頼子〉は顎杖ジョーズロッドを引き抜き次第水槽へ向かおうとするが、〈異魚〉からは制止を求められる。


「頼子さんばっかず~る~い~。

 アタシにもらせて♪」


ハイドラ頼子〉は念の為に水槽の縁まで近付き、いつでも助けに入れる状態で〈異魚〉を見守る事にした。


食屍鬼グール〉は水槽内を必死で泳ぐ。

 陸上では機敏きびんに動ける〈食屍鬼グール〉だが、水中では思うように機動力を発揮できないようだ。


 身重ながら〈食屍鬼グール〉を余裕で振り切っている〈異魚〉が挑発する。


「〈食屍鬼おに〉さんこちら、手のなる方へ♪」


異魚〉は水中を縦横無尽に遊泳し、両下膊や背中に備わった棘条きょくじょうを利用しての一撃離脱戦法で〈食屍鬼グール〉を翻弄ほんろうする。


異魚〉の棘条は〈ダゴン益男〉のそれに比べ小振りで華奢きゃしゃだったが、〈食屍鬼グール〉の動きは確実に鈍り、眼光も鋭さを失って行った。

 その後〈食屍鬼グール〉は痙攣けいれんし、水中へ嘔吐おうとし始める。


 よく観ると、〈異魚〉の棘条で刺された箇所が大きくれていた。

 只でさえ糞尿の匂いをき散らす〈食屍鬼グール〉が吐き出す汚物となれば、どれほどの悪臭なのか想像も付かない。


食屍鬼グール〉は今、〈異魚〉の武器で意識を喪失そうしつしていた。

 彼女の武器、それは毒である。


 その主成分は、ストナストキシン、ネオベルコトキシン、カルジオレプチンと呼ばれる三種類の蛋白たんぱく質で、主に鬼達磨虎魚おにだるまおこぜが持つものだ。

 その毒が体内に入ると、先ず患部が腫れ、次に痺れをともなった激しい痛みに襲われる。


 症状が重くなると、吐き気や嘔吐に加え、血圧低下、呼吸困難、意識喪失など、所謂いわゆるアナフィラキシーショックを引き起こし、最終的には死に至る場合も有るのだ。


 毒に当てられ半死の〈食屍鬼グール〉へと〈異魚〉が接近。

 左下膊の鰭で〈食屍鬼グール〉の首筋を一閃する。

 頸動脈から汚血が滲み出し、水槽内を染めて行った。


異魚〉は、拍子抜けだとでも言わんばかりの表情で溜め息をつく。


「あ~あ、弱過ぎてつまんなーい。

 これじゃ頼子さんと勝負できないよ~」


「綾 様、油断はなりません。

 帝宮警察官の話にあった、正体不明のモノが気に掛かります」


ハイドラ頼子〉は生き残った〈深き者共ディープワンズ〉を見張りに立たせ警戒を続けた。


 暫く徒然とぜんなさ気に水中を泳いでいた〈異魚〉だったが、何かに気付いたのか笑みを浮かべる。


「頼子さん、強いヤツが来るみたい♪」


『ガタァッッン!』


 先程の襲撃で打ち破られたのとは別の障子戸が突如弾け飛んだ。

 その原因は先程〈ハイドラ頼子〉に偵察を命じられた帝宮警察官だったのだが、彼の頭には三つ叉もりが突き立っており、死んでいるのは明らかである。


 見張りに立っていた〈深き者共ディープワンズ〉に迎撃げいげきを命じる〈ハイドラ頼子〉。


「お、おでは、〈はいどら〉様のいう事、何でも聞く……。

〈はいどら〉様を、守るど……」


 やる気だけは満々の即席〈深き者共ディープワンズ〉だったが、三つ叉銛の持ち主である異形にあえなく殴り倒される。

 そして正体不明の異形は警官の頭に刺さっていた銛を引き抜くと、床で伸びていた〈深き者共ディープワンズ〉の頭部にそれを突き刺した。


 息の根を止められた〈深き者共ディープワンズ〉の細胞が急速に壊死えしして行く中、〈ハイドラ頼子〉は異形の観察を試みる。

 更には〈母なるハイドラ〉の権能も発揮させ、異形の掌握しょうあくを試みるのも忘れない。


⦅両下膊と両脹脛ふくらはぎ、背中と側頭部に鰭。

 鰓と水掻き、両脚の先は足鰭になっているわね。

 頭部に眼球が確認できない。

 だとすると、聴覚や嗅覚が鋭い筈。

 思念波での支配は……通じない。

〈深き者共〉ではないか。

 奴の身体から滲み出る糞尿の匂いは矢張り……⦆


異魚〉の宣言通り、目前の異形は強敵のようだ。

 パシパシと顎杖ジョーズロッドてのひらに軽く叩き付け、異形に語り掛ける〈ハイドラ頼子〉。


「誰の指矩さしがねかは知りませんが、随分と珍妙なモノを送って来るのですね。

 私達と仲良く水遊びでもしようという魂胆でしょうか?

 絶世の美女ふたりを前にしてこのような醜男しこお寄越よこすとは、良ければ不躾ぶしつけな親御さんの御名前を教えて下さいませ。

 まあ、私共には夫がおりますので貴方の御誘いには乗れませんけど。

 覚悟は宜しいでしょうか、水棲すいせいの〈食屍鬼〉さん!」


「はあああああああぁっ!」

「ガアアアアアアアァッ!」


 双方の怒号に呼応してふたりの得物がぶつかり合い、〈異魚〉の頸部左右が開いて行く。


ハイドラ頼子〉と〈異魚〉に対するは〈水棲食屍鬼アクアティックグール〉。


 戦闘開始――。





 ザ・グール・オブ・ザ・デッド Bシーン その一 了

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