ザ・グール・オブ・ザ・デッド Aシーン その四
一九一九年七月 帝居地下
◇
宮森と〈
既に
最前列の歩脚でふたりが包まれている繭を押さえ込み、期待と消化液でパンパンになっている筈の黒い鋏角を突き刺す。
『ガッ……』
鋏角が通らない。
『ガガッ、ガガガッ……』
何度やっても通らない。
『シャッ……』
巨大蜘蛛の右頭胸部を何かが
『シャッ……』
次は左頭胸部。
僅かな湿り気が交じる
本能で危険を感じ取り
『ダン!』
逃げ遅れた。
爆裂弾の効果で穴だらけになってしまった特徴的な頭胸部を引き摺り、三
出来なかった。
〈
遂に全ての歩脚を刈り取られてしまい、動くに動けない巨大蜘蛛。
『ガタッ』と音を立てて床面に倒れたのは、〈
その天井板の中から姿を見せた
シャツや
「ふう、一時はどうなるかと思いましたが。
流石は宮森さん、抜かりありませんね」
「いえいえ、益男さんのお蔭ですよ。
あ、自分の方の蜘蛛糸も斬って貰えます?」
「はい、いま斬りますね。
これで良しと……」
〈
「それよりも、散弾銃使わせて貰ってありがとう御座います。
弾薬庫で益男さんがやるのを見て以来、自分もやってみたかったんですよね」
「でしたら宮森さん、どうぞどうぞ」
『ジャキッ』
破顔した宮森はウィンチェスターM1912の
「最初に疑問だったのは、自分が弾切れになった際、なぜ巨大蜘蛛は後ろ歩きで近付いて来たのか……と云う事でした。
後を向いていたら、こっちが後何発撃てるかは判らない筈です。
然も、巨大蜘蛛が籠から上の昇降路を糸で
自分は当初、暗い場所でも活動できるほど視力に優れた種類の蜘蛛だと思っていたんですが……逆でした。
巨大蜘蛛は視力に優れていたのではなく、視力の全くない、眼の無い種類の蜘蛛だったんです。
無眼の蜘蛛が周囲の状況を察する手段。
それは、蜘蛛最大の特徴でもあり武器でもある糸。
糸を張り巡らし、その糸に伝わる振動を歩脚で検知してこちらの弾切れを見抜いていたんです」
宮森の鮮やかな謎解きに、〈
「眼の無い蜘蛛とは……。
宮森さん、良く見抜けましたね」
「はい。
蜘蛛は多くの場合八眼ですが、六眼、四眼、二眼の種類もいます。
それに加え、光の届かない洞窟に生息する蜘蛛には、無眼の種類が居るらしいのです。
それらの蜘蛛は、張り巡らせた糸を
まあ、宗像さんの受け売りですけどね。
それに奴は途中で
その行動にも意味が有ります。
自分の一回目の射撃を思い出してみて下さい。
奴が蜘蛛糸
奴はこちらの動きを察知するのに、籠、足場、隧道を蜘蛛糸で繋ぐ必要が有った。
それを細胞融解弾が融かしてしまった訳ですから、奴は大層慌てた筈です」
「なるほど。
崩れた連絡網を立て直す為には、一度籠に近付いて糸を張り直さなければならない。
しかし籠に近付く場合、こちらが銃器を使えるのでは自身に危険が及ぶ。
だから途中、糸塊を発射して宮森さんの銃弾を消費させたのか。
糸玉は僅かな衝撃でも破裂して周囲に薄く糸を広げますからね、それで足場を掛けたと。
いやはや、頭のいい蜘蛛ですね」
[註*
本来は防鳥用だが、木や
侵入者が引っ掛かると、『おのれ
念願のウィンチェスターM1912を
「細胞融解弾のお蔭で、奴が糸塊で拵えた連絡網の殆どを崩す事が出来ました。
ですから、三回目の弾切れの時に奴は素早く動けなかったのです。
その後、こちらが沈黙したのを切っ掛けにやっと近付いて来ました」
「そこで私が斬り取った天井板を、まさかあのような用途で使うとは。
これまた
益男の
「奴が無眼だと気付いた自分は、切り取られた天井板で蜘蛛糸を防御する事を思い付きました。
通常の霊力障壁を使わずわざわざ天井板で防御壁を作ったのは霊力節約の意味も有りますが、もし巨大蜘蛛が霊力を検知できた場合、用心してこちらに近寄って来ない事が考えられたからです。
幸いにして奴は盲目。
蜘蛛糸に触れたり急激な気流を出しさえしなければ、天井板を動かしても気付かないでしょうしね。
案の定、二回目の弾切れ前に念動術で天井板を浮遊させてみましたが、周囲が暗くなったのにも拘らず奴は全く反応しませんでした。
蜘蛛は基本的に臆病で用心深い
そこからは残りの弾丸で蜘蛛糸足場を融解させつつ、わざと弾切れをチラつかせて奴が近付くのを待ったのです」
「なるほど。
「はい。
その後は天井板で自分と益男さんの周囲を囲み、防御壁を構築するに
天井板は益男さんのお蔭で断面が揃っていましたから、綺麗な八面体状に組み立てる事が出来ましたよ。
天井板と天井板の隙間に入り込んだ糸が僅かに付着しましたが、こちらの動きを止める程の量ではありませんでしたからね。
益男さんが腕刀を振るうのに問題はありません。
そして奴は獲物が鉄板を纏っているとも知らずに、蜘蛛糸で自分達を
自分らが動かないものだから、上手く捕縛できたと思ったんでしょうね。
牙をガツガツ突き立てていましたし……」
宮森が種明かしの締めに入ろうとした所、『ビクン!』と巨大蜘蛛の腹が
無理矢理ふたりの方へと糸疣を向け、体内に残った蜘蛛糸を噴射する。
再び蜘蛛糸に
『ダン!』
蜘蛛糸を物ともせず、ウィンチェスターM1912が火を噴いた。
床に流れ落ちる蜘蛛糸は生成が生半可だったらしく、伸びてダルダルになった素麺のように粘り気が薄く水気が強い。
ダルダル素麺が流れ落ちた後、それらが全く付着していないふたりの
「そちらも弾……糸切れのようだな。
それにしても、この一方通行障壁と云うのは便利でいい。
普通の障壁よりかなり霊力を食うのが難点だけど、一方的に攻撃できる」
「宮森さんの切り札、と云うやつでしょうか」
「霊力もそこそこ食いますし、地味ですけどね。
それにしてもこの巨大蜘蛛、〈食屍鬼〉特有の糞尿じみた悪臭は無いな。
益男さんはどう思います?」
「
〈食屍鬼〉は少なくとも、人型かそれに近い姿だと思います。
先ほど我々を襲って来た猿型は、検討の余地が有りますね」
赤紫色の体液を
ふたりの
「宮森さん、ここから上の昇降路全体が蜘蛛糸で絡め捕られてしまっています。
このままでは昇降機を動かせません。
どうしましょうか」
「手っ取り早く燃やしてしまいましょう。
只、巨大蜘蛛の遺骸は研究班が
では益男さん、天井に登って
自分が炎を制御して、昇降路の蜘蛛糸だけを燃やしますので」
承諾した〈
宮森から受け取った
点火を確認した宮森は、霊力で気流を操作し蜘蛛糸が素早く燃えるよう酸素を送り込む。
いま宮森が行なっているこの気流操作。
先月青森の地で
成長
『上手いコトやってんじゃねーかミヤモリ。
この分じゃ、イタカウエとタメを張れる日も近いってなもんよ!』
『集中を乱さないでくれ明日二郎。
それに、井高上 大佐と一対一で闘うなんて
宮森の火炎制御で
地上へと向かい上昇する
宮森はもう一度ウィンチェスターM1912の
そして二丁のコルトM1911に
「自分達を極楽浄土まで持ち上げるには、糸とお
◆
ザ・グール・オブ・ザ・デッド Aシーン その四 了
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