ザ・グール・オブ・ザ・デッド Aシーン その四

 一九一九年七月 帝居地下





 宮森と〈ダゴン益男〉周囲が蜘蛛糸で覆われてから一分いっぷんほど経過。

 既に昇降機エレベーターケージ自体も蜘蛛糸で覆われているので、繭中けんちゅうまゆと云ったおもむきである。


 主料理メインディッシュを御馳走になろうと、巨大蜘蛛がにじり寄って来た。

 最前列の歩脚でふたりが包まれている繭を押さえ込み、期待と消化液でパンパンになっている筈の黒い鋏角を突き刺す。


『ガッ……』


 鋏角が通らない。


『ガガッ、ガガガッ……』


 何度やっても通らない。


『シャッ……』


 巨大蜘蛛の右頭胸部を何かがはしる。


『シャッ……』


 次は左頭胸部。


 僅かな湿り気が交じるほとばしりの正体に感付いた巨大蜘蛛。

 本能で危険を感じ取り一目散いちもくさんに逃げようとした。


『ダン!』


 逃げ遅れた。


 爆裂弾の効果で穴だらけになってしまった特徴的な頭胸部を引き摺り、三ついに減った歩脚で何とか撤退しようとする巨大蜘蛛。


 出来なかった。


ダゴン益男〉が水刃ハイドロブレードを振るい、残りの歩脚も次々刈り取って行く。

 遂に全ての歩脚を刈り取られてしまい、動くに動けない巨大蜘蛛。


『ガタッ』と音を立てて床面に倒れたのは、〈ダゴン益男〉が斬り取っていた天井板。

 その天井板の中から姿を見せた執行人エージェントふたり。


 シャツや洋袴ズボンに付着した蜘蛛糸を斬り乍ら、〈ダゴン益男〉が口を開いた。


「ふう、一時はどうなるかと思いましたが。

 流石は宮森さん、抜かりありませんね」


「いえいえ、益男さんのお蔭ですよ。

 あ、自分の方の蜘蛛糸も斬って貰えます?」


「はい、いま斬りますね。

 これで良しと……」


ダゴン益男〉は宮森に付着した蜘蛛糸も処理し、これで水刃ハイドロブレード以外には蜘蛛糸の付着している部分は無くなった。


「それよりも、散弾銃使わせて貰ってありがとう御座います。

 弾薬庫で益男さんがやるのを見て以来、自分もやってみたかったんですよね」


「でしたら宮森さん、どうぞどうぞ」


『ジャキッ』


 破顔した宮森はウィンチェスターM1912の銃把筒ハンドグリップを操作して弾薬を装填。

 安全装置セーフティを掛けた後、この度の仕掛けを〈ダゴン益男〉に明かし始めた。


「最初に疑問だったのは、自分が弾切れになった際、なぜ巨大蜘蛛は後ろ歩きで近付いて来たのか……と云う事でした。

 後を向いていたら、こっちが後何発撃てるかは判らない筈です。

 然も、巨大蜘蛛が籠から上の昇降路を糸でくるんだ所為で、籠内はかなり暗くなっていましたしね。

 自分は当初、暗い場所でも活動できるほど視力に優れた種類の蜘蛛だと思っていたんですが……逆でした。

 巨大蜘蛛は視力に優れていたのではなく、視力の全くない、だったんです。

 無眼の蜘蛛が周囲の状況を察する手段。

 それは、蜘蛛最大の特徴でもあり武器でもある糸。

 糸を張り巡らし、そのしてこちらの弾切れを見抜いていたんです」


 宮森の鮮やかな謎解きに、〈ダゴン益男〉は興奮を隠せない。


「眼の無い蜘蛛とは……。

 宮森さん、良く見抜けましたね」


「はい。

 蜘蛛は多くの場合八眼ですが、六眼、四眼、二眼の種類もいます。

 それに加え、光の届かない洞窟に生息する蜘蛛には、無眼の種類が居るらしいのです。

 それらの蜘蛛は、張り巡らせた糸を鳴子なるこのように使って周囲の状況を認知しているとも。

 まあ、宗像さんの受け売りですけどね。

 それに奴は途中で細縄ほそなわ状の糸ではなく、糸玉状の糸塊を発射して来ました。

 その行動にも意味が有ります。

 自分の一回目の射撃を思い出してみて下さい。

 奴が蜘蛛糸隧道すいどうに張り巡らせた足場を、細胞融解弾が随分と融かしたんですよ。

 奴はこちらの動きを察知するのに、籠、足場、隧道を蜘蛛糸で繋ぐ必要が有った。

 それを細胞融解弾が融かしてしまった訳ですから、奴は大層慌てた筈です」


「なるほど。

 崩れた連絡網を立て直す為には、一度籠に近付いて糸を張り直さなければならない。

 しかし籠に近付く場合、こちらが銃器を使えるのでは自身に危険が及ぶ。

 だから途中、糸塊を発射して宮森さんの銃弾を消費させたのか。

 糸玉は僅かな衝撃でも破裂して周囲に薄く糸を広げますからね、それで足場を掛けたと。

 いやはや、頭のいい蜘蛛ですね」


[註*鳴子なるこ=横板に数本の竹片、木片などをぶら下げて縄に掛け連ね、縄を引くと音が鳴るようにした農具。

 本来は防鳥用だが、木や欄間らんまなどに細紐ほそひもやピアノ線などを張り、何かが触れると音を出す仕掛けの一種も鳴子と呼ぶ。

 侵入者が引っ掛かると、『おのれ曲者くせもの! 出会であえ出会え~い!』となるアレ」


 念願のウィンチェスターM1912をもてあそび乍ら種明かしを続ける宮森。


「細胞融解弾のお蔭で、奴が糸塊で拵えた連絡網の殆どを崩す事が出来ました。

 ですから、三回目の弾切れの時に奴は素早く動けなかったのです。

 その後、こちらが沈黙したのを切っ掛けにやっと近付いて来ました」


「そこで私が斬り取った天井板を、まさかあのような用途で使うとは。

 これまた御見逸おみそれしましたよ宮森さん」


 益男のおだてもあり、宮森の口上こうじょう拍車はくしゃが掛かる。


「奴が無眼だと気付いた自分は、切り取られた天井板で蜘蛛糸を防御する事を思い付きました。

 通常の霊力障壁を使わずわざわざ天井板で防御壁を作ったのは霊力節約の意味も有りますが、もし巨大蜘蛛が霊力を検知できた場合、用心してこちらに近寄って来ない事が考えられたからです。

 幸いにして奴は盲目。

 蜘蛛糸に触れたり急激な気流を出しさえしなければ、天井板を動かしても気付かないでしょうしね。

 案の定、二回目の弾切れ前に念動術で天井板を浮遊させてみましたが、周囲が暗くなったのにも拘らず奴は全く反応しませんでした。

 蜘蛛は基本的に臆病で用心深い性質たちですから、優位な状況に立っていないと判断すれば待ちに徹するでしょう。

 そこからは残りの弾丸で蜘蛛糸足場を融解させつつ、わざと弾切れをチラつかせて奴が近付くのを待ったのです」


「なるほど。

 おびき寄せたと云う訳ですね」


「はい。

 その後は天井板で自分と益男さんの周囲を囲み、防御壁を構築するにいたりました。

 天井板は益男さんのお蔭で断面が揃っていましたから、綺麗な八面体状に組み立てる事が出来ましたよ。

 天井板と天井板の隙間に入り込んだ糸が僅かに付着しましたが、こちらの動きを止める程の量ではありませんでしたからね。

 益男さんが腕刀を振るうのに問題はありません。

 そして奴は獲物が鉄板を纏っているとも知らずに、蜘蛛糸で自分達を捕縛ほばくしに掛かりました。

 自分らが動かないものだから、上手く捕縛できたと思ったんでしょうね。

 牙をガツガツ突き立てていましたし……」


 宮森が種明かしの締めに入ろうとした所、『ビクン!』と巨大蜘蛛の腹が痙攣けいれんした。


 いたちの最後っならぬ、大蜘蛛の最後っ屁で反撃を試みる巨大蜘蛛。

 無理矢理ふたりの方へと糸疣を向け、体内に残った蜘蛛糸を噴射する。


 再び蜘蛛糸にまみれるふたり。


『ダン!』


 蜘蛛糸を物ともせず、ウィンチェスターM1912が火を噴いた。


 床に流れ落ちる蜘蛛糸は生成が生半可だったらしく、伸びてダルダルになった素麺のように粘り気が薄く水気が強い。


 ダルダル素麺が流れ落ちた後、それらが全く付着していないふたりの執行人エージェントが現れる。


「そちらも弾……糸切れのようだな。

 それにしても、この一方通行障壁と云うのは便利でいい。

 普通の障壁よりかなり霊力を食うのが難点だけど、一方的に攻撃できる」


「宮森さんの切り札、と云うやつでしょうか」


「霊力もそこそこ食いますし、地味ですけどね。

 それにしてもこの巨大蜘蛛、〈食屍鬼〉特有の糞尿じみた悪臭は無いな。

 益男さんはどう思います?」


私見しけんですが、巨大蜘蛛は〈食屍鬼〉ではないでしょう。

〈食屍鬼〉は少なくとも、人型かそれに近い姿だと思います。

 先ほど我々を襲って来た猿型は、検討の余地が有りますね」


 一方通行障壁ワンウェイ・トラフィック・バリアを貫通して来た爆裂弾で、青紫色の腹部を穴だらけにされた巨大蜘蛛。

 赤紫色の体液をしたたらせて動かないので、今度こそ御陀仏おだぶつだ。


 ふたりの執行人エージェントは後処理を相談する。


「宮森さん、ここから上の昇降路全体が蜘蛛糸で絡め捕られてしまっています。

 このままでは昇降機を動かせません。

 どうしましょうか」


「手っ取り早く燃やしてしまいましょう。

 只、巨大蜘蛛の遺骸は研究班がのどから手が出るほど欲しがる筈ですから、なるべく残す努力をしてみます。

 では益男さん、天井に登って燐寸マッチで火を点けて下さい。

 自分が炎を制御して、昇降路の蜘蛛糸だけを燃やしますので」


 承諾した〈ダゴン益男〉は天井へと跳躍。

 宮森から受け取った燐寸マッチで、蜘蛛糸に点火した。


 点火を確認した宮森は、霊力で気流を操作し蜘蛛糸が素早く燃えるよう酸素を送り込む。


 いま宮森が行なっているこの気流操作。

 先月青森の地で相対あいたいした、井高上 大佐の魔術を参考にしている。


 成長いちじるしい宮森に、シショーである明日二郎も満足気だ。


『上手いコトやってんじゃねーかミヤモリ。

 この分じゃ、イタカウエとタメを張れる日も近いってなもんよ!』


『集中を乱さないでくれ明日二郎。

 それに、井高上 大佐と一対一で闘うなんて御免被ごめんこうむる……』


 宮森の火炎制御で昇降路エレベーターシャフトの蜘蛛糸が一掃されると、〈ダゴン益男〉が昇降機エレベーターを起動させた。


 地上へと向かい上昇するケージの中、ふたりの執行人エージェントは次なる闘いの準備に余念が無い。


 宮森はもう一度ウィンチェスターM1912の銃把筒ハンドグリップを操作し次弾を装填。

 安全装置セイフティを掛けた後、少々名残り惜しそうに〈ダゴン益男〉へ手渡した。


 そして二丁のコルトM1911に弾倉マガジンを差し込みがてら、巨大蜘蛛の遺骸に向けひと言呟く。


「自分達を極楽浄土まで持ち上げるには、糸とおつむが少々足りなかったな――」





 ザ・グール・オブ・ザ・デッド Aシーン その四 了

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