ザ・グール・オブ・ザ・デッド Aシーン その三

 一九一九年七月 帝居地下





 剛毛の生えた長い歩脚ほきゃくで、蜘蛛糸隧道トンネル内を悠々ゆうゆうと這い回る巨大蜘蛛。

 全体的に藍色がかっており、無数のいぼで覆われ膨らむ体表が怪奇的だ。


「巨大蜘蛛ですね益男さん」

「巨大蜘蛛ですね宮森さん」


 宮森はコルトM1911の安全装置セイフティーを外し、いつでも射撃できる体勢を整えた。


「宮森さん来ます!」


 宮森は〈ダゴン益男〉の携帯している散弾銃を使った方が良いのかとも思ったが、生憎ウィンチェスターM1912はソードオフショットガン。

 対人有効射程は一〇メートルが精々せいぜい

 距離を取られているこの状況では効果が発揮できず、蜘蛛糸がどう作用するかも判らない。

 宮森は、ウィンチェスターM1912を後の御楽しみとして取って置く事にした。


 巨大蜘蛛が距離を詰める瞬間を待ち受けていた宮森。

 真上を向いた体勢での二丁拳銃は無理と判断したのか、一丁のみで開けた天井に向け立て続けに発砲した。


 対する巨大蜘蛛はふたりに向かって薄紫色の腹を向け、腹部後端の糸疣しゆうから糸を噴射する。

 今度は糸玉状ではなく掛け流しだ。


 まと自体は巨大なので銃撃を外す事は考えられなかったが、弾丸は噴射される蜘蛛糸で勢いが殺され、巨大蜘蛛まで到達する事が叶わず蜘蛛糸足場と一体化してしまう。

 弾丸自体は届かなかったが細胞融解素の効果は有るらしく、蜘蛛糸足場の一部を融解させて行った。


[註*糸疣しゆう=『いといぼ』、『出糸突起しゅっしとっき』とも呼ばれる。

 クモ類が持つ二ついから四対の小突起で、ここから糸を放出する。

 多くは腹部後端にあるが、中疣亜目ちゅうゆうあもくは腹部の下面中央に位置する]


『カチッ……』


 宮森は間髪かんはつれず射撃を続行したかったのだが、明日二郎が脳内で『RELOADリロード!』、『RELOADリロード!』と五月蠅い。

 詰まり弾薬が尽きたのだ。


 すると、巨大蜘蛛が後ろ歩きで急激に間合いを詰めて来る。


⦅くそっ!

 なぜ奴はこっちの弾切れが判るんだ……⦆


 対応を迫られた宮森は、左腰の銃嚢ホルスターからもう一丁のコルトM1911を抜き放つ。

 それに感付いたからなのか、巨大蜘蛛は来た道を素早く引き返した。


 巨大蜘蛛は間合いを取ったまま、蜘蛛糸隧道トンネルを周回し蜘蛛糸を噴射して来る。

 宮森へと、源泉掛け流しいぼいとが降り掛かりそうになるが、彼の前に益男の背中が立ちはだかった。


「シュゥゥラッ!

 シュラシュラシュラシュラシュラシュラシュラッ……」


ダゴン益男〉は宮森を守る為、目前に迫る蜘蛛糸を水刃ハイドロブレードで斬り裂いて行く。

 彼は、刃を構成する組織の微細な透き目から超高圧で水を噴出させていた。

 周囲にかる虹が、それを如実にょじつに表している。


 これは単に水刃ハイドロブレードの斬れ味を倍増させる為だけの行為ではない。

 蜘蛛糸の粘りを警戒し、刃部分を直接蜘蛛糸に触れさせないようにする為の措置でもあったのだ。


 切羽せっぱつまった状況だが、〈ダゴン益男〉の背中で輝く虹に、思わず心を奪われそうになる宮森。


 斬り払われた蜘蛛糸に細かな水滴が付着して数珠じゅず状になる。

 数多あまたの数珠が虹光を放つ様相は、極楽に住まう仏が蜘蛛の糸を大盤振舞おおばんぶるまいで垂らすが如く美しかった。


 只、くだんの説話とは違う所が有る。

 ケージの中に閉じ込められている当の囚人達は、御仏みほとけと天上に住まう蜘蛛の救済など少しも望んではいないと云う事だ。

 バラバラに飛び散る数珠こそ、彼らの意思表示である。


 今もって巨大蜘蛛から噴出され続ける蜘蛛糸。


ダゴン益男〉の水分も無限ではない。

 水分が減少するのに比例し、彼の皮膚は急激に乾燥し始めていた。


「宮森さん、先ずは装填を!」


 一旦射撃を諦めた宮森は、〈ダゴン益男〉の進言を素直に受け入れ弾倉マガジンを交換する。

 予備弾倉スペアマガジン、残り三個。


 蜘蛛糸の噴射が止み、宮森は再度真上方向を見上げる。

 だが肝心の巨大蜘蛛が蜘蛛糸隧道トンネルふちにまで後退しており、有効射程からは外れてしまっていた。


 一方で〈ダゴン益男〉は一大事になっている。

 水の噴出量が足りず水刃ハイドロブレードに蜘蛛糸が絡み付いてしまい、蜘蛛糸足場と接合されてしまっていた。


 宮森は明日二郎に助力を求める。


『くそっ、益男の両腕が封じられてしまった。

 この状態で巨大蜘蛛に襲って来られたら防御できない。

 だが、奴にとっては絶好の機会となる筈なのに襲って来ないのは何故だ……。

 明日二郎、巨大蜘蛛の体内を精査してくれ!』


『ガッテンでい!

 おでこのメガネで、デコデコッでこり~ん。

 お~中はこうなってんのか、なるほどー。

 あんなミヤモリ、あの蜘蛛ちゃんも「RELOADリロード!」してるんだわ』


再装填RELOADと云う事は、体内で蜘蛛糸を生成している。

 だとすると……奴は糸を無尽蔵には噴射できない』


『なあミヤモリ、オイラ思うんだけんども。

 あのでっかいクモさんさあ、こっちの弾切れ狙ってんじゃねーの?』


『蜘蛛にそこまでの知能が有るとは遺憾いかんだけど、巨大な分脳味噌のうみそも大きいのかも知れない。

 用心深いのはその為かも』


『そうそう。

 こっちが弾切れになったら一気に近付き、糸でグルグル巻きにしてから鋏角きょうかくをぶっ刺す!

 そんで身動きが取れなくなった所に消化液を注入。

 獲物が柔らかくなったら準備オッケー♪

 ゆっ~くりたっ~ぷり御食事を楽しんじゃうぜ~、って考えてるかも』


縁起えんぎでもないこと言いやがって。

 ……でも待てよ。

 さっき弾薬が尽きた時、奴は急に近付いて来た。

 それも後ろ歩きで。

 蜘蛛の眼がどれぐらい良いのかは知らないが、こちらには複数の銃器が有るし、弾薬も幾つ持っているのか奴には判らない筈。

 それなのに奴は近付いて来た。

 待とうと思えば幾らでも待てる筈なのに。

 用心深いのか不用心なのか。

 待てよ……』


『ミヤモリよ、ナンかひらめいたん?』


『ああ。

 明日二郎、もう一度奴の体内を精査してくれ。

 今度は頭胸部と神経組織だ』


『おうよ!

 あ~はいはい、なるほどなるほど……』


 明日二郎の精査スキャンで何かが判明したのか、宮森の頭脳が攻略法を叩き出す。


『明日二郎、次で仕掛ける。

 感覚拡張の暗視を頼むぞ』


『まあ、そんだけ暗くすんだったら普通は射撃できないもんね。

 ダークビジョン発動っと……』


[註*鋏角きょうかく=鋏角類の節足動物特有の器官。

 口の直前に配置される一対いっついの付属肢。

 しばしば『上顎うわあご』と表現される]


 宮森は、両腕が自由にならないままの〈ダゴン益男〉に精神感応テレパシーを使って耳打ちする。


『……と云う作戦で行こうと思うのですが、いいですか益男さん?』


『私の思った通りでしたね。

 宮森さんはを物欲しそうに見ていらしたから……』


 作戦伝達が終了した宮森は、左腰の銃嚢ホルスターから再びコルトM1911を抜き放つ。


 巨大蜘蛛も糸生成リロードを完了したのか、自慢の糸疣をフリフリ。

 後ろ歩きでジリジリと近付いて来る。


『タッ!』


 宮森は有効射程に入るなり射撃開始。

 巨大蜘蛛の方は、生成したばかりの蜘蛛糸を今度は糸玉状にして発射して来た。


 宮森は心中で呟く。


⦅今度は糸塊か。

 矢張り、自分の予想は的中していたな!⦆


 宮森の弾丸は撃ったそばから勢いをがれ、蜘蛛糸が絡み付いた〈ダゴン益男〉の両水刃ハイドロブレード横を突き抜け直ぐに失速。

 後続の弾丸も同様で、巨大蜘蛛が発射した糸塊は撃ち落としているものの、本体には届いていない。

 弾頭に仕込まれた細胞融解素で、周囲に構築されている蜘蛛糸足場を崩すばかりだ。


 外側を蜘蛛糸で覆われた所為で、元より薄暗かったケージ内が一段と暗くなる。

 ケージ内は今、暗闇と呼んでも差し支えない明度だ。

 それにも拘らず、巨大蜘蛛に動じる素振りは見られない……。


 宮森には今、感覚拡張術式の一つである〘暗視ダークビジョン〙を明日二郎から付与ふよされている。

 その御蔭で、暗闇でも問題なく射撃が可能。


『カチッ……』、『カチッ……』


 宮森の構えたコルトM1911から漏れるむなしい音。

 弾切れである。

 彼は弾切れのコルトM1911を左銃嚢ホルスターへと戻し、先ほど予備弾倉スペアマガジンを装填し終えたもう一丁を抜いて射撃を続行した。


 宮森の銃撃で、ケージ内と蜘蛛糸隧道トンネルを繋げていた多くの蜘蛛糸が融けている。

 弾丸に込められた細胞融解素の効果だ。

 細胞融解素は蜘蛛糸を媒体にして一定範囲に広がりはするが、巨大蜘蛛までは届かない。


『カチッ……』


 細胞融解素はおろか、弾丸も巨大蜘蛛には届かず弾切れとなる。


 ――――。


 宮森が弾切れになった筈なのに巨大蜘蛛は動かない。


 宮森は確信する。


⦅良し、これで確定した……⦆


『カチッ……』、『カチッ……』、『カチッ……』、『カチッ……』、『カチッ……』


 宮森は何故か引金トリガーを数回無駄引きした。

 その後は霊力を集中し、念動術サイコキネシスを発動させる。


 宮森と〈ダゴン益男〉が、完全な闇に包まれた――。





 漸く宮森の弾切れを確信したのか、巨大蜘蛛がケージへと急速接近。

 遂に侵入を果たす。


 そして今度は糸玉状ではなく、素麺そうめん状の糸を噴出させた。

 巨大蜘蛛は反撃されないのを良い事に、構う事なく素麺を浴びせ続ける。


 巨大蜘蛛はふたりの周囲を巡り乍ら、幾重にも糸を巻き付けて行った――。


 



 ザ・グール・オブ・ザ・デッド Aシーン その三 了

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