ザ・グール・オブ・ザ・デッド Aシーン その二

 一九一九年七月 帝居地下





 宮森と益男は初戦を最小限の消耗で突破。

 意気揚々いきようようと大型昇降機エレベーターへ乗り込む。


 この昇降機エレベーターは建築資材運搬用なので、密閉型のボックスではなく、金属柵フェンスで囲われた開放型籠オープンケージだ。

 昇降機エレベーターとその昇降路エレベーターシャフトは周囲から電灯で照らされており、ケージ内部も充分明るい。

 起動させる為の鍵も付いていない為、益男が梃子レバーを動かし上昇させる。


 上昇し始めて直ぐに飛び交う影。

 当然の如く宮森は顔をしかめた。


「そりゃまあ、かごの中なんだから襲いやすい筈ですよ。

 益男さん、防御頼みます」


うけたまわりました」


ダゴン益男〉は宮森からの要請を了承したのであって、敵の攻撃を了承した覚えは無い。

 だがそんなものはどこ吹く風。

 敵一体が勢い良く昇降機エレベーターに乗り移って来た。

 金属柵フェンスを両足で器用に掴み、網状の隙間から鉤爪や単純な構造の槍を繰り出して来る。


 襲い来る鉤爪と槍を斬り払う益男。

 コルトM1911の安全装置セイフティーを外し冷静に処理する宮森。


 銃弾を食らった敵個体は吹っ飛び、そのまま地面に激突する。


 そこで宮森がある事に気付いた。


「〈食屍鬼〉の足はたしか蹄状、でしたよね?

 でも先程の個体、顔は犬に似てましたけど、全身に体毛が生えていて樹上で生活する猿のような足も持っていました。

 それに、鉤爪だけでなく槍も使っています。

 益男さん、どう思いますか?」


「報告を受けていないので判りません。

 若しもあれが〈食屍鬼〉であるとするなら、新種の可能性が濃厚ですね。

 又、〈食屍鬼〉とは別存在の可能性も大いに有ります」


「新種、又は別存在ですか。

 別存在となると、新たに対策を組み立てる暇は……有りませんね!」


 ふたりが会話している間に、三体の怪物がケージに飛び移って来る。

 先程と同じ猿型だ。


 宮森が発砲しようと構えるが、攻撃の度に昇降機エレベーター周囲に組まれている建設用足場に逃げ帰る猿型達。

 また昇降機エレベーターケージは現在上昇中。

 敵は正面からだけでなく、上方、左右、床面からも攻撃を仕掛けて来る。


ダゴン益男〉は防御に掛かりっ切り。

 宮森は中々射撃に踏み切れない。

 正面、左右、床面を当てずっぽうに射撃する手も有るが、弾薬の無駄な消費を避ける為、宮森は発砲を躊躇ちゅうちょしていた。


⦅くそっ、あちこちから攻撃を仕掛けては直ぐ逃げてしまう。

 一撃離脱戦法と云うやつか。

 籠の中は手狭てぜまで、槍はこちらにまで届いている。

 それに自分が反撃を試みても、防御してくれている益男が邪魔になって撃ち込めない。

 自分も障壁を展開して益男の負担を軽減したいのは山々だが、複数の術式展開を十全じゅうぜんにこなせない自分がそれをやると、今度は攻撃がおろそかになってしまう。

 いま自分達は籠内に閉じ込められた格好だ。

 籠を構成する金属柵を破壊するなりして、益男の腕刀わんとうで斬り伏せて貰う事も出来るが……。

 いや、いま昇降機を壊すのは悪手かも知れない。

 昇降機が上に到着するまで粘る手も有るが、到着地で待ち伏せされ囲まれるとそれはそれで厄介だな。

 猿型達は恐らく、人間並みの知能を持っているらしい。

 もし籠を吊っている鋼索こうさく全てを切断された場合、安全装置が働くので床面まで落下する事は無いにせよ、籠の昇降が途中で止まってしまう事態は起こり得る。

 身動きが取れなくなる事態だけは何としてでも避けないと……⦆


 何とか攻撃の機会を掴みたい宮森は、〈ダゴン益男〉にも覚悟をいる。


「益男さん!

 誠に申し訳ないのですが、次の猿型からの一撃、鉤爪か槍を掴めますか?」


「完全に私の再生能力を当てにしてますね宮森さん。

 まあ、少し手傷を負う事になるでしょうが、やってみましょう!」


ダゴン益男〉は宮森の射撃の邪魔にならないよう、両下膊の水刃ハイドロブレードを収納。

 猿型の攻撃を察知する為に自身の皮膚感覚を高める。


 不意に床面からの槍攻撃。


 その一撃は宮森を狙ったものだったが、察知した〈ダゴン益男〉が宮森と槍との間に割って入った。

ダゴン益男〉の腹に槍が突き刺さる……が、両手で柄舌つかした(ランゲット)をしっかりと掴んでいたので浅手あさでで済む。


 宮森が満を持して発砲。

 身動きの取れない猿型の土手どてぱらに着弾。

 猿型は融解する内臓を撒き散らし落ちてった。


 ふたりは二体目と三体目の猿型も同様の戦法で処理。

 予想通り〈ダゴン益男〉は手傷を負ったが、既に体組織の再生が始まっているので問題ないと本人は判断する。


「益男さん、傷の方は大丈夫ですか?」


「御心配には及びません。

 それよりも、シャツが破れてしまったのが残念です。

 せっかく腕刃で斬らないよう注意していたのに……」


 落ち込む〈ダゴン益男〉に宮森が同情を露わにする。


「自分にも責任の一端が有りますし、一緒に頼子さんに謝りましょうか?」


「その時は是非とも御願いしますね。

 宮森さんが一緒だと心強い限りです」


「何だか、凄く頼りにされていそうなんですけど……」


『ファサッ……』


 気の抜けた会話を交わしたのもつか昇降機エレベーターケージ前面に白い何かが張り付た。

 激突音はしないので、硬い物でない事は確かである。


 明日二郎が警報アラートを発した。


『大型の生体反応を検知!

 ミヤモリ、ナンか居るから要注意だぞ!』


『ファサッ……』、『ファサッ……』


 今度はケージ左面と底面。


ダゴン益男〉が再び水刃ハイドロブレードを展開し、その切っ先で白い物体に触れてみる。

 彼が切っ先を引き寄せると、白い物体の一部が引き延ばされて来た。


 宮森は念の為に明日二郎と相談する。


『明日二郎、これってまさか……』


『そのまさかよ。

 スキャンするまでもなく、どう見ても蜘蛛の糸だなこりゃ。

 それも尋常じゃないサイズの……』


『ファサッ……』、『ファサッ……』、『ファサッ……』、『ファサッ……』、『ファサッ……』、『ファサッ……』、『ファサッ……』


 昇降機エレベーターは後方の昇降軌道ガイドレールと直接接続されているが、その後方以外のあらゆる方向から糸玉いとだま状の糸塊しかいが飛来する。

 金属柵フェンスにぶつかった糸塊はその刺激で薄く広がり、徐々にケージを包み込んで行った。


 今の状況を危惧きぐする執行人エージェント達。


「益男さん、蜘蛛の糸を出す〈食屍鬼〉って……」


「知りません。

 少なくとも、九頭竜会の資料には無い筈です。

 ですが、どこぞの魔術結社か魔術師が関わっているのは濃厚となりましたね。

 ああ、そんな事を言っている間にも籠がからられてしまいそうだ……」


「まずい……。

 このまま上昇して昇降機の主索しゅさくに負荷が掛かり過ぎると、そのうち千切ちぎれて身動きが取れなくなってしまう。

 益男さん、天井から脱出を試みましょう!」


 宮森は梃子レバーを操作し昇降機エレベーターの上昇を止めた。

 これで、鋼索ケーブルが切れる事は余程の事が起こらない限りは無い。


 既に蜘蛛糸であらかた包まれてしまったケージは、巨大な白いまゆを思わせた。


ダゴン益男〉はケージすみへと移動し、天井まで跳躍する。

 下膊に展開している水刃ハイドロブレードで、天井板の対角線に寸分たがわず斬れ目を入れた。


 再度別の隅からも跳躍して天井板を斬る。

 これでケージ天井には、ばつの字に斬れ目が入った。


 この昇降機エレベーターは建築資材運搬用でかなりの大型である。

 それでも〈ダゴン益男〉は持ち前の身体能力を発揮し、超人的な滞空時間でもって水刃ハイドロブレードを振るっていた。


「宮森さん注意して下さい。

 次からは天井板を斬り離します。

 途中で天井板が落ちてしまわないよう、念動術で固定していて下さい」


 三回目からの跳躍では、ケージ内枠に沿って水刃ハイドロブレードはしらせる〈ダゴン益男〉。


 宮森は安全を確保するべく、念動術サイコキネシスを発動させて天井版を固定。

ダゴン益男〉が着地した後で、天井板を静かに床へと導く。


 彼らはその作業をもう三度繰り返し、天井板だった金属板は四枚の三角形に形を変え、ケージの端に並んだ。


ダゴン益男〉が宮森に仕事を振る。


「宮森さん、天井板をもっと中央に寄せて下さい。

 このままでは邪魔なので、もう一回斬ります」


「解りました。

 では、天井板を浮遊させます」


 宮森は四枚に重なった天井板をケージ中央部まで浮遊させ、宙に固定した。


「シュラッ!」


ダゴン益男〉はやや前方に跳躍し乍ら、水刃ハイドロブレードで天井板を一気に斬り上げる。

 八枚になった天井板は、綺麗な二等辺三角形に裁断されていた。


 裁断された天井板の斬り口を検める宮森。


⦅いつ見てもとんでもない斬れ味だ。

 鉄板が紙のように斬り裂かれている。

 しかも水の高圧噴射なしでこれだ。

 自分もいつかは、彼らと兵刃へいじんまじえる事になる……⦆


 斬り取られた天井を臨むふたりの執行人エージェント

 地上近くへと向かう昇降軌道ガイドレールは、白く繊細な袋状の蜘蛛糸隧道トンネルに包み込まれていた。


 それだけを見れば幻想的な光景として通用するのだろうが、そうは問屋がおろさない。

 その問屋は、音も無く蜘蛛糸隧道トンネルを八つ脚で這い回る。


 ふたりを認めたのか、問屋は蜘蛛糸隧道トンネルの奥へと身を隠した。

 一見臆病おくびょうにも思えるが、英知を蓄えた【隠者ハーミット】の行動とも取れる。


 遥か上方にまで広がる蜘蛛糸隧道トンネル内部には、巨大蜘蛛が移動に使う為の足場が縦横無尽じゅうおうむじんに組まれていた。

 その所為で、周囲の電灯からの灯りが届いていない。


 その様は、今や陽光をさえぎり不気味に静まり返った薄暗い森を思わせる。


 ある~日♪ 森の中♪ 熊さんに♪ どころではない。

 ひょっこりとしりを出したのは、体長四メートルは有ろうかと云う、巨大蜘蛛さんであった――。





 ザ・グール・オブ・ザ・デッド Aシーン その二 了

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