第四節 ザ・グール・オブ・ザ・デッド Aシーン

ザ・グール・オブ・ザ・デッド Aシーン その一

 一九一九年七月 帝居地下





 帝居地下を歩くふたりの執行人エージェント

 うちひとりが両腕を前方に伸ばす。


『シャキッ……』


 益男の両手首を軸にして、両下膊りょうかはく部から骨質こっしつやいばが展開される。

 水刃ハイドロブレード

 宮森も以前見た事の有る彼の得意技だ。


ダゴン益男〉の下膊から展開しているこの水刃ハイドロブレード、そのままでも刃物として充分すぎるほど通用する。

 加えて、刃を構成する組織の微細なから超高圧で水を噴き出すと、更に斬れ味が増すのだ。

 最大出力で水を噴き出せば、鉄塊てっかいをも牛酪バターの如く斬り裂けるらしい。


 くだんの〈ダゴン益男〉が、どこか得意気に語る。


「今日はちょうど半袖だったから、シャツの生地きじを切らずに済みました。

 衣服を大事にしろと頼子が五月蠅うるさいのですよ」


『腕から刃物が出て来る人なんてそうそういませんよ……』と心中でひとちる宮森。

 緊急事態であるこの場には相応ふさわしくない相槌あいづちを打つ。


「洋服はまだまだ高級品ですし、駄目にしないに越した事はありません。

 あ、和服でも駄目ですよね。

 とにかく、頼子さんはいい奥さんだと思いますよ、ホント……」


「ふふっ、頼子に伝えておきますね。

 では、対〈食屍鬼〉の基本戦法を詰めたいと思います。

 私は散弾銃であるウィンチェスターM1912を持っていますが、弾薬の数が心許無こころもとない。

〈食屍鬼〉共の数も判りませんから無駄弾は打てません。

 ですので、攻撃は宮森さんに行なって頂きます。

 もちろん基本的に、ですけど。

 宮森さんが銃撃している間に私が動き回っては邪魔でしょうから、私は宮森さんの護衛に徹します。

 宜しいですか?」


「解りました、それで行きましょう。

 なるべく益男さんの御手をわずらわせないよう努力します。

 洋袴ズボンからも刃を出させてしまっては、頼子さんにしかられますもんね」


「宮森さんは上手いこと仰る。

 切れた洋袴ズボンとキレた頼子を見なくて済むよう、精一杯頑張りましょう」


ダゴン益男〉が両踵りょうよう部の水刃ハイドロブレードを展開しない決心をした所で、宮森から質問する。


「益男さん、〈食屍鬼〉達の居る場所に当ては有るのですか?」


「〈食屍鬼〉共は移動しているようで、正確な位置は判りません。

 数も判りませんから、最悪の場合どこに行っても〈食屍鬼〉だらけ……と云う状況も有り得ます。

 目撃情報は頼子の方で収集して貰っていますので、我々はえず襲撃された場所の近くまで行ってみましょう。

 ここからですと、一旦地上に出る経路になります」


「と云う事は、建築資材運搬用の大型昇降機ですね」


 第一の目標が決まり、ふたりは昇降機エレベーターを目指す。





 宮森と〈ダゴン益男〉が暫く進むと、昇降機エレベーター前広場に到達した。

 電灯は点いているが、柱が立ち並んでいる所為でどこかしらに影が出来る。


『ガタン……』


 前方の空間から物音がした。

『建材などが倒れた音だろうか』と、思考した宮森の脳内に警報アラートが響く。


 宮森は思考と感覚の高速化クロックアップを用いて明日二郎との会話に入るが、用心のため右銃嚢ホルスターからコルトM1911を抜き安全装置セイフティーを外した。


『用心しろミヤモリ。

〈食屍鬼〉共がいる』


『明日二郎、数は判るか?』


『おうよ。

 二体だ二体。

 それとお前さん、その銃ぶっ放す時は……』


『解ってるって。

 練習してたを試す。

 索敵さくてき頼むぞ、シショー!』


 宮森がコルトM1911を構えると同時に〈食屍鬼グール〉一体が飛び出して来た。


「益男さん!」


 宮森の要請に反応する迄もなく、宮森の顔面を狙った鉤爪を水刃ハイドロブレードで防御する〈ダゴン益男〉。

 宮森は目前に迫った鉤爪の先を見据える


 犬に似て突き出ているはなぱしら

 その下には不快な匂いを吐き出す犬歯の群れ。

食屍鬼グール〉だ。


 この至近距離で狙いを付ける迄もない。

 宮森は片手で引金トリガーを引いた。


 コルトM1911は四十五口径。

 宮森が普段使っているサベージM1907は三十二口径なので、発砲時の反動はコルトM1911の方が大きくなるのが道理。


 日本人男性平均よりもやや小柄な体格の宮森が片手で扱うには、コルトM1911は大き過ぎる。

 小柄な者や手の小さい者は、発砲時しっかりと両手で銃を保持するのが定石じょうせきだ。


 宮森はこの定石をくつがえす。


 宮森は発砲の瞬間、銃身バレル内部に霊力で生成した障壁バリアを展開。

 それだけでなく撃針げきしん(ストライカー)と弾薬の雷管らいかん(プライマー)の間にも、特殊な性質を持つ〘一方通行障壁ワンウェイ・トラフィック・バリア〙と呼ばれるものを併せて生成した。


 一方通行障壁ワンウェイ・トラフィック・バリアはその名の通り、指定方向からの接触、衝撃だけに対し効力を発揮するもので、指定方向外からの接触、衝撃は素通りさせる性質を持つ。

 その効能により、撃針ストライカー雷管プライマーを叩く邪魔はせず、撃発した際の衝撃だけを抑える事が可能となるのだ。


 宮森の発砲した銃弾が〈食屍鬼グール〉の脳天を突き抜ける。

 それを確認した宮森はすかさず成長促進の術式を展開。

 弾頭に仕込んである細胞融解素を増殖させた。


 それと同時に明日二郎からの警報アラート


 一瞬の後、宮森は背後から迫る〈食屍鬼グール〉の脳天をもう一丁のコルトM1911で振り向きもせず素早く抜き打ち。

 細胞融解素におかされた〈食屍鬼グール〉がその場で崩れ落ちる。


 宮森は二丁のコルトM1911に安全装置セイフティを掛け、左手側の一丁を銃嚢ホルスターに収めひと息ついた。


「ふ~っ、何とかやっつけましたね。

 矢張り〈食屍鬼〉と云えど、脳天を撃ち抜かれれば即死か。

 あ、益男さんは大丈夫ですか?」


「ええ大丈夫です。

 擦り傷一つ負いませんでした」


「それにしても益男さん、〈食屍鬼〉とは高度な知能を備えた存在のようですね。

 二体目なんか、明らかに銃撃の反動を計算して襲って来ましたよ。

 益男さんが居たから良かったものの、自分ひとりではさばき切れません」


「多野 教授はその為に私共を組み合わせたんでしょうね。

 それよりも宮森さん、〈食屍鬼〉の死体を見て下さい」


ダゴン益男〉に促され、〈食屍鬼グール〉の死体を検分する宮森。

 弾丸の命中箇所からグズグズに融け出している。


「これが細胞融解弾の効果か。

 放って置いたら、骨質以外は融け切ってしまいそうですね。

 それにしても、うぅぇっ!

 酷い匂いだ……。

 益男さんは平気なんですか?」


「まあ、これくらいは。

 それにしても宮森さん、先程は鮮やかな手並みでしたね。

 発砲の反動が殆ど見られませんでした」


「お褒め頂いて光栄です。

 練習した甲斐かいがありましたよ」





 ザ・グール・オブ・ザ・デッド Aシーン その一 了

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