〈食屍鬼〉襲来! その三

 一九一九年七月 帝居地下 弾薬庫





 地下弾薬庫まで降りて来た宮森と益男。

 彼らは、〈食屍鬼グール〉駆除に使用する銃器とその弾薬を受け取りに来たのである。


 常用しているサベージM1907の弾薬を受け取ろうとする宮森を制し、弾薬庫の奥へ導く益男。

 そこは、宮森が今まで入った事の無い区画だった。


「では宮森さん。

 多野 教授から頼まれましたので、〈食屍鬼〉について見知っている限り説明しますね。

 予想はされているでしょうが、〈食屍鬼〉はれっきとした生物です。

 汚い身形みなりをしており、人間の屍肉や排泄物を好んで食べます。

 服は着ていない場合も多く、着ていても襤褸ぼろぐらい。

 蹄のような足を持ち、常に爪先立ちで歩きます。

 指先には長い鉤爪を持ち、その鉤爪を器用に使って屍肉を漁っているようです。

 極端に前屈みの姿勢を取り、その顔は犬に似ているとされます。

 屍肉を喰らうだけに、犬歯が発達しているようですね」


 淡々とした早口で〈食屍鬼グール〉の容貌ようぼうを説明する益男。

 それとは別に、精神感応テレパシーでの場景イメージ送信も忘れない。


「ここからが奴らの駆除に大事な所ですから、良く聞いておいて下さい。

 奴らの皮膚は護謨ゴムのような弾力を持ち、俊敏しゅんびん膂力りょりょくも並外れています。

 通常の拳銃弾では効果が薄いでしょう。

 ですので、今回は幾らか派手に行きたいと思います」


「派手に、とは?」


「直ぐに解りますよ。

 宮森さんも嫌いじゃない筈です」


 意味深な笑みで宮森の心を騒がせ乍ら説明を続ける益男。


「奴らにも雌雄の別は有り、仲間内では独自の言語を用いて意思の疎通そつうを図っているようですね。

 戦闘の際は〈食屍鬼〉同士で連携する事が予想されますので、ことほか注意が必要になると思われます。

 あと今回の襲撃に関連しているかどうかは判りませんが、〈食屍鬼〉は元々人間だったとの説が有ります。

 勿論、定かではありませんがね」


「なるほど。

 しかし〈食屍鬼〉の言語ですか。

 伝承学者としては非常に興味深いですね。

 厄介やっかいであると同時に、突破口になり得る可能性も有りますが……。

 まあ、不確定事項ですので期待し過ぎないようにしましょう」


 益男の説明が一段落した所で、ふたりは厳重に施錠せじょうされた鉄扉へと行き当たる。


 ここは武器庫なので当然耐火扉だが、普通のそれとは明らかに雰囲気が違っていた。

 鉄扉には様々な図形が描かれており、魔術的意匠デザインが施されていると判る。


 ふところから鍵を取り出し、鉄扉を開く益男。


 部屋には鈍い光を放つ電灯が灯してあり、奥には大型の薬味箪笥やくみだんすえ付けてあった。

 手前から奥へと並ぶ薬品棚には、宮森の見た事も無い植物や動物などがホルマリン漬けにされている。


[註*薬味箪笥やくみだんす=漢方薬などを入れておく箪笥で、小型の引き出しがたくさん備え付けられている物]


 部屋奥からは、数人の話し声が聞こえる。


 部屋奥の人物達は、薬研やげん生薬しょうやくり潰したり粉末をはかりで計量するなどの作業をしていた。


[註*薬研やげん=薬材を粉末にする為に用いられる器具。

 正確には細長い舟形で中央がブイ字形にくぼんでいる器具の薬研と、握り手を兼ねた軸の付いている円盤状のき具である薬研車やげんぐるまからなる。

 別名『くすりおろし』とも呼ばれる]


 宮森 達の入室に気付いたのか、奥の部屋からひとりの人物が現れる。

 その人物は、粗野そやごえでふたりに挨拶した。


「おう、益男はん。

 宮森はんもこんばんは」


「宗像さん!

 貴方も緊急招集されていたんですね。

 益男さんは知っていたんですか?」


 若干驚いている宮森の問いに益男はうなずき、夜中でも元気が止まらない宗像が答える。


「そうやで。

 実はここ、数あるワイの職場の一つなんや。

 ま、ひと言で言うと調剤室やな。

 なんや、〈食屍鬼〉っちゅうけったいなモンが暴れとるみたいやないかい。

 せやから、魔術弾薬の調合を頼まれての。

 奥の同僚達と一緒に、お手軽調剤ディスペンシングしとる最中や」


「お手軽って……」


「そんで益男はん、頼まれてたもん出来てんで。

 いま仕上がってる分だけでも渡しとくわ」


 宗像は、奥の調剤室から紙箱二つを持って来る。

 紙箱はそれぞれ色が違い、黄色と赤色の物が在った。


 どこか誇らし気に宗像が説明する。


「〈食屍鬼〉と交戦した警備員達から報告ががってんねんけど、やっぱ普通の拳銃弾では効果が薄いみたいや。

 胴体に命中しても、僅かな時間しか動きを止められへん言うてる。

 三八さんぱち三八式歩兵銃さんはちしきほへいじゅう)ならもうちょいマシみたいやけど、ピョンピョン飛び跳ねて移動するもんやから命中させること自体が難しいらしい。

 三八さんぱちは連射もかんしね。

 よって、今〈食屍鬼〉と正面から渡り合えるのは魔術師だけっちゅう事になる。

 ワイが持って来たんは、通常の弾薬やのうて魔術師用に調整した特別製や。

〖イブン・ガジの粉〗っちゅう霊薬を使つこうとる。

 この〈イブン・ガジの粉〉はな、バラ撒くとそこらにおる幽体が視れるんやで。

 霊感の乏しいもんでも霊を視る事が叶うさかい、召喚儀式なんかでちょくちょく使われとる。

 簡単に言うと、霊力作用を強める一種の霊媒れいばい物質やな。

 宮森はん、ここまではええか?」


「大丈夫です。

 それで宗像さん、この色付きの箱は?」


「え~っと、黄色の箱は拳銃弾や。

 勿論ただの弾やないで。

 弾頭には〈イブン・ガジの粉〉と蚯蚓みみずや細菌から抽出ちゅうしゅつした、細胞融解素さいぼうゆうかいそっちゅう毒素を入れてある。

 弾丸が標的に命中したらやな、弾頭内の毒素を成長促進の術式で増殖させてくれ。

 そうすると、命中箇所が短時間でドロドロになる筈や。

 只サベージM1907の三二口径弾では、〈食屍鬼〉の攻撃を止められへん可能性が有る。

 せやから、四五口径のコルトM1911を使つこうてくれ。

 今回は銃を隠し持たんでええから、派手にぶっぱなしてもろてええよ。

 じゃ、弾丸はこれやから。

 銃本体の方は銃器庫で受け取ってくれ。

 あと、誤って弾頭を壊してまうと細胞融解素が滲み出てまう。

 肌に掛かってもうたら大事になるさかい、充分注意しとってくれよ」


[註*コルトM1911=アメリカ合衆国のコルト社が開発した自動拳銃。

 一九一一年にアメリカ軍が制式採用、一九八五年までの長期間その座にあった]


 細胞融解弾の効能に、思わずほほを引きらせてしまった宮森。


 対照的に、宗像はニヤリと笑い赤い箱を開ける。

 そこには散弾銃用の弾薬が入っていた。


「ガタイのいい益男はんにはコレや。

 この散弾は火薬と〈イブン・ガジの粉〉を丸薬がんやく状に固めたもんで、霊力に反応して極々小規模の爆発を起こす。

 いくら〈食屍鬼〉や云うても、これが命中したらその部分は吹っ飛ぶ筈や。

 それに散弾やから、狭い場所に追い込んで使つこうたらけられる心配はほぼあらへんで。

 それとな、散弾にあらかじめ霊力を流してから発射すると、たとえ命中せんでも任意の瞬間に爆発させられるから、それも憶えといてや」


「宗像さん有り難う御座います。

 では宮森さん、戦装束いくさしょうぞくを仕立てに行きましょう」


 益男は宗像に礼を言って一二ゲージ爆裂弾を受け取り、入り口付近の銃器庫に宮森を連れ戻った。


 宮森は係員からコルトM1911を二丁を。

 益男は散弾銃であるウィンチェスターM1912一丁を貰い受ける。


[註*ウィンチェスターM1912=アメリカ合衆国のウィンチェスター社が開発した散弾銃。

 一九一二年にアメリカ軍が正式採用し一九六三年まで使用され続けた、ポンプアクション式散弾銃の傑作]


 ウィンチェスターM1912の独特な形状に驚いた宮森は、興奮交じりで益男に問い掛けた。


「これは……銃身と銃床じゅうしょうを切り落としているのですか。

 いったい何の為に?」


「欧米では、ソードオフとかショートバレルショットガンなどと呼ばれている奴ですね。

 銃身を切り詰めているため弾速が落ち、有効射程が短くなってしまう欠点が有りますが、発射して直ぐに弾丸が拡散する効果の裏返しとも云えます」


「なるほど。

 宗像さんが、『避けられる心配はほぼあらへんで』とか言ってましたもんね」


「それに、地下は狭所も多いですから。

 こちらの方が取り回しが利きます」


 宮森が納得した後は、銃以外の装備を整える。


 ふたりは係員に手伝って貰い乍ら、革帯かくたい(ベルト)、帯吊おびつり(サスペンダー)、胴乱どうらん(マガジンポーチ)を装着した。


 銃嚢じゅうのう(ホルスター)は拳銃用の物を宮森が腰左右に装備。

 胴乱マガジンポーチ予備弾倉スペアマガジンも四個収納。


 益男は右腰に散弾銃用の特別製銃嚢ホルスターを装備。

 胴乱マガジンポーチには散弾を一二個詰め込んだ。


 ふたり共それぞれの銃に弾薬を装填そうてんしに掛かる。


『ジャキッ』


 小気味良い音を立てて銃把筒ハンドグリップを操作し、薬室チャンバーにも弾薬を装填する益男。

 追加の弾薬を装填してから安全装置セイフティを掛け、銃嚢ホルスターへと納めた。


 宮森は少しうらやまし気にそれを眺め乍ら、自らも両拳銃の薬室チャンバーへと弾丸を送り弾倉マガジンも一杯にした。

 これで準備完了。


「〈食屍鬼〉退治ですね益男さん」


「ええ。

 楽しい楽しい狩りの時間です」


 洋袴ズボンとワイシャツに銃をいた奇妙な執行人エージェントふたり。


 彼らは殺戮の予感に不敵な笑みを浮かべ、共に地下迷宮ラビリンスへと繰り出した――。





〈食屍鬼〉襲来! その三 了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る