第三節 〈食屍鬼〉襲来!

〈食屍鬼〉襲来! その一

 一九一九年七月 帝都地下





 ここ、大日本帝国の首都たる帝都地下には、無数の地下道が張り巡らされている。

 その殆どが民間人には秘匿ひとくされ、土中を這い回る蚯蚓みみずの如くその版図はんとを広げている所だった。


「ハンチョー、土砂だいぶ溜まりましたんで持って行きますねー」


「おー。

 伊藤いとう 君頼むよー!」


 彼らはこの国の政府……いや、九頭竜会が囲っている土木作業員達である。

 囲っている、とはどう云う意味なのか。


 実は彼ら、自分自身を九頭竜会に売却しているのである。

 勿論普通に就職していると云う意味ではない。


 彼らは何らかの理由により、莫大な借金を背負っている者達だ。

 そして九頭竜会に借金の肩代わりをして貰う代償として、一般国民に知られてはまずい仕事に従事させられている。

 彼らは九頭竜会への借金を完済する迄、人権を奪われき使われ続けるのだ。


 辛い仕事に脱走を図る者も多々現れるが、相手は国家の枠組みを超えた組織である。

 当然脱走を成し遂げられる者は殆どおらず、仮に成功したとしても彼らは表向き死んだ事にされているので真っ当な仕事には就けない。


 若し脱走をくわだてている事が漏れたり実際に脱走を試みて失敗すれば、見せしめとして二つの道が待っている。


 一つ目は、移植実験、売買用に各種臓器を摘出されたり、結社が行なっている薬物、魔術の実験体となる事。

 これには、邪霊の定着実験及び〈ショゴス〉との融合実験も含まれる。


 二つ目は、上級会員向けに開催している見世物ショーとして扱われる事だ。

 命懸けの見世物ショーを生き残る事が出来ればその都度借金が減額され、返済が叶うと監視付きではあるが自由の身となる。

 だが、そのような者は片手で数える程しか出ていない。


 九頭竜会の目的などは知らされず、日夜働き詰めの彼ら。

 彼らは来る日も来る日も穴を掘り続ける。

 その様はまるで、いつになるとも知れない羽化を待ち望み、地上を飛び回る日を夢見るせみの幼虫だ。


 若い作業員が壮年の作業員に話し掛けている。


大槻おおつきハンチョー。

 ハンチョーはこの仕事やり始めてから何年ぐらいになるんすか?」


「そうだなぁ、もうかれこれ十五年ぐらいだな。

 伊藤 君の言いたい事は言われなくても判るよ。

 夜勤がきついってんだろ。

 そうだよなぁ。

 私も未だに慣れないから」


「違うっすよ。

 いつ地上に出れんのかなーって事です。

 ここ二週間近くずっと地下じゃないっすか。

 夜勤もへったくれもないっすよ。

 いい加減日光浴びねーと身体もたねーっすもん。

 あー、お天道てんと様が恋しいなー……」


 班長 大槻と伊藤はそのまま作業を続け、十分ほどが経過する。

 

「あー、ハンチョー。

 こっち土砂溜まって来たんすけど、三好みよし 戻って来てません?」


「戻って来てないね。

 用足しだろうけど、少し長いな。

 伊藤 君、ちょっと行って呼んで来てくれ」


「わっかりましたー。

 んじゃあ行って来ます。

 おーい、三好ーっ!

 小便か~!

 それとも大便か~!」


 伊藤が声を張り上げ耳に手を当てる。

 坑道内に居る筈の三好から返事を聴き取ろうとするが、応答は無い。


 伊藤は仕方なく角灯ランタンげ、これまで掘り進めていた坑道を引き返す事にする。


 伊藤と大槻が作業していた坑道の壁面は土壁だったが、伊藤が坑道を引き返すと、次第に精巧な煉瓦れんが造りの壁へと変わった……。

 ここの坑道には幾つかの枝分かれが在り、その内の一つは帝居地下にまで続いている。


「三好ー、下痢かー!

 それとも便秘かー!

 あん畜生、サボッて煙草でも吸ってんじゃねーだろうな……」


 いつまでも三好の姿が見えないので、伊藤は仕方なく土砂運搬用の一輪車を探す。

 土砂を運べないと作業がとどこおり、班員共々残業する羽目になるからだ。


 伊藤は暫く坑道内を探索したが、三好どころか一輪車も見付からない。

 たまり兼ねた伊藤は、一旦坑道入り口まで戻ってみる事にする。


「三好の野郎、ホントに煙草吸ってやがったらただじゃ置かねーからな!」


 悪態あくたいをつきつつも坑道の入り口に辿り着く伊藤。

 彼は、運び出された土砂で造成された盛り土の向こう側を角灯ランタンで照らす。


 そこには人影が伸びており、憶えの有る悪臭も漂って来た。


「三好お前、こんな所で糞してたのか……ってあれ?

 お前服どうした、なんかボロボロだぞ。

 ははーん、間に合わず糞もらしたもんで洗ったな。

 そんで、そこらへんに転がってたボロ布着たのか。

 時間が掛かるわけだぜ。

 サボッて煙草吸ってたわけじゃねーみてーだし、ハンチョーも大目に見てくれるさ。

 仕事終わったらキンキンに冷えてやがるビールを……って、それにしても臭いな。

 三好お前、いったい何食ったらそんなクサい糞になるん……」


 角灯ランタンで照らされた地面に、三好が倒れていた。


 伊藤が三好だと思っていた影は、どうやら三好では無かったようである。


 倒れていた三好に、二つの襤褸襤褸ぼろぼろが群がっていた。



 ひづめ状の足を持ち、爪先立つまさきだちで跳ねる。


 指先には長い鉤爪かぎづめが生え、ひどく前屈みの姿勢。


 鼻が付き出し、犬歯が剥き出しの面貌めんぼう


 異臭を放ち、護謨ゴムに似た質感のはだえ



 その二つの襤褸襤褸は伊藤に気付き、人外の眼で彼を一瞥いちべつした。


 細く泣くような声で襤褸襤褸同士が語り合い、次第にうなり声を上げ始める。


 伊藤に、と云うよりは、彼が手に提げている角灯ランタンが気に入らないようだ。



 伊藤はどうして良いか分からず、角灯ランタンを提げてただ突っ立っている。

 襤褸襤褸達が立ち上がり、伊藤へ近付いた。


 伊藤はどうして良いか判らず、角灯ランタンが照らす三好を見る。

 襤褸襤褸達が、伊藤の提げている角灯ランタンに鉤爪を立てた。


 伊藤はどうして良いか解らず、三好のはらわたを視る。

 襤褸襤褸達が、窓の割れている角灯ランタンの灯火を消した。


 伊藤はどうして良いかわからず……自分ノはらワタを観ル。

 襤褸襤褸達が、帝居へと続く坑道に入った――。





〈食屍鬼〉襲来! その一 了

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