煙草王の憂鬱 その二
一九一九年七月 宮森の下宿先
◇
自室へと戻った宮森は、脳内
『明日二郎、女将が盗み聞きしている
宮森の言葉には
女将は九頭竜会傘下の宗教団体会員であり、宮森の監視任務を
『いんや。
夕飯の買い物に出かけるみてーだ。
クライのオッチャンの服装が地味だったもんで、財閥主とは気付かなかったんだろうよ』
『ありがとう明日二郎。
そのまま部屋の周囲を見張っててくれ。
頼むぞ』
宮森は明日二郎に礼を言い、倉井との交渉に入る。
「ここまで
安全な場所がここしか思い浮かばなかったもので、狭い部屋ですが
「構わんよ。
儂を呼び出すぐらいだ。
有用な情報は持っているんだろう?」
「はい。
いま用意しますので御覧下さい」
宮森は、畳の上に数枚の地図を広げ始めた。
地図は帝都の物だけでなく、
宮森が解説に移った。
「自分が入門 先生から御聞き出来た事とは、ここ五年以内に関東一円を大地震が襲うと云う事です」
「何だと⁈
そ、それは九頭竜会が引き起こそうとしているのか?」
「自分からは何とも申し上げられません。
ですが、入門 先生の
「むう……。
大地震なんぞ起きれば、儂が持っとる製紙会社の工場は損壊。
他の事業も大幅な赤字が出るな」
宮森が更に追い打ちを掛ける。
「それだけではありません。
九頭竜会の息が掛かった銀行が、帝都の土地を細かく買い漁っているようです。
恐らくは、大地震後の都市再建時に高値で政府や他の企業に売り払い、
言う迄もなく政府もグルですね」
「なるほど。
都市再建の口実を立てつつ利を得る。
他にも、非道な金儲け手段が隠されていそうだな」
「はい。
大地震を見越しての地下鉄道計画も在るようです」
ここで倉井が意見を述べた。
「しかし宮森 君、それでは政府に負担が掛かり過ぎないかね。
莫大になると思われる復興費用をどう捻出するのか?」
「自分が小耳に挟んだ情報によりますと、政府発行国債を購入するなどの方法で海外資本が流入すると思われます」
宮森の推測に倉井は頭を抱えた。
「この国が買い叩かれる、と云う事だな。
出てくるのは、欧州の【ストーンチャイルド財閥】に米国の【ロックメイル財閥】、【ミリガン財閥】も出て来るだろう。
この国はまだ金本位制を
「自分は経済には
「ああ、日本国内の
奴らに借金したが最後、骨の
何かに気付いたらしい倉井が目を見開く。
「こんな事が頭に浮かぶとは、儂は根っからの金の亡者だな。
心が
「どうされたんです?」
「政府は都市再建、企業は金儲け。
政治家と帝室連中は西欧列強に売国。
九頭竜会を始めとした魔術結社は生贄儀式の
その犠牲となるのは、何も知らされない一般市民が大半だ。
大地震が起きればあちらこちらで火災が発生し、市民は焼け出されよう。
一家離散、全滅の家庭も珍しくない
当然住んでいた家、土地は無人となる。
そこを火事場泥棒よろしく
その行為に気付いて抵抗したとても、一般市民は泣き寝入りするしかあるまい。
それだけじゃない。
復興支援の名目でこの国に借金させ、欧米列強に陰ながら従属させる
倉井が語った
「大地震とそれに連なる災害で亡くなった者は生贄に。
焼け出された者の土地は根こそぎ奪う。
そして、武力ではなく経済を握っての侵略。
自分もそこまでは考えていませんでした……」
「しかし宮森 君、儂がここまで算段するぐらいだ。
九頭竜会の計画は完璧に近い筈。
付け入る
倉井の問いに、宮森は困惑ではなく不敵さを
「倉井さんが仰った通り、大地震後の都市再建計画での取り分は既に決められている事と思われます。
地下鉄道関係も無理でしょうね。
ですので、帝都の土地売買には参画できないでしょう。
しかし御心配には及びません。
広げた地図を御覧下さい」
「帝都、群馬、山梨、長野、千葉、埼玉、神奈川……。
儂には見当が付かん。
宮森 君、種明かしを頼むよ」
「では御言葉に甘えまして。
都市再建には、当然土木建築工事が含まれます。
工事をする場合、大量に必要な物とは何でしょうか?
建材や人手は勿論ですが、それらと同等に必要な物が有ります。
そう、水ですね。
工事には大量の水が
宮森の言葉に、倉井の目が
「そうか、この地図は関東圏の水源。
水源地や河川付近の土地を買い漁ると云う事か!」
「御名答です倉井さん。
今は
帝都に流れ込む
それに、河川敷では
思わぬ副収入に
大地震は関東圏全体に
その際には倉井 銀行名義ではなく別の個人名義で購入し、足が付かないようにして下さい」
宮森の策に感心する倉井。
先程までは浮かぬ顔をしていたが、今は
「危険を
「今はまだ御答え出来ません。
この計画が上手く行った
いま言えるのは、
そして、その煙草を販売禁止にした奴らが憎いという事だけです」
『おいミヤモリ、女将が帰宅した。
そろそろ話を切り上げろ』
明日二郎から急かされた宮森は、空の湯呑みの
「倉井さん、少々御待ち下さい。
茶を淹れ直して来ますので」
自室に戻った宮森は、約束の
倉井が宮森と共に見た夕日は、過去の栄光を追憶するかの如く、ふたりの心に染み入った――。
◇
煙草王の憂鬱 その二 了
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