井高上 大佐撃退作戦 後半 その三
一九一九年六月 青森県 雪中行軍遭難記念碑前
◇
雪中行軍遭難記念碑銅像の直ぐそばで開催されている石像
サベージM1907を眼前に構え、井高上を狙い続ける宮森。
文字通り頭を抱えた宗像。
不思議なのは、井高上 石像の造形がやけにぼやけている事と、彫像から少し離れた地面に
穴周辺の土が盛り上がっており、地中から地上へと何かが這い出たようにも見えた。
然も、穴周辺の盛り土には白い粉末が散っている……。
物言わぬ彫像達の時間が続いたが、突然その一体から思念と霊力が発せられた。
多野が石化解除の術式を起動させたのである。
石化した組織に再び血が通い始め、肌が色艶を取り戻した。
多野、宮森、宗像の三人が、物言わぬ彫像から生身の人間へと復帰。
宗像が開口一番、訳の分からない感想を述べる。
「っああー、死ぬかと思うた!
石化しとる間は意識があって死ぬ気はせえへんのやけど、死ぬかと思うた!」
羽織に付いた細かい石粉を払っていた多野。
井高上を出し抜いた事が余程嬉しいのか、珍しく機嫌良さ気である。
「はっはっは、上手く行ったわい。
これも
宗像 殿と宮森 君も良く尽くしてくれた……」
多野の自賛に、宮森は吐き気を
⦅初めから水分と邪念を搾り取る積もりで多数の民間人を登用したな……。
植生調査の人員には、大学教授など学会の著名人は含まれていない。
単なる学生や地元の人足達のような、権力とは無関係な人々を虫けらのように扱う。
多野 教授の能力を見た時から予感はしていたが、ここまでの外道だったとは……⦆
心で嘆く宮森の
「それにしても、よくあの井高上 大佐を石化できましたな~。
昨日ワイが教えて
「事前に作戦内容を伝えてしまうと、宗像 殿や宮森 君は
それ故、作戦の詳細は伏せさせて貰った」
疑問を解消すべく宗像に続く宮森。
「では多野 教授、権田 夫妻が同行しなかったのは、井高上 大佐対策だったのですね」
「井高上たいさタイサクって、
おもろいな宮森はん」
宗像の
多野も機嫌を崩さず宮森に説き聞かせる。
「無論だ。
井高上 大佐は冷気と風を得意とするからな。
水を取り込んで戦闘力を高める権田 夫妻とは相性が悪過ぎる。
水分を凍結させられたら、あのふたりは実力を存分に発揮できん。
その事も踏まえ、今回は宮司殿と一緒に別任務に就いておる。
さて、御喋りはここらで良いだろう。
これから井高上 大佐を破壊する。
宮司殿の手を
多野から宮司殿、との言葉が飛び出し、宮森と明日二郎はどうしても反応してしまう。
『今日一郎は別作戦に関わっているのか……。
明日二郎、まだ今日一郎とは連絡が付かないのか?』
『回線は閉じられたままだぜ。
あぶねー事になってなきゃいいんだけど……』
宮森と明日二郎の困惑とは反対に、歓喜の表情を見せる多野。
霊力を調整し、井高上を石化させたまま粉砕に掛かった……が、
⦅
それにあの手、密印を結んでいたのか。
あの形状は確か……⦆
井高上の組んだ
井高上 彫像から少し離れた場所に不審な穴を見付ける。
⦅ん?
穴の周りに何かの粉が散らばっている。
あの粉は若しや……塩!⦆
恐ろしい事実に気付いた多野が
「ふたり共、今直ぐ井高上 大佐から離れろ!
あ奴は石化しておらん!」
多野の警告がふたりに届くよりも速く、井高上 彫像が勢い良く砕け散った。
神行法で背後に回られる。
井高上の掌底が背に添えられる。
分子を振動させる波動が流し込まれる。
細胞を構成する分子が沸騰の気配を見せる。
最も近くに居た宮森に、
◆
ここで、井高上 大佐が石化される直前にまで時を
まんまと多野 教授の術中に嵌まってしまった井高上。
彼には今、電気伝導率がほぼ最大となった水と血が襲い掛かって来ていた。
このまま石化してしまうと、多野に砕かれてしまうのは確実。
脱出策を練るのは勿論だが、その前にやっておかなければならない事があった。
自身の失策を、思考と感覚の
⦅ふう、吾輩がここまで追い込まれるとは……。
正直
吾輩はどこで間違ったのか、思い返すとしよう……⦆
井高上は自身の記憶を辿った。
⦅〈ミ゠ゴ〉の林を切り開いた直後、宮森が吾輩に向け発砲。
宮森の行動は、吾輩の注意を宮森 自身に向けさせる為の囮だった。
吾輩は奴らより一歩先んじていると思い込み、多野 教授に衝撃法を放ってしまう。
多野 教授が派手に吹き飛んだばかりに気を良くしてしまったのがいかん。
吾輩は愚かにも宮森に颶風殺を仕掛けてしまった。
それ故に、視界が狭まる神行法を周囲の確認もせず使ってしまう。
海軍兵や多野 教授配下の魔術師達を相手取った時には、眼球も高速化させ周囲を警戒していた。
しかし敵数を減らす事が叶い、眼球高速化の霊力を節約した事が裏目に出てしまう。
あの時は確実に宮森を
更に颶風殺の装填に意識を向け切っていた所為で、湧き出していた大量の邪念を多野 教授が吸収している事に気付くのが遅れる。
多野 教授の術式で石化したものからは、邪念が採取できないと思わされていたのが
最後は、宗像が予め撒いていた塩で水分の電気伝導率を最大限に高め、奴らごと吾輩を襲い石化まで持って行く……。
たとえ石化しても奴らは多野 教授の能力で元に戻れるのだから、このような戦術を取る事を想定できなかった吾輩の落ち度だ⦆
井高上の思念が、猛省から立案へと切り替わる。
⦅普通ならばここで王手だが、この吾輩は違~う。
さて、どうするかな……。
宮森に撃ち込まれた弾丸が体内に在るうちは下手に動けん。
風天・自在法で竜巻を造ってはみたものの、もう手遅れだな。
これだけの量の水は瞬間的に吹き飛ばせんし、飽和状態に近い塩水なので瞬時に凍結させる事も叶わん。
何か周りに使えるものはないか……。
水と血。
民間人の衣服や骨。
馬の鞍や荷車。
〈ミ゠ゴ〉の子実体に千切れ飛んだ草花と苔。
たしか、〈ミ゠ゴ〉は菌類に近い性質で光合成しないんだったな。
光合成……光合成ね。
そう云えば、多野 教授配下の魔術師達は樹木や草花で鎧を作っていた。
衝撃法に対抗しようと、苔で耳栓まで
あれは面白かった……。
おっ!
吾輩、閃いちゃったのであ~る♪⦆
水に飲み込まれる寸前、双手と頭部の筋肉、声帯、横隔膜などを、神行法の要領で
勿論、摩擦熱から可動部を守る為の
それにより、超高速での三密加持が可能となる。
井高上は両手の親指を四指で握り込み、左右の人差し指それぞれを絡める形の
そして、『――オン・バサラ・ユゼイ・ソワカ――』と
井高上は、千切れ飛んでいた草花や苔を急成長させに掛かった。
幸いにして、水分と栄養素は豊富に在る。
後は塩分さえ操作できれば良い。
井高上は次の術式を素早く準備する。
内縛印の形から両中指を立て合わせる形の
これで水天・自在法が完成。
水天・自在法が功を奏し、植物は最適なミネラルバランスで急成長。
井高上の全身を、
然も植物と井高上の身体には若干の隙間が作ってあるので、水分は届かない。
植物が自らの成長の為にと、水分を吸収してくれている御蔭だ。
この時点で多野が放電し、井高上が纏っている植物の石化が始まる。
自身の石化は防げたものの、このままだと呼吸が不可能になると考えた井高上は、成長促進の秘術である普賢菩薩・延命法を続けた。
延命法の効力で活性化した植物根が地中を掘り進み、井高上の操作で地上に繋がる穴を開ける事に成功。
次に井高上は風天・自在法で風を操作。
先ほど地面に向かって開いた穴を広げに掛かる。
これで通風孔も確保。
おまけに、植物の成長に不必要な量の塩も排出できて一石二鳥である。
井高上の問題はまだ有った。
宮森に撃ち込まれた弾丸である。
⦅弾丸に霊力を纏わせていたとはな。
寿命を削ると云うに、ここぞの場面で思い切った手を打つ奴よ。
草花の成長を操って傷口から弾丸を取り出し、苔で栓でもしようか。
いや、下手に動かして出血するとまずい。
然も〈ミ゠ゴ〉の胞子が付着している。
弾丸が急所には届いていない事と、霊力配分の都合で手術は諦めた井高上。
代わりに成長させた苔で弾丸を包み込み、周辺の傷口ごと凍結させて応急処置を施す。
⦅周囲が静寂に包まれたな。
石化が完了したのだろう。
呼吸と胸の傷、共に問題ない……⦆
瑠璃家宮 陣営の御株を奪う植物の急成長で、井高上は石化を免れた。
流石 大昇帝 派の
⦅多野 教授達が石化を解き、吾輩を砕こうとした時が狙い目。
先ほど開けた穴からは風を吹き出し続けてある。
たとえ周りが石化していようとも、奴らの位置を探知できるぞ。
一番近いのは宮森か。
シベリアへの運賃まで考えると、使える霊力もそう多くはない。
次で決める……⦆
◆
井高上 大佐撃退作戦 後半 その三 了
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