井高上 大佐撃退作戦 後半 その四
一九一九年六月 青森県 雪中行軍遭難記念碑前
◆
『ズアァッッッ……!』
「宮森 君!」
「宮森はん!」
多野 教授と宗像の警告も間に合わず、井高上 大佐の奇襲を受け、背後から颶風殺を打ち込まれてしまった宮森。
先の魔術師達の如く血肉が沸騰して爆裂するのかと思いきや、そのままの状態で前方に飛び
流石の井高上も、秘術を打ち破られた事に驚きを隠せない。
「ぬうぅ……。
何故だ、なぜ弾けん!」
宮森は一発だけ発砲し井高上を牽制。
外れるが気にしない。
彼は直ぐさま
石化術式の使用で、霊力の大部分を消耗した多野を守る為だ。
宗像にも声を掛ける。
「宗像さんこっちへ!」
宗像も慌てて宮森の張った
井高上は三人目掛け衝撃法を放ち牽制するが、
若干の焦燥が混じる胴間声で問い掛ける井高上に対し、思念で応ずる宮森。
「宮森くーん、どうやって颶風殺を防いだのかなー?」
『颶風殺と云うんですね、あの術。
貰えば終わりの、本当に恐ろしい攻撃だ。
仕掛けが解った今でも恐ろしい……』
「仕掛けを解いたのか!
幾ら多野 教授の部下達の犠牲が有ったとは云え、あの短時間で解析できるとはね~。
正直ビックリだよ。
ホントに君は優秀なんだな。
もう一度だけ確認するが、吾輩の許で働いてみる気はないかね?」
薄笑いを浮かべた宮森が答える。
『今回は遠慮しておきますよ。
後ろの先生が怖いんでね』
名指しで会話の
「そっか、しょうがないね。
じゃあ、颶風殺を見切った切っ掛けは何だったの?」
『はい。
颶風殺ではないもう一つの術、先ほど貴方が放っていた衝撃波の方ですね。
その衝撃波を食らった海軍兵の方々は、轟音と共に衣服ごと吹き飛んでいました。
音は空気の振動。
貴方の得意とする風もまた然りです。
そして颶風殺の方ですが、多野 教授の部下の方々が颶風殺を食らった時、血肉は弾け飛びましたが、衣服や骨はほぼその場に残ったままでした。
轟音はおろか、小さな音さえも聞こえなかったのです。
ここで
これは自分の仮説ですが、通常の人間には捉えられない音が、体内へと放射されていたと思われます。
颶風殺の正体とは、対象の細胞……もっと細かい単位で言えば、分子を振動させる術式なのではないしょうか。
分子を振動させその限界が来ると、血液や細胞が
衣服や骨が残ったのは、血液や筋肉よりも水分が少ないからですね。
更に対象周囲の気圧を下げ、体液を常温で沸騰できるよう膳立て迄していたのではないですか?』
井高上は
「ブラボー!
ブラボーだよ宮森 君!
では、颶風殺の具体的な無効化方法を訊いても良いかな?」
『それは……企業秘密ですよ!』
宮森が井高上の問いを撥ね付けた刹那、井高上は
◇
三度目の颶風殺を試みる井高上。
三度目の正直となるか。
それとも、二度ある事は三度あるの格言通り、宮森の策が功を奏するか。
宮森の眼前に井高上が現れる。
背後には多野と宗像。
元より、神行法で迫る井高上を躱す事は出来ない。
左手を伸ばし、宮森の体内に直接振動波を打ち込もうとする井高上。
人間の可聴域を遥かに超える振動が、宮森の全細胞を
ここで明日二郎が宮森の可聴域を拡張し、捉えた振動波を集音。
その振動波は明日二郎により霊力信号へと変換され、即座に宮森へと伝達される。
宮森はそれを反転させ、
その音は振動波として、彼自身の細胞へと浸透させられる。
結果、井高上が作り出した振動波と宮森が作り出した振動波とが互いに打ち消し合い、宮森の細胞分子の過度な振動を抑えたのだ。
宮森の使ったこの手法、現代ではアクティブノイズキャンセリングと呼ばれ、主にイヤホンやヘッドホンに利用されている。
明日二郎の手を借りてではあるが、井高上の放つ振動波を相殺し続ける宮森。
井高上は振動数を僅かにずらし牽制するが、宮森は後出しで振動数を変化させ対抗。
僅かなズレは有るものの、宮森の血肉が沸騰する迄には至らなかった。
宮森の脳中では、明日二郎が盛んに宮森を持ち上げてくれている。
『おーしっ!
上手く行ってるぞミヤモリ~。
まったく、
理科好き
『シショー、こっちは防御で手一杯なんだからあんまり
それに、多野 教授と宗像さんも守らねばならない。
どうにかして反撃に転じないと……』
颶風殺が通用しないと判断し、今度は充分な間合いを取る井高上。
宗像の銃撃と多野の電撃を警戒しての事だ。
三密加持をやり直し、伊舎那天・衝撃法での決着を図る。
井高上は器用な事に、衝撃法に自らの声を乗せ放って来た。
轟音を訳すとこのような文言になる。
『宮森 君、君が颶風殺を破ってくれたお蔭で霊力を使い過ぎた。
シベリアまでは帰れんが、衝撃法の連発で君らを削り倒す事にする。
惜しい男だったが仕方ない。
マイハニー史郎には、君の最後を伝えておくよ。
それと多野 教授、石化され掛けると云う貴重な体験をさせて頂き感謝する。
ひと足先に幽界で待ってい給え。
直ぐに御兄弟と親御さんを送ってやるから。
で、宗像
お前はまだ殺さん。
吾輩が
衝撃法の連射、合計十六回目で宮森の
十七回目の衝撃波が来る。
宗像からの霊力供給を受けた宮森は、再度
健闘空しく、一回こっきりでそれも割られた。
後が無くなった宮森は、明日二郎に別れの言葉を送る。
『済まない明日二郎……。
自分はここで行き止まりのようだ。
君達の母御を救い出す事は出来なかったが、どうか許して欲しい。
ただ自分がここで死ねば、綾が出産する筈の子も無事では済まないんだろ?
確実に邪神の復活は遠のく筈だ。
それで勘弁してくれ……』
『ナニ言ってんだミヤモリ。
オイラが霊力を解放すりゃー、この状況を挽回できる!
きっとイタカウエにも勝てるって!』
『……駄目だ。
今お前が霊力を解放すれば、今迄の計画が全て露見してしまう。
自分は間違いなく生贄として殺されるだろうし、君達の母御は……二度と自由にはならないだろう。
お前と今日一郎にもそれは云える。
いま自分に言える事は一つだけだ。
この場は自分を見殺しにして次の機会を待て。
君たちの眼鏡に適う者を、新たに見付けるんだ。
師匠、御達者で……』
『チックショー!
折角オイラが見える
オニイチャン以外で初めて心を許せる人だったのによー!
オカアチャンを救い出せるって思ったのによー!
もっといっぱいウマイもん食わせて貰いたかったのによー!
師匠が弟子を見送る事になるなんて、順番が違うだろうがーーーー!』
明日二郎の声が、頭だけではなく胸にも突き刺さる宮森。
観念した彼は、宗像と多野 教授にも最後の声を掛けようとふたりを見遣った。
宗像は顔面を手で覆い震えている。
彼はこの場で殺されない事が決定しているが、その後凄惨な拷問に掛けられるのは明白だ。
宮森は、宗像に声を掛けるのを
多野は霊力を使い果たしている所為か、
目は開いているが、焦点は合っていない。
心
その事を判っているのかいないのか、多野から含み笑いが漏れる。
「……宮司殿と入門がやってくれたか。
今回ばかりは、あの入門にも感謝しなければなるまいて……」
井高上は、これまでの激闘で乱れた
「……ふむ。
それで打ち止めのようだな。
ここまで
君達の死は吾輩の功績となり、永遠に輝き続けるだろう……。
それでは御一同、バイバ~イ♥」
そして、十八回目の衝撃波が放たれた。
衝撃波が発する轟音に肝を潰したのか、相変わらず顔を覆っている宗像が悲鳴を上げ泣き
「ああ~~!
宮森は~ん、多野 教授~、もうお終いや~。
ワイも直ぐに逝くからの~。
男 宗像、自刃して果てまする~~~。
……あ、刀ないわ」
『……ゴゴッ……ゴゴゴゴ……ブゥーーーーーーーーーン……』
「どないしよ~っ……てあれ?
井高上 大佐の放った衝撃波にしては、随分と威力が弱いな?」
どうやら、井高上の衝撃波ではなく地の震えらしい。
指の間から恐る恐る覗くも井高上が居ない事に気付き、キョロキョロと左右を見回す宗像。
宮森と多野は無事だが、安堵の気持ちが宗像には湧いて来ない。
宮森と多野の様子も何かおかしい。
宮森は
宗像も釣られて天を見上げる。
帝国陸軍の通常礼装を着用した人物が浮いていた。
井高上である。
天を仰いだ宗像は、その心までも仰天した――。
◇
井高上 大佐撃退作戦 後半 その四 了
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